第百四話 プロローグ
男は、強大な力を持って生まれてきた。あまりにも強く、大きく、絶対的な力を。そんな生まれついての強者だった男には一人の姉がいた。今となっては遠い過去の事だが、強大な力を持つ男ですら姉には勝てなかった。男にはそれが我慢ならなかった。何より許せなかったのは、生まれついての強者である自分を差し置いて姉が『王』の玉座についていた事だった。
その大陸を統一し、『王』を名乗り始めた姉が治める大陸は豊かな緑と大地に恵まれた命を育む土地だった。男からすれば自分の生まれ育った大陸がそんなくだらない状態であることにも我慢できなかった。男は姉を凌駕すべく、その時をひたすら待った。待って、耐えた。耐えて、力をつけた。
やがて男は姉すらも凌駕する力を得た。
男の邪悪で強大な力を抑えきれなくなった姉はある日突然、姿を消した。
空白となった玉座に男は二人目の『王』として君臨することになった。
大陸は変わった。
かつての豊かな緑と大地は荒れ果て、争い、戦い、楽しむ為だけの単なる『戦場』へと姿を変えた。
やがて大陸内だけでは満足できなくなってしまった王はついに他の大陸へと戦争を仕掛けた。王は強大な力をもってしてあらゆる敵を排除した。
そんな王の前にある日、姉が現れた。
彼女には信頼できる仲間たちが出来ていた。
信じられないことに姉は、とある人間の少年に己の力を託していた。
男は姉から力を託された少年が嫌いだった。
少年が纏う鎧は、男が持つ力と同じモノだったからだ。
☆
秋のレーネシア魔法学園は活気に満ちていた。学生生活における一大イベントの開催が近づいていたからだ。今の時期ばかりは生徒たちは皆、興奮を隠せなかった。更に言えば今年は多大陸からやってきた他種族の生徒もいるのだからいつもとは違うイベントになることは間違いなく、そのことが更に生徒たちを興奮の渦に巻き込んだ。
だがそんな生徒たちの状態とは真逆に、ソウジ・ボーウェンは気の抜けた表情をしながら空を見上げていた。
アイヴィ・シーエルの邪人化事件以降、ソウジはずっとこの調子である。
あの日、ソフィア・ボーウェンはギルドホームで休んだ後にソウジ達の前から姿を消した。『星遺物』を持ったまま。ただ、姿を消す前にソウジ達に「『星遺物』の調整を行ってくるわ」という言葉を残してはいるのだが。
その日以降、ソウジはずっとこの調子だ。
ソウジはただただソフィアの事が心配だった。同時に、彼女が何をするのかも分からなかった。口ぶりからするとソウジの安定しない『最輝星』を何とかするためという事は分かっているが。
アイヴィ・シーエルに関してはルーク共々現在療養中で、二人とも既にかなり体調が回復しているらしい。優しくて人望のあった彼女のもとには医務室に様々な生徒がお見舞いに来たし、お見舞いカードの中には大人気アイドルのものも混じっていたのだから驚きだ。騎士団のメンバーが事情聴取していたが、何も収穫は無かったらしい。どうやら記憶を操作されていたようだ。ソウジにとっては彼女が無事に帰ってきたことが救いだ。
「ソウジ、ソウジっ!」
「え、あ」
ぼーっとしていたら、唐突にクラリッサの声で現実に引き戻された。改めて視線を向けてみると、ぷくっとかわいらしく頬を膨らませたクラリッサがそこにいた。
「なにぼーっとしてるのよ?」
「ごめん。ちょっと考え事してた」
「どうせまた師匠さんのこと考えていたんでしょうけど、今はこっちに集中しなさいっ」
「ん。わかった。ごめん」
これ以上クラリッサお姫様のご機嫌を損ねるわけにはいかないなと苦笑するソウジ。クラリッサは「さて」と仕切りなおしつつ、ギルドホームの中にいるメンバーを見渡した。
「全員揃っているわね。あらためて、近々行われる『学園祭』についての会議をはじめるわよっ」
クラリッサは興奮したように耳をピコピコとさせている。同じように楽しみにしているのか、チェルシーもいつも通りのクールな表情を保ちつつも耳はピコピコと動いている。
「『学園祭』ですか……もうそんな季節なんですね」
以前からこの学園に住んでいたルナがしみじみとした声を出した。
「『学園祭』っていやぁ、今回は参加する側なんだよなぁ。オレの場合はいつも見に来る側だったんだけど」
「わたしも同じです。だから、今回はとっても楽しみです」
レイドとフェリスがお互いにワクワクしたように声を揃えている。
「そういえば『学園祭』について俺ってまだぜんぜん知らないんだよな」
「あー、オレもだな」
「わたしたち、王都にはあんまり来たことなかったもんね」
ソウジはつい最近、王都にやってきたのだ。だからこのレーネシア魔法学園の『学園祭』に関しては情報が不足している。それはライオネルとユキも同じだ。
みんなの口ぶりからするとかなり楽しそう、という事は雰囲気で分かるのだが。まあ、前世でも高校の『学園祭』というものはあったのでイメージは掴めるのだが。
「一年に一度この学園で行われる、簡単に言えば学生で行うただのお祭りだ。ギルドや個人など、生徒が模擬店や出し物を行うんだ。毎年、外部からもたくさんのお客さんが来るから結構盛り上がっているぞ」
「歴史もケッコー古いんだぜ。王都の人達にとってはもう馴染みのお祭りだな!」
オーガストとレイドの解説で大体の概要は掴めたソウジ、ライオネル、ユキの三人。クラリッサはというと、ぐっと小さな拳を握りしめ、
「言っとくけど、わたしたちにとってはただのお祭りじゃないわよ! 何しろこの『学園祭』が、『秋のランキング戦』なんだからね!」
「どういうことなんだ?」
「……戦闘じゃなくて、模擬店での売り上げや人気度で個人やギルドにもらえるポイントが決まる」
この『学園祭』では生徒たちは模擬店や出し物を行う事が出来る。『学園祭』終了後には結果発表が行われ、そこで売り上げの高いところや来場者によって行われる人気投票などで人気のあったところが表彰される。その成績によって加算されるランキングのポイントが決定するのだ。
「ほー。つまり『学園祭』は戦闘力に自信のない生徒にもチャンスがあるってわけか」
ライオネルが感心したように頷く。
「ええ。『アイデア賞』なんかもありますから、売り上げや人気が上位陣に比べて振るわなくても別の面で評価されればポイントを狙えるんです」
「それに最優秀チームには特典も出るのよね」
「特典ですか?」
首を傾げるユキに、クラリッサがどやっとした顔で、
「そう! 聞いて驚きなさい、なんと今回の審査員投票によって決まる最優秀賞受賞者には――――」
「……賞金で百万エストと優勝チームのメンバー全員に『五大陸フリーパスポート』が授与」
「そうそう。賞金とフリーパスポートが……ってチェルシぃいいいいいいいい!」
「……クラリッサ、もったいぶりすぎ」
「ううううう! せっかくわたしがびっくりさせようと思ってたのにっ」
「まあ、クラリッサのかわいいドヤ顔が見れたから良いんじゃないか」
「う、うるさいわよソウジっ。べつにどやってないもん!」
ぷくっと頬を膨らませるクラリッサに微笑ましい気持ちになりつつ、特典に関してはかなり魅力的だとソウジは思った。賞金はともかくとして五大陸フリーパスポートはかなり便利だ。
「五大陸のフリーパスポートぉ!? おいおい、たかが学生の『学園祭』にそんなもん特典にしちまっていいのかよ」
冒険者であるライオネルの身からするとそんな感想が出てくるのも当然だろう。五大陸フリーパスポートといえば特に冒険者ならば喉から手が出るほど欲しい代物だ。
安全に大陸間を渡るには船を利用するなどいくつか方法があるものの、いずれにしても大陸に足を踏み入れた際には厳しいチェックや検査が課せられるし、大陸を渡るにはそもそも許可がいる。だが『五大陸フリーパスポート』さえあればいつでも大陸に入り放題だし、行動範囲もぐっと広まる。更にこのパスポートそのものが身分の証明になり、別の大陸でも身分をハッキリと保証してくれる。そんなパスポートだからこそ、持っているのはごく一部の限られた者のみである。
「それにしてもかなり魅力的だなぁ。冒険者として言わせてもらえばオレは素直に欲しいもんだ。オレはここの生徒じゃないから参加できないのが本当に残念だぜ…………」
冒険者ではないにしてもそれはソウジも同意だ。いずれ自分はこの学園を出ていくことになる。ソフィアの体を元に戻す手がかりを探すために。その時にはきっと他の大陸を渡ることも必要になってくるだろう。フリーパスポートがあれば色々と事が楽になることは間違いなく、ソウジでも欲しい。
「でしょ? だから、この『学園祭』はわたしたちも本気でいくわよ!」
「……おー」
実家に仕送りを行っているクラリッサとチェルシーからすれば賞金は是非とも欲しいところだろう。ソウジだって、この二人の助けになれるなら頑張るつもりだし、個人的にフリーパスポートも欲しい。
いずれこの学園を出て、場合によっては世界を巡る必要が出てくるのだから。
(そうなったら……)
ソウジはこの場にいるギルドのみんなに目を向けた。『学園祭』に向けて楽しそうに意見交換をかわしている。
(みんなとも、お別れになるんだよな)
いつか来るかもしれない、来るであろう仲間たちとの別れ。
それを思うと、心の中がチクッと傷んだ。
「よし、それじゃあわたしたちは何をやろうかしら!」
「もしかしてノープランなのか?」
「ち、違うもんっ。わたしはみんなの意見を取り入れよーとしてるのよ!」
「怪しいなぁ」
「……あのね、ソウジ。クラリッサ楽しみにしすぎて夜更かしして考えてたんだけど、いつも寝落ちしちゃうの」
「それで結局、考えがまとまらなかったのか。まあクラリッサらしいっていえばらしいかな」
「ちょっ、チェルシー! それは恥ずかしいから言わないでって言ったでしょう!」
クラリッサが顔を真っ赤にしてチェルシーを揺らしている。いつも通りのとても微笑ましい光景に心が和む一同だったが、「とてもいげんのあるぎるどますたー」を目指すクラリッサからすればそれがお気に召さないらしい。ぷくーっと頬を膨らませつつも、このままでは話が進まないと思ったのかあらためて意見を募る。
「と、とにかく! 今日話したいのはわたしたちは何を出そうかなってコト!」
「狙いはもちろん最優秀賞なんだろ?」
「当然よっ!」
クラリッサが目をキラキラと輝かせている。
「難題を仰るなぁ、うちのギルドマスターは」
「でも、楽しそうじゃないですか」
「そうだけどさ」
フェリスもこういうのは好きなのかとても嬉しそうだ。はたから見てわかるぐらいにわくわくしている。
「でも実際問題、かなり難しいよなぁ。少なくともヒューゴ先輩のギルドなんか毎年売り上げトップなんだぜ? オレも毎年行ってたから見たことあるけどすげぇぜ、先輩のところのは」と、レイド。
かつてソウジも戦った、三年生のヒューゴ・デューイが率いるギルド『ドネロン商会』は魔道具などの開発に特化したいわゆる生産系のギルドである。彼らの本領が発揮されるのはむしろ『学園祭』のような場所であり、毎年売り上げ一位を譲っていない。
「ふっ、確かに先輩のギルドは強敵だ」
最大のライバルにして障害の存在を改めて認知し、空気が少し重くなりかけたところを自信を含んだオーガストの声が切り裂いた。
「しかし、僕にはとっておきの秘策がある!」
ぐっ! と拳を握りしめるオーガスト。その目は水属性のくせしてメラメラと謎の炎に燃えている。
「秘策、ですか?」
ルナが首を傾げている。オーガストは更に、蒸発してしまうのではないのかというぐらいの熱気をまとい、声を更に張り上げた。
「ずばり! 演劇だ!」
『演劇?』
首を傾げる一同。オーガストはキラキラと子供の用に目を輝かせて更に力説する。
「そうだ!」
「演劇っていっても、どんな内容のものをやるのよ」
「……それに、脚本は誰が書くの?」
「安心しろ。それは僕にも考えがある。題して、『姫を守る黒騎士物語』! 脚本は僕だ!」
「待ってください勘弁してください許してくださいこの通りですお願いします」
勝手にメラメラ燃えるオーガストの口から出てきた言葉に一瞬で反応したソウジは土下座をしながら懇願した。
「というかまて、冷静に考えろ! そもそもどうしてこうなるんだ!?」
「『黒騎士』は今や注目の的だ。話題性も高い。集客も十分に見込める! それにユーフィア様にヒロイン役をお願いすれば注目は更に高まって――――」
「それだけは本当にやめるんだ! そんなことを頼めばきっとユーフィア様は乗り気になって目をキラキラさせてまたあの恥ずかしい黒騎士の演説を……うぐう……!」
頭を抱えるソウジ。もしそんなことになれば恥ずかしさで死んでしまいそうだ。例えるなら、黒歴史ノートを広げられて音読されたような感じだろうか。
「う……うううううう! こうなったら、オーガストを始末するしか……」
「どこまで思いつめてるんですかソウジくん」
「そうだフェリス。俺の代わりに黒騎士役を……」
「わたし、女の子なんですけど」
「大丈夫! 問題ないって!」
「大有りですよ!?」
それに、とフェリスがもにょもにょとしながらボソッと、
「わ、わたしはお姫様役がいいです……」
顔を赤くしながらそんなことを呟いた。
「そ、そうだ! せめてお姫様役をフェリスにすれば…………!」
『ちょっとまった!』
ソウジが一筋の希望(と言えるのかどうか分からないほどか細いものだが)を見出したところにまったをかけたのはルナ、クラリッサ、チェルシーの三人だった。
「お、お姫様役ならわたしも挑戦してみたいです……」
「わたしもソウジのお姫様になりたいもん……え、えっと、ほら、ぎ、ギルマスだしっ! こういうのは義務よ! ギルマスの義務!」
「……クラリッサ、それはちょっとずるい」
「そ、そうですよっ。クラリッサさんはずるいですっ」
「ふぐぅ!? ず、ずるじゃないもんっ!」
「ちょっと待ってくださいみなさん! ソウジくんのお姫様はわたしですっ」
「待ってくれ、俺はこの劇そのものに反対……」
『ソウジ(くん・さん)は黙ってて!』
バチバチバチッと女性陣の間で火花のような視線が交わされる中、一人蚊帳の外にされるソウジ。
「おいオーガスト、とりあえずフェリスたちを止めてくれよ」
「ふむ……まずはプロットからだな」
「大道具、小道具なら任せろ。オレ、こういうの得意だからな」
「ああ、任せた。ふふふふふ……張り切ってきたぞ」
「お前らもか……! お前らもやる気なのか…………畜生っ……!」
どうやら逃げ場がないことに気が付いたソウジは自分の無力さを噛みしめることしかできなかった。




