102話
「悪戯行進曲・第一楽章─通行拒否─」
指揮棒は掲げられ、開始された。
静けさに満ちた森は一変する。
木の葉を揺さぶるのはもはや風ではない。
「ケェ!!」「あっ!」
シアの手から少年が逃れた。
「緩めてんじゃないわよ」
「緩めてないもん!なんかあっちが強くなっただけ!」
爆音の中へ彼は溶ける。
気づけば木々の狭間に人影が増えていた。
「囲まれた。」
横から風が巻き起こる。
”フレイが駆けた”
剣を打ち付ける音が響いたことでようやく気が付く。
「指揮者の邪魔しちゃあ駄目なんだ……ぜ!」
「指揮棒をそう使ってもダメでしょう……よ!」
アルノールは先端を腕に当て、二点で衝撃を受け止めていた。
フレイは猛攻を仕掛け、アルノールは少し汗をかいている。
「イザベラ!伏せ!」
耳元で破裂した声に反射で従う。
僅かに刃が掠った。
「チクショッ!」
明らかに速くなっている。
「二人共!この曲を止め──」
──カアアァアッァァァァァァァァァン
フレイの声を楽器が遮る。
「悪戯行進曲の本質はアドリブだよ。」
ビブラスラップを叩くアルノールをフレイは追撃する。
私に向かってくる子妖精はシアが弾いてくれている。
フレイの意図は伝わった。
音に触れている間だけ、妖精たちの身体が一段速い。
生来素早い妖精が更に速度を上げていて、対処は困難。
「演奏止めるよ、シア。」
「おうよ。」
フレイと逆方向へ駆ける。
「今だゼーー!」
はしゃぐ声と共に何かが地面を擦る。
私たちは二人して転んだ。
「ワイヤー……。」
私が呟いた間にシアが顔を赤くしてそれを引く。
込めた力は何にも伝わらず、彼女は横転する。
「離してるに決まってるだろぉ!?」
殺す。
私は杖に魔力を練り上げた。
『凡てを焼く火種となれ。初──』
──ブオオオオォォォォン
耳元で鳴った音に思わずうずくまる。
「ゴメーン!演奏中の私語は厳禁ダカラー!」
呪文はかき消えた。
不味い…。
「なんか無いの!イザベラ?!」
シアは若干唾を飛ばしながら叫ぶが、
そんなものは無い。
魔法しか使えない私にはだ。
私にはだ。
「突撃しろ。『はと』!!!」
緑の天井に青が横切る。
手のひらよりも小さなその身体は空を舞った。
冷気を纏うその姿は全員の目線を奪う。
「全ッ然ッ!『はと』じゃねぇじゃん!」
「そこだッ!行け!」
私はセンスが分からないガキへ指を指す。
はとは影の一つを捉えて着弾。
完璧に凍えさせた。
「よそ見して良いんですか?」
途切れた演奏にフレイの声が挟まった。
アルノールは指揮棒を捨て、両腕でガードを固める。
「そこまでにしておきましょう!?」
森を突っ切った人影を全員が睨む。
黒髪の女性が手を挙げ、全ての音が途切れた──
「まず、誰が誰かをまとめますね?」
袖を少しだけ短く仕立てた長衣。
彼女はその胸元のアクセサリーを撫でる。
私たちを手で差しながら顔を妖精達に向ける。
「まず、この三人は悪魔崇拝仲間です。」
彼女はミロ。
私が黒魔術を乞うた禁書作家。
私が手紙で呼び出した。
「私は聖教団で司祭をやってて、アルノールさん達とは交流があるんです。」
手で指し示された瞬間、妖精ははしゃぎ叫んだ。
「聖教団には木材を売ってんだよ。だから悪戯は控えめなんだ。」
アルノールは同胞にもたれながら、上を向く。
「テメェらがミロの知り合いとは知らなかったからセーフだな?」
「はい。この子らはまだ入団もしてないので。」
フレイとシアは黙っている。
任せてほしいと言ったからだ。
「ミロさん、単刀直入に。」
「聖教団を探りたいと思っています。」
ビリついた緊張が走る。
探るため、形だけの入団。
信者への侮辱行為にも近い。
だが、勝算はある。
聖教団に在籍しながら、ミロさんは悪魔も崇拝をしている。
それを、アルノール達も知っていた。
「神が蘇る。
これは覆らない未来の事実です。」
教団を疑っているのは本当で隠せるものではない。
「問題はどの神か━━」
「私は女神様を絶対とは思っていません。」
話を遮る声があった。
曇る表情は私を睨んでいる。
「ですが、立てた誓いも嘘じゃない。」
ミロさんは木造りの球を撫でた。
「それは正しい行いですか?」
「はい。」
私は目を見て答えた。
世界の破滅は止めたい。
それ以上に復讐を成したい。
「私に後ろめたいことはありません。」
私は真っ直ぐに目を見返す。
「分かりました。」
「じゃあ入れるんだ!」
「ただし!」
立ち上がりかけたシアを細い手が遮る。
「入団は厳しいですよ。」
アルノールも口を開いた。
「俺は話す気無いが、テメェらが入団出来ないのはすぐ分かる。」
空へ持ち上げられた手。
それにはコインが握られていた。
「冒険者ってバレりゃ調べはつく。
冒険者情報は誰でも閲覧出来るから、魔剣や悪魔との関わりは俺でも分かるぞ?」
冒険者番号と名前を刻まれたそれを投げて返す。
「なので、名前を変えて下さい。」
透き通る声ははっきりと告げた。




