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悠久の放浪者 ~俺はいつの間にか異世界に転移した!?~  作者: 神田哲也(鉄骨)


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第一話「異世界転移?」

 意識がゆっくりと浮上する。まどろみの中、静かに目を開けた。

 視界に広がったのは、灰色の天井。無機質な石だ。

 ぼんやりとした頭で状況を整理しようとするが、うまくいかない。体はすこぶる快調なのに、記憶がまるで靄に包まれているようだった。


「……ここは……?」


 反響する声。声は出せる。

 上半身を起こし、あたりを見回す。三十畳ほどの広さの空間。壁も天井も石造りで、寝ていたのは石の台のようだった。なぜこんな場所にいるのか、まったく思い出せない。途方に暮れながら首元の違和感に気づき、そっと手を伸ばす。指先に触れたのは、硬いプレート。手に取って確認すると、それはネームプレートだった。表には「ケイスケ」と刻まれている。


「……俺の名前か?」


 呟いた瞬間、霧が晴れるように記憶の片鱗が戻ってきた。確かに俺の名前はケイスケだ。しかし、それ以上のことは何も思い出せない。

 服装を確認する。紺のスラックスにYシャツ、黒い革靴。まるで仕事帰りのような格好だが、そんな記憶はない。

 頭を振り、深く息を吐いた。

 ポケットを探ると、スマホとボールペン。スマホの電源を入れるが、圏外の表示。ネットもGPSも沈黙していた。


「とりあえず、外に出るか」


 足元から差し込む光に引かれるように、出口へと歩を進める。冷たい石の空気が途切れ、外の眩しさに目を細めた。


 そして、息を呑んだ。


 一面の緑。

 見渡す限りの森林が、どこまでも広がっていた。

 ひとつひとつの葉が、まるで磨かれたように光を弾いている。幹は人の胴ほどの太さのものが乱立し、その隙間から木漏れ日が幾筋も斜めに差し込んでいた。光の帯の中で、細かな塵がゆっくりと漂っている。足元では見たこともない草花が生い茂り、踏み出すたびに湿った土の匂いが鼻腔をくすぐった。

 風が吹くたびに、梢が低くざわめく。葉擦れの音は波のように広がり、静まったかと思えばまた次の風が来て、森全体が呼吸しているようだった。その音に混じって、聞いたことのない生き物の声が響いている。鳥のようでもあり、獣のようでもある。甲高い鳴き声と低い唸りが、遠くと近くで交互に聞こえてきた。

 ふと、目の前を何かが横切った。

 蝶のような生き物だ。翅は広げると両手を合わせたほどの大きさがあり、鮮やかな青と橙の模様が日の光を受けて輝いていた。ひらりひらりとゆるやかに舞い、木々の間に消えていく。

 日本では、絶対に見かけない。


「こりゃまた……。壮絶な景色だな」


 思わず独り言が漏れる。

 俺がいた石の部屋は、小高い山の頂上付近にあるらしかった。視界が開けており、遠くまで見渡すことができる。森の緑が波のように続き、その先に大きな川が光を反射しているのが見えた。


「川……」


 水があるなら、まずそこだ。

 何もわからない以上、動かないよりはましだ。


「ここには何もなさそうだしな……」


 周囲を振り返っても、石の壁と石の床のみ。小石がちらほら落ちているが、それ以外は本当に何もない。


「雨風を避けるにはいいかもだけどな」


 川までの道のりを探そうにも、森の中は見通せない。だが幸い目の前の岩場は歩きやすそうに、まるで階段のようになっていた。

 俺は深く息を吸い込み、山を下り始める。


 草木をかき分けながら斜面を下っていくと、足元の感触が少しずつ変わっていった。硬い岩肌から柔らかな腐葉土へ。踏み込むたびにじわりと沈み、湿った匂いが濃くなる。

 木々の背が高くなるにつれて、頭上の空が狭まっていった。木漏れ日は細切れになり、森の奥は薄暗い。それでも目が慣れてくると、暗がりの中に様々なものが見えてくる。苔むした倒木、根元に群生する白い小さな花、岩の割れ目から伸びる名も知らぬ蔓草。

 生命が、そこここに満ちていた。


 足を止め、耳をすませる。

 さわさわと葉が揺れる音。どこか遠くで水が流れる音。先ほどの生き物とは別の、今度は低く、腹に響くような鳴き声。

 肌には湿気を帯びた温い空気がまとわりつき、汗が滲み始めていた。Yシャツの背中が張り付く感覚が不快だが、不思議と気分は悪くない。

 この感触も、この匂いも、この音も——全部が、ひどくリアルだった。


「……夢、じゃないな」


 呟く。

 覚醒してからすでに何分も経っているのに、残念ながら目が覚める気配はなかった。

 それどころか思考と感覚が鮮明になり、現実だということを思い知らされるだけ。

 視界に入る植物は、どれも見覚えのないものばかり。横切る虫も、耳に届く鳴き声も、日本のどこにも存在しないものだと直感でわかった。


「これは……異世界転移、というやつか?」


 突飛な考えだとは思う。しかし否定できる材料が、今のところ何もない。


「いやいやいや、まさかそんな小説みたいなことが起きるわけないだろ」


 誰かに否定してもらいたいが、耳に入ってくるのは賑やかな森の音だけだ。

 俺は苦笑しながらも、足は止めなかった。


 山を下りながら、靄がかかっていた記憶は少しずつ鮮明になっていった。


 俺は、そこそこ名の知れたIT企業に勤めていた。年齢は三十五歳。次世代移動通信システムの構築に携わるエンジニアだ。

 仮想通貨や暗号資産が普及し、現実資産の管理までブロックチェーン上で行われる時代。大規模インフラは分散型システムへと移行し、AIエージェントが一般化していた。

 俺が携わっていたのは、次世代移動通信システム「∞G(インフィニティG)」の開発。コードネーム「アペイロス」——ギリシャ語で無限を意味するそのプロジェクトは、分散型人工知能に通信管理を委ねるものだった。一部の思想団体からは批判を受けていたが、俺はただ、その巨大プロジェクトの一部門を担う技術者にすぎなかった。


 自分が何故こんな森の中にいるのか、最後の記憶を辿っていく。

 しかし当然答えはない。そして代わりにある事実に衝撃を受ける。


「マジか……。テロに遭ったのか、俺……」


 記憶を辿るうちに、そんな言葉が口を突いた。


 ――あの日、突然サイレンが鳴り響いた。


 同僚のハタノと管理者権限の整理をしていたときのことだった。


「現在、不審者が社内に侵入しています。銃を持っています! 繰り返します! 不審者が複数侵入! 銃を持っています!」


 社内放送の声は悲鳴に近かった。それでも状況を伝えようと必死なのが、声の震えから伝わってきた。

 ハタノと顔を見合わせた直後、廊下から激しい破壊音が響いてきた。ガンガン、ギイイイン——ドアに回転刃が食い込み、火花が散っているのが見えた。

 その部屋に窓はなく、出入口は一つだけ。


 すぐには動けず、ハタノと二人で顔を見合わせた。

 ドアから散っている火花に目を向け、また顔を見合わせた。さながらコメディ映画の一幕のように。


 そして顔を青くして、二人して弾かれるように動いた。


「隠れる場所……!」「まじかよ!?」


 机の下に隠れようかと思ったが、地震でもあるまいし、すぐにダメだと頭から振り払う。

 手をあげて降参するという案も頭をよぎったが、テロリスト相手にそれも通用しそうにない。


 二人で部屋を見渡すと、隅にコールドスリープ装置の試作品があった。ある大学との共同研究で開発された、鉄製の大きな棺のようなそれ。

 置き場所が何故ここだったのか。ただ他の部屋では邪魔だという理由で置かれたこれ。数はちょうど二つ。

 仕事中はただただでかい邪魔なインテリアでしかなかったが、こんな状況の中ではただひとつの救いだった。


 頷き合い、装置に駆け寄る。装置の電源はすぐに入った。


「いたずらで動かしてて良かったな!」

「ああ、マジでな!」


 装置を起動させ、開閉ボタンを押すと電動式の蓋が、もどかしいほどゆっくりと開いていく。


「おい早く早く早く!」

「マジか!? もっと早くならないのか!?」


 破壊音はどんどん大きくなる。漸く半開きになった装置に、ハタノが俺を押し込んだ。もう片方はまだ隙間が足りない様子だった。


「お前は!?」

「いいから!」


 抵抗しようとした瞬間、耳をつんざくような爆発音が響いた。

 思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。体が硬直し、閉まりゆく蓋を止める術がなかった。

 蓋は完全に閉まり、外の様子はわからなくなった。くぐもって聞こえてくるのは、大勢の足音と、聞き取れない男たちの声。


 ハタノは大丈夫なのか。


 そんな焦燥感に体が焦れるも、鋼鉄の蓋はびくともしない。


『冬眠シークエンスを開始します』


 不意に聞こえてきたAIの音声。

 やがて、嗅ぎ慣れない臭いがしたと思ったら――抗えない眠気が押し寄せてきた。


 俺の記憶はそこで終わっている。。


「……ははは」


 気づけば声が漏れていた。

 乾いた笑いが、緑の中に溶けて消えていく。


 足元の草を踏む感触が、やけに生々しい。頬を撫でる風も、肺を満たす森の匂いも、遠くで響く生き物の声も——全部がこの場所の現実を、否が応でも突きつけてくる。


「異世界転移か……我ながら、現実逃避みたいな発想だな」


 それでも、否定できる理由がない以上、今は前に進むしかない。

 川はまだ遠い。でも確かにそこにある。


 俺は深く息を吸い込み、再び足を踏み出した。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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