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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第八章 命の坩堝・人間界編
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『Wind of Change』


 この星の世界を支え、連綿と命をつないできたものの原初のものに連なり、おそらく人の想像をはるかに超えた時間を経てきたと思われるものたちにも、人間と比べればほとんど変化を感じられない程度であったとしても、意識の変革が訪れるもののようである。

 それがどのような結果を生むかは誰にもわからない。しかし、その速度の差こそあれ、前へと進むことが生きると言うことならば、それが調和を乱したり、時には罪深く、愚かに見えても、自然の流れなのである。むしろその流れを止めることの方が、表面上は昔通りの平和に満ちてはいても、いずれは時代の流れによって修復不可能なひずみを生むものなのである。

 そのような意識の変革が、神代にまで遡る大地の裂け目の中で生きるものたちの間で起きていた。

 それが、自由恋愛という、人間ならば全く普通のことが、この黒々とした裂け目に生きるものたちにとっては既成観念をぶち壊す意識が大問題になっていたのである。

 まずはこの『大地の裂け目』に棲むものたちについて記そう。

 一つ目は、火竜フランメが旧知と言う焔蜥蜴(サラマンダー)の一族である。彼らはドラゴン族とは遠縁ではあるが、二足歩行はできず、ヤモリのように短い四つ足と平べったい顔をしている。湖沼に棲むサンショウウオが焔の河に適応したような、そのような外見をしている。ただし、ただの蜥蜴ではない。彼らの主食は燃えるマグマの岩塊であり、火竜ほどでないが炎のブレスを吐くことができる。彼らの食料である炎は、特別な内臓器官にガソリンのような状態で蓄積でき、それを吐き戻す際に奥歯を火打石のように噛み鳴らして発火させ、炎を発生させるのである。鈍足に見えるが、炎の河での移動スピードは誰の追随も許さないだろう。それに、その短足の四つ足の爪は太く鋭く、この深い断崖にとりついて自由に移動できる。しかし、その能力をこれまで使わず、人間たちの世界に姿を現さなかったのは賢明であった。彼らは裂け目の向こうにあると言う虚無の脅威を退ける第一の関門としての目的意識に特化されていたから、1000年前の戦いの時も表に出ることはなかった。そういう姿勢を貫いた彼らのことを、臆病だとか卑怯者だとかいうものもいたが、その中の急先鋒であった翼を持たない雄のドラゴン族は結局滅んでしまった。歴史が、彼らの正当性を証明した最も雄弁な事実である。

 二つ目は、蠍の一族である。彼らは特に裂け目の向こう側に広がると言われる神代の大戦争がもたらした破壊の傷痕との因果関係はない。しかし、この地域を国土としていたまだ緑豊かであった時代の古グリアナン国の守護獣とされていた彼らが、神代にできたこの人の手が届かない場所に住処を持つことは自然なことだった。と言うのも、いつの時代でもこういう神聖化されたものに対する強奪欲を人間からなくすことはできなかったらしく、少なからず、蠍族にもその矛先が向けられたからだ。サンドワームのように、彼らが持つ一撃必殺の毒やその硬い甲殻は、人間の欲をそそったのである。また、彼らは歴代のグリアナンの支配者たちの埋葬室に護衛として共に葬られた。グリアナンという国は、現在に至っても華やかでエキゾチックな美しさに溢れている。それが砂の猛威にさらされていなかった過去のグリアナンであれば、その栄華のほどが知れよう。したがって、葬られた支配者の墓の盗掘は日常茶飯事で、その際に蠍族はそういった不埒者を撃退もしたが、少なからず討伐され、墓から莫大な宝が盗まれたのも事実である。グリアナンの守護者ともされる蠍族は1000年前の戦いで、グリアナンの国土を潤していたグリューネの助勢についたが、守り切れずにほとんどを失い、落ち延びたものたちが裂け目の中層付近の黒い岩場でひっそりと生き延びているのが現状であった。

 三つ目が、蛇族である。彼らもこのグリアナン固有の生物だが、蠍族とは少々異なったなれそめがある。彼らの種族の長は、かつて、グリアナンの人々やその他知恵を持つ生物たちにとって、厄介で面倒な存在だった。人間的な感覚からすると、ユーモアを解していたというべきだろうか。そのものは、神出鬼没に現れては、相手に対し、なぞかけをした。それに不正解をしたり、回答を拒んだりすると、そのものは容赦なく一飲みにしてしまうのである。それ以外には別段災厄をもたらしたりはせず、むしろ、友好的にさえ感じ取れたので、ある過去のグリアナンの賢王が、国民の安心を得るために、単身、その蛇の王のなぞかけに挑んだのである。そして見事謎のすべてを正解すると、蛇の王は人間の王を称賛し、終生この国の繁栄のために尽くすと約束をしていずこかに消えたと言う。そして、この賢王が死んだとき、再びこの蛇の王が姿を現して共に葬られることを望んだので、人々はこの異形の生物の高潔さに感動したと言う。その後、蛇族はグリアナンの知識の象徴としてまつられたが、やはり、人間の欲の対象となることは避けえず、蛇の王がどこで眠っているかを明らかにさせないために、その多くが裂け目に逃れたのである。1000年前の戦いでは、様々な毒を持つ個体のいる種族として人間族との戦いに臨んだが、蠍族同様、一族の激減を囲って敗走し、現在は砂漠の深部か、裂け目の上層部分で命をつないでいるが、かつてのような覇気は残っていない。

 さて、この、どちらかと言えば斜陽の種族たちであるが、そういう逆境の中に置かれたことで一種の存続本能のようなものが生まれたのか、かつての一族としては考えられないような思考を持つ革命児のような世代が現れ始めたようなのである。

 特に、地表に近い場所で暮らす蠍族の若い世代は、そういう傾向が強かった。つまり、かつてはこの地方の守護者とまで崇められていたのに、今は限られた世界の中で細々と生きていることへの、苛立ちや不満を持ったのである。

 その急先鋒が、現蠍族の長の次男であるバリィだった。

 彼は、かつてこの土地を自由に生き、人々の信心を集めていた頃のように、人型に化身する能力を再覚醒させた、新世代(ニュージェネレーション)の一人である。ゆえに、より地上への憧れが強かった。そして、その化身した姿は、必ず人々の心を掴むはずと確信させるような、精悍さと悪徳の中にしかない危険な魅力を持つ若者だった。

 もちろん、彼の家族や、連綿と蠍族の習慣に従ってきたものたちからは厳しく反対されたが、むしろ反対されればされるほど、バリィの若く、旧態依然とした一族自体をも蔑むような一途な野心は膨らむばかりだった。

 その日も、バリィは父親であるゲッテムントと激しく口論をし、鈍色の外殻をした身体の中で苛立ちと腹立たしさ、そして一族の勇気のなさに情けない気分をぐるぐると攪拌されるような、自分でも解決できないもどかしさに震えながら住処を飛び出し、若者たちがよく集まる、この絶壁の中層付近の浅い横穴のところに向かった。

 すると、先客がいた。

 蛇族のダヴィッドランだった。彼はどうやらしばらくそこにとぐろを巻いていたらしく、彼の周りには空になった酒の革袋や陶器の壺が散乱していた。この蛇族の若者は大酒のみで、蛇族の中ではやや微妙な立場にいた。

 蠍族とは異なり、蛇族は人型に化身する術は今現在まで継承されていたが、これは一族の支配者の血統にだけ伝わるもので、一般には継承できない技だった。その技を持ったこの若い風来坊が蛇族の住処にふらりとやってきたのはまだ百年程度前のことだったろうか。

 それまではどうやら人の姿でグリアナンの小国を巡って生きてきたようだったが、人間族からの不審を買い始めて、蛇族としての本能に頼り、この断崖絶壁で外界と遮られた場所に隠れ住む同族のいるところへ逃げ込んだらしい。

 蛇族としては、彼が同胞であることは納得したのだが、その変幻の技がどういうわけで彼に備わっているのかということで問題になった。支配者の系統図にもなく、その出自のはっきりしないものをどのように扱えばいいか、困ったのである。

 そういうことで、彼は厄介者として敬遠気味に扱われた。ダヴィッドラン自身も、地上での気ままな生活に慣れていたし、多彩なできごとが日々起きる人間族の世界とは全く異なるつまらない毎日は彼を非常に退屈させた。

 その結果が、若者たちがたむろするこの場所で飲んだくれ、怠惰な日々を送ることを多くさせることになった。

 そして、また別のしこりのようなものが、特に蠍族のバリィと持ち上がっていた。

 ダヴィッドランの本体は白蛇である。それだけでも蛇族の支配者一族は難色を示した。なぜなら、白蛇は一族の中でも最も高潔な血統を証明する色だったからである。そしてその化身はごく薄い色で輝く金髪をくるくると顔の周りでカールさせ、意思の強そうなまっすぐな眉と毅然とした碧眼がきらめいているのである。その眼差しは滅多に穏やかに和むことはなく、自身の身の上でさえも疑うように常に伏し目がちに相手を上目遣いで見た。

 ダヴィッドランは、どっしりとした太い胴体をだらけたままで、やってきたバリィが気まずい心持を隠しもせずに立ち止まったのに対し、けだるげに、だがしっかりと嫌味をこめて言った。

〈別にここは誰の所有ってわけでもないんだ。俺が何をしようとお前に関係ないだろう? それとも、どこの蚯蚓とも蛆とも知れない俺はここにいる権利はないとでも?〉

 その声音もどこか投げやりに掠れている。しかし、バリィは、この声がとても心に響くものになることを知っていた。今、こうして反発しあうような関係になる前は、この蛇族の持て余しものの外界での経験談をよく聞いたものだった。そしてその声にも心地よさを感じたものだった。だが、今は、この声も、彼らが争うものを巡り、鬱陶しいものにさえ聞こえるのである。

 とは言え、彼がいたからと言ってあからさまに引き返すのも悔しいし、彼と衝突していることがあるとしても、新たな意識を持つものであることには変わりなかった。ダヴィッドランの人間に対する知識は、新たな世界を切り開こうとしている彼ら新世代には貴重なものだった。

 バリィは威嚇的に猛毒の尻尾の針が動いてしまわないように気を付けながら、言った。

〈お前たち蛇族は一番頭が固い連中がのさばっている。変化のない日々は感覚を鈍くさせる。お前の処遇こそ、蛇族の意識が凝り固まり、広い視野を持てなくなった証拠だ。お前がどういういきさつでこの世に産まれたかはわからないが、お前の能力を引き出そうともせず、むしろ無視するようなことは、お前の一族がいかに落ちぶれたかを示している。もちろん、俺の一族も同じだがな〉

〈そのとおりね、バリィ、ダヴィッド。私たちは安穏に生き過ぎたわ〉

 爽やかで、強気な一声が聞こえ、そこにもうひとり、やってきたものがあった。

 薄暗い横穴にパッと灯りが灯ったようになる。そこには焔のゆらめきをまとったような蜥蜴がいた。

 すると、途端に蛇と蠍の態度が一変した。両名ともが妙に緊張しあい、牽制し合うような雰囲気を発しながらも、新来の蜥蜴に対しての強い感情を抑えがたいようにぎこちなく言葉を返した。

〈次期族長がそう頻繁にここに来てはまずいんじゃないか、イズメニ?〉

 とバリィが言うと、焔蜥蜴のイズメニはためらうことなく人型に化身し、足元にごろごろとしている酒の空き瓶を見下ろし、腰に手を当てて呑兵衛のダヴィッドランに呆れた口調で言った。

〈あなたの酒癖の悪さにはうんざりだわ。次期族長だからこそ、ここに来るんじゃないの。次世代の私たちの方向を決めるのには必要なことよ。違って?〉

 イズメニの化身は、荒削りな横穴を豪奢な宮殿の中のように思わせるほど、美しくも勇敢なオーラを放つ戦乙女のような姿をしていた。赤褐色のスケイルメイルに身を包み、ブーツもガントレットもぴかぴかと輝き、触れば火傷をしそうな具合に陽炎が立ち上っている。黄金色の髪は幾筋にも編み込まれ、太めのサークレットで留められていた。そしてその瞳が印象的で、白目の部分は黒く、瞳は燃え盛る炎のように赤々と光っているのである。

 彼女の化身につられるようにバリィが地球サイズの蠍とは比べ物にならない大きさの蠍の姿から、パッと変幻する。その本体の鈍色の身体の色と似た濃灰色の、硬い毛質らしい頭髪は潔いほどに短く、前髪の一部分だけ、白っぽい色になっていた。顔立ちは剛毅さを顕すように強面だが、大きめの口元には若さと純粋さを残すような素直さがうかがえた。

〈確かにそうだが、本音を言えば、お前にはあまり急進的なことはしてほしくない気がするんだよ。俺たちがしようとしていることは、はっきり言って試験的なことだし、そういうのは雄の役目だ。雌のお前は巣を守り…〉

 とバリィが言うと、ダヴィッドランが大きな失笑と共にだらしなくとぐろを巻いていた姿を化身させ、常に疑念に満ちた蒼眸を蠍族に向けて言った。

〈ふん、何が変革だ。結局はそうやって雌だから、雄だからという枠にはめるんじゃないか。そんな見方しかできないお前に、イズメニは向かない〉

 すると、バリィは屹と金髪の蛇男を睨みつけて言い返した。

〈飲んだくれて厭世観に浸ってるお前こそ、イズメニに見合う奴じゃない〉

 このやり取りは一体どういう意味なのか。

 焔蜥蜴のイズメニは、その印象的な瞳をすがめるようにして、ぴしゃりと言った。

〈私のことを好いてくれるのはうれしいけれど、そのことで結束を乱すようなことはやめてちょうだい。私もあなたたちが好きよ。はっきり言って、私とあなたたちの卵を産んでみたいとも思うわ。うふふ、どんな子供が産まれるか面白そうだものね? でも、今はまだその時じゃない。でしょ? 私たちはまだこの場所に縛る鎖を断ち切れていない。断ち切る方法も見つけていない。それも、ちゃんと一族の行く末も見据えたうえでの、現状からの打破にしなくちゃならない。でもね、さっき、それのきっかけになるんじゃないかっていうことを聞いたのよ。こっちへ火竜が向かってるっていうのよ。それも、あの軟派火鳥も一緒にね〉

 これを聞き、蠍と蛇は顔を見合わせ、若さと豪胆さが似ているせいか、同じように驚き、期待をもった様子で言った。

〈火竜は生きていたのか! フェネクスも一緒とは!〉

〈だが、なんの用事で? まさかただの散歩じゃあるまい?〉

 イズメニは一緒に来い、とばかりに手を振り、応えた。

〈火の河に棲むファイアフィッシュたちは私たちの連絡網としてはとっても便利なのよ。火竜が生きていたことは知っていたけれど、その活動を休止していたの。あちらの大陸では人間の魔道士が力をつけて昔のようにドラゴンを狩る技術を持つようになったようなのね。だから息をひそめていたんだけど、今になってここに来るなんて、すごく興味深いし、何か奥深いことが起こりそうな気がするのよ。だから、あなたたちに報せにきたの。私たちは最下層には通じてるけど、上層についてはあなたたちの方が知ってるからね。それに、個人的にも見てみたいでしょ、火竜を〉

 確かに彼女の言う通りだった。勇んで頷き返したところへ、蠍と蛇は奇妙な感覚を受け、言葉を飲んだ。イズメニが不審に尋ねた。

〈どうしたの?〉

 バリィが応えた。

〈これは偶然か? 火竜の到来を聞いたその時に、偉大な聖なる高祖の存在を感じるなど?〉

 すると、同じくびっくりしたようにダヴィッドランが言った。

〈背筋がびりびりするようなすごい気配を感じる……これはたぶん大蛇バジリスクの気配だ。信じられない…大昔、感服した人間の王と共に埋葬されることを望んだと聞いているが、それが再び姿を現すなど?〉

 イズメニは、この三名の中で最も現実的な思考を持っているらしく、すぐに別の決断に切り替えた。

〈だとしたら、私たちの崇めるものとも言える存在がまみえることになるわけよね。これは絶対に重大な事件の始まりになるわ。この裂け目に棲むものたちの合議をする中層の「対話の間」に集まるよう、説得して。ダヴィッドラン、あなたは一番注意してね。ともするとあなたはすぐにカッとなるから。今は一族の嫌味は受け流して、とにかく三種族が集まって話し合うことが必要だって穏やかに言うのよ?〉

 好意以上の感情を彼女に対して持つ二人は否やもなく、元の姿に戻ると、自ら変革の舵を切らずともすむような大波が彼らの乗る船を大きく揺るがすことへの期待に満ちた軽い足取りで、それぞれの住処へと戻って行った。

 一人残ったイズメニは、ゆっくりと横穴から外へと歩きながらつぶやいた。

〈…私たちの意識改革は前触れだったのかもしれない……ついにこの『大地のアギト』の向こう側への扉が開かれる時が……それは私たちの末路なのか、明るい未来なのかわからない……でも延々と続いた「堀」守の役目から解放される時は近い〉

 そしてパッと彼女は蜥蜴の姿に戻ると、垂直の絶壁をものともせずに下っていったのだった。


*****


 火竜フランメと、不死と再生の象徴であるフェネクスの突然の到来は、そこで暮らし続けてきたものたちをそれぞれの種族の感覚でもって、困惑させられていた。

 もちろん、最も縁の深い焔蜥蜴たちは彼らの上位種である火竜の健在と、炎とのつながりの深いフェネクスに対して、他の種族たちほどは衝撃を受けなかったものの、逆の意味で、大御所的なものがここまで足を運んできた理由の重さを推察し、浮足立つような状態になっていた。

 そこに、伝説的な存在であるキングスコルピオンとバジリスククイーンが人間とエルフを伴ってやってきたのである。フランメとフェネクスの、少々奔放で人間でない種族の倫理観の土台にあっても常識からはみ出している感性をもつものたちよりは、蠍と蛇の高祖たちはまだましな常識をもっていたものの、やはり何かが自分たちに降りかかる、ないしは課せられるのではないかと蠍族と蛇族は戦々恐々とした心境を囲っていたのは、非常に限られた範囲については鈍感そのものであるが、こうした何らかの行動を起こす際の洞察力や観察力は研ぎ澄まされるらしい龍児を始め、いわゆる「新世代」の代表格である焔蜥蜴のイズメニ、蠍族のバリィ、そして蛇族のはみ出しも(Black sheep)ののダヴィッドランは、それぞれの種族の中の保守的な意識が枷になっていることを感じていた。そしてそのことが、とても残念で情けないことだと思ったのだった。

 ひとまず火竜の言い分を聞いた焔蜥蜴のリーダーであり、イズメニの伯父のグイドが、太古の精気に満ち溢れたものたちを前にして委縮するのを隠しきれない様子で、言った。

《火竜様の申し出とあれば、我らは協力を拒みませぬが……》

 と、グイドはフランメと共にいるレイジュウジャーたちと不真面目な態度でその場の異種族のひしめき合いを面白がるように眺めている不死鳥フェネクスを見やり、不信感をもって続けた。

《我らは長らく人間族とは関りをもってきていませぬ。そしてそこには舌先三寸で相手を煙に巻き、それを高みからあざ笑う性根のねじれたフェネクスがいる。なぜあなた様がこんな根性の歪んだものを連れてきたのか、我らには理解できませぬ》

 すかさずフェネクスが大げさに舞台俳優がするようなお辞儀をして言った。

《なんとも素敵な誉め言葉を頂戴し、恐悦至極》

 フランメが渋面でふざけた不死鳥をたしなめた。

《そなたのそういうところが相手を苛立たせ、そなたを嫌う原因になっておるということをなぜ学ばぬのかのう?》

 フェネクスは唇をゆがめて肩をすくめてみせた。

 これを見て、イズメニが伯父の及び腰な様子にいらいらとしたように言葉を挟んだ。

《どうしてわからないの? これは非常事態なのよ? こんなこと、1000年前の戦いの時だってなかったんでしょ? それに、そこにいる人間たちだけど、感じない? ただの冒険者じゃないわ。だってそうでしょ? この裂け目に平然と降りてきた人間がいたかしら? この大きな変化は、私たちに新風をもたらすわ》

すると、蛇族の首領であるヴァイパー・ディアンが非常に疑念に満ち、批判的に、この若い雌焔蜥蜴に対し、言った。

《確かに変化は必要なこともあるが、これほど大きな変化は我々の存在する土台ごと覆してしまうほどの威力をもっていると思われる。あなたは聡明で先を見通せるひとだとは思うが、まだ若い。物事には実際に見えるものの裏にも何かが隠されていること言うことを、あなたは知らないのだ》

 そして合議の間で居心地悪そうに隅っこに立っていたダヴィッドランをちらりと見てから、続けた。

《あなたたち若い世代のものたちは、そこの根無し草なものから聞かされた地上での話に乗せられているのだ。ここにいる限り、我々は存続できる。地上には我らの星はない》

《いや、それは違うな》

 その場にすかっとした声が入り込み、その場のものたちの様々な色の視線がエルフの薬師に向けられる。

 世慣れしているエルフは、その場では人型をとってはいても、本体はグロテスクで人間の命などあっという間に奪える存在であることを知りながら、暢気に続けた。

《君たちはこんな場所に引っ込んでしまって空を見ることがなくなったらしいね。夜空を見れば、君たちはしっかり星となっている。夜空の景色の知識はヴォルガ族には劣るが、僕でも南の空に堂々とした大蛇座と蠍座が輝いているのを知っている。ま、もちろん、僕もエルフのはみ出し者だから、あなたたちからすれば、全くなってない一人だとは思うけれど、投げかけられた意見には一考する方がいいと思うね。たとえそれが結果的に誤ったいばらの道に導いたとしても、いつまでも過去にすがっているよりは、はるかに建設的だと思うな》

 蠍族の長ゲッテムンドが疑り深く言った。

《つまり、あなたたちはここへ何を求めてやってきたのかね? はっきり言って、ここは人間の来る場所ではないし、正直、我々は身内内での意識の相違による不和に似た状態になっている。我々の高祖とも言えるものまで呼び出して、あなたたちは何をしたいのだ?》

 真っ先に、華美な襟巻をした大蛇バジリスクキングが、齢を重ねて霊体にも似た存在感できっぱりと言った。

〈やはり時間は様々なものを侵食する暴君であるな。考えよ、自らの頭で。何故我らが深き守護者としての眠りから呼び覚まされたかを。これは退行した我らが種族にもたらされた変革の風。いつまでこのような閉じた世界に閉じこもったままでいるつもりだ? 我らが一族の誇りはどこへ消えた?〉

〈それはおそらく人間族に吸い取られたのであろうよ〉

 と金色とアクアブルーのツートンカラーをした非常に目立つ色をした大蠍クイーンスコルピオンが、長く命ある世界と縁を切っていたものらしい無感動な口調で言った。

〈我らは人間族と折り合えと言っているのではない。昔のようにこの地を守るものとしての心意気を取り戻すことを望んでいるだけだ〉

《今更我らが地上に戻って、何が変わるというのか? すでに時代は人間が支配している。我らは彼らにとっては異形の怪物だ》

 と最も保守的らしいヴァイパー・ディアンが吐き捨てるように言うと、恐れげもなくアレンが言った。

《それは違うよ。砂漠は元は緑豊かな土地だったんだ。それが、色々なことが積み重なって、今のように不毛な大地になってしまった。だけど、そうなっても、命は頑張って生き延びてる。もちろん数は少ないよ。そこに君たちが加われば、砂漠における命の釣り合いが変わってくる。それだけ、この場所が活力に満ちるということになる。と言うことは、いずれ、砂の侵食は穏やかになり、かつての姿までいかなくても、今よりはもっとましな場所になると思うんだよ》

 アレンの意見は正しく、裂け目に棲む三種族から反論は出ず、しばらく気まずいような空気が流れた。

《俺たちの将来を懸念することだけで、こんな大所帯でおしかけるはずがない。お前たちの求める真実は一体なんだ?》

 だんまりの重い空気を切り割るように、バリィが主に人間たちに向けて言った。

 レイジュウジャーたちは、イヴリンが連れてきた三人組のことをまだ何も知らなかったし、あちら側も同じだった。しかし、三人組の方は、レイジュウジャーたちに対し、奇妙な眼差しを向けていたので、詩人の感性で彼らのことを察しているのかもしれなかった。

 お互いに回答するのを譲り合うようなもどかしい間をおいてから、弦楽器を背負っているものがレイジュウジャーたちに目配せをして先を譲ったので、毎度のことながら、龍児が応えた。

《僕たちはあるものを探しています。それがこの裂け目の上に広がる荒廃した場所にあるのではないかと推測し、そこへ行くための手段や情報を得るために、こちらに来たのです》

 ぐい、とバリィの精悍な眉があがり、人間ごときがそのような大それたことをしようとすることに呆れたような嘆息をついた。

《こんな無知で愚かな人間は初めてだな。火竜よ、この裂け目の上がどうなっているか、教えなかったのか?》

 フランメはしらっと応えた。

《この者たちは可能だと確信しておるようじゃからのう。わらわもなぜか、できるような気がしておるのじゃ》

 すると、突然イヴリンの連れの三人組の一人が「あっ」と衝撃を受けたように声を上げ、いきなり言った。

《もしかして、お前たち、英雄たちか? あちこちで信じられないような戦い方で事件を解決して回ってるっていう?》

 とやや上ずった声音で言ったのは背中に打楽器を入れた袋を背負った気弱な感じのする顔をした青年だった。

 朱音がきょとんとして頷いた。

《あたしたちがどんなふうに言われてるかは知らないけど、たぶん、そうだと思うわ。あたしたちがどうしたっていうの?》

 この返答で、三人組はその場が全く非人間的な生物たちで占められているというのにも関わらず、馬鹿らしいほど驚喜した。

《おい、こりゃあ、すげえぞ! ここは『大地のアギト』の絶壁で、信じられねえような生き物に囲まれてるときた! そしてついに俺たちは英雄たちと出会った!》

《それだけじゃないさ、ミカエル。『大地のアギト』ができたことの旧い叙事詩を忘れてはいないだろうね。俺たちは神々の時代にできたところへ行こうとしているんだぜ?》

《うーん、クラウス、もう僕はドラムを叩きたくて仕方なくなってるよ! ここは、リズムに溢れてる! 人間には作りえないリズムの連続体だ!》

 とカールが足をぱたぱたと動かし、溢れ出るインスピレーションに意識をのっとられているようになっているのを、イヴリンが興味深く見つめながら、言った。

《私はその若者たちを少し知っています。彼らのすることは決して悪いことになることはありません。火竜やフェネクスを従える人間など、どこにいますか? 彼らの目的はきっととても重要なことなのです。この断崖の上が危険極まりない場所であることは、言い伝えで知っているつもりですが、その当時からどれだけの時間が過ぎたでしょう? 確かに荒廃し、危険な汚染物質で満ちた場所なのかもしれませんが、自然と言うものは意外にしぶといものです。現状を確認することで、あなた方の存在意義にも影響する事案が生じるかもしれません。いかがでしょうか、多少はこの裂け目の上のことを知っているもの同士で談合を続けると言うのは?》

 この意見は、若い異種族たちにはすぐに受け入れられたが、三種族の長はそろって難色を示した。しかしこれも火竜の一言で一蹴された。

《どこまで落ちぶれたのかねえ? 情けない。裂け目を守るためとは言え、ただのんべんだらりと眺めてりゃいいってものじゃないんだよ。今こそ前に出る時だと感じられないくらい、そなたらはその心から勇気や誇りをなくしたのかねえ?》

 ドラゴンにこうまで言われては、三種族の長たるものでも反論できなかった。彼らはひとまず人間たちを比較的快適な上層部分の空いている蛇族のねぐらへと案内し、再びここを住みかとする種族同士で相談を始めた。

 そして一方では、人間同士で思うところをそれぞれ話し出していた。


*****


 レイジュウジャーたちは、あちらの側で話し合いに参加したかったのが本音だったのだが、うねうねと何匹かの蛇(とは言っても、レイジュウジャーたちが見たことのある蛇とは格段にサイズは大きかった)が這いずってきて、器用に脚の低い座卓の上に飲み物や軽食らしきものが乗ったトレイを置いていくのを見送ったイヴリンの言葉で、自分たちがしゃしゃり出るときではないと感じた。

 イヴリンは、どろっとした液体の入ったゴブレットを手に取り、それから卓の上の形容しがたいものを見、彼の一風変わったところを披露するように言った。

《気位の高い蛇族のもてなしを受けられるとは光栄なことだ。ここにあるものは想像もできないほど昔から変わらない蛇族たちのご馳走で、今は砂漠が深くなってしまい、ほとんど人間の手には渡らなくなったが、これほど滋養の高い食べ物はないよ。あなたは薬師だということですが、これが何か、わかるかい?》

 エルフの知識の深さは群を抜くが、夢物語のような根拠のない、あるいは薄弱なできごとについては無用とされてきた。だから、イヴリンのように、伝説や怪しげな風評のもとに作られることも多いバラッドから推測できる物事には疎かった。

 しかし、アルディドはその格式ばったエルフの枠から逸脱した変わりものだった。そしてエルフには希薄な好奇心をたくさん抱えていた。

 彼は一見気味の悪い緑色をした飲み物を眺め、少し舌先に乗せてみた。そして「こりゃたまらん」と言いたげに顔をしかめた。

《これは強烈だな。ものすごく濃い黒酒(ドゥンケル)みたいだが、他に何か入っているね。なんだろう? この苦み…何かの体液かい?》

 イヴリンは気楽に頷き、誰もがこの見たこともないものに臆しているにも関係なく、一息に飲んでしまった。そして軽食らしきものにも手を伸ばしながら言った。

《この断崖にしか巣を作らない紅蓮蜂の蜜を発酵させて、そこにサンドワームの胆汁が入っているんだ。人間には少し強いけれど、この暑さの中ならぴったりの飲み物さ。それとこっちのは、その蜂の巣そのものだよ。彼らが持つ毒は致命的な効果ももたらすが、蜜にしみ出したものは薬効が高い。昔の人々が不死になれる食物として渇望したのもわかるだろう?》

《サンドワームから分けてもらうのかい? 信じられない!》

 アレンがびっくりして言うと、イヴリンはとろっとした蜜がしみ込んだ大きめのワッフルにも見えるものをぱくりと食べ、応えた。

《この世はすべて循環している。蛇族の卵はサンドワームの好物だし、蠍族と蛇族の持つ毒は、紅蓮蜂の毒を生成するのに必要な触媒のような役割を持っている。焔蜥蜴については言わずもがなだが、この裂け目の向こうから侵食してくるかもしれない虚無に対抗する第一の軍勢だ。今なら、三種族が合同で守るだろうがね》

 食べ物に関してあまりこだわりのない大牙が、緑色のどろっとした飲み物を口に含んだ。みるみる顔がしかめ面になるが、飲み込んだところで、ぶるっと震えてぱちっとその眼光鋭い目を見開いて言った。

《なんだこれ。すっげー強炭酸のエナジードリンクみてえだ。んー、違うな。もっと強いやつ。サイバージャンキーどもがよく使うヤクみたいだ》

《つまり、精神的な昂揚をもたらすような?》

 と龍児が言うと、薬師としては貴重な体験とばかりに飲んだり食べたりしていたアルディドが頷く。

《そのようだね。この感じは、危険な麻薬と薬のぎりぎりのラインにあるように思える。蜂の巣の方も刺激的だが、不思議なことに身体中が充足したような心地になるよ。少し持ち帰りたいぐらいだが、これはこの場所に永遠に秘められている方がよさそうだ。薬師としてはとても残念なことだけれどね》

 イヴリンはにっこりとアルディドに笑いかけ、

《あなたはエルフにしては心が広いし、よくこの世の中を知ってらっしゃる》

《はみ出し者だからね、僕は》

 とすっとぼけて応えたアルディドは、先ほどから落ち着かない様子をしている、イヴリンが連れてきた三人の人間を見やり、尋ねた。

《ところで、どうして僕たちはこうして出会ったんだ? その三人組は一体誰だい?》

 イヴリンは、そわそわとしている三人の詩人たちを見やり、アルディド張りにそらとぼけた口調で応えた。

《好奇心は猫を殺すとよく言うが、そんな感じかな。私のところに、このものたちがやってきてね。英雄のことを聞きたいと言うので、こうしてついてきてしまったのだ》

 ここで、グリアナンの、いや、オーランジュ大陸で有名を馳せている詩人は、供された食べ物に手を付けるかどうかためらっている若者たちを見やり、続けた。

《なんとなくここに来る気がしていたし、彼らと共に体験した冒険が忘れられなくてね。それに、この三人はとても変わっているんだ。もちろん確信しているわけではないが、私たちのように魔力を必要としない呪歌の能力は、ひょっとするとこれからの旅に役に立つのではないかと思ったから、こうしてここまで来てしまったのさ。ふふ、詩人にとって、新たな冒険をすることは最大の喜びであり、啓発の星々が降る貴重な機会なんだよ》

《へえ? 詩人なんだ? あたし、てっきりローグだと思ってたわ》

 とやはり食べることを断念した朱音が、興味津々に三人三様の外見をしている詩人たちに言うと、その中の線の細い身体つきをした者が何かに打ちのめされたようにがくっとのけぞり、そのままぱたんと倒れてしまったのである。

《ちょ、ちょっと、何よ、どうしたの?!》

 朱音がびっくりして倒れた者の傍に駆け寄ろうとすると、残った二人の詩人が明らかに動転したように彼女をその場にいるよう身振り手振りを添えて言った。

《ま、待ってくれ、あんたの声、その声さ! 強すぎる! 慣れるまで、ちょっと待ってくれ!》

《はあ? 声?》

 訳が分からないと言いたげに、朱音はその場の者たちに答えを求めるように見回した。すると、イヴリンが苦笑しつつ、倒れたカールの傍に行きながら、応えた。

《確かにあなたの声には覇気がこもっている。詩人はそういうものに過敏に反応してしまうんだよ。つまり、全ての「音」が、詩人にとっては武器にも防具にもなるんだ。大丈夫、あなたたちの覇気のこもった声には正義の信条が完全に貫かれている。だから彼のことは大丈夫だ。そのうち目が覚めて、あなたたちの覇気のリズムを覚えてさらに独創的な呪歌を歌うだろう》

 そしてイヴリンはさらにレイジュウジャーたちを見回し、尋ねた。

《ところで、あなたたちはなぜここにきたのかな? 火竜に火焔鳥まで連れて》

 自分の声が他人を昏倒させてしまったことに驚いていた朱音に代わって、龍児が素直に応えた。新たな三人の自称詩人たちがいたが、グリアナンの元首長たるものが連れてきたということの事実を信頼したのだ。

《隠しても仕方ないことですので言いますが、もちろん、このことはここだけの話にしてください。僕たちは地上のどこかにあると言われる『世界樹の欠片』を探しに、この断崖の向こうに行こうとしているのです》

《『世界樹の欠片』!!》

 昏倒した仲間を気遣っていた二人の詩人が激しく感嘆したように一言叫んだかと思うと、その二人もばたんと倒れてしまった。

《えええっ?! こいつら、どういう神経してんの?》

 両手を蜜でべたべたにしていた大牙があっけに取られて言うと、イヴリンが苦笑いで応えた。

《どうやらあなたたちの覇気は、彼らをすっかり感動させてしまったようだね。目が覚めた時、彼らは必ずあなたたちの崇拝者になるだろうね。だがそれだけ詩の力が増すはずだよ。面白い者たちだ。しかし、『世界樹の欠片』とはねえ。少し会わないうちに相当深入りしたようだ。私でさえ、そのものについてのバラッドは知らない。ただ、うすぼんやりとした伝承があるだけだ》

 それまでじっと話を聞いていたヨティスが武者震いを抑えきれない様子でつぶやくように言った。

《それが現実にあるなど、信じられない…》

 これに対し、アレンが無邪気に言い添えた。

《こんなにわくわくすることなんて、そうそうあるんもんじゃない。こいつは、絶対見極めなきゃな》

 そこへ、また蛇族が何かの食べ物を運んできた。

 それを見た朱音が思わず隣にいた龍児に飛びつくようにして腕を掴み、彼女にしては女の子らしい叫び声をあげた。

《きゃっ、いやよ、なにあれ、うわあっ、こっちにこないで!》

 盆の上でフランベしたように微かに焔を上げているようなものが、もぞもぞと蠢いていた。

 イヴリンは平然とそれを見、言った。

《これはこれは、人間には決して入手できない貴重な食べ物だよ。火の河に棲む焔蛇魚(ウナギ)さ。これを食べると、暑さに耐性がつくそうだ》

《ウナギ? これはどっちかっつうと、ヒ…》

 玄人が言いかけた生物の名前を言わせないかのように、朱音がやたらめったら喚いた。

《いやいやいやいや! なんでみんな平気な顔してんの? ああっ、イヴリンさん、そんなの、食べるの、やめてぇぇぇぇっ!》

 この世界では英雄として唄われるものとなっているものが、にょろにょろとしたなにものかに対してとことん白旗を上げている様子に、アルディドはくつくつと笑いながら言った。

《ナメクジだかヒルだかわからないが、そんなものが怖いのかい?》

《笑いたければ笑えばいいわ! とにかく、そういうの、あたしは絶対だめなのよ!》

 ぎゅうっと龍児の腕を掴み、彼の肩口に額を押し当ててそちらを見ないようにしている朱音に、龍児の珍しく面白がるような声が骨身を通して聞こえてきた。

《郷に入れば郷に従え、だよ。目を閉じれば食べられるかしれないよ》

 朱音は、完全に動揺していたので、多くの人の前で龍児にしがみついているという事実がどれだけ自分にとって影響するか、考えられなかった。彼女は彼の肩の辺りで頑なに頭を振り、強烈に拒否した。

《ぜったいにいや!!!!》

《結構いけるぜ? 塩辛みたいな感じ?》

 と大牙がぺろりぺろりとその見た目の悪いものを食べながら感想を述べると、朱音は涙目で一同を睨みつけると、すっくと立ちあがり、言った。

《みんなして、あたしをいじめて楽しめばいいんだわ! もう、みんななんか、大っ嫌い!》

 と言い残し、朱音はその横穴から飛び出していずこかへ姿を消してしまった。

《食わず嫌いはよくねえぜ》 

 と大牙は言い、玄人はため息をついた。そして龍児は他の者たちの少し気づかわし気な視線に対して応えるように、立ち上がりながら言った。

《確かにちょっとからかいすぎたかもしれないけれど、僕たちはちょっと今込み入った状況にあるんです。だから彼女もちょっとしたことでイライラしてしまうんだと思います。でも、彼女は決して足並みを崩すようなことはしませんから、大丈夫です。僕、彼女を探してきます。外の乾いた空気とぎらぎらとした太陽に当たれば、彼女の気持ちも落ち着くはずです》

 と、龍児もその場から出ていった。仲間たちは別段思うところはなかったようだったが、アルディドとアレンはどこか奇妙な眼差しで彼の後姿を見送ったのだった。

《……ゲテモノより強敵だなあ》

 というアレンの呟きを理解したのは、アルディドと、情緒的なことには敏感な詩人の大家イヴリンだけだった。


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