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“K”iller  作者: YOHANE
6/13

血臭



玄関を施錠し、通路を髪を風に遊ばせながら進む。

アイラといて少し緩んでいた気を引き締めると笑顔の面影と共に表情が抜け落ちた。たちまちにKを包む雰囲気が張りつめ温度が下がる。これから行うことを思うと、自然と目には冷たく物騒な光が宿る。


非常階段は相変わらず無人だが、薄暗いそこではKの姿も影のように薄く、だが闇濃く感じる。気を抜かずに視線を巡らし、睨みつけるように辺りを警戒する。

ただでさえ音の響きやすい非常階段で、結構なスピードで下っているのに物音と言えばかすかな布擦れくらい。滑るように7階まで下りた。幸い通路に人影はない。


肌身離さず持っているナイフの存在を腰のあたりに感じる。Kにとって最も扱いやすい凶器だ。普段はズボンのベルトの背中の部分に装備しており、上からTシャツで覆って隠している。

幾度となく血を吸い、幾人もの命を奪ってきたもの。このナイフに固執しているわけでは無いが、錆びない様に手入れを欠かさず、刀身は曇りなく危険にギラめいている。


ズボンのベルトに固定されたそれの存在を確認すると、目的の709号室へ向かった。人目の付く場所でコソコソしていると怪しまれるため堂々と歩かなくてはいけないが、それでも気配を悟られないため足音は消している。


そしてたどり着いた部屋の前で足を止めた。他の部屋と何の違いもないドア。表札に名前は書かれていないが、中からは笑い声が聞こえる。佐々木と三田の2人に違いないだろう。

昼間から酒を飲んでいるのか声量は大きく、呂律が回っていない。耳を澄ましてみるが内容は聞き取れず、だが2人以外は居ないらしいことは分った。


好都合だ。余計な手間がかからない。


玄関のノブに手をかけゆっくり捻ってみるが、鍵がかかっているらしく開かない。Kはポケットから複雑に曲がった針金を数本取り出すと、鍵穴に差し込んだ。自分の部屋と同じ鍵の種類だ。開けるポイントは熟知している。

器用に弄くることものの数秒。カチっと音がしてあっさりと鍵は開いてしまった。


中の2人はまだ気づいてはいないらしく出てくる様子がない。そのまま押し入ってもいいが、黒い手袋をはめてインターホンを押した。

やはり押し入ってしまおうと考えつつ2度目のベルを鳴らすと、佐々木か三田かは判断できないが乱れた足音がどだどだと近づいてきた。

気配と足音だけで男の接近を窺う。のぞき穴に男が目を寄せるため足音が止まった瞬間、Kは玄関を開けた。


「きっ、貴様はだ――グアッ・・ヴゥ・・・」


ドアに押されバランスを崩したとろこに懐へ飛び込み、躊躇いなく左胸の急所へとナイフを押し付けた。手に確かな感触を感じた。ぐぐっと力を込めてより深くナイフを突き刺すと、鋭利な刃は少しの抵抗を感じつつも奥の心臓を捕らえた。


現れたのは佐々木だった。歳は50に差し掛かろうというところで、痩せた体の下っ腹だけがたるんでいる。ブランド物のワイシャツのボタンはだらしなく外されていて、さらにズボンも皺が寄っている。


顔は赤く耳元にかかる息が酒臭い。相当飲んでいる。

酔いでとろんとして血走っていた目は一瞬で驚きと絶望に見開かれ、やがて引き攣るような声を出したあと虚ろな瞳を彷徨わせて脱力した。


三田はまだこの惨事に気付かずにいるらしく、近寄ってくる様子も動揺している気配も伝わってこない。

Kに力を失い体重を預けてきた体からナイフを抜き取ると、飛び出しこそしなかったが瞬く間に佐々木の胸元が赤く染まっていく。

崩れる体をわざと乱暴に玄関に倒した。重い音をたてて倒れた佐々木はすぐにその場に血を溢れさせ、僅かな痙攣すらもなくなる。


「ささきぃ〜??」

不審な物音がしたが、なかなか戻ってこない佐々木を不審に思った三田が漸く腰をあげた。中年太りででっぷりとした体には油がのっていてテラついた頭と顔を見ていると吐き気が込み上げそうだ。

こちらもすでに飲んで出来上がってしまっているらしく、まっすぐ歩けていないし、不審な物音を聞いたというのに警戒心の欠片もない。


呆れを感じつつもどこに隠し持っているか分からない武器を手に取られる前に、Kは三田の前にすっと姿を現した。


黒ずくめの姿で感情が払しょくされた顔をし、手には血の滴るナイフを持つ冷たい死神のようなKの姿を視認すると、ようやく三田の顔色が赤から青へと変わった。

さらに玄関先で先にあっさりと沈黙させられてしまった佐々木を見ると顔を恐怖で歪めながらも舌打ちした。


「お前…組織の!!!」

震える声で叫び、数歩後ずさる。

同胞・佐々木の血を吸ったナイフは三田に向けられていて、鋭く切っ先が光った。物騒な血染めの刃はまっすぐに標的を狙っている。


「K、か…!?」


何度かその名前は聞いたことがある。幹部の一人がえらくお気に入りの暗殺者で、そいつがえらく優秀な奴だいうことを。その幹部は確実に仕事をこなし、組織内でも高い評価を受けている。そして今目の前にいるのが、その幹部の秘蔵っ子の暗殺者。

 

実際姿を見るのは初めてだが、そう断言できる自信がある。

これまで修羅場を潜り抜けてきたことも、名高い猛者と会いまみえたこともある。けれどこの青年からはその誰からも感じ取ったことのないプレッシャーを感じる。

狂気や快楽ではない純粋な殺意は磨き上げられたかのように鋭く、そして全身が震えるほど冷たい。

切れ長の目の視線の鋭さ、整った顔はまるで磨かれたナイフの切っ先のように美しく、けれど恐怖を感じずにはいられなくなる。

何の考えも読ませない瞳は深い闇のようで、けれどひどく澄んでいるような気がする。


人ひとりを殺した後だというのに、その顔には苦悩どころか歪みすらなく無駄なく立っている。



射殺されてしまいそうな視線に耐えきれず、三田はじりじりと部屋の奥へと後退しながら両手を頭上に挙げた。

Kはそれをゆっくりと無言で追い込んでいく。

恐怖に震える三田の口からは命乞いの言葉が出かかっては消えた。歯の根が合わず、がちがちと鳴っている音が聞こえる。それと同時に瞳には絶望の色が次第に濃くなっていく。


少しばかり勘が良い三田には分ってしまった。

この青年が――“K”が命乞い等に耳を貸さないことを。どんな脅し文句も涙ながらの切なる命乞いをも無視して殺しをしてきた目をしていることを。

ターゲットの姿以外は目に入っておらず、殺すことだけを目的に鍛えられた身体と、扱い慣れた凶器。


組織は大事にこの男を育ててきた。

黒く美しき暗殺者の噂は幾度か聞いた。「死神」だの「Killer」だの称され、所詮人の噂に過ぎず誇張しすぎだと馬鹿にしていた。相手に見えぬ恐怖を与え、反逆を牽制する為の情報操作だと思っていた時期もあった。


けれど、その噂は事実。


いま全身で嫌というほど体感している。

コイツが、“K”だ。漂う威圧感は、たとえ素面(しらふ)で拳銃を持っていても(かな)いそうにないとさえ思わせる程。


全身に冷たい汗が流れ始めると、一瞬で殺された佐々木を恨めしく思う。もし面倒くさがらずに先に玄関へ行っていれば、人生の最期にこんな恐怖を味わわなくてすんだのに。


一歩、また一歩と近づくKに三田は目を瞑った。諦めることが唯一できること。

この青年は自分たち程度の2人なら難なく殺してしまえる。2対1でもだ。

なのに佐々木をこうもあっさり殺し、冷え切った目で自分を捉えている。不気味なくらい平静なこの男は殺人に悦を感じるタイプではない。それが幸いだ。


なるほど、だからKillerか…。死神の名もあながち間違いではないな。

自嘲気味に笑って、からからに乾いた口を開く。


「はッ…裏切りくらいで死神呼ばれちゃな……」


割に合わねぇ。自虐的な笑みを浮かべたまま、三田は意識をブラックアウトした。

三田にはその瞬間がいつ訪れ、そして事が切れたのかすら分らなかった。

首の動脈を切ったことによる出血は多く、Kの体にもいくらかは付着した。しかし、黒い服は血を吸ってもさほど変色することなく、顔についた血だけを洗面所を借り洗い落す。

ナイフに付着した血も滴り落ちない程度に佐々木の服で拭い、2つの遺体が完全に沈黙しているかを確認するとKは何事もなかったかの様に部屋を後にした。



*・*・*・*



ナイフはズボンのベルトに挟み、再びTシャツで上から隠すと手袋をポケットに突っ込んだ。

お昼時の街中は朝よりもいくらか人が増えているように思う。スーツを着た会社員と思しき人々がランチを取りに時計を気にしつつも同僚と肩を並べている。

返り血にまみれた服だと言うのに、過ぎゆく人は誰もKの犯した行動に気づかない。Kの平然とした振る舞いと、先ほど殺人を犯したばかりの人がこんな場所をうろつくはずがないという先入観が、血臭を消してくれた。


騒がしい話し声も忙しく過ぎる時間の流れも、Kからは切り離されているようにその周りだけ空気が異なっていた。

仕事後の張りつめた殺伐とした雰囲気は無意識に人々をKから遠ざけた。


近くのコンビニに入り、弁当のコーナーに立ち寄る。

お昼時をだいぶ過ぎてしまったので種類は半分くらいしかないが、それでもKには多すぎるくらいでアイラに好みを聞いて来なかった事を後悔した。

パンかご飯か麺か…。その3つの選択でも迷ってしまうというのに、それらには様々な味と種類がある。

悩んだ末、無難な幕の内を2つ購入した。



「おかえり!おなかへったぁー」

シロクマを抱えながらやはり笑顔で出迎えてくれた。この笑顔を見ると、張りつめた緊張感がすっと解ける感じがする。


「…どうした?」

リビングに移動してお弁当を置くと、アイラはKを見つめたまま眉を寄せた。むっとしたような、何か気にくわない時にする

「これは嫌いか?」

同じものではなく、別々の弁当を買えば交換もできただろに。何を買うのか悩むのだけで精一杯で頭がそこまで回らなかった。

けれどそうではないらしく、アイラは相変わらずしかめっ面をしながら首を横に振った。

「ケイ、変な臭いがするよ」

「…そうか?」

ギクリと震えそうになった肩を抑えた。佐々木と三田のタバコとアルコール臭で満ちた部屋にいたのはほんの数分で、服に臭いが染み付いたとも思えない。

街にはアイラも連れて一緒に出かけたばかりだ。

だとすれば、自分だけは敏感に感じる事ができているものか…。

「うん。なんか気持ち悪い…」

アイラの手がKの服に伸びる。Kは慌てて立ち上がってその手を避けた。

「シャワーを浴びてくる。食べてろ」

アイラの脇を通り抜けて、脱衣所に入る。入口に鍵を掛けて、服を脱いだ。未だに血が付着したままのナイフを、水で湿らせた上着で奇麗に拭き取る。服は上下ともゴミ箱に入れた。

決して安物ではないが、K自身血の臭いには敏感で、それと同じく同業者にはすぐにバレてしまう。洗濯するより捨てたほうが早いし、むしろこの部屋には洗濯機はあってないようなものだから仕方ない。

服は言えば買い与えられるし、自分で買うにしても金は余っているから問題ない。


熱めのシャワーをさっと浴びて、タオルで無造作に頭を拭きながらリビングに出る。

上気した体の上にまた服を着るのは汗を掻いて不快だが、上半身裸で現れるわけにはいかない。肌に刻まれた多くの傷跡は見てて気持ちのいいのもではなく、アイラが見たらどんな反応をされるか心配だった。

詮索をするでもなく、「気持ち悪い」とでも言うだろうか?

意地でも隠し通そうとは思わないが、あえて見せようとも思わないから取りあえずTシャツを着た。


「ケイ遅いよっ!もうお腹ペコペコ…」

リビングの入り口で思わず立ち止まってしまった。

「……先に食べていろと言ったはずだろ」

お弁当を前に、アイラは箸を持ったまま手を付けずに待っている。Kがシャワーを浴びに行く前に座っていた場所に今もきちんといる。

「ケイと一緒に食べたいの。一人で食べてもおいしくないもん!」

あっさりとそう言うとアイラは無邪気な笑顔を見せた。なんて返したらいいのか分からなくて、無言のままKはアイラの向かいに座った。

「ケイと、シロクマさんとキリンさんとネコさんと一緒に食べるんだぁ!」

アイラの周りには買ったばかりのぬいぐるみが寄り添っていて、シロクマだけが膝に乗っている。

「…汚すぞ」

「え?」

呆れて呟いた。アイラはちょうどお弁当のふたを開け、おかずを取ろうとしていた。

「食べこぼしをするだろう」

意味を測りかねていたアイラにそう付け足してやると、理解したらしく、むっとしてしまった。

「アイラこぼしたりしないよっ!上手に食べられるもん」

そうは言いつつも、Kに従ってシロクマも他の二つの脇に置いた。K的には3つとも別な場所に移動しろという意味だったのだが、ここはアイラの上手とやらを信用して何も言わなかった。


「ケイ、ニンジン食べてー?」

シャワーを浴びていた間に、せっかく温めてもらって来たお弁当は冷たくなってしまっていた。

アイラは煮物に含まれている一口サイズのニンジンをKの口元に差し出した。

彼女も困ったような表情をしているが、K自身はそれ以上に困惑し瞳を揺らしている。

首を少し伸ばせば口に入る位置にニンジンは迫っている。

――捨てろ。

そう言おうとして開けた口に、気づけば放り込まれていた。

一瞬思考が止まった。何をしているのだと、口を閉じながら考えた。

「ありがとう!Kも嫌いなのあったら言ってね!ニンジン以外なら食べてあげるねっ!」

楽しそうに喜ぶアイラを、Kはニンジンをゆっくりと噛みしめながら茫然と見いた。

コンビニ弁当も不味くはない。口の中に広がる煮物の味を感じながらふと気づいた。むしろこの冷めた弁当が美味しいのかもしれない。

そう気づくと、今まで口にしてきた栄養剤的な物がいかに味が薄かったかを知った。

誰かと食卓を囲むことが苦痛ではないと、初めて思えた。

得体の知れない食品を誰かにどこかで監視されながら食べていた過去もあった。Kが何かを一口含むたびに隣でデータを取られていた時はいつもよりまったく食が進まなかった。妙な緊張感だけを感じていた。


今まで食事とは腹が減るから満たす、ただそれだけに近いことだった。しかし、このような時間が持てるのなら、億劫ではなく楽しいものだ。

Kはテーブルにご飯粒を落としながら食べるアイラに微笑んだ。食べるのが上手だと自負していた結果がこれか。膝の上になんてあの白いぬいぐるみを置いておいたら絶対汚れていた。

無意識に口の端が持ち上がり、ふっと息が漏れる。

食べることに夢中のアイラも、Kも、この微笑みに気づくことはなかった。


それを知り、驚きを隠せない者はただ一人、闇の中から目を瞠っていた…。






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