第百四十五話 プロローグ
黒が支配する空間で、二人の魔人が巨大な結晶の中に体を閉じ込めた主を見据えている。
隣には別の結晶が二つ浮遊しており、金色のメッシュが入った髪を持つ獣人族の少女とドワーフ族の少女が閉じ込められている。結晶からは金色の光が漏れ出しており、魔王の結晶へと流れ込んでいく。
まるで工場の作業工程を監視しているかのような目で眼前の光景を眺めながら、リラは口を開く。
「ブラウ、獣人族とドワーフ族の巫女の確保、ご苦労だった」
「ゲルプとロートの陽動のおかげだ。まぁ、あいつらも消えたようだがな」
ゲルプとロートが消滅してしまったことはすぐに分かった。
「グリューンも廃棄されてしまったのだったか。魔人も随分と減ってしまったものだ」
「弱い魔人など元より必要ない」
「なるほど」
リラの回答は実にシンプルでブラウ好みだ。
弱いから負ける。負けたから弱い。
理由などそれだけでいい。
「そろそろだな」
呟くと、リラは掌に緑色の光を出現させる。
グリューンが学習したものを抜き取ってきた『人間の感情』という名の情報である。
それを、魔王の封じ込められている結晶へと流し込む。
「魔王様、今、お返し致します」
言うと、リラは自分の『眼』に躊躇いなく指を突っ込んだ。
ぐちゅぐちゅという生々しい音が蠢き、淀みのない動作で眼球を抉りだす。
リラは自身の眼球を魔王へと差し出すと、光となった二つの球体があるべきところに戻るかのように魔王へと吸い込まれていった。
その後、魔王から発せられた光がリラの体を覆い、彼女の目を再生する。
「還したのか、お前の眼を」
「そうだ。私の眼は巫女を探すためのモノ。グリューンへの『疑似感情』という名の『命令』よ同じように、魔王様より私に与えられた特別な眼。それを今、魔王様へと返した」
魔王の封じ込められた結晶が禍々しい輝きを放つと、内包されたエネルギーに堪え切れられなくなったかのように結晶が砕けた。
破片が粉々になり、中から黒髪の男が姿を現すと、リラとブラウは膝をつき、首を垂れた。
「よくぞお戻りになられました魔王様」
「リラか。どうやら上手くやったようだな。二人の『巫女』を捉えたか」
ぐっ、と魔王ラヴァルスードは拳を握る。
「残りは三人か」
「はい。既に確認しているユーフィアを除けば未確認の『巫女』は二人。片方はエリカ・ソレイユが有力候補かと思われますが……既に『眼』はお返しいたしました。二人の『巫女』から力を吸収した今のあなたならば、以前よりも強化された『眼』の力を使うことも出来るでしょう。つまり、」
これまで『巫女』探しはリラが持つ特別な『眼』の力を使っていた。
だが、元々はラヴァルスードの力だったもの。魔人であるリラでは十二分に力を発揮することが出来ず、手間をかけて候補者に揺さぶりをかけることしか出来なかった。
だが、二人の『巫女』の力を得た今のラヴァルスードならば。
「あァ。手間をかけずとも、視界に捉えずとも。ただ念じるだけで『巫女』を『視る』ことが出来るはずだ」
以前のラヴァルスードですらそんなことは出来なかった。
少なくとも、視界に入れる必要はあった。
だが今では、それすらも不要。
「奴らはこれまで残りの『巫女』を必死に隠してきたのだろう。だが、その努力は今より無となる」
言うと、ラヴァルスードは眼の力を発動させる。
彼の体内を駆け巡る新たな力……『金色の魔力』により強化された力が、三人の『巫女』を捉えた。
そして、彼女らの体内に巫女の魔力が表面化されないような封印が施されていることも知った。
「なるほどなァ……」
くつくつと、ラヴァルスードは笑みを零す。
「『ルナ・アリーデ』と………………『フェリス・ソレイユ』か」
傑作だ、とラヴァルスードは笑う。
片方はラヴァルスードの姉に似ている少女。
そしてもう片方はエリカ・ソレイユが必死に隠してきたであろう少女。
「やはり、エリカ・ソレイユは」
「あァ。『巫女』だというのは嘘だろうな。これまで妹のために必死に、欺いてきたのだろう。わざわざ封印まで施して、隠し通してきた。だが、その努力も今、強大な力で無になった」
どれだけの思いと覚悟があったとしても。
今の魔王の力は、それらを理不尽なまでに叩き潰すことが出来る。
これが『支配』の力。
魔王の、力だ。
「さァ、行こうじゃないか」
たった二人の力を吸収しただけで、ラヴァルスードはこれまでにない高揚感に包まれていた。
力を感じる。
今ならば何でもできそうだと思えるほどに。
しかも、まだ『上』があるというのだ。
待てない。
今すぐ手に入れたい。
三人の巫女を。
「残りの『巫女』を回収しに」
ラヴァルスードが手を翳すと、目の前に門が現れ、開いた。
転移魔法の応用。
目の前の門をくぐるともう『巫女』は目の前だ。