パラレル短編 イヌミミ魔法少女マジカル☆くらりっさ
クラリッサ・アップルトンは幼馴染のソウジと共に私立レーネシア学園に通う、ごくごく普通の女子高生である。
裕福過ぎず貧しいというわけでもないとても普通で一般的な家庭で育ってきた。魔法だとか、そういう物語の中にしかないような不思議な力とは無縁の人生を送ってきた彼女は、今日も今日とて魔法とは無縁の生活を送るのだ。
☆
じりりりり、という目覚まし時計の音に眠りの世界から現実へと引き戻されたクラリッサはぱしっと目覚まし時計を叩いて音を止めた。もぞもぞと心地よい布団の中で動いてから遅刻、という単語を頭に思い浮かべ、観念して起き上がる。
「うー……ねみゅい……」
小さく欠伸をしながら、お気に入りのピンクの花柄パジャマの姿でトコトコと部屋の中を歩くクラリッサ。そのまま一階に降りて既に朝ごはんの支度をしてくれた母親であるディアールに声をかける。
「おはよう、ママ」
「あらぁ、おはよう」
ディアールは今日もニコニコと笑顔で出迎えてくれる。彼女の笑顔には毎朝癒されるのだが、いつもおっとりしているのでそこがたまに心配にもなる。だからこそ、一人娘の自分がしっかりしなければとクラリッサはいつも心の中で思っていた。
「……今日の朝ごはんはパンケーキ?」
「うふふふ、そうなの。昨日、テレビで見て美味しそうだなぁって思って作ってみちゃったわ」
「まったく、ママったらすぐにテレビに影響されるんだから」
「……もぐもぐ。とってもおいしい」
「そうよねチェルシーちゃん。美味しかったらそれでいいのよ。ねー」
「……ねー」
「まあ、確かに美味しいケド」
「……クラリッサ、紅茶もあるよ?」
「ありがと。えーっと……………………って誰よアンタ!」
「……クラリッサ、お母さんに向かって誰よアンタは失礼」
「そうよぉ。チェルシーちゃんはえらいわねー」
「……ねー」
「ママじゃなくてアンタのことよアンタの!」
「アンタじゃないでしょ、チェルシーちゃんよ」
「ママはちょっと黙ってて!」
びしっ! とクラリッサが指を向けたのはチェルシーと呼ばれた少女である。白く美しい髪を持ち、無表情ながらも首をちょこんと可愛らしく傾げている。しかもパンケーキをもぎゅもぎゅと食べており、あろうことか頭にネコミミが生えている。
クラリッサはこんな少女のことなど知らない。ディアールは相変わらずニコニコとしているが、この家に彼女とクラリッサの二人以外住居人はいないはずなのだ。
「なんか当然のように居座っているけどアンタ誰!? ていうかなんでネコミミ!? って尻尾まで生えてるじゃない!」
「……………………(もぎゅもぎゅごっくん)ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「うふふ、それはよかったわぁ」
「ふふん、当然よ。ママの作るごはんはどれもとーっても美味しいんだから! ってそうじゃなくて!」
きょとんとしながら首を傾げるチェルシー。クラリッサはこのままではきりがないと思ったのか質問をディアールにぶつけることにした。
「ママ、このネコミミつけたわけのわからない子をどこから拾ってきたの!」
「家の前よぉ。お腹を空かせてたみたいだから拾ってきちゃった」
「本当に拾ってきたの!?」
「だってほっとけないでしょう? 倒れてたんだもの」
あくまでも比喩的な意味で言ったことなのに本当に拾ってきたという事実に驚くクラリッサ。だがこの母親ならばあり得ないことではないと思えてしまうのがなんというか残念だ。
「ああ、もう! アンタちょっとこっち来なさい!」
どうやら母親に聞いてもこれ以上の情報は得られそうにないと考えたクラリッサはチェルシーの手を掴んでそのまま自分の部屋まで連れ込んだ。ここならば一対一でゆっくりと話すことができる。登校時間までそんなにないから本当にゆっくり、というわけにもいかないが。
「それで、アンタはいったい何なの?」
家の前で倒れてた、ということはタダゴトではない。警察に引き渡すにしても、まずは事情を聞いてからだ。あのおっとりしすぎた母親の前だと話もあまり進まなさそうだし。
「……わたしはチェルシー。魔法の国、『いぬねこ魔法王国』からやってきた猫の精霊」
「どうやら頭を強くぶつけたようね。一緒に病院に行きましょう」
「……わたし、どこもおかしくないよ?」
「頭が『おかしい』って言ってるのよ!」
「……わたしの頭、美味しくない」
「それは『お菓子』!」
「……風邪をひいた時に食べさせてもらえるの?」
「それは『おかゆ』! ていうか二文字しか合ってないじゃない!」
二文字しかあっていないとかそんなことはどうでもいい、とクラリッサは頭を切り替える。
「はぁ……ていうか魔法の国って、そんな嘘までついてアンタ何がしたいのよ……」
「……ホントだよ? わたし、魔法の国から来た精霊さん。にゃあ。それにここにはちゃんと目的があってきた」
ピコピコとネコミミを動かすチェルシー。この謎の耳と尻尾は何なのか、どういう原理で動いているのかはクラリッサには理解できなかったが、だからといって魔法の国の精霊さんだとかそういう話を信じるつもりはない。
「胡散臭いわね……で、その目的って?」
「……クラリッサに『魔法少女』になってもらうこと」
「残念ながらわたしにコスプレをする趣味は無いんだけど」
「……こすぷれ? 違うよ」
「じゃあネットゲームか何かのお誘い? わたし、ゲームはあんまりやらないんだけど」
「……違う。ホントに『魔法少女』になってもらうの」
「ホントにって言われても……魔法少女ってよくわかんないけどかわいい衣装来てマジカルステッキみたいなの持って魔法を使うアレのことよね?」
「それであってる」
「で、なんで私がそのコスプレをしなくちゃならないのよ」
「……だからコスプレじゃない」
頑なにコスプレであることを認めないチェルシーに対して、クラリッサは別の切り口から攻めてみることにした。何とかして目の前の謎のネコミミ少女を病院にぶちこまなければ本人の為にもならない。
「魔法の国から来た精霊さんっていうのなら、証拠を見せなさいよ証拠を。わたしを魔法少女とやらにしてみせなさいよ」
できるわけもないことを口にしながら、クラリッサは目の前にいる頭のおかしな子をどうやって病院に運んでいくかの算段をしていた。対するチェルシーはじっとクラリッサの目を見て、
「……わかった」
「え?」
チェルシーの返答が予想外だったクラリッサは呆気にとられながらぽかんと口を開ける。
この満ち溢れた自信……もしかして本当だったりして……。
なんて思っていたクラリッサだったが、チェルシーが出してきたのは一枚の紙きれだった。
「……じゃあ、この紙に名前書いて」
「なにこれ?」
「契約書」
「な、なかなか凝ってるわね。なになに……『クラリッサ・アップルトン(以下、甲)とチェルシー・ベネット(以下、乙)は、いぬねこ魔法王国式少女星眷使い(以下、魔法少女)について、以下の条件で契約する』……って何この夢も希望もない契約書」
なんか、もっとこうファンタジックな契約書をイメージしていたのだが思ったよりも事務的というか現実的というか、そんな感じのものだ。
まるでネットか何かからテンプレートをダウンロードしてきたような。それが返って偽物っぽさが出て、完全に油断したクラリッサは呆れかえったように名前を書いた。
それが間違いだった。
「……契約完了」
「っ!?」
突如として足元から魔方陣が浮かび上がり足元から謎の光が吹き荒れ、クラリッサを包み込んだ。彼女の体は謎の光に覆われてしまい、彼女自身もいきなりのトンデモ展開にあたまがついていけない。
「え、ちょっ、もしかして本当に――――!?」
後悔したが遅かった。謎の光は勢いを増してクラリッサの体を包み込み、彼女を魔法少女へと変身させる。紫を基調としたやたらとフリフリとした装飾の衣装を身にまとい、手には杖のようなモノを持っている。更にイヌミミとイヌのような尻尾まで生えてきてしまった。
ぴかっという何やら派手な効果音の後に変身が完了し、クラリッサは一瞬にして変わり果てた自分の魔法少女姿に唖然としていた。
「え、な、な、な、なにこれ!?」
「……それが魔法少女『マジカル☆くらりっさ』」
「何その名前!?」
本当に変身してしまった。ということはチェルシーは、本当に魔法の国からやってきた精霊だったのだ。当のチェルシー本人はというと「うーん」と唸るや一言。
「……物足りない」
「アンタ今のわたしの格好みてそういう事いうの!? これ以上どんな恥をかけっていうのよ! ていうかさっさと元の姿に戻しなさい!」
「……やっぱり、変身後の決め台詞が必要?」
「無視かぁ――――――――!」
クラリッサの言葉を涼しい顔をして無視するチェルシー。彼女がついっと指を空中に滑らせると、クラリッサの体が不意に謎の力で動き出した。クラリッサの意思に反して彼女自身の手足や口が動いてしまう。言葉すら、自分の思うように喋れなくなっていく。
自分の体が不思議な力に支配されていく感覚。
恐怖を感じたクラリッサ。
怖い。これからわたしはどうなるの。
体を支配して、目の前のチェルシーという精霊は何をするつもりなのか――――。
「あなたのハートにさんだーぼると♪ イヌミミ魔法少女マジカル☆くらりっさ、華麗に参上っ!」
ばちっと綺麗なウィンクを決めてポーズまでバッチリ決めると、すっと不思議な力が体から抜けて自由になったクラリッサ。だが体は決めポーズのまま硬直している。
「……………………」
「……………………」
「なに今の」
「……変身後の決めポーズ&決め台詞だけど?」
「いやそうじゃなくて」
さっきの恐怖の感情が途端にバカらしくなったクラリッサ。
ため息をつきつつ、チラリと時計を見てみると時間的にはかなり危ないところまで来ていた。いつも家を出ている時間より十分もオーバーしてしまっている。
「わわっ! やばい、遅刻寸前じゃない!」
時計を見るや否や自分の格好を忘れて反射的にドアへと駆け寄ろうとするクラリッサ。そこでようやく、彼女は自分の部屋のドアが開いていることに気がついた。更に言えば、外からドアを開けたソウジ・ボーウェンという幼馴染がバッチリとクラリッサの事を見ていることに気がついた。
ぴたっと止まりダラダラと冷や汗を流しながらソウジと見つめあう形になったクラリッサ。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………そ、ソウジ……?」
「……………………や、やあ。おはよう。クラリッサ」
ぎこちないながらも朝の挨拶を浮かべるソウジ。
クラリッサは自分の今の姿を鏡で確認する。
紫を基調にしたフリフリの魔法少女服。
手にはマジカルステッキ。
頭に生えたイヌミミと、お尻に生えた尻尾。
どこからどう見ても、『朝っぱらから魔法少女のコスプレをしている女の子』にしか見えない。いや、それだけではない。自分はチェルシーに操られていた状態とはいえあんな恥ずかしいセリフと決めポーズを行ったのだ。そんなところまで見られてたとしたら。
「……………………見た?」
「……………………ナ、ナニヲカナ?」
「……………………質問を変えるわ。…………どこから見た?」
「…………………………………………『あなたのハートにさんだーぼると☆』から……」
「……………………そう」
冷静になって状況を整理しよう。
今のクラリッサ・アップルトンは完全に『朝っぱらから魔法少女のコスプレをしてバッチリと決め台詞や決めポーズをとって遊んでいる女の子』である。
「~~~~~~~~!」
かぁぁぁっと顔が熱くなるのが分かった。
「……………………そ、それじゃあクラリッサ。お取込み中だったのにごめんな。俺、先に行ってるから……えっと、頑張れよ?」
静止する間もなくバタンとドアが閉まり、幼馴染のソウジは先に学園へと登校しに行ってしまった。
残されたクラリッサはというと、たっぷり一分ほど時間をかけてからフリーズから解放され、ベッドに倒れこんだ。
「きゃあああああああああああああああああああああああ! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい――――! なんでよりにもよってソウジに見られるのよ――――――――! ていうかそもそも何よ! なによなによなによなによなによ! 『あなたのハートにさんだーぼると』って! 意味わかんないんだけど!」
さながら黒歴史を思い出したかのように(というか本人にとっては完全に黒歴史となったのだが)じたばたとベッドの上で悶え苦しんでいるクラリッサ。顔はトマトのように真っ赤になってしまっている。
「……クラリッサ、かわいい」
「かわいい、じゃないわよ! ていうかなんてことしてくれたのよ!」
「……だいじょうぶ。可愛かったから」
「ぜんぜん大丈夫じゃないんだけど!?」
むしろ被害は甚大だ。
「…………『あなたのハートにさんだーぼると♪』(ぼそっ)」
「やめてぇえええええええええええええええええええええええええ!」
本人の意思とは関係なく黒歴史が生み出されてしまったクラリッサは再びじたばたとベッドの上で悶え苦しんでいる。
「しかも、よりにもよってソウジに見られちゃったじゃない! ど、どどどどどどどうしてくれるのよ!」
「……ソウジに見られると問題あるの?」
「問題しかないわよ!」
顔を真っ赤にしながら抗議するクラリッサを見て、チェルシーは少しだけ考えたあと、
「……わかった。クラリッサ、ソウジのこと好き好きだいすき?」
「にゃにおっ!?」
「……図星」
「図星じゃないもんっ!」
「……じゃあ、ソウジのこと嫌い?」
「べ、別に嫌いじゃないけど……アイツとはただの幼馴染だしっ。でもでも、ソウジになでなでされるのは嫌いじゃないわよ。どちらかというとだいすきっていうか……えへへっ」
両手をほっぺに当てながら尻尾を振るクラリッサ。彼女の反応を見たチェルシーが、
「……わかった。クラリッサ、ソウジとらぶらぶちゅっちゅしたいんでしょ?」
「ふにゃっ!?」
もともと真っ赤だった顔が更に赤くなっていく。どうやらチェルシーの放った一撃はクリーンヒットしたようで、クラリッサは明らかに冷静さを失っていた。
「ら、らぶらぶちゅっちゅ!? な、なななななによそれわけわかんにゃいわよっ! て、ていうか、わたしとソウジはただの幼馴染なんだから、別にそーいうことは……したい……けどそうじゃなくて! そ、ソウジとは幼馴染なわけであれでこれで……そう! アイツは昔っからなんかほっとけないのよ! ちょっと抜けてるところもあるし、泣き虫だし……あ、でも勘違いしないでね。昔の事よこれは。今はその……けっこう、頼りになるし、この前作ってもらったお料理も美味しかったし。悔しいけどね。体も大きくなってきて男の子なんだなーって思う事も増えてきたし、なでなでしてくれる手も大きくなってきてドキッてするしっ。この前なんか、お姫様抱っこしてくれたし。わたしの作ったお弁当も美味しいって言いながら食べてくれるし、あーんもしてくれたし。それとそれと……」
嬉しそうに尻尾をふりふりしながら語るクラリッサに、とうとうチェルシーがため息をつきながらまったをかけた。
「……クラリッサ、惚気るのはあとにして」
「の、惚気てないわよ!」
「……そうなんだ」
呆れたようにため息を再度、つくチェルシー。クラリッサもようやく正気に戻ったようで、ジトッとしながらネコミミ精霊に視線を向ける。
「それで、わたしを魔法少女にして何がしたいのよ、アンタは」
チェルシーが本物の精霊だという事は分かった。
だが問題はクラリッサを魔法少女にして何がしたいのかという事だ。
「……実はこの世界に敵がやってきた」
「敵?」
「……そう。魔王オーガスト率いる悪の組織、『8月のオサカナ帝国』」
「わぁー。ぜんぜん悪そうじゃない名前」
「……恐ろしい事に、奴らは王都レーネシア商店街を支配しようとしているの」
「うん。支配ってところは物騒な感じがするんだけど悪の組織の割にスケールが小っちゃいわね」
「……奴らの目的はレーネシア商店街を我が物にし、商店街の人達と交流を深め、町内会の会合に参加し、共に策を練り、イベントを開き、自身の支配した商店街を有名にすること」
「それってつまり商店街の人達と協力して町興しをするってことでしょ?」
「……奴らのせいでわたしの故郷も…………」
「チェルシー……うん。そうよね、悪の組織だもの。やっぱり本当は悪いことをしてるのよね」
「…………今では観光客数も年々増加し、話題沸騰、超人気観光地になってしまった……!」
「さーてと。そろそろ学園に行かなくちゃ。着替え着替えっと」
「……クラリッサ、一緒に戦おう」
「ごめん。なんでそうなるのかしら」
「……悪の組織、それはつまり魔法少女の敵」
「アンタの言っているやつらが敵だと魔法少女って商店街の敵になっちゃうんだけど」
「……クラリッサ、騙されちゃだめ」
「むしろ騙されてるのはアンタじゃないかと……」
「……敵のやり口はかなり巧妙。中にはお菓子で買収された人もいる(もぐもぐ)」
「鏡を見てみなさい。お菓子で買収されたマヌケな精霊がそこにいるから」
期せずして魔法少女になってしまったクラリッサであったが、どうやら大して問題はないようだとほっとした。
「…………イヌミミ魔法少女マジカル☆くらりっさの戦いは、これからも続く」
「まだ戦ってすらいないんだけど!?」
☆
一方、その頃。
「フハハハハハハハハ! 現れたな魔法少女め!」
「なあオーガスト。お前なにやってるんだ?」
「フハハハ……げふんげふん。ああ、レイドか。いやなに、魔法少女が現れた時の予行演習をと思ってな」
「ほどほどにしとけよ。これから町内会の会合があるぞ」
「フン。分かっている。今行く。ふふふふふ……魔法少女め、モタモタしているとこの僕がこの街を活性化させてしまうぞ! フハハハハハハハハハハハハハハ!」
魔法少女の知らないところで、地域活性化計画は着々と進行しているのだった。




