第百四十六話 襲来、黒の魔王
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魔神達との戦いのあと、俺たちは傷を癒すために転移魔法を駆使して大陸を渡ってギルドホームへと戻り、休息をとっていた。
エルフの大陸側に及んでいた『再誕』の魔の手は徐々に引いていったことも確認していた矢先のことだった。
「獣人族とドワーフ族の大陸で襲撃事件……これって、まさか」
俺たちが魔神たちと戦っている最中、別の大陸で二人の少女が襲撃され、攫われたという情報が入ってきた。
攫われた少女の情報を確認して分かった。彼女らは間違いなく現代の『巫女』だ。
ラヴァルスードは二人の『巫女』を手に入れたということになる。
目の前の魔人たちと戦っていることに精一杯で、他の巫女たちのことを考える余裕がなかった。
状況は良くない方向に転がっている。
二人の巫女を手中に収めたとならば、やつはきっとその力を取り込んでくるはずだ。
巫女の力を取り込んだラヴァルスードは前世ではありえなかった。
俺たちの知らないところで深刻な事態が進んでいたことに気が重くなりつつ、周囲の様子を確認する。
ダンジョンでの戦いで負ったダメージこそ深刻で、みんなの体力や怪我は回復しきっていない。
まだ疲労を残している。
残った巫女はちょうどこの場にいるユーフィア様と、ルナと……あとは、どこかへと消えてしまったエリカさんか。
とはいえ、今となってはエリカさんが巫女だということには疑問符がつく。少なくとも、俺の中では。
記憶を取り戻していく中で思い出したことがあるのだ。
それは、『巫女』たちが持つ特徴として……彼女たちは皆、綺麗な金色の髪を持っているという点。
ラヴァルスードはそれを偶然だと思い込んでいたようだが、俺にはわかる。あれは彼女たち巫女が持つ『金色の魔力』による副作用のようなものだ。
だから彼女たちは皆、金色の髪を持っている。
交流戦前に黒髪のマリアさんを狙ったりしたのはおそらく髪を染める等といった偽装工作の可能性も考慮したからだろう。
「…………記憶、か」
ふと、リーナさんの話を思い出す。
元々勇者であるがために白魔力を宿していた俺は、転生した際に黒魔力も授かった。
それによって『黒魔力を殺す』性質を持つ白魔力の影響で俺の記憶が少しずつ前世の記憶に浸食されつつある。それはつまり、『ソウジ・ボーウェン』としての記憶が消されつつあるということ。
ここ最近、フェリスたちをかつての巫女と重ねつつあるのは前世の記憶の浸食が進んできたせいだ。
記憶の浸食が起きたのは、ラヴァルスードとの戦いで『最輝星』を習得したことが原因だ。
かつての力の一端を取り戻したことで勇者としての力が大きくなっている。
勇者に近づけば近づくほど、俺の記憶が消されていく。
みんなと過ごした楽しい思い出も、消えていく。
「っ」
考えたくもないことに頭の中がいっぱいになりかけて、俺は思わず席を立った。
「ソウジ、どうしたの?」
「ああ、いや……ちょっと、外の空気を吸ってくる」
「……だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。ありがとう」
クラリッサとチェルシーに心配されつつ、俺はふらっとした足取りで外に出た。
息を吐きだすと、頭の中のもやもやも一緒に出てくれるかと思ったがそうもいかない。
「ソウジくん…………」
追いかけてきたのか、心配そうな表情をしたフェリスがゆっくりとした足取りで近づいてきた。
まるで雲に覆われた太陽のように……彼女の顔からは笑顔が消えている。
ズキッと胸が痛んだ。
「ん。どうかした?」
できるだけ冷静に、平常心のつもりで、笑顔を作る。
「無理に笑わないでください」
けれどフェリスには、一発でバレてしまった。
「無理に笑ったソウジくんの顔は……見たくないです」
「そっか。……すごいな、フェリスは。分かるんだ、そういうの」
フェリスは悲しげに笑うと、
「分かりますよ。だってわたし、ソウジくんのことはずっと見てきましたから」
「そう、だったんだ…………いや、そうだったな」
そうだ。
今までもそうだった。
「こういう時、いつもフェリスが傍に来てくれてたよな」
「えっ。そ、そうですか?」
「そうだよ。いつも心配して、隣にいてくれた」
だから俺はここまでやってこれたんだと、あらためて感じる。
「でも、わたしには隣にいることしか、できません」
彼女はきっと、俺の記憶のことを言っているのだろう。
確かにこれはどうしようもないことだ。
俺本人にすら。
「ソウジくんは……これからも、『最輝星』を使うんですか」
「使う。使わなきゃいけない、と思う」
前回の戦い。ブレイヴモードでなければラヴァルスードには太刀打ちできなかった。
魔神にも勝てなかった。
「でも、それだとソウジくんの記憶が……!」
「ん。そうだな。あの力を使えば使うほど、俺は前世の自分に近づいていく……今ある記憶も、前世の記憶に塗りつぶされていく。自分が誰なのか、分からなくなってくる」
その果てに何があるのかは俺にも分からない。
ソウジ・ボーウェンとしての記憶が消えて、前世の記憶だけが残ってどうなるのか。
考えただけでゾッとして、心が弱気になったのか、
「…………正直、怖いよ。今、ここにいる自分が消えてしまうと思うと。自分で自分のことすら、忘れてしまうのも」
「――――っ!」
ぽろっと本音を零すと、今にも泣き出しそうなかおをしたフェリスが走り寄ってきて。
俺の体を、だきしめた。
「ちょっ、フェリスっ!?」
「わたしが覚えています」
「えっ?」
俺の胸に顔を埋めて、必死に、精一杯に。
今ここにいる俺を繋ぎ止めようとしてくれているかのようだった。
「わたしが、覚えています。ソウジくんが忘れたとしても……わたしが、わたし達がソウジくんのことを覚えています。ソウジくんは、ちゃんとここにいます」
自分でも何を言っているのかわからないのか、フェリスはとにかく必死の様子だった。
「だから、そんなこと言わないでください。消えてしまうなんて……消えないでください。わたし、嫌です。ソウジくんが消えるなんて、そんなの、絶対に許しません」
俺はフェリスのことを抱きしめて、彼女の思いにこたえる。
「…………うん。そうだな」
どれぐらいそうしていただろうか。
互いに恥ずかしくなってきて、名残惜しくありつつも俺たちは離れる。
それでも手だけは繋がっていて、フェリスは顔を赤くすると俯いた。
「あの……ごめんなさい。いきなり、こんな」
「いや、ありがとう。なんか、ちょっとだけ気が楽になったから」
「そ、そうですか」
しばらくしてフェリスは「そうだ」と言うと、ポケットから赤いペンダントのようなものを取り出す。
「ソウジくん。これを受け取ってくれませんか」
「これは?」
「五歳の時、両親からもらったもので、ソレイユ家に代々伝わるお守りだそうです」
「へぇ…………」
赤い宝石のようなペンダントに、俺は前世の記憶と照らし合わせても見覚えがない。
ということは、エフィリアの代の後から出来たものなのかな。
「普通、こういうのは姉さんが持つべきだと思うのですが、なぜかわたしがもらったものなんですけど……今はソウジくんを守ってほしいですから」
「いいのか? そんな大事なもの」
「はい。わたしは、ソウジくんに持っていてほしいんです」
「……分かった。ありがとう、大事に持っておくよ」
受け取ったものをそのまま身に着けようとすると、フェリスが「つけてあげます」と言って俺につけてくれた。
つけてくれている間、ちょっぴり恥ずかしかったけれど、それはフェリスも同じなようで頬がより赤くなっていた。
つけ終わるとまた沈黙が流れる。
でも不思議と沈黙が心地よかった。
恥ずかしいような、照れくさいような。
「そ、ソウジくん」
沈黙を、フェリスが破る。
彼女はりんごのように顔を赤くしたまま、恥ずかしそうに、何かを言いづらそうにしていて。
それがたまらなく、愛おしいと思った。
「あ、あの……わたし…………ソウジくんの、ことが……」
彼女が先の言葉を言い終える前に、
「――――――――ッ!」
ぞわり、と。
首筋を悪寒が駆け抜けた。
直後。
「見つけたぞ」
ベキリ、と。
空間を無理やり突き破るような、食い破るような音が響き渡る。
視線を向けると、黒い染みのような空間が空を浸食し、汚染している光景が目に飛び込んできた。
「お前は…………!」
目を見開く。
黒い空間から現れたのは、
「ラヴァルスード!」
魔王、ラヴァルスードだった。
「ソウジ・ボーウェン……それに、ああ、ちょうどいいところにいるじゃないか」
ラヴァルスードはフェリスを視界に捉えると、うっすらとした冷たい笑みを浮かべる。
「セラフィナより力を受け継ぎし『巫女』……フェリス・ソレイユ」
「ッ!?」
ラヴァルスードの言葉には確信が込められていて、当のフェリス本人は驚いたように目を見開いている。
「フェリスが…………巫女」
やはりエリカさんの言葉は嘘だったんだ。
それもおそらく、魔人達からフェリスを守るためあえて自分が巫女だと嘘をついた。
でも、どうしてラヴァルスードがそれを知っているのか。
俺の疑問を読み取ったかのように、魔王は言葉を奏でる。
「これも『巫女』の力を二人分、取り込んだ成果というやつだ。ソウジ・ボーウェン。だからこそ、遠隔地から巫女を特定し、この七色星団が作り出した特別な結界の中にも転移することが出来た」
やはり巫女の力は取り込まれていた。
守り切れなかったことに悔み、唇を噛む。
「だからこんなことも出来る」
ラヴァルスードが手を掲げる。
そしてその視線は、俺とフェリスの背後にあるギルドホームに向いている。
まさか、
「やめっ――――」
制止する間もなく魔力が解放され、重力が生み出される。
ラヴァルスードの冷たい笑みと共に黒い魔力の塊が炸裂し――――ギルドホームを押し潰し、破壊した。




