三章
無骨な鉄格子と石造りの壁に囲まれた薄寒い牢の中で、煌良は目を覚ました。
おぼろげな視界には灰色が映り、すのこがはっきりと背中に感じられるほど寝心地の悪いベッドから、少し痛む体を気にしながら上半身を起こす。
「ない……。」
段々と頭が冴えていき、ここ数ヶ月、肌身離さず持っていた魔導具、その他一切の所持品が無くなっている。
低く、冷たい男性の声が辺りに響く。
「ようやくお目覚めか。いいか、お前は……」
「どこっ!?いったいどこにっ……。」
男性の声は煌良の耳には届かず、ベットから飛び上がり、しわくちゃになっている寝具や服には目もくれずに魔導具を探し始める。
男性の拳と鉄格子がぶつかり「ギイィィン」と耳障りな大きな音が牢にこだまする。
「お前っ!自分の立場がわかっているのか!」
男性が声を張り上げ、煌良の体がビクッと跳ねた。
「お前かっ!私の物をどこへやった!あれは私の物だ!」
鉄格子を震える手でしっかりと掴み、涙を滲ませた目で牢の前に立っている男性を睨む。
「黙れっ!重犯罪を犯したお前がこうやって生きているだけでも、感謝しておけ!」
男性は更に声を張り上げ、煌良の言葉を遮る。
「数十分後に簡易的な検査が始まる、それまでに食べておけ。」
拳ほどの大きさの麻袋を牢に投げ入れ、男性は背を向け、カツカツと足音を響かせながら立ち去った。
煌良はその場にへたり込み、鉄格子と石床から伝わる冷えた感触だけが伝わる。
無造作に投げ込まれた袋を手に取り、中に入っていた所々砕けた乾パンのようなものを黙々と口へと運ぶ。
(研究……できなくなっちゃう……道具も没収されて……お父さんにも迷惑かけて……どうしよう……本当に……どうしよう。)
ボソボソとした食感を噛み締め、渇いた喉を唾液で紛らわしながら、本人も気付かぬ間にボロボロと涙を流していた。
(これ…美味しくないなぁ。)
数十分が経ち、鉄格子の前にへたり込んでいる煌良へと、聞き覚えのある声がかかる。
「あー……また会ったな。……君の検査を担当する事になった、一益だ。」
ものすごくバツの悪そうな顔で、牢の前に立っている一益が煌良の目に入る。
「あなたは……。また会いましたね。」
必死に涙をこらえ、消え入りそうな声で言葉を返す。
「ここじゃ検査はできない、場所を移したいんだが……、いいかな?」
牢の扉を開け、憐れみを孕んだ目を向けながら、手を差し出す。
「大丈夫……です。」
俯いた煌良は腫らした目を拭い、少し顔を上げ、一益の手を取って立ち上がる。
「悪いな。」
煌良は一益と共に牢を後にし、検査のため移動を始めた。
「ここだよ。」
少しの間移動を続け、その部屋の前に到着した。
一益は扉を開け、飾り気のない簡素な椅子や机、その他多少の家具だけが置いてある部屋へと入るよう、煌良に促し、煌良と一益は部屋に入る。
「まぁ、検査と言っても複雑な事はしない、座りながら俺の質問に答えてくれるだけで十分だ。その前に、これでも飲むといい。」
そばにある棚から水が入ったピッチャーと二つのコップを取り出し、机の上で水を注ぎ始めた。
「ありがとうございます。」
差し出されたコップを受け取り、ゆっくりと飲み始める。
「君の為にも、俺からの質問には正直に答えて欲しい。俺が知りたいのは、君が所持していた粘性が高い水銀のような魔導具のことだ。あれは君が作ったのかな?」
煌良をまっすぐ見つめ、魔導具についての情報が記載されている資料を手渡す。
「はい、それは私が作りました。」
汗で濡れた手を膝の上で握る煌良からは、固い声ばかりが発せられる。
「ありがとう。……次の質問だ。魔導具の機能を教えてくれ。」
「星に接続する為の端末。そして、接続時の負担や星を落とす代償を肩代わりしてもらう機能が……それと変形と硬化、体内に取り込んだりもできます。」
「それはまた…随分と多機能な…、なんでそんなもの作ったんだ?」
「ただ…その……とっても綺麗だったので。」
双方に少しの沈黙が流れる。
「……綺麗?もしかして、落ちている星を見るために?星を落とすのが、手段ではなく目的ということか?」
「はい。それが私が生涯をかけて実現したい、ただ一つのものです。」
そう言った煌良の声には、一切の震えが見られなかった。
「そうか……話してくれてありがとう。そろそろ検査は終わる頃だと思うんだが……君からの質問はあるかな?答えられることであれば答えよう。」
「私の魔導具はどこに……返してもらったりできないんですか。」
「それはまだ分からない。」
「それと……私のお父さんは……。」
言葉に詰まりながらも、なんとかその質問を投げかける。
「心配ない。優秀な魔術師は年中人手不足だ。殺されたり、魔術の使用を制限されることはないだろう。」
「ドンドン」と、突如部屋のドアを叩く音が響き、一益がドアの元へと向かう。
少し経つと、一益が一枚の紙を持って煌良の元へ戻る。
「検査の結果だが、特に異常はないらしい。それとこれから来てもらう場所がある。」
目隠しのようなものを取り出し、煌良に差し出す。
「これを着けてくれ、これから行く場所へのルートは極秘事項なんだ。」
目隠しを着けると…
「うわっ!」
「悪いな、しばらく我慢してくれ。」
煌良を担ぎ上げ、一益は移動を始める。
自身の視界が真っ黒に染まり、一益の足音と振動が不安や恐怖を煌良の心にしんしんと降り積もっていく。
しばらく後…
「着いたぞ。」
目隠しを取り外され、優しく立たされる煌良。
薄暗く、無機質な灰色のトンネル程の幅がある廊下で煌良が最初に目にしたのは五メートルはあろう巨大なエレベーターの扉のような見た目のものだった。
その扉が重鈍い音を出しながらゆっくりと開いていくと同時にその扉の隙間から眩しい光が差し込んでくる。
「ここだよ、入ろう。」
そう言い、煌良の手を掴みながら完全に開いた扉の中へ歩みを進める。
進んでいる内に蒼白い粒子が身体にまとわりつき、視界が完全に暗闇に覆われた瞬間、地面を踏みしめていた感覚、歩くたびに服の布が擦れる音などの一切が消え、自身の心臓の音と一益に手を掴まれている感覚だけが煌良のもとに残る。
一益の手の感触だけを頼りに足を一歩、また一歩と進めていくと、段々と粒子が身体から離れ、徐々に視界が開く。
金属のような光沢がある灰色の床と壁ばかりが続く部屋の最奥には黒い天蓋に白いレースカーテンが吊るされ、壇上の真っ白な玉座には薄桃色の髪の女性が、喪服のような色合いのドレスを身にまとい、大切にされている人形のように座っていた。
一益に手を引かれるままに部屋の奥まで進んで行く内に女性の姿がはっきりと見えてくる。
重い前髪が片目を完全に隠しており、余裕のある心を写し出すように控えめに微笑む口元が煌良に女性の存在を強く意識させる。
「久しぶりね、一益。また会えてとても嬉しいわ。」
玉座のような椅子に座っている女性が一益にか細い声が掛かる。
「お久しぶりです、王女殿下。殿下もお元気そうでなによりです。」
一益は深く頭を下げ、かしこまった口調で答える。
(王女殿下!?マズい非常にマズい。……王女殿下は星に関する研究を禁止した張本人。殺されはしないと思うけど…最悪魔術が一生行使できないようにされる可能性が…)
一益の口からその女性が王女殿下だと明かされると煌良に緊張感が走る。額に冷や汗を垂らし、少し怯えながら王女殿下を見上げる。
「その子が……似てる、というかそっくりさんね。簡易的な検査はしてあるのよね?」
王女殿下のこれまでと変わらない慈しむような余裕を絶やさない視線が煌良へと移る。
「はい。先程尋問室にて検査を行いました。精神的なものや外部から操作するなどといった魔術的な干渉や痕跡はありません。記憶や意識もはっきりとしています。」
「検査ご苦労さま。下がっていいわよ。それから…煌良さん、だったかしら。」
殿下の言葉の後、一益はどこかへ立ち去った。
「は、はいっ。なんでしょうか。」
広大な部屋に二人だけ、否が応にも互いが互いを強く認識し、煌良は蛇に睨まれた蛙のように怯む。
「これからあなたは私が所有しているとある施設へと行ってもらうわ。あなたを詳しく調べるためにね。」
「そこでの結果しだいでは、あなたがやっている研究を続けさせてあげてもいいのよ。まぁいくつかの条件と無断で禁止されている研究をしていた事に対する処分はあるけどね。」
「ありがとうございますっ!」
殿下から提示された一筋の希望。それに目を輝かせ、胸を膨らませる。
「まだ少し時間があるわ。煌良さん、部屋を用意してあるから、そこで休んでいてちょうだい。」
その後、煌良は言われた通りの部屋に向かい、束の間の休息をとった。
煌良が休んでいる間、一益だけが王女殿下のいる部屋まで戻ってきていた。
「なにか言いたげな顔ね。」
「あの子は私達で保護し、研究を諦めて安全な場所で幸せに生活させるべきです。子供に…こんな…」
「あの子は確かに被害者でしょうね。でもあの子は魔術師なのよ。魔術師にとって研究を諦めるのは死よりも忌避すること。あの子は諦めを望まないし、望んでいたとしてもあの子が特別な力を持っているならば利用しない手はないのよ。例えそれが生まれたばかりの赤ん坊でもね。私達にそんな余裕はないの。」
尚も余裕を崩さないような声色で話すその姿は、豪風吹き荒れる崖上に咲く、花のようだった。
「…すみません。」
「いいのよ。あなたの気持ちが分からない訳でもないからね。」
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