女魔獣ハンターとの再会
この辺りにいたグルボダは一頭だけではなかった。
もう一頭いたのだ。
こうなると、むしろ二頭同時に仕掛けられなかった事は不幸中の幸いだったともいえる。
二頭目のグルボダは一頭目と比べるとやや小ぶりなようにも見えなくはないが、さほど大きさが変わる訳ではないので、実力もそう変わらないと見ていいものと思われる。
厄介な敵である事は間違いない。
シオリの足を引っ張って倒れてしまったトキトが体勢を持ち直そうとする前に、二頭目はトキトの都合などお構いなしに次々と炎の弾を飛ばしてくる。
シオリも準備が整っていなかったので迎撃の魔法が間に合わない。
トキト自身は何とか躱す事は出来たものの、あちこちで火の手が上がり始める。
咄嗟に倒れた一頭目の後ろに身を隠したシオリも次第に現状が把握できるようになってきた。
「ひえー。あんなのともう一回戦うの?」
言いつつ二頭目の肩の上に出来つつあった炎の塊を風の魔法で吹き飛ばしていく。
シオリの援護がなければトキトも二頭目に近づく事が出来ない。
俊敏な相手だけに近づいたからと言って簡単に攻撃が当たる訳でもないのだろうが、近づかなければどうしようもない。
ただ逃げ回っているだけでは何の解決にもならない事は明らかだ。
「援護頼む!」
トキトはシオリに一声かけると同時に二頭目に向かって駆け出した。
「ちょっ、まっ、もう!」
咄嗟の事で戸惑いつつも、それでもシオリは次々と飛んでくる火球を散らしていく。
「ウォー!」
トキトは大きな声で二頭目の気を引きながら切り込んだ。
剣を肩の上に構え、グルボダを正面から突くようにして踏み込んでいく。
しかし二頭目はあっさりとその剣を避け、すれ違いざまに鋭い爪の付いた前足を伸ばしてくる。
けれどトキトも初撃が簡単にあたるとは思っていない。
すぐに剣を横に薙ぐ。
だが、それを察知した二頭目は瞬時に前足での攻撃をあきらめ、足を踏ん張り首を竦めるようにして剣を躱すと、目の前にきたトキトの肩口を狙い、鋭い歯の並ぶ大きな口を広げ喰らいついてくる。
シオリの位置からだとトキトが邪魔となって魔法で二頭目を狙う事はできないし、シオリもアイカも二頭目に切り込んでいくには距離が有り過ぎる。
なので、援護は期待できそうもない。
トキトはなんとか剣の柄を二頭目の顎にくらわし間合いを取ろうとするが、相手の方がまだ早い。間合いをとるには至らない。
大きく開けた二頭目の正面に剣を戻すのがやっとだ。
このまま二頭目が噛みついてくれば、剣は二頭目の顎を捉える事が出来るかもしれないが、同時にトキトが大けがを負う事も間違いない。
トキトはそれも覚悟し二頭目の攻撃を待った。
………。
が、攻撃による衝撃は襲ってこない。
見ると、二頭目は目の前まで迫ってはいるもののその目は何故か焦点を失っている。
どういう事かは分からないがこれはチャンスだ。
すぐに剣を振るうと、二頭目は今度は逃げも反撃もせずあっさりとその首にトキトの刃を受け、そのまま絶命してしまった。
巨体が倒れる音が周囲に響き渡る。
自分で倒しておきながら、トキトは何が何だかわからなかった。
しかし、ふと見ると、倒れた二頭目の尾には矢が刺さっている。
此処にいる三人は弓も矢も持っていない。
それに、仮に持っていたとしても、グルボダの細い尾に矢を当てる事などとても出来そうもない。
グルボダの尾は矢で狙うには細すぎるのだ。
トキトは倒れたグルボダの巨体を回り込み、駆け寄ってくるシオリとアイカの足音を後ろに聞きながら、その尾に刺さった矢を手に取ってみた。
何処か見覚えのある様な…。
と、思った所で突然空から声が降ってきた。
「おい、それはあたしのだ。返せ」
しかし、声の主の姿は見えない。
「おや、なんだ、またあんたかよ。おいおい、またあたしの狩りの邪魔をしに来たっていうのか? ここはエルファールの領土じゃあないんだぜ。邪魔するなよ」
トキトはぐるりと辺りを見回わしてみたのだが、やはり誰の姿も見当たらない。
「トキト、上」
シオリの声に反応し、視線を上へと移動させると、大きな胸当てのある革の服を着た女が、エメラルドグリーンの美しい髪を揺らし、左右の手に大きな弓と矢をそれぞれ持って、太い枝の上で仁王立ちに立っていた。
女はかなり高さのある枝の上にいたと思うのだが、何の躊躇もなくそこから飛び降りると、特に足を痛がる風もなくトキトの方へ向かってゆっくりと歩いて来る。
前にも似たような事があった。
そう、あのエメラルドグリーンの髪を初めて見た時、その髪に見惚れてしまった事を思い出す。
「ウィルマ」
「嬉しいね。覚えていてくれたんだ」
ウィルマはそう言うと、嬉しそうにほほ笑んだ。
と言ってもどこか見下したような笑い方だ。
「誰?」
すぐにシオリが訊ねてくる。
その目つきは厳しいものだ。
「リーナと王都を目指していた時、助けら…、いや、邪魔されたんだ」
「ほう、随分じゃないか。あの時、あたしが強引に馬鹿兄貴を引っ張って行かなきゃまだまだ兄貴は引かなかったと思うけど」
「まあ、そうだけど…」
確かに、あの時ウィルマの兄トグルが引き上げてくれなければ、リーナを戴冠式までに王都まで送り届ける事が難しくなっていたのは間違いない。
シオリはまだウィルマの事を疑いの眼差しで見つめている。
シオリに特に驚いたような気配がないのを見て不思議に思ったトキトは聞いてみた。
「あれ、シオリはウィルマのエメラルドグリーンの髪を見ても驚かないんだ」
「何言ってんの? 戴冠式の時いろんな髪の人が来てたじゃない。こんなに鮮やかではなかったかもしれないけど緑の髪の人だっていたと思うけど?」
言われてみれば、確かに戴冠式には様々な髪の色の人間がいた。
だが、あまり興味がなかった事も有りトキトはあまり注意を払っていなかった。
「あなた、ファロファロのハンターね」
突然、アイカがウィルマの前に出た。
アイカの目つきも厳しいものだ。
「ん?誰だ?お前。あの時の女じゃないな」
あの時の女というのは、恐らくリーナの事を言っているのだろう。
あの時のリーナは髪を黒く染めていたので、アイカの事をリーナと思い込んでいたのかもしれない。
が、少し見れば違う人間である事はすぐわかる。
ウィルマは口の端を歪ませトキトに向かって不敵な笑みを浮かばせた。
「お前、女をとっかえひっかえしてるのか。なかなかやるじゃないか」
そこへ今度はシオリが割って入ってくる。
「あんたこそ何者よ。トキトとどういう関係?」
何故か怒った様な口調で、ウィルマに挑みかかっている。
対してウィルマは落ち着いていた。
「あたしはそっちの女の言うとおり、ハンターさ。そこの男のせいで獲物を獲り逃がしちまったから別の獲物を追っていたんだ」
「っていう事は、トグルも近くにいるのか?」
ウィルマのその言葉を聞き、トキトは辺りを見回した。
トグルが来ているのだとすると、何かめんどくさい事が起こる、そんな気がしたのだ。
しかし、ウィルマは頭を横に振った。
「馬鹿兄貴ならここには来てないよ。手分けして得物を獲る事にしたからな。そうだ、そのグルボダはあたしの獲物でいいんだよな。止めを刺したのはお前だが、それもあたしが急所を打ち抜いたおかげなんだから、あたしの手柄でいいだろう? ダメだというなら、今度こそ暴れるぞ」
話しているうちに思い出したのか、ウィルマは急に獲物の所有権を主張してきた。
だが、そんな主張をするまでもなく、トキトにしてみれば、最初からそんなものには興味はない。
「いやいや、俺達はこのトラの化け物を狩りに来た訳じゃないし、ウィルマが持って行っていいよ。何だったら少し向こうにもう一頭倒れていると思うからそいつも持って行っていい」
「ほう。なんだお前ら、こいつとは別にもう一頭殺っていたのか。なかなかやるじゃんか」
ウィルマは顔を綻ばせている。
獲物が増えた事が嬉しいのだ。
「殺りたくて殺ったわけじゃないけどな。ここを通ろうとしたら襲われたから戦っただけだ」
トキトとしては好きで戦ったわけではない訳だし、もちろん狩りをしたつもりもないので、その亡骸に固執するつもりもない。
苦労をした事は事実だが…。
「まあ、こいつはすばしっこくてそこそこ強いけど、弱点をやれば動きが止まるからな。尻尾さえぶち抜けりゃあ、後は楽勝だろう。尻尾を狙うのにちょっと骨が折れるけどな」
そして、ウィルマは当たり前の事のようにグルボダの弱点を口にした。
それを聞いたトキトはシオリとアイカと交互に目を見合わせた。