第百三話 エピローグ
ソフィアはあの後、力尽きたかのようにパタリと眠りについてしまった。ソフィアを寝室に運び込むと、そのままベッドに寝かせる。額に汗を浮かべながら眠りにつく彼女を見ているだけでソウジは自分が過去にどれだけの過ちをしてしまったのかを思い知る。
☆
かつて、ソウジは『スクトゥム・デヴィル』の『最輝星』――――『黒い最輝星』を発動させようとしていた。ソフィアの下で修行に励み、二つの星眷を眷現させたという前代未聞の偉業を成し遂げたソウジは今思えば調子に乗っていたのだろう。
次の領域である『最輝星』への挑戦は結果的に言えば、失敗だった。
まず試してみたのは『アトフスキー・ブレイヴ』だった。現在のソウジがフレンダと戦った時に見せたように、力が暴発しかけてとても制御しきれなかった。次に試したのが『スクトゥム・デヴィル』。これがソウジにとって最も忌むべき結果を生んだ。
過去に発動させた『スクトゥム・デヴィル』の『最輝星』は、暴走した。
暴力的なまでの、圧倒的な力の奔流に飲み込まれたソウジは『黒い最輝星』を発動させた瞬間に意識を失った。
次に目を開けた時、目の前に広がっていたのは膨大な量の破壊の痕跡。
大地や木々は徹底的に破壊され、さながら獣が力の限り、本能の赴くままに暴れ去った後のようだった。
ソウジは自分が鎖に縛られていることに遅れて気づき、目の前にいるソフィアの体がボロボロで――――泣いていることに、気づいた。
「ごめんね……」
「師匠……」
「ごめんね、ソウジ。痛かったよね……ごめんね……」
ソウジはすべてを理解した。自分は暴走してしまい、ソフィアを傷つけたのだ。暴走したソウジを止めるためにソフィアは一生懸命頑張ってソウジの事を傷つけまいとしていた。結果、自分が傷つくことになってしまった。でもソウジを止めてやるにはどうしても、攻撃しなくてはならなくて。ソウジを傷つけることになってしまって。
だから彼女は、泣いているのだ。
「ごめんな……さい……俺の、せいで……」
謝るべきは自分のせいだ。
自分が弱いからこんなことになってしまったのだ。自分がもっともっと強かったらきっと、こんなことにはならなかった。
鎖から解放されたソウジは『最輝星』の影響か体にほとんど力が入らなかった。体力も消耗しきっていた。
ソフィアもソウジを止める為に少し体力を消耗していた。
ヤツが現れたのは、その時だった。
ソフィアの力が弱った所を狙い澄ましたかのように、この時をずっと待っていたかのように突然、謎の襲撃者は現れた。黒いマントを身に纏い、顔をフードで覆っていたから正体は分からない。だがその全身からあふれ出る邪悪な魔力は相手が只者ではないこと、決して良い存在ではないことは分かった。
謎の襲撃者――否、魔王はソフィアといくつかの言葉を交わしながら激突した。
消耗していながらもソフィアは優勢だった。
どうやら相手も万全の状態ではないようで、これなら師匠は勝てるとソウジは思った。
――――魔王が、消耗して身動きの取れなくなっているソウジを見つけるまでは。
ソフィアと真正面からぶつかっても勝てないとふんだ魔王はソウジを見つけるとニタリと顔を歪ませた。そのままソウジに向かって無数の鎖を放った。鎖が何をするための物なのか分からなかったが、今のソウジがアレをまともにうけるとロクな事にならないことは理解できた。逃げなければ。そう思うが体が動かない。
もうだめだ。目を閉じた。優しい温もりがソウジを包み込んだ。何かを守ろうとする温もりが。直後、ドスッという何か鋭いモノが人体に突き刺さったかのような音が聞こえてきた。おそるおそる目を開けると、ソウジの目の前にはソフィアがいた。
彼女は優しく微笑んでいた。
「無事で良かった……」
ほっとしたような声。逆にそれがソウジには辛かった。ソウジの目は、彼女の背中に突き刺さる無数の鎖も捉えていた。泣きそうになった。泣きたかった。不思議な事に声が出なかった。
「もらったぞ、『世界最強』の力を――――――――!」
魔王は歓喜に打ち震えているかのようだった。今にも高笑いをあげそうな。トドメを指すかのように、今度は鎖に邪気と共に『呪い』を流し込む。
ソフィアはそんな魔王に対して殺気を向けると同時に『ソレ』を行動に移した。ソフィアは魔王に向かって『呪い』を放った。
「ッ!」
魔王がそれに気づいたのはソフィアから『呪い』を放たれてからほんの一瞬。ソフィアにとっては遅すぎるし、それだけの時間があれば『呪い』を流し込むことなど造作もない。魔王も咄嗟の判断力という点に関しては天才的だった。瞬時に自分へのリスクを理解して鎖を切断した。バキィンッ! という音と共に、ソフィアを蝕んでいた鎖が砕け散る。だが彼女の中から、『星霊』の大部分が魔王へと吸収されてしまっていた。
「ぐ、お……おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
魔王もタダでは済まなかった。ソフィアの『星霊』を吸収する際に『呪い』を流されていた。『星霊』そのものを利用した、常人ならば即死するほどの『呪い』を。さしもの魔王も、かろうじて生き残り、ようやく回復しつつあった不完全な状態とはいえ深手を負わされたのだから逃げるしか手がなかった。
魔王がその場から去った後、ソフィアはソウジの頬を優しく撫でて――――、
「げほっ、ごほっ!? がッ…………ぁ……ぐ……!」
口から大量の血を吐き出して、大地に倒れ伏した。
そこからの事は今でもよく覚えていない。ソウジは動かない体を必死に動かしてソフィアを小屋まで運んで看病した。あの時はソフィアの意識が回復するまでずっと泣いていた。
ソフィアの意識が回復するのに、三日の時間を要した。
☆
「ッ……」
似ている、とソウジは思った。
今目の前で寝ている自分の師の姿は、あの時、あの日、『ソウジ・ボーウェン』という『弱点』を突かれてしまったソフィアが力を失ってしまった時と。
思わず拳を握る。
自分はなんて無力なのだろう。
あの時と何も変わっていない。
何もできない。
後にソフィアから聞いた話によると、ソウジは星眷が二つ使える。だからこそ、二つの力が干渉しあって『最輝星』が安定しないのだろうと。
よって、ソウジの星眷は現状では『最輝星』をまともに発動させることが出来ない。発動させることが出来たとしても、安定化させるのはかなり難しい。
だからこそソウジは『最輝星』を使わない。使いたくない。『アトフスキー・ブレイヴ』の『最輝星』ですら使うのを躊躇う。ましてや『スクトゥム・デヴィル』の『最輝星』など。
怖い。
怖いのだ。
あの力を使うことが。
あの領域に入ることが。
何気なく手に視線を降ろすと、震えていることに気がついた。
ああ、自分はなんて弱いのだろう。
そんなことを思いながら、ソウジは静かに『星遺物』を外した。これをソフィアが必要としているのなら、渡すべきだと思った。不思議な事に、『星遺物』を外しただけでとても不安になった。まるで、仲間たちが自分の手から離れて行ってしまったかのような。
ただの錯覚だと頭を振ったソウジは、静かな眠りにつくソフィアの傍に『星遺物』を静かに置いて、部屋から離れた。
とりあえずこの章はこれでエピローグです。
何となく、息抜きに本編まったく関係ないパラレル的な短編を書いてみたい(書くとは言ってない)。




