説得
翌朝、トキトはシオリに引きずられるように長老達の所へ連れて行かれた。
しかし、トキトとしては頑張って説得したつもりなのだが、のれんに腕押しの状態で、長老達は全く聞く耳を持ってくれない。
話してみてわかったのだが、彼らは自分の力にかなりの自信を持っているようで、たとえ一人の時に襲われても逃げ切るくらいの事は楽にできると考えているという事も分かった。
どうやら過去に相当無茶な戦いを経験しているらしい。
そんな時でも元の世界へ戻る事を支えに切り抜けてきた経緯があるようで、それを糧にしてこの世界で生き抜いてきたのだというのだ。
いまさらその目的を捨てる事は難しいことは心情的に理解できる。
とはいっても、若い人達の、そんな先の見えない事に全てを賭ける事は出来ないという気持ちも理解できる。
ましてや奴隷にさせられる可能性があるというのでは、いくら黙ってついて来ればいいと言われても、黙っているのは難しい。
その後一日中あちこちで長老達を見つけては話しかけ、そして今もトキトは里の畑で作業をするゲンゴを手伝いながら説得を続けていた。
ちなみに今この場にはシオリはいない。
女性陣を手伝って夕食の準備をしているはずだ。
すでに夕方だが特に何の成果もない。
今日は長老連中と入れ代わり立ち代わり話をしたが、結局、世間話に毛が生えた程度の話しかできないうちに既に日も暮れかけている。
「爺さん達の思いはわかるよ。それぞれ何かしらの思いを残してきた事は今まで聞いてきた事で何となくわかるし。でも、ソウゴ達の事ももう少し考えた方がいいんじゃないの。彼らはここで生まれ育ってきたんでしょう。この世界に対する思いだって爺さん達とはいろいろと違うんじゃないの」
ゲンゴは黙々と作業を続けている。
「まあ、そんなに心配する事もねえだろうさ。奴らだってわしらの孫じゃ、なんだかんだ言ってもわしらの言う事に異存はないはずじゃ」
異存があるからこうして自分が説得しているのだが、それについては信じてもらえないでいる。
ソウゴ達の意見を代弁していると言っても聞いてもらえない。
「じゃあ、若い者と爺さん達が別々に行動するっていうのはどうかな?」
現実的ではないと思いながら、トキトは苦し紛れに提案してみた。
実際そんな提案に乗る者などいない事はわかっている。
「あんたはわかって言っているんじゃと思うから責めはせんが、その発言は風の民に対する侮辱じゃぞ。そんな事を考える者はここには一人もおらんはずじゃ」
「まあ、それはそうだと思うけど…。でも、元の世界に戻る事が出来たとして、彼らが日本の社会に溶け込めると本気で思っているの? 俺にはソウゴ達はもちろん爺さん達だって社会になじむのは難しいように思えるけど。特に俺達の居た現代日本の社会には…」
爺さん達のような元日本人にとっても、現代日本との環境の違いにはなかなかついていけないものだろう。
下手をすると異世界に来た時よりも順応するのに時間がかかるかもしれない。
もしかしたら、いや、かなりの確率でその前に寿命を迎えてしまうに違いない。
「余計な心配はせんでよろしい。元の世界に返れればわしらには家族がいる。わしらの家族はみな先祖代々守ってきた土地に住んでいるんじゃ。一族の結束も堅い。宗家の土地の端っこにでも寄らせてもらえば問題ないはずじゃ」
「けど、もう六十年以上も経つんだよ。爺さんの家族だってもうそこに住んでいないかもしれないし…」
「そんな事あるわけなかろう。我が一族は何百年も前から先祖代々かの地を離れた事はなかったんじゃ。タケジやライゾウの処だって同じじゃよ」
それがそうでもないんだけどな、などと思うトキトではあったが、さすがにそれは言えないし、言っても信じてもらえそうもない。
「まあ、心配してくれるのはありがたいが、そんなに気にしてもらわなくても大丈夫じゃ」
「だけど、どこかの国が奴隷にしようと狙っているとかいう噂を聞いたりすれば心配にもなるんじゃない?」
「そんな心配も的外れじゃ。皆で日本へ移り住むのじゃからな」
そう言うとゲンゴはのそのそと自分の家へと戻って行く。
トキトはそれを見送る事しかできなかった。
トキトがゲンゴを見送ると入れ替わるように里の入口から一人の老人が入ってきた。
長老の一人のタケジ爺さんだ。
どこで飲んで来たのか分からないが、だいぶ酔っている様子で足元がかなりおぼつかない。
「大丈夫ですか?」
トキトが声を掛けると、大丈夫大丈夫、と繰り返すのだが、少しも大丈夫だとは思えない。少なくともソウゴの話などしても無駄な事は間違いない。
トキトはタケジとも話をしたかったのだが、諦めて家まで送り届ける事にした。
戻って来ると、畑にはシオリが待ち構えていた。
心なしか疲れているように見えたが、トキトを見て少し元気が戻ったようにも見える。
どうせ俺の事を苛めるアイデアでも思いついたのだろう。
そんな風に思いつつ、トキトはなるべくにこやかに、シオリの気を荒立てないよう注意しながらシオリに近づいて行った。
「どう、上手くいった?」
案の定、シオリは説得の様子を聞いてきた。
「ダメ。全然納得してもらえなかった」
トキトは罵倒されるのも覚悟した上で返事を返したのだが、意外にもシオリは、そう、と一言言っただけで他には何も言わなかった。
「どうかした?」
あまりに元気がないので逆に心配に思ったトキトが聞いた。
「だって、お婆さん達二人とも全然わかってくれないんだもん」
シオリはシオリで夕食を作りながら、婆さん達を説得していたようなのだ。
この状況を見れば結果は聞かなくてもわかる。
「ソウゴ達が苦労するのも分かるよな」
「でも、事が起こる前に何とかしなくちゃ」
「ソウゴの話を聞いた限りじゃあ事が起こるにしてもそんなにすぐでもないはずだろう。時間をかけて説得するしかないんじゃないかな」
「う…ん。それしかないかも…。でも、疲れそう」
シオリもだいぶ頑張ったんだな、トキトはシオリの姿を見てそう思わずにはいられなかった。
しばらくその場で脱力していると、いきなり村の入り口が勢いよく開いて黒ずくめの男が飛びこむように入って来た。
そのままこちらに向かって全速力で駆けてくる。
思わず身構えてしまいそうになるが、良く見るとその男はソウゴの弟のトーゴだとわかる。
トーゴにもリーナの件では世話になった経緯があるので、お礼を言おうと思って近づいて行こうとしたのだが、トーゴの慌て方は尋常じゃあない。
トーゴの方もトキトとシオリがそこにいる事に気が付くと、少し驚いたような顔をして、それでも速度を緩めずトキト達の前を通り過ぎる。
「逃げろ!」
そしてトーゴはすれ違いざまにそれだけ言って、そのままソウゴの家の中へと入っていった。
と思うとすぐに出て来て今度は長老たちの家の中へと入って行く。
逃げろと言われても、何から逃げるのかも、どこへ逃げるのかも、わからない。
そもそもなぜ逃げなければいけないのかすら全くわからないのだ。
しかし、トーゴのあの様子からは、決してふざけた様子は伺えない。
そもそもトーゴはあまり冗談を言うようなタイプの男ではないのだ。
とにかく準備だけはしておいた方がいい事も間違いない。
「シオリ、なんだかわからないけど、一応俺達も着替えておこう」
トーゴの言うとおり逃げるにしても、レンドロームからもらったあの鎧と剣は置いて行く訳にはいかない。
「わかったわ」
二人は急いで荷物の置いてあるソウゴの家の中へと入っていった。




