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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第3章 風の里
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訪問

ポートワーズの東門を入ると、トキトは妙にホッとした気持ちになった。

さすがはエルファール王国の誇る大都市だ。安心感が違う。


あの後、ウィルマの言うとおり川の中ほどでボルボルに襲われはしたものの、あらかじめわかっていた事もありあっさりとシオリの空気弾で吹き飛ばし、その後は何の問題もなくこちら岸まで戻る事が出来た。


結局、ウィルマのおかげで何の犠牲もなく戻れたという事になる。

ウィルマは川を渡る事の難しさをよく知っていたのだろう。

だからわざわざ援護に来てくれたのだ。

我々にわざわざ同行したのはその為で、単にクラーロ達に気を使っただけではなかったという事だ。


その後は、三人で前日と同じ宿に泊まり、翌朝早々に宿を発った。

当初目的とした虹は帰りも見えずに残念だったが、かかった靄の晴れるのをじっと待っている気にはなれなかったので、そのまま一気にポートワーズまで走り抜け、城壁の東門を抜けたという訳だ。


門をくぐると立派な石造りの市街が広がっていた。

「さて、どこへ持っていけば、この持ち主がわかるかな?」

トキトが指で叩くようにしているのは腰に差した短剣だ。


「鍛冶屋へ持っていけばわかるのかもしれないが、まずは宿に戻らないか。荷物の事も気になるし…」

「トキト、何焦ってるの? まさか、攫われた人を助けに行くなんて言わないわよね」

アイカもシオリも少々呆れ気味だ。


「いや、そんなつもりはないよ。実際、そんな事無理だろうし、やり始めたらきりがないだろうしね。だけど、何が起きているのかは把握しておいた方がいいだろう? この街を出たらもう大きな街はないみたいだし、早い方がいいかなと思って…」

トキトはそう反論したが、結局宿へと直行する事になった。

二対一では敵わない。


そして翌日、鍛冶屋に寄って、例の短剣を見てもらったのだが、この辺りの家のものではないという事くらいしか情報は得られなかった。

少なくともこの辺りの旧家の紋章ではないらしいのだ。


トキトはエルファールの領地のすぐ近くで、どうやら奴隷狩りが行われたらしいという事実をベルリアス王に手紙で告げ、この件にはひとまずこれ以上関わり合わない事にした。無理して襲った者を調べても、現状個人の力ではどうする事もできないので仕方がない。


鍛冶屋から戻り、馬を預かり所に預けると、いよいよ風の里に向けての出発だ。

門を出てしばらく行くと、意外にすぐにエルファール王国の国境を越える事となった。

エルファール王国はトロ湖沿岸にポートワーズの街しか有していないため、王都の方向以外の周囲には領地がほとんどない。

なのでこの辺りでは、王都の方向意外に行けば国境はすぐに超えられるという事のようだ。


ポートワーズからは、湖沿いに西に行けばトラスデロスに至る。

トラスデロスは小さな国だが歴史のある古い国だ。

ここ最近は内政を重視しているせいか、領地は決して大きくはないが国民の生活は悪くない。

奴隷を使う人も少なくはないが、治安も良く奴隷の扱いも悪くはないと聞いている。


しかし、アイカはそのトラスデロスへは向かわず、山脈沿いに南へと向かった。

急峻な山から続く荒涼とした岩場と、杉のような針葉樹の森のちょうど境目の辺りを行くつもりらしい。

と言っても、そこにはまともな道がある訳ではない。

それに加えて、途中で深い谷をいくつも超えなければならないようなのだ。


谷は深く、岩がごろごろと転がっている状態なのだが、今は水がほとんど無いおかげで、徒歩で超えていく事が可能だった。

山に雨が降る時期になると、ここには急流が現れるらしく、そうなるとここを進むことはできなくなり、かなり遠回りをしなくてはならなくなるらしい。

そう考えるとこれでも道のりは楽な事になる。


道は悪くてもアイカの歩みは意外に早かった。

トキトは以前トーゴについて山道を歩いた経験があるので慣れているが、シオリにはそんな経験はない。

なので、当初はついていくのにかなり苦労していた様だった。

しかし、何度か谷を通過するうちに、シオリも慣れて次第にアイカのペースについていけるようになっていった。

アイカはそんなシオリの能力に舌を巻いていた。


野宿を繰り返し、十日ほどもの間同じような風景の中を進んだ後、何の目印もないように思える荒れ地の真ん中で突然方向を変えたアイカは、そこからさらに道なき道を進んで行った。

そしてその荒地をしばらく進んだ後、突然アイカが小さく言った。

「あと少しだ」

やっと里の近くまで来たらしい。


「ようやくか。ホント遠いんだな」

「レンが元気だったらすぐに着くんだろうけどね。どうなんだろう。レンの事待った方が結局は早かったんじゃない?」

シオリがレンの事をタクシーと同じくらいにしか思っていないような言い方をしている。

トキトは苦笑いをするしかなかった。


「レンに頼んでばかりじゃいろいろ経験できないだろ。それじゃあいざという時困るんじゃないの?」

レンの血を飲んだ事によって学習能力は格段に向上してはいるものの、知らないものは知らないし、やった事のない事はできるようにはならない。

なるべく多くの事を知り、なるべくたくさんの経験を積むことで強くなる事ができるのだ。シオリが山道を普通に歩けるようになったのもこのおかげだと思われる。


ここで生きていくためには強くなければ色々と困るし、そもそも自分達の命も守る事ができなくなる。

トキトにしてみれば、自分自身はともかくシオリやイチカの事を守れるくらい強くなる事が目標であり使命だ。

そのためにもたくさんの事を経験し成長しなくてはならないと思っている。


しかし、シオリはそんなに深刻には考えていないようだった。

「いいじゃない。困ったらレンに助けてもらえば…。あ、でも、あいつ意外に軟弱だからなー。回復する為とか言っちゃってすぐに穴に籠っちゃうし」

人々に恐れられる赤の大竜もシオリにかかれば形無しだ。


「いくら襲わない約束をしているからと言ってあまり変な事を言っていると怒られるぞ」

「いくら怒ったって私に危害を加える事は出来ないのだし、万が一そんな事しそうになったってトキトが止めてくれればいいだけじゃない。問題ないわ」

「まあ…、そう……、なのか?」

レンドローブが本気になればトキトもシオリもひとたまりもないだろう。

誓約したと言っても所詮口約束でしかないのだ。

しかし、レンドローブが約束を破る事など想像できないというのも本当だ。


「何をしているんだ。こっちだぞ。もう少しだから頑張ってくれ」

いつの間にかアイカが一人だけ少し先まで行っている。

二人とも慌ててその後を追いかける事にした。


アイカの横まで来ると、前方にはなだらかな斜面が広がっていた。

斜面はなだらかだが岩場であることには変わりがない。

すぐ近くに見えていた森からはいつの間にかかなり離れてしまっている。


アイカが斜面を登っていく。

しかし、視界の先には山肌が顕わとなった岩場だけしか見えない。

この先に、人が住んでいる村があるようにはとても思えない。

あと少しじゃないのかよ、などとぶつぶつ言いながらトキトは少し大きなギャップを登った。


ギャップを乗り越える時、何もない所なのにもかかわらずなぜか躓いてしまい、トキトは少しふらついた。

それで、思わず下を向いてしまった顔を上げると、驚く事に目の前に小さな門が建っていた。

まるで手品のように突然現れた門に頭がついていかない。

「着いたわ」


「着いたって…、いきなりだな」

目の前の門は人の背丈よりは高いものの、さほど大きくはない小さな門だ。

門の両側には木でできた柵が伸びている。

たった今登って来た小さなギャップが自然の目隠しになり、下からは見えない様に造られていたものと思われる。

そうでなければ気付かなかった訳がない。


「風の里へようこそ」

アイカがそう言って門を開き、中へ入るようにと促してくる。


トキトは先を譲ったシオリに続くようにして門をくぐった。

すると、いきなり何か柔らかいものにぶつかった。

何のことはない、シオリだ。

シオリが急に立ち止まったのだ。

「痛てっ」

思わずそう言い顔を押さえるが、シオリはそんな事は気にしていない様子だった。

「なに、ここ? すごい!」

ただ前の景色を見て感嘆の声をあげている。


トキトがシオリの後ろからのぞくようにその前を窺うと、目の前には草原が広がっていた。

いや、草原という程は広くないので原っぱと言った方がいいだろうか。


門をくぐるとすぐに一段低くなっていて、そこに小学校の校庭程の平らな場所が広がっている。

周囲は岩場しかないのに、そこだけはなぜか緑豊かだ。


草地の向こう側半分は畑になっており、そこに五~六軒の小さな木造の家が建っているのが見える。

家の周りには何本か樹が生えていて、下から見た時の岩場ばかりの風景からは信じられない光景だ。

ここに来るまでここが全く見えなかったのは、ここが山の中腹の段になっている棚の様な場所だったからだろう。

木が生えていたり家が建っているのはその一番奥に当たる場所なので、位置的に下からは見えなくなっていたものと思われる。


「驚いたな。こんな所にこんな場所があるなんて…」

アイカに押されるようにして三段ほどの石の階段を降りていく。


「いきなりだもんね。驚いたわ。ここなら知らない人にはわからないんじゃない」

確かに、これならすぐそこまで来ていてもここに緑豊かな土地がある事には気づかないのではないだろうか。


二人が驚き感心していると、すぐ横でアイカが小さく呟いた。

「だといいんだけど…」

「えっ、どういう事」

トキトが聞くと、アイカは言葉を濁らせた。


「…まあ、お客様の気にすることじゃないさ」

そして、後ろを振り返らずに奥の家の方へと歩いて行く。


トキトは首をひねりシオリと顔を見合わせると、シオリと共にアイカを追って歩き出した。

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