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COLORS  作者: 和泉 兎
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賑わいの街

トラハという街は、あまり大きくはないがとても有名な街だ。

東西に延びたメインストリートを軸に南側が港、北側が住居にくっきりと分かれた特徴的な街は、いつも活気に溢れている。

明るい黄色の石が不規則に敷かれた道は、港よりも大分高い位置に造られ、覗き込まなければ停泊する船のマストすら視界には入らない。これならば例え高波がきても、道行く人々は安心だろう。

その道からは港へ降りるための階段が所々に設けられ、零れ落ちそうな量の魚や、船で運ばれる交易品などが入った木箱を担ぐ男たちが、忙しなく行き来している。

メインストリートでは敷物やテントを所狭しと構えた商人たちが道の両側にぎっしりと並び、山のように積まれた商品を広げ、大げさな身振り手振りと共に声を張り上げて客にアピールしていた。

宝石、衣類、食材、美術品、日用雑貨、この道一本を巡ればあらゆるものが手に入る。客たちはそれぞれの目当ての品に群がり、品定めや商談に夢中になっていた。


交易と漁業が栄えたトラハは交通の便も良く、行商人が多く立ち寄る。それに伴い、情報の集まりもかなり良かった。

普通に観光を楽しみに来るものや行商人はもちろん、鵺やネロのような職業の者にも人気があり、あらゆる目的を持った人が集まる街だった。


森でひとまずアルファルドと別れた鵺は、この街の東側の入り口にいた。

アルファルドから聞いた呪いを解く方法は簡潔だった。

グエルの魔具を作った魔術師に解き方を聞く。それだけだった。


呪術系の魔具の制作者は、万が一に備えて必ずその解き方も把握している。

確かにこれが一番的を射たやり方だろう。


長い時をあの屋敷に囚われて過ごしていたアルファルドは、グエルから自分の魔具の自慢話を度々聞かされていたらしい。その際に制作者の話も聞いたという。

殆んどがつまらない話ばかりだったが、貴重な知識と情報だけは密かに記憶していたのが役に立った。きっと一度も相手にしたことがなかったために、まさか人語を理解しているとは気付かなかったのだろう。

グエルはあらゆることを語って聞かせたらしく、それを思い出したアルファルドはまた豪快に笑った。


制作者である魔術師は、このトラハの北西に位置する霧の谷に住んでいる。それが、アルファルドがグエルから得た情報だ。

他に分かっているのは、その魔術師は霧の谷の魔女と呼ばれているということだった。


ちょうど通り道でもあり、目的の地に一番近いトラハは情報集めにも都合が良い。魔女についてもう少し調べ、同時にここで準備を整えてから霧の谷へ向かうことにした。


やることは決まった。


アルファルドは夜のうちに目立つその身を湖の近くにあった洞窟に隠し、鵺の帰りを待つことにした。

そして、鵺は日が昇る前にトラハを目指して出発し、今ようやく辿り着いたのだった。


鵺はコートの胸ポケットに手を入れ、中の物を取り出した。

日の光を受けて眩く輝くそれは、一枚の鱗。別れ際にアルファルドが自ら己の身体から剥がしたものだ。


「私は行けないからな。持って行け」


そう言うと口でくわえたまま鵺に差し出した。

魔力を持たなくとも、その形と色だけでどんな宝石も及ばないほどの魅力と価値がある、それを。


「力は無いが、何かの役に立つかもしれん」


歯を剥き出して威嚇しているとしか思えない凶悪な表情はアルファルドなりの笑顔だ。

鵺は、無理やり鱗を剥がして少し血の滲んだ首に手を伸ばしかけ、けれどそこに触れることなく、その口先から鱗を受け取った。


自分の血を他人に渡すなど考えたこともない鵺には、とても不思議な気分だった。

身を隠すために飛び立つアルファルドを湖畔から見送ったときから、ずっとその不思議な感じが消えない。

鵺は鱗を元の場所にしまい込むと、いつもよりも深くフードをかぶり直し街の中へ入っていった。


まだ昼過ぎではあったが、とりあえず情報の集まりやすい酒場を探して街を歩いた。

メインストリートには人と物が溢れとても賑わっていたが、鵺は露天に視線を向けることなく人波をかわしてゆく。

明るく賑わうこの街で場違いな漆黒のコートに身を包む鵺に、声を掛ける商人はいない。道行く人も視線をそらして道を譲った。

余所者の扱いに慣れた流通の多い街は、絡んでくる者もいないので歩きやすかった。


大小様々な船を浮かべた青い海に、カモメが飛び交うよく晴れた空。

鮮やかな黄色い石の道のその所々に植えられた緑豊かな植物と多種多様な花、北側に建ち並ぶ白い壁と青い屋根の家々、そのずっと奥にうっすらと見えるまだ雪の残る山脈、カラフルな露店のテントや商品、そしてたくさんの人間。

トラハはその美しさでも有名な街だが、鵺は気にも留めずに歩き続ける。


道の三分の一ほどまで来たところで宿屋を見つけた。

このくらいの大きさの街では宿屋が酒場や食堂を兼ねていることが多い。通路を残すためにわずかに開いた露店の隙間を抜け、ドアを押し開けて中へ入った。


外の明るさに目が慣れ薄暗く感じる店内を見回すと、やはり小さな食堂になっていた。昼はとうに過ぎているので客はそんなにいない。

宿屋の受け付けも兼ねたカウンター席へ座り酒を一杯注文すると、それを持ってきた女にさっそく訊ねた。


「霧の谷の魔女について何か知らないか?」


よく太った愛想のいい女は元々大きな目を更に大きくして、裏返った声を上げた。


「霧の谷の魔女だって?」


酒を目の前に置きながら応えた女に、鵺は受け取った酒を一口飲むとただ頷いた。


「まさか、会いに行くつもりかい?」

「ああ」


短く応えると、女は身を乗り出して大きく首を振った。


「やめときな、やめときな!あいつは人が寄れば、たちまち得意の呪いで動物に変えちまう恐ろしい魔女だよ!」

「人を動物に変える?」


女は鼻息荒くうんうんと頷く。


「そうさ!魔女は、人は嫌いだが動物は大好きの変人だからね!」


それ以上鵺が問う前に、女は自分の知っていることの全てを語り出した。

聞くうちに明かされる霧の谷の魔女の話は突飛なものだった。


魔女は名前をマリーといい、幼い少女の姿をしているらしい。しかしその実態は三百年の時を生きる大魔術師であるという。

しかも極度の人間嫌い。そして極度の動物好きで、自らの家とその周囲一帯に人除けのまじないをかけ、たくさんの動物たちと暮らしているというのだ。


以前はマリーの作る魔具を目当てに訪れる魔術師もいたが、その殆んどはマリーの魔術に阻まれて辿り着けずに果てるか、どうにか突破できてもマリーによって動物に変えられ戻ってくることは叶わなかった。

命からがら生還を果たした数少ない者が言うには、相当な力を持つ恐ろしい魔術師だという。


唯一、マリーの昔馴染みの男がいてその男とだけは親交があるようだが、その男も魔具オタクの変人コレクターだと女は言い切った。

今ではそれらの噂から近付くものはいないという。


まだ話を続ける女が、霧の谷に住む愛らしい動物を偶然にも目撃した狩人の笑える失敗談を語ろうとしたところで、鵺は素早くカウンターにコインを置き、礼を言って席を立った。

女はまだ話足りないといった表情を一瞬見せたが、すぐに笑顔を浮かべ礼を返し、出口に向かって歩き始めた鵺の背中に一声掛けた。


「もし、どうしても行くってんなら、街で活きの良い鶏でも買っていきな!」


鵺は首だけで少し振り返り半信半疑のまま頷くと、とりあえず女の言うとおり鶏を買うべく宿屋を出たのだった。


通りへ戻ると、まずは武器商の露店で十分な量の普通弾を買い、店を変えて麦の粉を練って焼いた食料と水を買った。それから山積みになった色とりどりの食材に埋め尽くされた店を見つけて行ってみると、探していた鶏を見つけた。


細く割いた木で編んである大きな籠に十羽ほどの鶏が入れられ、食用として売られている。鶏たちは自分の運命を解っているのか落ち着きなく動き回り、羽ばたいたり鳴いたりと騒がしい。

そんな中で、一羽だけ籠の隅に腰を落ち着けてほとんど動きもしない鶏がいた。

宿屋の女には活きの良い鶏と言われたが、鵺はなんとなくその鶏を選んで買った。


店主に鶏をそのまま手渡しされた鵺は顔をしかめて受けとると、すぐ隣の露店で売っていた鶏の百倍の値のする銅でできたアンティークの鳥籠を気軽に購入し、その中に買った鶏を入れた。

他の客に両足を掴まれて逆さまに持ち帰られていく仲間たちを尻目に、美術品に丁重に迎え入れられた食用の鶏。

店主も、周りにいた客も唖然として立ち去る鵺と鶏を見送っていた。


そんな一人と一羽が人々の視線を浴びながらも街の西側の入り口に着いたときには、出発の準備も整い、鵺は鶏の入った籠を片手に提げたまま街を出た。

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