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殺されたハズレ勇者は、異世界で炭焼き生活を営む

----- 自己紹介 -----

 俺の名は加賀谷人志。

 零細ソフトウェアハウスに勤める、40代派遣社員だ。

 いや、だった、だな。


 深夜残業を終えての帰り道。

 9月の終わり、夏の暑さも一段落して秋の虫の音も聞こえる静かな夜だった。


 1時間半もかかる終電の、終点ちょっと前の駅で電車から降りた俺は


「母さんは先に寝ているだろう。

 起こさないようドアの開閉は、静かにしなきゃならないな」

 などと考えつつ、ひとり帰り道を急いでいた。


 そして、死んだ。


 最期の記憶はおぼろげだが、下り坂のカーブに差しかかった所で

 トラックが直進して来てそのまま歩道に突っ込んだように思う。


 運悪く陸橋の壁際で、逃げようにも逃げられなかった。


 トラックにつぶされる寸前、運転手の顔が見えた。

 目をつむってよだれ垂らした様子をみて

「こいつも深夜残業なのかな」

 と、どうでもいいことが頭に浮かんだ。


 それが今生での、俺の最期の思考となった。


 いや違うな、俺を陸橋の壁に叩きつけたトラックは、そのまま横滑りして

 身体を臓器どころか細胞レベルで、轢き潰していった。

 ほんのゼロコンマ数秒の間、その痛みと苦しみに絶叫していたはずだが

 そんなのは数に入らないのだろう、きっと。


 魂という奴があるならば、よくぞバラバラにならなかったもんだ。


 これも神様の「恩恵」なのかもしれないね。


----- 召喚の間にて -----

 神様の「お導き」の後、王宮の儀式の間に召喚された俺の前で

 豪奢な衣装を着た人々が口汚く言い争っていた。


「いや、そんなハズは無い。

 もう一度鑑定してみろ!」


「すでに、四回も鑑定者を変えて繰り返しております。

 間違いなくこの勇者は、なんのスキルも持ち合わせておりません。」


「なんということだ。

 せっかく召喚した勇者が全くのハズレだというのか?

 召喚した勇者には、もれなく強力なスキルが付与されるハズではないか。」


「この召喚には莫大な国費と時間がかかっているのだぞ!

 役立たずを召喚したとなれば対外的にも面目が立たん。

 我が国への神の恩寵が乏しいという事になってしまう。」


 人を攫ってきておいてよくも勝手なことが言えるものだ。

 俺は自分のことが話題になっているというのに

 他人事のようにさめた気分で有様を眺めていた。


 そして眺めながら、ここへ来る直前の神様とのやり取りを思い出していた。


----- 回想:神様の前 -----

 俺が目を覚ましたのは何もないぼやけた空間だった。

 俺の体はそこにただ浮かんでいる様だった。


 体を支える物は無く、上下も判らない。

 気分が悪くなりそうで目を閉じて、周りを見ないようにした。


「意識は戻っているはずだ。

 目を開けたまえ」

 と、誰かが言った。


「どちら様ですか?

 どこにいらっしゃいますか?」

 目を開き、社会人の礼儀にそって俺は尋ねた。


 目の前にもやもやが現れ、固まって白髭の老人の姿になった。

 服は白い長衣のようだがはっきりとしない。

 頭の後ろからまばゆい光が発されていて、顔がよく見えなかった。


「私はこの地球の管理をしている者だ。

 君たちの言葉で『神』と言っていい。」


 ヤブから棒に神様とは唐突だ。

 あまり大げさな話は困るんだが。

「神様のお呼びとは恐れ多いことです。

 私になにか御用でしょうか?


 神様です。と言われて信じるのもどうかしているけど

 現状を見る限りそのほかの説明はつきそうもない。

 それに「神」と名乗る以上

 それなりの「力」を持った存在と考えるのが無難だ。


 俺はなるべく相手を怒らせない様に、へりくだることにした。


 神様はあまり熱のない声でこう切り出した。

「君は「他の世界」との「人材交流」のメンバーに選ばれた。

 これから他の世界へ転移して貰うことになる。」


 嫌な話になってきた。

 突然の転勤命令みたいなモノだ。

 今の生活を壊されるわけにはいかない。

 なんとか断れないだろうか?


 神様を少し観察してみた。

 顔の上半分が良く見えないせいで、何の表情も窺えなかった。


「申し訳ありませんが、私には年老いた母親がおります。

 長く家を空けるわけには参りません。

 他の誰かをあたっては頂けませんか?」


 神様には何の表情の変化もなかった。

 が、虚空に映像が浮かんだ。


 簡素な祭壇の前に棺が置かれ、花を飾られた中心に俺の写真があった。

 通夜の光景だった、俺の。


「残念だが、君はこの様に地球ではすでに死亡している。

 戻す事は出来ない。

 送り先もしびれを切らせて待っている。

 他を探す時間は無いのだ。」


 棺に取りすがって号泣する老女が見えた。

 俺の母だった。

 73歳、髪の毛はほとんど白髪になっている。

 俺のただ一人の家族でもある。


「加賀谷さん、おかわいそうに…。」

「ひどい事故でご遺体の損傷がひどくて

 お棺の蓋を開くこともできないんですって。」

 アパートの同じ階の住人...誰だっけ?の噂話が聞こえた。


 棺の中が透けて見えた。

 遺体は顔以外白い包帯でぐるぐる巻きだ。

 あんなにひどくつぶされたのに、よく人間の形に戻せたものだ。


 包帯を通して針金らしき物が見える。

 医療用の針金でがんじがらめにして、形を保っているらしい。

 そういえば少し縮んだように見える気がする。

 肉やら臓器やらを、全部使えたわけでは無いのだろう。


「見ての通り肉体の復元は不可能だし

 いまさら社会的にも君を生き返らせるのは不可能なのだ。

 あきらめたまえ。

 君には次の人生に進む以外の道は無い。

 私は君の為を考えて薦めているのだよ。」


 曰く、

『皆さんそうなさいます』

『貴方の事を思ってこれを勧めているのです』

 このセリフは詐欺師やセールスマンの常套手段だ。


 そんなことを言うなら、轢かれる前に助けてくれればいい話だ。

 向うに送ることを前提で俺を選んだに間違いない。


 神様は言葉をつづけた。

「まあなんだ。本来この『人材交流』という奴は

 お互いの世界の文化向上のために、先々代の神どうしが始めた物なんだがね。

 だが、今となっては互いの世界の文化が大きく隔たってしまって

 あまり意味が無くなっているのだがね…」


「しかし先方は、召喚した人材を『勇者』として、あるいは『賢者』として

 非常に頼りにしていてね。

 召喚の儀式までして待ちわびているのだ。


 それに先方の管理者の父君は私の師匠筋にあたる方でね。

 無下に断るわけにはいかんのだよ。」


「そういうわけで、君に他の選択肢は無い。

 毎度のことだがせっかくの『勇者』だ。

 異世界に行ってもらうにあたって

 君には1つだけ特殊な能力を与えることになっている。

 先方は剣と魔法の世界。

 魔物も多いし、結構危険だからね。」


 神様はこちらに抗弁の余裕を与えずに、たたみ掛けるつもりだ。

 たしかにこれでは、自分の運命を受け入れるほかに無いのは分かった。


 しかし、ひどい話だ。

 死んですぐに俺を起こしていれば、何とかなったのではないか。


 だがそれでも、俺にはまだ守らなければならない物があった。

 必死の思いで、なんとか口を開いた。

「...俺を失って母はどうなるのですか?

 自活できる年齢ではないのです。」


「君の死によって、彼女には多少の保険料と賠償金が入る。

 死ぬまでの生活には困らないよ。

 それに…まったくの独りになる訳でもないじゃないか?」


 俺の母の肩に優しく手を置く男がいた。

 母の弟、俺の叔父にあたる人物だ。


 母を俺の棺から離そうとしたが、母は嫌がって首を振った。

 男は、困ったなという表情で首を振り、口元に僅かに笑みを浮かべた。


 母親について、俺には少し気がかりなことが有った。

 母は父親が5年前に亡くなるまで、ずっと専業主婦で

 いささか世間知らずなところがあった。


 そして先の叔父は長年気ままに自営業を営んできたのだが

 あまりパッとせず、蓄えも年金も少ないらしくて

 たまにだが我が家に小遣いの無心に来るのだ。


 まったくの悪人とは言い切れないが、金に関しては母親の

 足手まといになりかねない。


「しかし、それでは年寄りの独り身になってしまいます。

 悪人に騙されるかもしれません。

 チートスキルなどは要りませんから、母が金銭に困ったり、騙されたり

 不幸な目に合うのを防いでいただけないでしょうか?」


 神様は初めて語気を強めた。

「私に君の母親のお守りをしろと言うのかね?

 例えば私の配下の誰かに任せるとしても、そいつはあと十数年…

 君の母親の寿命までつきっきりで監視をすることになる。


 チートスキルの引き換えとしても十分面倒すぎる。

 それでは君には何の恩恵も渡せなくなってしまうよ。」


 ここらへんになってようやく、俺は神様の真意に気が付いた。

 ようするに、神様はこの『勇者召喚』自体をぶち壊したいのだ。


「それでも、お願いします。

 こちらの世界に戻ることができないなら

 せめて未練を残して行きたくないのです。」


「だがね…。

 先方は君が期待通りの戦力にならんと知れば、君の首を刎ねるかもしれんよ。

 君の戦力にそれだけ期待しているし、そういう荒々しい世界でもあるんだ。」


「私を頼りにしているというお話ですが、それは筋違いだと思います。

 人間というモノは、自分の問題は自分の力で解決すべき、と考えます。

 それに、役立たずだから、と首を刎ねるような相手はごめんです。

 そんな奴らの元でこき使われるぐらいなら

 さっさと殺されて本来の輪廻に戻りたいです。」


 顔が見えないのに神様がにやついたのが分かった。

「...うーむ。

 君はなかなか判っているねぇ。


 それは全くその通りだと以前より考えているのだ。

 『勇者召喚』なんてのに頼って国を導くのは、確かに間違っているのだがね。


 向こうの神はまだ代替わりしたばかりで

 いささか頼りないところがあってねぇ。

 向こうの王や神官に押し切られがちなのだよ。」


 神様はどうやら上機嫌になったようだ。


「それでは、君の母親についてはこちらで面倒見よう。

 だが、そのかわり君には何も与えないが、それでいいのだね?」


 俺は答えた。

「...よろしくお願いします。」


「あとね、君の言い分は気に入ったので向こうの神にも伝えよう、と思うよ。」


 そうして俺は、なんのチートもスキルもなしに、異世界に送られたのだった。


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