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第九十四話 朝の一幕

 フレンダは自分に与えられた部屋の中、机に向かって報告書をまとめていた。ソウジ・ボーウェンと実際に戦ってみた時の記録やここ最近、彼のことを調べ上げた成果を羊皮紙に埋めていく。実際のところ、彼はとても強かった。あの最輝星はまだ不安定だが、その不安定な状態ですら負けてしまった。転移魔法による奇襲を防げたのも事前にデータを集めていたから。対するソウジはというとこちら側のデータは殆ど無かったはずだ。つまりフレンダは有利な状態で戦ったということであり、そのうえで敗北した。これを完敗と言わずになんというのか。

 正直、ショックかと言われればその通りだ。リベンジも果たしたい。だがそれよりも優先しなければならないことがある。彼が『黒騎士』であるか否か。それが重要だ。

 あの民たちの噂になっている『黒騎士』、そして『白騎士』と呼ばれる二人の戦士。あれは現在、世界中で活動している魔法犯罪組織、『再誕リヴァース』へと繫がる重要な手がかりだ。おそらく彼らはあの『再誕リヴァース』についての情報を何か知っている。騎士団側とすればその情報は是非ともほしいところだ。が、あの正体不明の二人の騎士が味方なのか、敵なのかも分からない。あの騎士たちの持つ力は強大であり、それがこちら側に向けられればひとたまりもない。

 今はまだいい。『再誕リヴァース』の連中と戦っているだけの今ならば。だがその真意は不明。これまでの経緯から敵ではないと信じたいが、いかんせんあの力は強すぎる。不用意に信用して王族や民たちに危険が迫ることもあり得る。もしそうなった場合、あの二人はこの街の……否、この国の敵となる。消さなければならない。だがもし、本当に味方だったのならば。もしそうだったなら、力を貸してほしいとは思う。


「……ソウジ・ボーウェンか」


 フレンダの脳裏を過るのは親しくしている大切な友達の顔。彼女、クリスの兄が、調査対象であるソウジだ。バウスフィールド家が起こした事の顛末は既に調査済みである。だからこそ、あの歪な家がフレンダには許せなかった。いうなればソウジもクリスも被害者だ。そうでなくともクリスは大切な友達だ。

 だが……。もし、黒騎士の正体がソウジだったとしたら。そしてソウジが本当は、民たちにとって害をなす存在だったとしたら?

 その時はソウジを倒さなくてはならない。手段は問わない。不意打ちだろうと毒殺だろうとなんだろうと、あらゆる手段を使う。国の戦力を総動員してでもその刃をあの騎士たちに向けるだろう。だが、その時、自分は彼に刃を向けることが出来るのだろうか? あのクリスの兄に。ソウジが生きていたことを知った時のクリスの笑顔を思い出すと胸が痛む。


「…………」


 ただフレンダに出来るのは信じることだけ。

 クリスの兄が黒騎士ではないということを。

 そして仮に彼が黒騎士だったとしても、この国の敵ではないことを。


 ☆


 ソウジとフレンダの模擬戦はあっという間に学園中に知れ渡っていた。まあ、あれだけ多くの人に見られたのだから当然ではあるのだが。ため息をつきながら、ソウジは食堂に向かう為に廊下を歩く。


「ソウジくん、ちょっと疲れてますか?」


 隣を歩くフェリスが心配そうな表情で覗き込んでくるのでこくりと頷く。


「ん……そうだな。昨日は『最輝星オーバードライブ』だって使ったし、それにフレンダのこともあるから……」


 明らかにこちらを探るような動きをしてきたフレンダ。それに、いつまた魔人たちが仕掛けてくるかもわからない。悩みの種はつきないのだ。


「もしわたしに何か出来ることがあるのなら言ってくださいね。力になりますから」

「オレも力になるぜ、ソウジ」

「うん。ありがとう、二人とも」


 あらためて、自分はクラスメイトに恵まれているなとソウジは思う。こうして心配してくれる人がいる幸せを噛みしめつつ、まずは一日のエネルギーを蓄えるべく食堂へと向かう。すると、ちょうど食堂の入り口のところで珍しい人物と出くわした。


「あっ、ソウジにーちゃんだ」


 生徒会に所属している、ルーク・ベンソンである。見た目はルナたちとそう変わらないし、実際の年齢も確か十三歳ぐらいだったはず。だが飛び級でこの学園にいるだけでなく、生徒会にまで所属している。二年生では最強の実力を持っていると言っても過言ではないだろう。


「ルーク先輩」

「あはは。ボクのことは呼び捨てでいいよ。年下に敬語って疲れるでしょ?」


 にっこりと笑うルーク(十三歳)。この子供らしい、無邪気な笑顔に女性ファンも多いと聞く。そのルークだが、手にはなぜか箱のようなものを持っていた。


「いや、そういうわけにはいきませんよ。先輩ですし」

「んー。まあ、それでいいならいいんだけど。そうそう、ちょうどよかったよ。実はソウジにーちゃんを探してたんだ」

「俺を、ですか?」

「うん。生徒会長さんから、朝はここにソウジにーちゃんがいるから渡すようにって言われてさ。はい、これ」


 ルークから箱を受け取ったソウジ。生徒会長、つまりエリカ・ソレイユからの贈り物である。魔人関係か何かだろうかと思ったが、仮にそうだとしてそれをルークに運ばせるだろうか。それなら直接渡せばいいのだ。重要な物なら尚更。


「あはは。そう警戒しなくてもいいよ。確かそれ、生徒会長さんが言うにはファンレターらしいから」

「ふ、ファンレター?」


 驚いた表情をするソウジが面白かったのかルークはケラケラと笑っている。


「そうそう。ほら、ソウジにーちゃんって交流戦に出てたでしょ。交流戦に参加した選手にはたまにこうしてファンレターが届くことがあるんだよ。『交流戦凄かったです』『これからも頑張ってください』みたいな内容のやつ」

「そうだったんですか」

「あ、ちなみにフェリスねーちゃんのは全部、生徒会長さんのところでシャットアウトされてるらしいよ」

「そ、そうですか」


 まあエリカならやりかねないことである。


「ファンレターかぁ。やるじゃねぇか、ソウジ」


 レイドがニヤニヤしながらからかってくる。ソウジのこんな反応が珍しいからだろうか。


「う、うるさいな。……」

「ふふっ。でもよかったです。ソウジくんのことを応援してくれる人がいてくれて。わたしはとっても嬉しいですよ?」

「……うん。ありがとう」


 最初の頃は周囲から散々な視線で見られてきたソウジからすればありがたいことである。そしてこの応援の手紙をもらったことを、フェリスが素直に祝福してくれたことも嬉しかった。


「あ、そうそう。確か生徒会長さんからの伝言があったっけ」

「姉さんからの伝言ですか? まったく。姉さんのことですからまた何か変なことを――――」

「『黒のガキのファンレターは女の子からのものが大半』だって」

「ソウジくん、今すぐその手紙をこちらに渡してください」


 いったい今の一瞬の間で彼女に何が起こったのだろうか。

 フェリスのあまりの豹変ぶりにソウジとレイドは思わずたじろいでしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれフェリス。いったい何が……」

「聞こえませんでしたか? はやくそれを渡してください、と言ってるんです。わたしも一緒に確認しますから。ふふっ」


 にっこりとした笑顔を浮かべるフェリス。だがその眼は明らかに笑っていない。というかぶっちゃけ怖い。


「あ、それと、『黒のガキに至ってはファンレターじゃなくてラブレター』だってさ」


 がしゃん。


 と、背後で何か物を落としたような音が聞こえてきたのでソウジはそーっと背後を振り向く。

 そこにいたのは、


「…………兄さん、ラブレターをもらったんですか?」


 フェリスと同じ、ニコニコ笑顔(ただし眼は笑っていない)のクリスだった。

 足元には四人分のトレイが散らばっている。おそらくソウジたちを見かけたので先にトレイだけ持ってきてくれようとしたのだろう。そして彼女の視線は、ソウジが手に持っている箱の中に注がれている。


「ラブレターらしいですよ、クリスさん」

「みたいですね、フェリスさん」

『うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』


 この時、ソウジはこの二人の美少女を心の底から怖いと思った。これならば魔人を相手にした方がよっぽどマシだ。


「お、おいソウジ……どうするんだ?」

「…………逃げる!」


 なぜか身の危険を感じたソウジはそのまま転移魔法で何処へと退散する。


『逃がしませんっ!』


 二人の少女たちは転移したソウジを追ってその場から駆け出した。

 置いてけぼりにされたレイドは友人の無事を祈りつつ、先に朝食をとるべく食堂へと足を踏み入れた。


 ☆


「なーんか大変なことになっちゃったみたいだねぇ」


 ケラケラと笑いながら、ルークはどんどん小さくなってゆく二人の少女の背中を見つめる。先ほどの伝言は生徒会長から絶対に言うように厳命されていたことだが、まあどうせこの状況を狙っているのだろう。

 そしてルークには、もう一つ生徒会長から頼まれていることがあった。


「あ、いたいた」


 その人物がフラフラと廊下を歩いているのを見て、ルークは走り出し、その人物へと追いつく。


「おっはよう! アイヴィねーちゃん!」

「は、はいっ!? お、おおおおおおはようございますぅ!」


 後ろから声をかけただけだというのに、同じ二年生にして生徒会に所属しているアイヴィ・シーエルはびくぅっ! と飛び上がりながらルークに挨拶した。そんな彼女の反応に思わず苦笑しそうになるがそこをぐっとおさえていつもの笑顔で話しかける。


「もー。そんなにビビんなくたっていいのに」

「はぅ……ご、ごめんなさい……」

「ほらー、また無意味に謝るぅ。ボクも同じ二年生だよ? ていうか普通に年下だし、もうちょっと堂々としてていいんじゃない?」

「そ、そういうわけには……」


 先ほどのソウジと同じような言葉をはくアイヴィ。だが彼女の場合はソウジとは違って「自分如きが」という意味も含まれる。


「まあ、いいや。アイヴィねーちゃんも朝ご飯まだだよね? じゃあ一緒にたべよー」

「ひゃあっ!?」


 アイヴィの同意を得る前にルークは彼女の手を引っ張り、食堂へと誘導していく。

 これも生徒会長から言われたことだ。

 彼女――――アイヴィ・シーエルの事を頼んだと。

 そう言われたのだ。


 アイヴィは交流戦以降、日に日に落ち込んでいくばかりだった。話を聞いてみれば、あの砦で……マリアとエドワードが赤の魔人と名乗る存在に襲われていた際にアイヴィもその場にいたのだという。その時はちょうど魔人とマリアたちが戦っている最中であり、アイヴィはその光景を見て恐怖し、自身の星眷の能力で隠れていたそうだ。

 他国のとはいえ一年生の二人が重傷を負っていく中、自分だけが安全な場所に隠れて逃げていたことに酷く負い目を感じているらしい。そのことがあってあれからずっと落ち込んでいるようだった。

 そこで白羽の矢がたてられたのが、生徒会では普段からアイヴィと一緒によく過ごしているルークであった。ルークにはアイヴィを励まし、立ち直らせてほしいとのこと。

 そしてルークはそれを了承した。


(アイヴィねーちゃんには、色々と世話になったからね)


 ルークはアイヴィにはとても感謝している。飛び級でやってきた彼がこの学園に馴染めるようになったのもそれはアイヴィのおかげであった。だからこそ、その恩返しも含めて今度は自分がアイヴィを立ち直らせると決意した。

 だからこそ、ルークはその手を引っ張る。

 彼女の支えとなるべく。




 ――――だが、ルークは知らない。


 自分が手を引く彼女のポケットの中に、怪しげな輝きを放つ、邪悪な結晶があることは。

 そして自信を失った彼女がルークではなく、その黒く濁った結晶に縋ろうとしているということも。







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