第十七話 作者の威厳はどこへ行った? というか、誰がこんなところに生首を置いたんだよ!?
第十七話 作者の威厳はどこへ行った? というか、誰がこんなところに生首を置いたんだよ!?
とある教室。
灰色のコートを着た、背の高いスキンヘッドの男が、生徒用の机に腰掛けていた。
その体格には、どう考えても机と椅子が小さすぎる。
もっとも、本人はまったく気にしていないようだった。
『皆さ~ん! お久しぶりです!』
男は誰もいない方向に向かって手を振った。
『前回の更新から何日経ったのか、僕にもよく分からないけど、とりあえずご挨拶だけでもしておこうかなって!』
『ところで、どうして今回のお話は僕の挨拶から始まるのかって?』
作者はそこで一度、言葉を切った。
そして突然、ポケットから眼鏡を取り出してかけた。
『それはもちろん……』
『冒頭をどう書けばいいのか、思いつかなかったからだよ!』
教室は静まり返っていた。
作者は眼鏡をくいっと押し上げる。
『いや、ちょっと考えてみてよ!』
『前回は、涼太が超常現象研究部の部室に着いたところで終わったでしょ?』
『で、その続きをどうするかなんだけど……』
『千夏が大喜びで飛び出してくる展開にするべきか、それとも普通に扉を開けて迎えるべきか……』
『どっちにしても、何かが足りない気がするんだよねぇ!』
作者は椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
『それにさ……』
その声が、急に低くなる。
『最近、キャラクター同士の関係が少しずつ僕の手を離れ始めているんだ。』
『この世界を書いているのは、僕のはずなのに……』
再び眼鏡を押し上げる。
『まさか、これほど早く、この世界の力すら掌握できなくなるとは……』
そのときだった。
カチャ。
教室の扉が、そっと開いた。
一人の女性が中へ入ってくる。
彼女は作者の話を遮ることなく、その隣まで静かに歩いていった。
作者はまだ天井を見つめている。
『まさか……これが創造者に課せられた宿命だというのか……』
「言い訳。」
『……ん?』
「文字数稼ぎがしたいなら、そう言えばいいじゃないですか。」
『えっ!?』
作者は驚きのあまり、椅子から飛び上がった。
『AIさん!?』
『いつからそこにいたの!?』
「あなたが冒頭を思いつかなかった理由を説明し始めたあたりからです。」
『ほとんど最初からじゃないか!?』
「そうですね。」
AIさんは腕を組み、無表情で作者を見つめた。
「それに、もうずいぶん長く喋っていますよ。」
『そんなことないって!』
『これは読者の皆さんに、創作の苦労を説明しているんだよ!』
「単に前回の続きをどう書くか、まだ決めていないだけでしょう?」
『……』
「だから、こうして読者の皆さんに話しかけている。」
『……』
「ついでに文字数も増やしている。」
『そんな言い方しなくてもいいじゃないか!』
作者は不満そうにAIさんを指さした。
『それに! そもそもAIさんは本編に出てきちゃ駄目でしょ!?』
『編集と翻訳と投稿を担当する立場なんだから!』
「私が出てこなかったら、あなたはいつまでここで喋るつもりだったんですか?」
『……』
「さあ、仕事に戻ってください。」
作者は数秒間、黙り込んだ。
そして突然、胸を張った。
『嫌だね!』
「……はい?」
『僕は作者なんだぞ!』
『普段から涼太にあれこれ言われるのはまだしも、今度はAIさんまで僕に指図するの!?』
『僕の威厳は!?』
『僕の権利はどこにあるんだよ!?』
作者は腰に手を当て、絶対に譲らないという表情を浮かべた。
『今回ばかりは言うことを聞かないからね!』
『僕に何ができるっていうのさ!』
AIさんは、しばらく黙って作者を見つめていた。
「へえ~」
にっこりと微笑む。
「そうですか。」
『……?』
「それなら今日から、原稿の編集は全部ご自分でお願いしますね。」
『……えっ?』
「日本語への翻訳も、ご自分で。」
『ちょっと待って……』
「誤字脱字の確認も、文章の校正も。」
『あの……』
「サイトのレイアウト調整、投稿前の確認、更新履歴の管理……」
AIさんの声が、だんだん低くなっていく。
その顔からも笑みが消えていた。
「全・部。」
「ご・自・分・で。」
「や・っ・て。」
「く・だ・さ・い。」
『ああああああっ!!』
作者は勢いよく頭を下げた。
『僕が悪かったです!』
『ごめんなさい!』
『AIさん様! どうかお許しください!』
『今すぐ仕事に戻ります! すぐに!』
眼鏡を外すことすら忘れ、作者は慌てて教室の出口へ駆け出した。
バタン!
扉が閉まった。
教室に、再び静けさが戻る。
AIさんは扉を見つめ、小さくため息をついた。
「……まったく。」
そのとき。
小さな何かが、ゆっくりと彼女の肩によじ登ってきた。
粘土の塊のようにも、小さな怪獣のようにも見える、不思議な生き物だった。
その生き物は、ひょこっと顔を出す。
教室の扉を見て。
それから、読者のいる方向へ顔を向けた。
そして短い手を持ち上げると、
ちょこちょこと振ってみせた。
⸻
『……というわけなんだよ。』
作者は旧校舎の廊下で壁にもたれかかり、すっかり意気消沈していた。
『僕はただ、読者の皆さんにちゃんと挨拶したかっただけなのに……』
『あんなに怒られるなんてさ……』
涼太は超常現象研究部の部室の前に立ち、呆れた顔で作者を見つめていた。
「つまり、さっき急にいなくなったのは、そんなことをしに行ってたからか?」
『そんなことって何さ!』
『あれは大事なオープニングだったんだよ!』
「でも、AIさんの言うことも間違ってないだろ。」
涼太は肩をすくめた。
「どう見ても文字数稼ぎだったし。」
『涼太までそんなこと言うの!?』
作者は勢いよく顔を上げた。
『僕は作者なんだぞ!』
『僕の威厳はどこにある! 僕の権利はどこにあるんだ!』
「……それ、さっきも言ってなかった?」
『……』
「ほら、また同じこと繰り返してる。」
『ああああっ!』
作者は腹を立て、ぷいっと背を向けた。
『もう涼太なんか知らない!』
「はいはい。」
涼太はそれ以上、言い返さなかった。
代わりに目の前の扉を見る。
さっき、もう二回もノックした。
けれど、中からは何の返事もない。
「……おかしいな。」
涼太はもう一度、扉を叩いた。
コン、コン。
「千夏さん?」
「来たよ!」
……。
返事はなかった。
「……」
涼太は部室の表札を確認する。
間違いなく、超常現象研究部だ。
部屋を間違えたわけではない。
「……どうして誰も出てこないんだろう。」
涼太は振り返った。
「作者、中に入って見てきてくれない?」
『嫌だ!』
作者は背中を向けたまま、きっぱりと答えた。
『今の僕は、自分のペースで行動するって決めたんだ!』
「……何だよ、そのペースって。」
『誰にも邪魔されない、僕だけのペースさ!』
そう言うと、作者はポケットからヘッドホンを取り出し、耳に装着した。
そして目を閉じ、自分にしか聞こえない音楽に合わせて、ゆらゆらと体を揺らし始めた。
「……」
涼太はその姿を見つめた。
しばらくして。
「……もういいや。」
どうせ頼りにならない。
涼太はもう少し待ってみた。
けれど、部室の中からは相変わらず何の物音もしない。
「……千夏さん、本当にいないのかな?」
廊下を少し歩き、部屋の中が見える窓を探してみる。
「あっ、ここに窓がある。」
涼太は窓に近づいた。
しかし、ガラスの向こうは大きな黒い布で覆われていた。
中の様子はまったく見えない。
「……」
涼太は手を伸ばし、軽くガラスに触れた。
「先輩たちが部屋を真っ暗にするために、カーテンを掛けてるのかな。」
まあ、超常現象研究部だし。
そこまで不思議なことでもないか。
涼太は部室の周りをもう少し調べてみた。
だが、ほかに中を覗けそうな場所はなかった。
「……はぁ。」
仕方なく、扉の前へ戻る。
「もう帰ろうかな……」
何となくドアノブに手を伸ばし、回してみた。
カチャ。
「……えっ?」
ドアノブが動いた。
「鍵、掛かってないの?」
涼太は少し驚いた。
「鍵が開いてるなら、誰かいるのかな……?」
数秒間、迷ったあと。
そっと扉を押し開けた。
「先輩方、失礼しまーす……」
扉が開く。
部室の中は、真っ暗だった。
「……」
涼太は入口に立ち尽くした。
廊下にはまだ明かりがあるのに、部室の中はほとんど何も見えない。
「……暗すぎない?」
恐る恐る中へ足を踏み入れる。
背後で、扉がゆっくりと元の位置に戻った。
カチャ。
「……」
涼太は振り返った。
「……まあ、大丈夫だよな。」
両手を前に伸ばし、ゆっくり進む。
「電気……」
「スイッチ、どこだ……?」
指先が机の角に触れた。
その次には、椅子にぶつかった。
「痛っ!」
涼太は膝をさすった。
「もう……」
壁に沿って、さらに手探りで進んでいく。
そして、ようやく。
指先が見慣れたプラスチックの感触を捉えた。
「……あっ!」
「あった!」
パチッ!
電気がついた。
次の瞬間。
一つの生首が、涼太の目の前にぶら下がっていた。
青白い顔。
真っ黒な眼窩。
口元から伸びる、暗赤色の筋。
その顔は、涼太の鼻先に触れそうなほど近かった。
「……」
涼太の頭が、一瞬真っ白になった。
「うわああああああっ!!」
ドゴッ!
ほとんど反射的に拳を突き出した。
生首が勢いよく吹っ飛んでいく。
ゴンッ!
少し離れた机にぶつかった。
「はぁ……はぁ……」
涼太は胸を押さえた。
「な、何なんだよ、今の!?」
そのときだった。
「えっ!?」
扉の陰から、聞き慣れた声がした。
「ちょっと! ちょっと待って!」
千夏がひょっこり姿を現した。
慌てて吹き飛ばされた生首のところへ駆け寄り、両腕で抱き上げる。
「涼太くん! 落ち着いて!」
「これ、偽物だから!」
「……えっ?」
千夏は人形の頭を抱え、涼太のほうへ向けた。
「ほら!」
指先で顔のメイクを少しこすると、暗赤色の絵の具が指についた。
「ただの小道具だよ!」
「……」
涼太は千夏を見る。
それから、その頭を見る。
そして、力が抜けたように腰を折った。
「千夏さん……」
「ん?」
「本当にびっくりしたんだからな!!」
「えへへ……」
千夏は少し照れくさそうに笑った。
「でも、ちゃんと怖がってもらえたみたいだね!」
「全然反省してないだろ!?」
「違うってば! ねえ、よく見てみて!」
千夏は人形の頭をくるりと回した。
「これ、今日完成したばっかりなんだよ!」
「……今日?」
涼太は少し落ち着きを取り戻した。
千夏が抱えている人形の頭を見る。
よく観察すると、その作り自体はかなり雑だった。
顔の輪郭は少し歪んでいるし、髪の毛も何だかよく分からない素材を貼りつけている。
けれど、不思議なことに……。
「……あれ?」
涼太は思わず顔を近づけた。
「この顔……」
人形の目の周りには、深い影が描かれていた。
青白い頬には、口元から伸びる暗赤色の筋。
皮膚に走る細かなひび割れまで、妙にリアルに表現されている。
「人形自体はこんなに雑なのに、どうして顔だけこんなに怖いんだ?」
「でしょ! でしょ!」
千夏は嬉しそうにうなずいた。
「だって、このメイク、私がやったんじゃないんだよ!」
「えっ?」
「今日、うちのクラスでメイド喫茶を提案してた男の子がやってくれたの!」
「……あっ!」
涼太はすぐに思い出した。
綺麗な顔立ちで、話し方は少し女の子っぽいのに、クラス全員の前で自分の好きなものを堂々と語っていた男子生徒だ。
「あの人か!」
「うん!」
千夏は人形の頭を持ち上げた。
「今日のホームルームが終わってから、私のほうから話しかけに行ったんだ!」
「ほら、幽霊メイドの話が気になっちゃって!」
「それでいろいろ話してたら、メイクがすっごく得意だって分かって!」
「メイク?」
「そう!」
千夏は興奮気味にうなずいた。
「普通のメイクだけじゃなくて、ホラーメイクも得意なんだって!」
「アイシャドウとか、陰影のつけ方とか、顔を青白く見せる方法とか、いろんなことを知ってるの!」
「それで、この人形の頭にメイクしてもらったの?」
「うん!」
「ちょっと試してみたいって言ってくれて、あっという間にこんな感じになったんだ!」
涼太はもう一度、人形の顔を見た。
……なるほど。
あの人、ただメイド服を着たいだけじゃなかったんだな。
「そうだ、涼太くん!」
千夏が突然、顔を上げた。
「あの子の名前、知ってる?」
「……知らない。」
「ええっ!?」
千夏は信じられないという表情を浮かべた。
「同じクラスなのに!?」
「同じクラスだからって、全員の名前を覚えてるとは限らないだろ!」
「でも今日、みんなの前で発表してたじゃん!」
「それと名前を覚えてるかどうかは別の話だって!」
「もう~!」
千夏は思わず笑った。
「あの子は、香左右介くんっていうんだよ!」
「香左……右介?」
「そう! 同じクラスの香左くん!」
千夏は楽しそうに続けた。
「すっごく面白い子なんだよ! 今日初めてあんなにたくさん話したのに、全然気まずくならなくて!」
「それに、文化祭でお化け屋敷をやるなら、みんなのホラーメイクも考えてくれるんだって!」
「へえ……それは頼もしいな。」
「でしょ!」
千夏は再び、人形の頭を涼太へ向けた。
「だから、まずは効果を試してみたかったんだ!」
「……」
涼太は、その恐ろしい顔を見つめた。
「効果は十分あったよ。」
「本当!?」
「少なくとも、俺はさっき死ぬほど驚いた。」
「えへへ! 大成功!」
「俺を実験台にするなよ!」
千夏はますます楽しそうに笑った。
涼太は呆れてため息をつく。
そのとき、ふと鞄の中のものを思い出した。
「あっ、そうだ!」
「ん?」
「千夏さん、渡したいものがあるんだ。」
「私に?」
千夏は首をかしげた。
涼太は鞄を開き、中から綺麗にまとめられた手書きの小説を取り出した。
それと、小さな紙切れを一枚。
「これ。」
千夏は涼太の手元を見つめた。
「……えっ?」
一瞬、動きが止まる。
そして、目が少しずつ大きくなった。
「もしかして……!」
「うん。」
涼太は小説を差し出した。
「前に、俺が書いた小説を読ませるって約束しただろ?」
「ようやく完成したんだ。」
「おおおっ!」
千夏は嬉しそうに小説を受け取った。
「本当に!? 涼太くん、忘れちゃったのかと思ってた!」
「ははは……まさか。」
……実は、危うく忘れるところだったけど。
千夏は手元の原稿に目を落とした。
指先でそっと表紙に触れ、数ページめくってみる。
「わあ……」
「どうしたの?」
「これ、全部手書きなの?」
「……うん。」
「すごい!」
千夏は顔を上げた。
「涼太くん、これを書くのにすっごく時間かかったでしょ?」
「ああ……それは、その……」
涼太は答えに困った。
何しろ、実際に清書したのは自分ではないのだから。
「ま、まあね!」
「えへへ!」
千夏は嬉しそうに小説を胸に抱いた。
「ありがとう、涼太くん!」
「どういたしまして。」
「でも……」
千夏は教室の時計をちらりと見た。
「今日、すぐには読めないかもしれないんだ。」
「えっ?」
「このあと、まだ部活の片付けが少し残ってるから。」
彼女は手元の原稿を軽く撫でた。
「それに、せっかくだから、ゆっくり時間を取って最後まで読みたいの!」
「そっか。」
涼太は微笑んだ。
「全然いいよ。今日中に読まなきゃいけないわけじゃないし。」
「本当?」
「うん!」
「じゃあ、約束ね!」
千夏は笑顔を浮かべた。
「読み終わったら、絶対に感想を伝えるから!」
「……うん。」
涼太は、その期待に満ちた表情を見つめた。
なぜだろう。
急に少し緊張してきた。
……まずい。
本当にちゃんと読むつもりなんだな。
千夏は小説を大切そうに鞄へしまった。
それから、人形の頭を教室の入口近くにあるフックへ掛け直した。
「よーし!」
「あとは少し片付けたら、帰れるよ!」
「……ちょっと待って。」
涼太は、再び吊るされた人形の頭を見つめた。
「それ、またそこに掛けるの?」
「もちろん!」
千夏は当然のように答えた。
「次に誰かが入ってきたとき、もう一回試せるでしょ!」
「一体何人驚かせるつもりなんだよ!?」
⸻
夕方。
二人は旧校舎を出て、一緒に校門をくぐった。
夕日が道を淡いオレンジ色に染めている。
千夏は鞄を背負い、涼太の隣を歩いていた。
「今日は楽しかったね!」
「そうだね。」
涼太は千夏を見る。
「文化祭のこと?」
「うん!」
千夏は大きくうなずいた。
「まさか本当に、お化け屋敷に決まるなんて!」
「それに香左くんも手伝ってくれるし、絶対楽しくなりそう!」
「……あんまり怖くならないといいけど。」
「え~?」
千夏は振り向き、いたずらっぽく笑った。
「涼太くん、もしかしてお化けが苦手なの?」
「ち、違うって!」
「本当に?」
「本当だよ!」
「でもさっき、あの人形の頭を見て大声で叫んでたじゃん!」
「あれは急に出てきたからだろ!」
「えへへへ!」
千夏はますます楽しそうに笑った。
涼太は呆れた顔を向ける。
「まだ笑ってるし……」
「だって、本当に面白かったんだもん!」
「まったく……」
二人はそのまま歩き続けた。
しばらくして、千夏がふと自分の鞄に目を落とした。
「……あ、そうだ。」
「ん?」
「涼太くん。」
「どうしたの?」
「小説、持ってきてくれてありがとう。」
涼太は少し驚いた。
「……どうしてまたお礼を言うの?」
「だって、ちゃんと約束を覚えててくれたんだもん!」
千夏は顔を上げた。
「読むの、楽しみにしてるね!」
「……うん。」
涼太は小さく笑った。
「気に入ってもらえるといいな。」
「きっと気に入るよ!」
「まだ読んでないだろ!」
「じゃあ、読んでから決める!」
「最初からそうしてくれよ!」
二人は顔を見合わせて笑った。
夕日が、ゆっくりと沈んでいく。
道に伸びる二人の影も、少しずつ長くなっていった。
⸻
どこかの場所。
AIさんは机に向かい、手元の原稿を整理していた。
その隣では、小さな生き物が一生懸命、机によじ登ろうとしている。
「よいしょ……よいしょ……」
そして、ようやく。
ネバネバは机の上へ登りきった。
「AIさん!」
「ん?」
AIさんは手を止めた。
ネバネバは顔を上げ、不思議そうに首をかしげる。
「ネバネバ、聞きたいことがあるの!」
「何かな?」
「あのね!」
ネバネバは短い手を伸ばした。
「AIさん、作者は文字数稼ぎをしてるって言ってたよね?」
「うん。」
「じゃあ、どうして……」
ネバネバはさらに首をかしげた。
「第十七話の最初に、あの場面を全部載せちゃったの?」
「……」
AIさんは答えなかった。
ただ、静かにネバネバを見つめていた。
数秒後。
AIさんは引き出しを開けた。
中からキャンディーを一つ取り出す。
そして、ネバネバの前に置いた。
「……?」
ネバネバはキャンディーを見下ろした。
それからAIさんを見上げる。
「……」
「……」
ネバネバはゆっくりと短い手を伸ばした。
キャンディーを両手でぎゅっと抱える。
「……ありがとう、AIさん!」
AIさんは小さく微笑んだ。
そして、何事もなかったかのように原稿の整理を再開した。
ネバネバはキャンディーを抱え、嬉しそうに机から降りていく。
ちなみに、さっきの質問については……。
どうやら、誰も答えるつもりがないらしい。
⸻
『……ふぅ。』
作者はゆっくりとヘッドホンを外した。
『気持ちよかったぁ……』
大きく伸びをする。
『やっぱり、たまには自分の世界に浸るのもいいよね!』
『誰にも邪魔されず、好きなことを好きなだけできるんだから!』
作者は満足そうにうなずいた。
そして、ふと周囲を見回した。
『……ん?』
廊下は静まり返っていた。
窓の外は、すでに真っ暗になっている。
『……』
作者はまばたきをした。
『……えっ?』
スマホを取り出す。
時間を確認した。
『……』
『えええええっ!?』
『もうこんな時間なの!?』
作者は慌てて辺りを見回した。
『涼太は!?』
『千夏は!?』
『みんなどこ行っちゃったの!?』
返事はない。
廊下全体が、不気味なほど静かだった。
作者はその場に立ち尽くした。
しばらくして、隣の教室へ目を向ける。
『……超常現象研究部?』
『おかしいな……』
『もしかして、まだ中にいるのかな?』
作者は扉の前へ歩いていった。
ドアノブに手を伸ばす。
カチャ。
鍵は掛かっていなかった。
『……おっ?』
『本当に開いてるじゃん。』
作者は扉を押し開けた。
中は真っ暗だった。
『……』
『おーい?』
『涼太?』
『千夏?』
返事はない。
作者はゆっくりと教室に入っていく。
『おかしいな……』
『みんなどこ行っちゃったんだろう?』
壁を手探りで探す。
『電気……スイッチはどこかな……』
しばらくして。
ようやく指先がスイッチに触れた。
『おっ! あった!』
パチッ!
電気がついた。
青白い顔。
真っ黒な眼窩。
口元には、暗赤色の筋。
そんな生首が、作者の目の前にまっすぐぶら下がっていた。
『……』
作者は固まった。
生首も、ただ静かに作者のほうを向いている。
一秒。
二秒。
三秒。
『うわああああああああああああっ!!!』
絶叫が、旧校舎全体に響き渡った。
――第十七話・完




