その令嬢、暴かれる
兄から報せを受けたのは、翌々日のことだった。イリアへの疑惑が確定に変わった。拳を作り、テーブルに叩きつける。
「なんて馬鹿なことを……!」
腹が煮えたぎるだけではない。喉もつんと痛くなっているのだ。
己の身分を保つためだけに、こんなことをしでかしたのだろうか。聞き出さなくては納得できない。
イリアの心を正すには、できるだけ早い方がいい。その日のうちにイリアへ手紙をしたため、城に来るように伝える。日時は明日の十四時――必ずルートヴィヒ男爵の汚名を晴らしてみせる。
その日は晴れ渡っていた。小鳥が鳴き、穏やかな風が吹く。そんな景色とは全く違い、俺の胸の内は荒立っていた。
大広間で兄と二人で憮然と立ち、扉を睨みつける。兄の手には使用人が掴んだ証拠書類が握られている。
定刻に扉は開け放たれ、満面の笑みを称えるイリアとその父が現れた。
――舞台は整った。
「リアム様、セレート様。お招きいただいてありがとうございます」
イリアはたおやかに膝を折ると、着飾ったピンク色のドレスを摘む。
「それで、何の御用です?」
「イリア、謀ったな」
俺の声が凛と広間に響いても、彼女の表情が崩れることはない。さすがは公爵令嬢と言ったところだろうか。
「何をです?」
「スパイを使っただろう」
俺が凄むと、イリアの後ろでイリアの父がたじろいだ。
畳み掛けるチャンスだ。
「何を言っているのです? 私は知りません。ねえ、お父様」
「ああ」
イリアの父は唇をひくつかせる。嘘が吐けない性格と見た。
「『ルートヴィヒ男爵』。知らないなんて言わないよな?」
「それくらいは知っています。これでも公爵令嬢ですから。私の教養を舐めてもらっては困ります」
確信に迫っても、イリアはひらりと躱す。
「言いたいのはそういうことじゃない」
俺が溜め息を吐くと、兄が先を引き継いでくれた。
「ルートヴィヒ男爵は爵位を剥奪される。『税金を横領した』としてな」
「それは当然ではありません? 税金を横領したのでしょう?」
「それ自体がなかったとしたら?」
「……そんなの有り得ません」
イリアは語気が弱くはあるものの断言する。その自信が、俺たちの疑念に変わることを知らずに。
「お前は何を知っている?」
「私は何も知らないと言っているでしょう?」
兄の目が更に鋭くなった。その目は確実にイリアの父を捉えている。
「イリアは知らなくても、オリンズ公爵。貴方は知っていますよね?」
「さ、さあ……」
イリアの父は半歩だけ後退る。その行動が全てを表している。
「しらばくれるのもそこまでにしてください。俺たちは王家の血を継ぐ『王子』です。俺たちへの隠蔽は、国への反逆に当たることはご理解いただけますよね?」
「は、反逆……?」
兄の脅しに、イリアの父から悲鳴とも思える声が漏れた。
「お父様、シャキッとして下さい! これは脅しです! だって、私たちは本当に何も知らないんですから!」
「そうか、証拠があるとは伝えていなかったね」
俺の『証拠』という言葉に、父娘の眉がぴくりと動いた。
「兄上、読み上げてください」
「ああ」
兄は頷くと、手にしていた書類を淡々と広げた。
「ルートヴィヒ男爵の地税、600万レアを帳簿から消滅、未納として国王に報告。実際はオリンズ公爵家へ手配。直後、オリンズ公爵は屋敷をリフォーム、その金額は600万レアに及ぶ。翌月も800万レアを帳簿から消滅、オリンズ公爵は領地に別荘を建設――」
「もうやめてくれ!」
身に覚えがあったのか、イリアの父は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
一方で、イリアは俺を睨み付けるばかりだ。
「何が楽しくて、こんな探偵のような真似を?」
「楽しくなんかない。君が俺をちゃんと見てくれないからだ」
「見てくれていないのはどちらです!?」
出会ってから初めて、イリアが声を荒らげるところに遭遇した。その瞳には涙が浮かんでいるようにも見える。
「セレート様は、どうして私を愛してくださらないの? いくら目で追っても、笑いさえしてくれなかった。努力をしても、認めてくださらなかった」
「そんなに強欲で他人を陥れるような娘を愛せるわけがない」
「その前からです!」
イリアは広間が強く振動するほどに声を張り上げた。
「貴方は一度だって、私を心の底から見てはくれなかった! 貴方の妻になるために、どれだけ努力したのか知らないでしょう!? 毎日、花嫁修業に勤しんで、知識だって深めた! それなのに!」
「それ以前の問題だよ」
王族がなんであるかを、イリアは分かっていない。哀れなものだ。首を横に振ってみせ、口を小さく開く。
「王家たるもの、寛容でなくては……心優しくなければならない。それが君にはないんだ。公爵令嬢だからと言って他人を見下して、馬鹿にしていただろう? 行動に透けて出てるんだよ」
「私は……ただ、公爵令嬢として……!」
「それじゃ駄目だったんだ。王家の人間になる身として、でなくちゃ」
「そんなの、誰も教えてくれなかった……!」
今までの信念が崩れ、努力も否定されたのだ。いくら気高い公爵令嬢と言えど、絶望感に耐えきれなかったらしい。
わんわんと泣き、父にしがみつく。そんなイリアの頭をイリアの父は撫で続けるのだった。
「イリア。お前は私の大事な娘だ。それだけは忘れるんじゃない。罰を受けたとしても、再起しようじゃないか」
イリアは泣きながら、「そんなの無理だよぉ!」と弱音を吐く。その言葉に、イリアの父も涙を流す。
「私と娘がしでかしたことで、ルートヴィヒ一家を破滅させてしまった。ただ、娘が可愛いばかりに……。タダで済まされるとは思っていません」
「オリンズ公爵への処罰は後日伝える。今日は下がりなさい」
「かしこまりました……」
泣きじゃくるイリアを立たせると、二人はとぼとぼと寂しい背中で広間を去っていった。
婚約者の罪を暴くなんて、正しい行動だったのだろうか。割り切れず、細い息を吐き出す。
でも、心のどこかでは感じていた。
最初から、イリアの婚約を承諾しなければよかったのだ。好きな人がいなくても、政略結婚は嫌だ。必ず好きな人を見つけてみせる。そう父に噛みついていれば、誰かが苦しむ必要はなかったのだ。
俺が希望を捨てていなければ、こんな悲劇は起こらなかったかもしれない。




