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即身像  作者: 面映唯
第三章
38/48

2

 地に降り立ったとき、摩擦の痛みよりも複合映画館へと続くシューター内の埃や虫の死骸の方が重大だった。何年、何十年と使われていなかったようで、内部は埃や虫の死骸だらけであった。身体には蜘蛛の巣があちこちに絡みつき、咳もしばらく止まらなかった。身体に付いた煤や蜘蛛の巣を掃う。掃い終え、見渡した。


「ここが」


 天窓から差し込む明かりのおかげでいくらか視界は良好だった。


 一階に見えるのはゲームセンター。右手にチケットカウンター。チケットカウンターの奥に大きな中央階段。


 玄孝の話に出てきた映画館と同じだ、と思った。話から想像した施設とまったく変わらないことに驚愕する。以前にもこの景色を見たことがあるとさえ錯覚した。デジャブか――きっと似た作りの映画館に行ったことがあるのだろう。


 そういえばららは、と目を泳がせると、沢田の足元で尻をついていた。大丈夫か、と手を差し伸べようとしたとき、彼女の目の色が変わった。沢田の差し出した手をひっつかみ、ひっぱった。


「こっち!」


 チケットカウンターを抜け、中央階段を駆け上がった。左に曲がる。天窓が角度の関係で隠れたようで、暗闇の中へと走っていく形になった。ららが手を引くのに必死についていったが、沢田に映画館内の容貌は見えていない。ららは夜目が効くのだろうか。効くからこうして沢田の手を引っ張っているのだろう。うっすらと見えた広場を左に曲がった。そのまま渡り廊下を、二人は渡り切った。


 壁に背を向けて二人は寄りかかった。ららは壁から少し顔を出して何かを見ていた。まさか、玄孝の話に出てきた蜻蛉烏がいるんじゃないだろうな、と沢田もららの後ろから顔を出そうとする。するとららが沢田の頬を押した。覗くなということだろう。


「浅比さんが来ちゃった」

「えっまずいじゃん。三億円どころか先に浅比に捕まっちまう」


「三億円?」ららは首を傾げた。「あ、いや」と沢田は口ごもり、「そういえばさ、森川篤温ってどんな人だったの?」と話を逸らした。


「こっち」ららに手を引かれ、奥へと誘導される。階段を十数段上り、見れば、右に「シネマ2」左に「シネマ1」と書かれた看板が見える。暗闇に目が慣れてきた様だ。ららはシネマ2の扉を引いた。中に入った。雑音が漏れている。中は真っ暗のはずだ。


 違った。


 映画が流れていた。


 上映していた映画は、チャップリンを思わせる白黒の映像だった。雑音の正体はその映画でのSEやノイズだった。普通の映画であれば登場人物たちの会話が聴こえてくるはずだが、その映画に会話や人間の発する声というものは一切含まれていなかった。


 聴こえてくるのは、音、だけだった。


 主に奇声だ。真っ当な人間であれば腰を抜かしていただろう。人生経験の浅い若者なら気味が悪いと感じるだろう。冷静でいられる沢田は真っ当な人間でも若者でもないらしい。


 何に対して叫んでいるのかと思い、沢田は映像に注視する。どこかの舞台の様に見えた。劇場の中で劇場を見るとは何ともユニークな、と思ったのは最初だけであった。キリストの磔刑のように、地面から伸びる棒に裸の女性が手足を結ばれ、身体の自由を無くしている。


 彼女は叫んでいた。言葉にならない声で叫んでいた。は、と沢田は短く息を漏らした。これ、本当に映像か? と思うくらいにはリアルな映像だった。まさか実際に今、この劇場内で行われているなんてことは……とスクリーンを凝視する。確認し、スクリーンの映像だとわかると、はあ、と安堵の溜め息が漏れる。


 スクリーンには奇声を上げる裸の女性が映っていた。これから何が行われるのか映像を見ただけではわからなかった。沢田は想像した。この後、何がどうなるのかを。カメラの横からカットインしてきた男の手には、刀らしきものが握られている。


 次の瞬間、画面が二つに割れた。女性の声がこの世のものとは思えない断末魔に変わる。


 腹から何かが垂れている。

 これが切腹か――。


 ららに手を強く握られ、ふいに我に返る。ららの顔を見下ろすと、彼女は最初に会ったときのような無表情で映像を見ていた。沢田も再びスクリーンに目を向けると、裸の女性は身動きが取れない身体をくねらせるようにして、もがいていた。


「これは多分、シネマ3」ららが呟く。


「昔此処は処刑場だった。ららのともだちも、ここでいっぱい死んだ。バカな子たちばっかりだったけど、みんな優しかった。面白半分で連れてこられた人たちが次々に死んだ。ハナは棒に人を縛り付ける役割だった。いつもごめんねって言いながら見ず知らずの人たちを縛ってた。自分が縛り付けた女の子が泣き止まない姿に耐えられなくなって、ある日客席から飛び出した。女の子よりも先にハナの首が飛んだ。シネマ6。


 カナは執行人に刀を手渡す役割だった。前の日、私は絶対に後悔なんかしないって言ってた。たとえ見ず知らずの人でも、何の罪もない人でも、あんたたちは私より裕福だったんでしょ? ご飯を腹いっぱい食べられて、風呂に入れて、寝床があるんでしょ? だから別に私が渡した刀でそいつが死んでも絶対に後悔しない。それに、殺すのは私じゃないんだし、って笑ってららの頭を撫でてくれた。行ってくるね、って言い残して。次の日、カナは刀を渡す瞬間を狙って執行人の腹を突いた。二秒後に刎ねた頭が客席に投げ込まれた。運動会の大玉転がしみたいに客席にいた観客たちの手から手へと渡ってた。カナの首から垂れる血液が、昂奮して歓声を上げる観客の額に飛び散ってた。シネマ2。


 ハルは死体を裏庭に運ぶ役割だった。いつもららに、今は耐えなきゃダメなんだ、って言ってた。あいつらは優しいけどバカだ、ってハナとカナのこと言ってた。次の日、舌から血を流して死んでた。シネマ4」


 ららはぶっきらぼうに呟いていた。ぶっきらぼうだからと言って、アハハと笑って受け流せるような話の内容ではなかった。だが、やっぱり沢田は一般人でも若者でもないらしい。冷静だった。「処刑場」と聞き、ぴんと来ていた。


 ららが沢田に語った小説の話中で、玄孝がシネマ2の客席で見た客はおそらくこの映画館で死んだ人たちの亡霊という設定なのだろう。蜻蛉烏も、おそらく小さい頃に友達と遊び半分で殺した蜻蛉の生まれ変わりだ。虫にだって魂があるといった設定なのだろう。


「篤温さんはここの支配人だった。映画館で毎日のように人が死んで、殺されて、毎日裏庭に死体の山ができては燃やされて、煙が昇っていた頃はまだ知らなかった。篤温さんが支配人だと知ったのはもっと後。人が死ぬところを見たい人はいっぱいいても、肝心の殺す人が見つからなくなった。ある日飛び込んできた偽善者が、お前たちは狂っている、って訴えてた。最初は訴えてるだけで、観客たちも邪魔だ、出ていけ、ってヤジを飛ばしてただけだったんだけど、偽善者がベルトにでも挟んでいたのか、背中から鎌を取り出したの。勿論暴れた。でなければ偽善者じゃなくて善者って呼んでる。偽善者が二人目の観客の首を鎌でさばいたときだったかな。偽善者は首を射抜かれた。ららは物陰から覗いてた。ちゃんと刎ねられなくて首がぶら下がってた。視線の奥。劇場の後ろの方。弓を構えたまま肩を上下させている青年を。本来、劇場内で首を刎ねることができるのは執行人だけ。でもそのときは違った。どこから持って来たのか、観客が弓矢で偽善者を殺したの。その観客は殺人の快感を手にしたみたいだった。すぐに次の矢を番えて次々に観客を襲い始めた。出口は劇場後方だけど、後ろに青年がいるものだから観客は前方、スクリーン側に逃げた。青年の同志かな。スクリーンの袖から刀を持った女が勢いよく飛び出した。高い金を払い、安全圏にいると思っていた高尚な人間たちは、逃げ惑いながら背中を切られた。射貫かれた。偽善者を射抜いた青年に嫉妬した観客もたくさんいた。誰かが武器をたくさん劇場に持ち込んだ。嫉妬した観客は武器を手に取り、いつの間にか観客同士、切りつけ合ってた。最後の矢を番えようとした青年はパンチパーマの老婆に体当たりされ、尻もちをつき、脇腹をナイフで刺された。もう一度刺そうと振りかぶった老婆の手を女性が斬った。胸を突いた。彼の同志の女性は最後の方まで生き残ってたけど、ガタイのいい男と合い手をしている間に背中を取られた。線の細い男にあっけなく切られた。二人ともグルだったみたい。もう十分興奮しただろうに、何を思ったのか線の細い男が女性の身ぐるみを剥がし始めた。ガタイのいい男の首が飛んだ。床に落ちるとき鈍い音が鳴って転がった。チャックを開けることなく線の細い男は首から上を無くした。床に転がったその男の頭を、一回、二回、と刺してた。その最後に残った血濡れの少年が、浅比さんだった。


 殺す人もいなくなって、誰も立ち入らなくなって、映画館が廃墟と化して数十年後くらい。篤温さんは教えてくれた。俺がどうしてこんなおかしなことをしていたのかって理由を」


 沢田は固唾を飲んだ。喉を通るのがわかった。


「お金はもちろんだった。何かするにはお金が必要。だから日常生活に飽きた観客を集めて、人が死ぬところを見せた。たくさん。たくさん。嘗ての日本では、実際にこうやって切りつけ合っていたってことを教えるみたいに。そして死体になった人間を丑首さんのところに持って行って解剖させた――本当にバカ……人体を解剖したところで塩基配列なんてわからないのに」


「それはどういう」

「しっ!」


 ららに言われ口を閉じる。ららがしゃがんだのを見て沢田もしゃがむ。シートの隙間から前方を覗く。スクリーン横にある扉が開いた。人影が見える。浅比か、それとも丑首か。


 ららが後方のドアに手をかけ手招きしている。いつの間に……沢田はゆっくりと移動した。


「ごめん。話すのに夢中で忘れてた」

「あれ、浅比?」

「ちがう」

「じゃあ、丑首さんじゃ……」沢田は立ち上がろうとした。しかし、ららに手を引っ張られる。


「ちがう。あれはこの間雲河に来た人。丑首さんが不老と筋力の手術してるのを頭で見た気がする。たぶんつい最近だった気がする……っていいからこっち!」


 ららは後方のドアを開けた。二人は外に出、シネマ2の後ろにあった通路に入った。右にドアがあり、部外者立ち入り禁止の看板が張られていた。そのドアを引き、中に入った。入るとすぐに、ららは内から鍵を閉めた。


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