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COLORS  作者: 和泉 兎
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探り合い

紫色の炎が消えた後も、鵺は立ち止まったまま魔術の気配を探っていた。

魔弾を使ったため、既に侵入には気付かれているだろう。相手の反応がないか注意深く確認し、再び歩き出す。

長い廊下を予定通りに進み、漸く目的の広間への扉に辿り着いた。


幸か不幸か、あれ以降何もない。

扉の向こうではグエルが待ち構えているだろう。

背の高い黒塗りのドアには、鍵も掛かっていなかった。見るからに重そうな見た目とは裏腹に、片手で軽く押すだけで滑るように開く。

招待でもしているつもりなのか。鵺はフードを深くかぶり直すと、躊躇うことなく中へ入った。


広間は廊下とは打って変わり、火の灯りは何も無い。天窓からの月明かりが、仄かに降り注いでいるだけだった。

白いタイルが規則正しく敷かれた室内はここまでの内装とはまるで異なり、無機質な印象を与えた。

一定の間隔で一列に並んだ、大きな四角い天窓からの薄明かりが道を示している。他に窓は無く、その光の下を辿るように奥へと向かった。


光の届かない左右の空間はどこまで続いているのか計り知れない。ただ、この光の道を挟むように白い丸柱が並んでいるのが、闇の中に微かに見てとれた。


規則的に続いていた四角い天窓が途切れ、最後にひと際大きな丸い天窓が見えた。ステンドグラスが嵌め込まれたそれは、朧月でも十分なほどに光を集めている。

その下には黒いアンティークチェアが置いてあり、男がこちらを向いて座っていた。

鵺は自分の間合いを残して立ち止まり、無造作に銃を構えると静かな声で話し掛けた。


「グエルだな」


聞くまでもなく、肌で感じる圧力がこの男がグエル本人であると知らせていたが、男の反応が気になった。

ゆったりと落ち着いた様子で椅子に腰かける男は、まるで旧友の来訪を喜ぶかのような笑顔を鵺に向けていた。


「ええ、そうですが、君はどなたかな?」


グエルは人の良さそうな笑顔のまま、鵺の言葉に丁寧に応えた。初老というにはまだ少し早いが、その容姿には風格があり重厚な印象を受ける。

優雅に椅子から立ち上がり、今度は鵺に質問を返した。


「答える気はありませんか?まぁいいでしょう」


何も応えない鵺に、特に気に障った様子もなく続ける。


「君の狙いも銀竜の鱗ですか?」


も、というあたり他にもそれを目当てに来たものが多くいたようだ。そしてこの余裕は、全て返り討ちにしてきたことによる自信の顕れだろう。

鵺は一瞬の思案の後、応えた。


「そうだ。……お前には死んでもらう」


言うと同時に撃ち込む。

しんと静まり返った室内に銃声が広がった。


「そうですか、それは残念です。それより……」


しかし、何事もなかったかのように会話は続いていた。魔弾は椅子だけを燃やして消えた。

いつの間にかグエルは鵺の横にたつと、大量の指輪が嵌められた手を顎に当て、熱い視線で鵺の銃を観察している。


「それは魔弾ですね」


鵺はすぐに横へ跳び、再び間合いを取るとグエルを睨んだ。

このグエルという男、やはり相当腕のある魔術師であることに間違いない。短距離とはいえ瞬間移動はかなりの大魔術であるにも拘わらず、軽々と使ってみせた。


「その魔弾は……何の素材を使っているのでしょうか?面白い力だ」


グエルは先ほどまでの知的な印象を残さない、少年のような好奇心に満ちた瞳で鵺に問い掛けた。答えが返る筈もないことはわかっていても、問わずにはいられないといった表情だ。


「いやいや失礼、つい興奮してしまって申し訳ない。だがこの威力、私の使い魔も消されるはずです。素材は千年琥珀でしょうか?いや、あれは破壊力はあっても対象を燃やすことはできない……。ではイビルアイか……。いや、この魔弾は灰すらも残さなかった。それに魔力も美しさも比較にならない……」


グエルはぶつぶつと呟きながら、少しずつ鵺に近づいてくる。

やはり予想通り、この男は魔に魅せられ魔弾に相当な魅力を感じているようだ。鵺は己の正体に気付かれる前に始末するべく、グエルに向けて再び魔弾を放つ。

今度はかわせないようにあたり一帯を狙った。


弾丸ではなく紫の炎の玉の形をした魔弾は、その一帯を丸ごと捉えた。

轟音と強烈な火炎に目を細め、グエルのいた辺りに目を凝らす。

今度は町ひとつ吹き飛んでもおかしくないほどの力を凝縮して込めた。いくらなんでもただでは済まないだろうと思いつつも、警戒したまま炎が消えるのを待った。


「素晴らしい!」


声が聞こえると同時に、炎は空気に溶けるように消えた。鵺は目をわずかに見開いて、そこにいる男を見つめた。

服は所々が焼け焦げ髪も爆風でひどく乱れているが、グエル自身には傷ひとつ付けられなかったようだ。攻撃を受けるために広げられた手の先ではたくさんあった指輪の半分近くが溶け、ぼたぼたと液体となった金属が床へ垂れている。


「なんて力だ!この紫の炎は……!」


興奮を押さえもせずそう叫ぶと、グエルは笑いだした。鵺はその腹を抱えて笑う様子に眉を寄せつつ、手早く魔弾を補充する。

おそらく両手いっぱいに嵌めている指輪がグエルの魔具とみて間違いない。今の一撃を防ぐ為に使用したのだろうが、やはり鵺の血の威力に耐えられずいくつか失ったようだ。

手元に目を凝らすと、指輪はまだ十個以上が確認できた。


魔具にはそのひとつひとつに特性があり、それに対応した魔術しか使うことはできない。しかし、グエルのように魔術師としての卓越した才能があれば、いくらでも応用は可能だろう。

着衣まで燃えたということは防御系のものは使いきったはずだが、決して油断はできない状況だ。


鵺は素早く戦術を練る。

幸い魔弾には事欠かない。

まずは数で攻め、あの指輪をすべて破壊するのが手っ取り早いだろう。

未だ笑い続ける男に再び銃を向けた。


「鵺の血か」


不意にぴたりと笑い声が止み、先ほどとは別人としか思えない静かな低い声が鵺に掛けられた。

グエルは自ら導き出した答えに確信を持って、また顔を綻ばせる。


「あの炎の色、驚異的な力。……間違いない」


また呟きながらも、今度は鵺から目を離さない。その瞳には欲望がありのまま映り、妖しく揺れている。

まさに獲物を見つけた肉食獣の目だ。


「まさか、銀竜で鵺の血が釣れるとは」


くくく、と自嘲気味に笑い、今度ははっきりと鵺に話し掛けてきた。


「しかもかなりの量をお持ちのようだ。至高の魔具が惜しくはないのかね?」


どうやらこちらの戦略も読まれている。

それでも鵺は焦ることなく、細めた目でグエルを睨んだ。


「もしかすると、鵺を飼っているのか?」


嬉々としたグエルが言い切るが早いか、すかさず続けて三発撃ち込んだ。

一発目はグエルの残像を抜け、後ろの壁で燃え上がった。二発目は瞬間移動の先を読み狙ったが、こちらもかすめただけで背後の太い柱に当たると炎が上がった。

グエルは鵺との距離を保ったまま、元の位置から大きく移動していた。

鵺に向けて翳した右手は、その人差し指に嵌められた指輪を中心に黄色い光に包まれている。その光の中で何かが宙に浮いていた。

銀色の小さなそれは黄色い光を受けてきらきらと光っていたが、そのままグエルの手に捕らわれた。まさにその位置を狙って撃った三発目だ。


「これが鵺の血……おお、これが……」


グエルは興奮をなんとか抑え、弾丸を両手で大切そうに包んだ。

鵺は不快感から鼻にわずかに皺を寄せる。


「美しい……」


貴重な魔具を手に入れ恍惚の表情を浮かべる男の手の中で、突然紫の炎が上がった。それはまるで手品のように、瞬きの間に魔弾と共に姿を消す。

灰も熱すらもその手には何ひとつ残さない。


「お前なんかに、くれてやるか」


鵺は嫌悪感そのままに言い放った。

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