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COLORS  作者: 和泉 兎
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虜の色

「そうですか、それは本当に残念です。君のような魔術師はそういない。ぜひ友人になりたかったのですが……」


本当に残念そうにそう漏らすと、グエルは両手を天に掲げた。

右手の親指と左手の中指の指輪が光を宿し、それぞれ赤紫と緑に輝き出す。


「君を殺して手に入れるとしましょう」


鵺は後ろへ跳んだ。爆音と共に今まで鵺がいた場所に電撃が落ちる。

飛び退けば飛び退いた場所に的確に放たれる雷に追われながら、紙一重でかわしてゆく。白く美しかったタイル張りの床が雷の衝撃で次々に砕けていった。

隙を見ては鵺も魔弾を撃ち込むが、その度に別の指輪が光ったかと思うと二人の間で弾丸が燃え上がり消えてしまった。

グエルは弾が己の届く前に正確に迎撃していた。

息つく間もなく次々と放たれる雷も正確にコントロールされ迫るが、その間もグエルに隙は一切見えない。ここまでたたみ掛けられては、魔弾に十分な力を込めるのも難しい。


強い。鵺は素直に相手の実力を認めると、構えていた銃を相手から外した。

もうこちらの攻撃パターンは完全に読まれている。手を変え一気に叩くことにした。

左手を口に寄せ、甲へ歯を立てる。すぐに血が滲み雫となって床へ落ちた。

絶え間なく襲い来る雷を、グエルを中心に大きな円を描くようにかわしていく。その間も、手から流れ出る赤い血はぽたぽたと白い床に垂れ、点々と染みを残していった。

そして一回りして元の位置に戻ったところで、素早く床に手を当てた。


ドン。

突如、大爆発が起こった。


紫色の爆炎は血で囲んだ円の中で怒り狂った生き物のように暴れまわっている。強烈な爆風に真上にある一際大きな丸い天窓が割れ、色とりどりのステンドグラスが降り注いだ。

粉々になった鮮やかなガラス片が宙を舞う。

その全てが床に落ちた頃には、まるで蝋燭の火を吹き消したように跡形もなく炎はその存在を消していた。

やはりそこには煙も熱も既に無い。ただあるのは瓦礫と化したタイルと柱だった物、それと膝と両手を付いて肩で息をしている傷だらけの男だけだった。

綺麗な円状の範囲内だけが、まるで爆弾を落とされたような有り様になっている。


通常、魔力を持つ素材はそのままでは魔具として使用することはできない。本来であれば、素材を入手したら専門の魔術師が時間と手間を掛けて魔具を生成するのだ。

それが鵺の場合は、素材である血そのものに力を加えるだけで魔術を使えた。

素材が己自信であるためか、理由はわからなかったが特に知りたいとも思わなかった。


弾丸にただ血を含ませただけの魔弾など、他には存在しない。

正体がばれるのも面倒なので、カモフラージュしているだけなのだ。


「な、……んだ、と?」


グエルは震える声を絞り出し、ゆっくりと顔を上げると鵺を見た。

爆風でフードが背中に落ち、露になっている鵺の瞳に釘付けになる。


「お前が、鵺だったのか……!」


目は飛び出さんばかりに見開かれ、口はだらしなく開いたまま、呼吸すら忘れて言葉を零す。両手の指輪はわずか二つを残して溶けていた。

足はあり得ない方向に折れ曲がり、もう立つこともできないだろう。


鵺は再び銃をグエルに向けた。

グエルは辛うじて残った二つの指輪を嵌めた左手をなんとか鵺に向ける。指輪のうち一つは酷く損傷し、塵屑が指に引っ掛かっているように見えた。

もう一つは白い光を宿してはいるが、かなり弱く淡い。

おそらく戦闘用の魔具ではないためにその姿だけは残すことができたのだろうが、もう大した力は発揮できそうもなかった。


「鵺、鵺が……目の前に!」


グエルは目の前の存在に魅せられ、狂気じみた笑みを浮かべていた。鵺は眉間に狙いを定めると、躊躇うことなく撃ち抜いた。

ぐらりとグエルの身体が後ろに傾き、どしゃりと音を立てて崩れる。

止めには魔弾を使うまでもなく、安物の鉛玉をぶち込んでやった。


銃を下ろすと左腕にチクリと痛みを感じた。そこへ目をやると白く細い糸のような光が二の腕に射している。最後の足掻きか、グエルから放たれた魔術が鵺を捉えていた。

屍となった男の指先から伸びた光は、次第に細くなり完全に消えた。


辺りを静寂が包み込む。

これで鵺の仕事は終わった。あとは外で待っているネロと合流し、ターゲットを確保すれば任務完了だ。

止血テープで自ら付けた傷を塞ぎ、垂れた血は炎へ変えて消した。

踵を返し歩き出そうとしたところで、しかし立ち止まった。使用人すらいないこの屋敷で、生きものの息吹が聞こえた気がしたからだ。


当初の情報通り、此処にはグエル以外に誰もいなかった。

現に先ほどまで他の者の存在を全く感じなかったのだが、それが今では強烈な存在感を放つ何かがいることを、はっきりと感じ取ることができた。

グエルを失ったこの屋敷からはもう魔力を感じない。それなのに得体の知れないプレッシャーが鵺に圧し掛かった。


間違いなく、何かがいる。


立ち並ぶ柱の奥へ細めた目を凝らす。天窓からのささやかな月明かりなどもちろん届かないその先から、獣の息使いが微かに聞こえた。

低い唸るような音は、呼吸を繰り返す度に漏れているようだ。

静かに銃から普通弾を抜き、手早く魔弾を装填して暗がりへ向けた。

魔力を感じないということは魔物の類いではない。それが逆に不可解であり、鵺は眉を寄せた。


お互い動きのないまま様子を伺っていると、繰り返されていた息使いが止まり何かが床を擦る音がした。大きな布を落としては引き摺るようなその音は、次第に近づいてくる。

かなり大きな生きものなのだろう。ぐるぐると咽を鳴らしている音が、思ったよりも高い位置から聞こえた。

そこへ視線を合わせ、薄暗い白い柱と柱の間を瞬きもせずに睨み付けていると、光る二つの玉が現れた。


それは夕暮れが終わり夜になる瞬間の空のような。それでなければ海の底から届かぬ天を見上げたらこんな色に見えるのかもしれない。

そんな風に思わせる深い深い青だった。


その色に鵺は思わず息を止めた。

構えた銃も、ただそこにあるだけで引き金が引かれる様子はない。

その限りなく澄んだ美しい青い瞳に囚われながら、ゆっくりと近付くそれをただ見つめ返していた。


次に月光に照らし出された色は、白銀。

月夜のわずかな光でさえも十分だというように、光を反射して輝く姿は眩しいほどだった。

誰も踏み入れたことのない雪原さながらに白く、真冬の星々の瞬きを全て集めても足りないほどにきらきらと煌めいている。


口に向かって尖った顔、長い首、背中から生えた大きな翼、力強い太い脚、そして頭から後方に長く伸びた角まで全てが銀色一色のその身体は、紛れもなく銀竜のもの。


あまりに美しいその生きものは、伝説通りの姿の銀竜だった。


言葉も、警戒心さえも忘れて見つめていた鵺だったが、銀竜の身体の半分ほどが露になったとき、突然左腕に鋭い痛みが走り、そのあまりの激痛に腕を押さえて膝を付いた。

脂汗が噴き出し、首筋を不快に伝っていく。爪が食い込むほどに強く押さえた腕は、そこにもう一つ心臓があるかのように脈打ち、焼けるように熱い。

まるで火が付いたかと思うくらいの熱に意識が遠退いた。

意識と共に何かとても大切なものが失われていく気がしたが、もうそれ以上は何も考えられなくなった。

力いっぱい眉を寄せ、ゆっくりと倒れる。

銀竜の姿だけが瞼に焼き付いて離れないまま、鵺は意識を手放した。

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