第九十五話 三つの変化
投稿時間ミスってしまいました……。
ルークは、その才能ゆえに飛び級でこのレーネシア魔法学園への入学を果たした。当時はまだ十二歳かそこらの年齢であり、年齢的に明らかに浮いていた。基本的に面白いことが好きなルークではあったが、学園での暮らしはどうにも面白いとは思えない。これなら魔学舎で同年代の子供たちと一緒にヒーローごっこでもした方がよっぽど面白い。まあ、その才能ゆえに友達なんて一人もいなかったのだが。
飛び級で自分よりも上の歳の生徒たちがいる場所に飛び込めば何かが変わるかと思ったが、ルークの才能は周囲の生徒たちを凌駕していた。それこそ、ランキングを一気に駆け上がるなんて造作もないぐらいに。
(つまんないな……)
それが正直な感想だったし、そんな態度を隠そうともしなかった。
いつしか彼の周囲には誰一人として立つことは無かった。
簡単に言えば浮いた存在になっていたのだ。
ただでさえ飛び級という枷があって周囲に馴染みづらいのに彼の才能がそれを加速させていた。自分たちよりも下の『子供』が自分たちよりも圧倒的な才能をもってして淡々と課題をこなしていく様は周囲の学生たちには面白くなく、陰口も嫌というほど叩かれていた。特に定番なのが「年下の癖に生意気だ」系統である。
年上だからって偉いわけじゃないだろうに。
そう心の中で呟くだけのルークの方がまだ大人といえるだろう。
(もう面倒だから、サボろうかな)
授業の内容もルークにとっては簡単なものばかりで退屈だ。それに校舎の中にいると更につまらない。周囲からの陰口を聞き流すのが面倒だ。
とある日の昼休み。
サボろうかサボるまいか、そんなことを考えながらどこかに行こうかと廊下を歩いている時だった。
「す、すみません。ど、どいてくださぁい」
ふらふらと覚束ない足取りで、一人の少女が廊下を歩いていた。その両手で大量の紙の資料を抱えており、彼女の覚束ない足取りの原因がそれだと思われる。見るからに危なっかしいその少女は、ルークの目の前でぐらりとバランスを崩した。
「ひゃあっ!」
小さな悲鳴と共に資料が崩れ落ちる――――ことはなかった。
「ふぇっ?」
その少女……アイヴィ・シーエルは目を真ん丸にしていた。目の前の小さな少年ことルークの足元から伸びた影が人の形と成り、彼女の抱えていた資料を受け止めていたからだ。
「大丈夫? っていうか、危ないなぁ」
「ご、ごめんなさいっ!」
「ていうか、アンタだって浮遊魔法ぐらい使えるでしょ? なんで使わなかったのさ」
「え、えっと……その、わたし、魔法があまり上手じゃなくて……」
「浮遊魔法もまともに使えない人、はじめて見たよ」
申し訳なさそうに言う少女と、呆れたようにため息をつく小さな少年。それが、アイヴィ・シーエルとルーク・ベンソンの出会いだった。
その後、ルークは成り行きでアイヴィの資料運びを手伝うことになった。その時にアイヴィは何度も謝りながら、ルークのことをたずねる。
「あ、あのぅ……助けてもらって失礼なんですけども、あなたってもしかしてルーク・ベンソンさんでしょうか?」
「そうだけど。何か悪い?」
アイヴィの質問につい棘が出てしまう。どうせこいつもまた、年下だからといって自分を見下すのだろう。陰口を叩いている連中と同じだ。
そう思った。
だが、彼女はルークの予想を大きく裏切り、
「わぁっ! す、すごいっ! 本物のルークさんなんですね!」
目をキラキラと輝かせて、尊敬の眼差しを向けていた。
「……は?」
思わずそんな声が漏れてしまう。いつも心の中で声を出すことを止めていたルークが、だ。
しかし当のアイヴィ本人はそんなルークの反応はまったく気にせずにキラキラとした目を彼へと向け続ける。
「わ、わたし、憧れてたんですっ! まだわたしよりぜんぜん年も下なのに、いろんな魔法を使えるし、色んなことを知ってるし!」
すごいなぁ、と再び尊敬の眼差しを送るアイヴィに、ルークはたじろいだ。
こんな反応は初めてだった。
だからこそ戸惑ったし、どうすればいいのか分からなかった。
「……ボクのこと、嫌いじゃないの?」
「ふぇ? どうしてですか?」
「……なんでもない。荷物運び、ボクも手伝うよ」
「いいんですか? あ、ありがとうございますぅっ!」
それからアイヴィは目的の場所にたどり着くまでいろんなことをルークに話しかけた。歌や音楽が好きであることや、魔法が下手なのになぜか星眷魔法だけ使えること、勉強が上手くいかないことや運動音痴であること、そしてひょんなことから生徒会に入れられたことも話した。ルークはそれに対して「ふぅん」「そうなんだ」「へぇー」などとてきとうに相槌を打つだけではあったものの、アイヴィと話しているといつもより楽だったし、楽しいと思えた。
普段から負の感情しか向けられていないので尚更そう思った。
「や、やっとたどり着きましたぁ……」
ぐでっとへばるアイヴィ。ルークは彼女の目的地である目の前の館をじっと睨む。『天庭園』の中にまでやってきたそれは『生徒会室』と呼ばれるギルドホームであった。ギルドとは無縁の生活を送っていたルークにとってこの場所を訪れるのは初めての経験だ。
「ルークさん」
生徒会室を眺めていたルークに対して、アイヴィがすっ、と手を差し出してきた。それは俗に言う、『握手』の誘いで。
「手伝ってくれて、ありがとうございました。ルークさんがいなかったら、ここまでたどり着くことが出来なかったと思いますから……」
「…………別に。たかだか荷物運びじゃん。こんなの誰でもできるよ」
「確かに誰でもできることですけど、ルークさんは手伝ってくれたじゃないですか。わたしはそれが嬉しいです。その誰でもできることを、他の人は手伝ってくれませんでしたから」
まあ、わたしがもう少ししっかりしてたら手伝ってもらう必要もなかったんですけどね。情けないです、と彼女は苦笑しながら言う。
そんな彼女の顔がルークには眩しくて。
そっぽを向きながら、彼女の握手に応じた。
(――――それで、結局そのあと色々あって生徒会長さんと戦って、ボロ負けして、生徒会に入ったりもしたっけ。懐かしいなぁ)
ルークは過去の出来事を思い出しながら、クスッと笑う。あの頃と比べて今はとても充実している。いろんなことに前向きになれたし、素直になれた。それもすべてはアイヴィ・シーエルという少女がいたからだ。
だからこそ、彼女の笑顔が曇るのは我慢できない。出来ることがあるならしてあげたいし、力になれることがあれば力になりたい。悩みがあれば解決してあげたいし、資料運びに困っているなら手伝いたい。
ここ最近のアイヴィはどこかおかしい。
何かに思いつめたような感じがするし、それが交流戦の一件から来ているのも分かる。
「…………わたしは……最低です……」
ここ最近の彼女はずっとそんな事を呟いている。彼女の心の傷はルークには埋めようもない。それが口惜しい。だが、アイヴィの悩みにはまた別の何かが絡んでいるような気がするのだ。それが何かは分からないが、とにかくこういう時は気晴らしが一番ではないかとルークは考えた。もしくは、彼女にとってのスターと話してみるとか。
いま、ルークはアイヴィを連れてとある村に来ていた。そこでは、彼女がとても憧れているアイドルがライブを行っている。
☆
愚かな観衆たちが、煌びやかな衣装に身をつつむ自分に手を振ってくる。緑の魔人グリューンことユリアは笑顔を張り付けて手を振りかえすとステージ裏に移動する。スタッフたちに心にもない言葉を吐き出しながら、ステージ裏の楽屋に魔法で結界をはり、ようやく一人になって息をつく。
「ほんっとうに面倒ね……ていうかこれ、そもそもワタシがやる意味ってあるのかしら?」
そろそろアイドル業も無駄に板についてきたとは思う。笑顔の貼り付け方もスムーズになり、振り付けを覚える速度もはやくなってきた。が、だからなんだというのだ。リラから情報収集の意味合いも兼ねてこの愚かな偶像のフリを続けるようにと言われているが、たまに自分がどうしてこんなことをしているのか、こんなことをする意味はあるのかと疑いそうになる。というかもう本格的にアイドル業界に食い込んでいるのだが。
このままでは魔人初のスーパートップアイドルグリューンちゃん☆が爆誕してしまう。いや、偽名を使っているというだけでとっくの昔に爆誕してしまっているのだが、それはさておいて。
「アイドルってやつも面倒ねぇ。振り付けとか歌とか覚えなくちゃならないし、トレーニングだってやらなきゃならないし」
ステージ上では煌びやかな世界に立っているがその裏では物凄い努力を重ねているのだなとしみじみ思う。まあ、グリューンの場合は魔人なのでたかが振り付けや歌程度、瞬時にマスター出来てしまうのだが。
「それにしても……」
先ほどのステージの様子をグリューンは思い出す。
今回、グリューンが訪れたのは魔物の被害にあって壊滅的な被害を受けた、王都の近くにあるとある村である。その復興の一環として村の人達を元気づけるために開かれたのが今回のライブらしい。正直、くだらないと思う。ライブなんて馬鹿げたものをする暇と人手があるならそれを村の復興に回した方がよっぽど建設的ではないのか? と思う。
だが不思議なことに、この村の者達はグリューンを受け入れ、そして歌とダンスだけで満足してくれた。熱狂してくれた。
(バカみたい)
そう思う。だが、彼らの瞳には光が灯っていた。グリューンがこの村に来た時の彼らには無かったものだ。そしてその光は、ほかならぬこの緑の魔人グリューンが灯したのだ。それを思うと、自分のやっていることがバカらしくなってくる。自分は魔人だ。いずれ、この世界の全ての人間を絶望へと陥れることになるであろう存在の一人だ。それがアイドル活動なんて、人々の眼に光を灯す活動をしているなんてお笑い草だ。
「どうやら、順調のようだな」
不意に、スタッフや村の人間が入ってこれるはずのないこの魔法結界の中に来客が訪れた。
紫の魔人、リラである。
「あら、どうしたのかしら。何か動きでもあったの?」
「ああ。ロートの奴があの学園のガキに『邪結晶』を渡したことを報告しようと思ってな」
「あの学園の子供に? 巫女探しの一環かしら」
「そうだ。丁度、あの学園にはエルフのお姫様が来訪するらしいからな。せいぜい暴れて、ひっかいて、次の巫女を探させてもらうさ」
どうやら報告はそれだけらしい。
話を終えたリラにグリューンはもう一つ、質問をぶつける。
「それで、ワタシはいつまでこんなくだらないことをしてなくちゃいけないわけ?」
「いずれ動く時が来る。その時まで我慢しろ。お前のポジションは王都の『太陽街』に侵入するのに便利だからな」
そんな答えが返ってくるのは予想通りであり、そして予想通りの答えしか返ってこなかったことに落胆する。いつの間にかリラはもうその場から消え去っており、あとに残されたのはため息をつくグリューンだけだった。
王都に戻ってきたグリューンは次のライブのスケジュールを確認する。今度はまた『太陽街』でのライブだ。この国の中心ともあって王都のライブは多い。まあ、この街の食べ物は割と美味しいし、売っている服もセンスが良い。だからグリューンはこの王都レーネシアは割と気に入っている。
次のスケジュールまで時間が空いたので、グリューンはショッピングに出かけようと楽屋から出る。今回の楽屋は魔法で作られた簡易的な木組みの部屋の中である。その外に出た瞬間、ばったりと一人の少女と遭遇した。
「ひゃうっ!?」
「ん?」
思わずリラは眉をひそめる。目の前にいた少女が身に纏っていたのは件のレーネシア魔法学園の制服である。
「誰、アンタ。ここは関係者以外、立ち入り禁止なんだけど」
「え、えっと……そのっ……」
目の前の少女はとてもビクビクした様子で、明らかに怯えている。まさか自分が魔人だとバレたのだろうかと警戒するが、少女は意を決したようにキッとグリューンへと視線を向けた。グリューンの方が、来るか、と思った直後だった。
「ファンですっ! さ、サインくださいっ!」
目の前の少女――――アイヴィ・シーエルから繰り出されたのは、まさかの羊皮紙と羽根ペンであった。
☆
「はい」
「あ、ありがとうございますぅっ!」
アイドルとして板がついてきたグリューンはささっとサインを書いて、アイヴィへと手渡す。気の弱そうな少女であるアイヴィは感激したように羊皮紙を眺めている。そんな彼女の様子をグリューンは心の中で冷ややかに見下ろしていた。
(そんなたかが名前の書かれた紙きれで喜ぶなんて、本当に人間の考えることはわからないわね)
グリューンからすれば心底分からない感情だ。アイヴィはグリューンの……正確にはユリアのファンだそうだ。ユリアの歌にとても感動したという話を、関係者用スペースの近くにある物置の横で行う二人。
「わたし、見ての通り気が弱くて……でもそんなある日、ユリアさんの歌を聴いたんです。それで勇気が湧いてきたっていうのでしょうか……心が、とってもぽかぽかしてきたんです」
「ふぅん。ワタシの歌でねぇ」
おかしな話だ。自分は心の中で人間たちを見下している。それはライブの時も歌っている時もそうで、そんな自分の歌がよりにもよって人間を勇気づけているのだという。
(皮肉なもんね)
世界を絶望に陥れる手伝いをしている魔人が、目の前の少女に勇気を与えているなんて。
「そんなに良いかしら」
「……え?」
「ワタシの歌。そんなに――――アンタに勇気を与えられるほど、そんなに良いのかしら。ていうか、普通ありえないでしょ。魔法ならともかくただの歌よ? たかが歌。テキトーな音楽流して、歌詞っていう『指示』通りに喋ってるだけじゃない。そんなので勇気なんて与えられるわけないわ。ぶっちゃけくだらないわよ」
ついそんな言葉を吐き出してしまった。自分でもわけのわからない任務に就かされてストレスも溜まっていたせいもある。あ、しまった。なんて思ったものの、まあこれでこのアイドルなんてアホらしいことをしなくて済むかなんて漠然と考えていたのだが、
「そんなことないですっ!」
グリューンの言葉を真っ向から否定したのは、彼女のファンという少女だった。
「わ、わたしはユリアさんの歌は好きですっ。素晴らしいと思います。だってわたし、ユリアさんの歌には元気づけられましたからっ! 交流戦の後、わたし、ユリアさんの歌で…………あ…………」
交流戦、その単語を聞いてグリューンは眉をひそめたが、その単語を口にした少女本人がどこか暗い表情を落とした。
「どうしたのよ。いきなり落ち込んで」
「いえ、その……」
「どうせなら言ってみなさいよ」
「………………実は」
詳細はぼかされたが、このアイヴィという少女は交流戦の際に他人を見捨てて自分だけ隠れていたのだという。それが負い目となり、彼女を苦しめているということは容易に察しがついた。
「わたしがもっと強かったら、臆病じゃなかったら……あの方たちも大怪我することもなかったのにって…………そう思って……」
「ふーん。じゃあ、強くなればいいじゃない」
「それは……分かってるんですけど……」
どこか迷うそぶりを見せるアイヴィにグリューンはため息をつく。
「弱いっていうのわね、それだけで罪よ。弱かったら何もできやしない。自由きままに生きることもね。強くなれるチャンスがぶら下がっているのなら、それに飛びつかないのはただの逃げよ。だって、弱かったら何も変えられないし、変わらないんだもの」
グリューンは強さそのものに興味があるわけではない。が、強くなければ自由に生きることも出来ない。興味はないが強さは必要な物だと。彼女は魔人としてそう思っている。
「そう……ですよね……」
グリューンの言葉を受けて、アイヴィは立ち上がった。
「弱かったら……何も、変わらない。あの頃のまま……弱いわたしのままです。変わらなくちゃ、わたし。だってもう、逃げたくないし、それに…………わたしが強くなって、守ってあげたい子も、いますから」
そういって微笑むアイヴィ。どうやら彼女の中の何らかの悩みは解決したようだ。
「ありがとうございますユリアさん。わたし、決心がつきましたっ」
「何の決心がついたのかは知らないけど、まあいいんじゃない。せいぜい強くなりなさい」
あー、ワタシ、何やってるんだろう。と心の中で思いつつ、まあたまにはこういうのも悪くは無いとも思う。
「あ、あのっ、また王都にいらしたら連絡してくださいっ。案内しますから!」
「頼りない案内人ね」
「そ、それは否定しませんけど……でも、次に会う時にはわたし、きっと見違えるように強くなっているはずですから!」
「まあ、あんまり期待せずにまっとくわ」
はいっ、と元気に返事をするアイヴィにふとグリューンは疑問を浮かべる。
「ていうか、本当にどうやってこんなところまで来たのよ。アンタ、学生でしょ?」
「あ、えっと、それはわたしの友達のおうちの力をお借りして入らせてもらったんです。情けないんですけど」
「要するにコネね」
「ううう……で、でも、その子の為にもわたし、ぜったいぜったいぜ――――ったい、強くなりますから! だから、その時に今回の借りを返しますっ!」
「そうしなさい」
おそらく『その子』というのがアイヴィの言う『守ってあげたい子』なのだろう。
その後、アイヴィはグリューンと別れた。
何かを決めたその顔を見て、あらためてたまにはこういうのも悪くは無いと思った。
なんだかんだで不満から来るストレスをぶちまけられたし、その分スッキリした。
(……人間と話すのも、案外悪くないわね)
そんなことを考えつつ、次にまた会った時に王都案内ぐらいさせてやろう。彼女がどれほど『強く』なったのかを確認してみるのもいいかもしれない、とグリューンは思った。
☆
「どうだった?」
王都へと帰る道の途中、ルークはアイヴィにたずねる。
『十二家』の力を使って多少、強引になったもののアイヴィをユリアに会わせたのはほかでもないルークである。アイヴィがユリアの大ファンということは知っていたし、よく熱心に話も聞かされていた。だからこそ、彼女と会えば少しは元気が出るのかなと思ったのだ。
「うんっ。ユリアさんと実際にお話して決心がつきましたっ。ありがとう、ルークくんっ!」
久しぶりに見る彼女の笑顔にルークは眩しさを感じつつ、「どういたしまして」とケラケラと笑いながらかえす。
よかった。
彼女が笑顔になって、本当に良かった。
それだけでルークにとっては満足であり、今日この場をセッティングしてよかったと心の底から思った。
「わたし、頑張るよ。強くなる。もっと、もっと……」
だがルークは知らなかった。
強くなると決意をしたアイヴィの瞳に、危険な光が燻っていることを。
そしてその光が、後に彼女を変えてしまう事を。




