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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第3章 風の里
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渡河

翌朝、日が昇ると同時に三人は川の上流を目指して宿を出た。


昨夜はすぐに寝ると言っていたアイカだが、寝る前に朝昼二食分の携帯食を手配し、浅瀬の大体の場所の情報も仕入れていた。

正確にいうと、浅瀬の場所については宿の主人は良く知らなかったらしく、アイカと主人の話を近くで聞いていた旅人が教えてくれたのだそうだ。


アイカの見立てでは、その旅人はその時アイカの隣に居たシオリに話しかけようと近寄って来たのではないかという事みたいなのだが、シオリは取りつく島のないほどうまく切り抜けていたという。

こんな所にまで竜の血による高い学習能力の効果が出ているという事なのかもしれない。


森の中を、川の上流方向に向かって少し行くと、途中、道の正面に巨大な岩が現れた。

道は岩に沿って半周し、さらに上流の方へと続いているように見える。


しかし、トキトはこの岩にぶつかったところで道とは反対側の、道のない藪の中へと分け入った。

それがアイカが旅人から聞いたという対岸への入り口だったからだ。

しかし、そこには道らしい道はない為、自ずと歩みは悪くなる。


「本当にこっちでいいんだろうな」

トキトは思った以上の悪路に、徐々に不安になってきた。

この辺りには人が通った形跡が全く感じられないのだ。


すぐ後ろを進むアイカがやや投げやりに応じてくる。

「情報はこれしかないのだ。行くしかあるまい。それとも、もうあきらめるか?」

それにトキトが答える前に最後尾のシオリが反論してくる。

「えー、もう少し行ってみましょうよ。あの男、目つきはいやらしかったけど嘘をついているようには見えなかったわ」


トキトとしても早々に諦めてしまうのでは格好悪いという思いもある。

もともとやみくもに上流を目指し、川沿いを行ける所まで行くしか方法がなかったのだ。情報があるのであればその通りに行ってみない理由はない。


「まあ、まだあきらめるのには早いのかな。少なくとも川に出るまでは進んでいこうか」

その言葉にアイカとシオリも同意する。

「そうだな。たとえ迷ったとしてもいずれ川にはぶつかるはず。どうするかはそこで考えればいい」

「大丈夫。きっと行けるわ」


それからしばらく、トキトがひたすら真っ直ぐ慎重に馬を進めていくと、突然、川に行き当たった。

恐らくはこれがあの滝の上流部にあたるのだろう。

だが、想像していた以上に川幅が広い。

対岸は大河と言ってもいいほどの距離の向こうにある。

少なくともこの場所を渡れるようには思えない。


「ガセネタだったという事か?」

「嘘をついていたようには思えなかったんだけどな…」

シオリも落胆をかくせないでいる。

こうなったらもう少し川沿いを上流に遡って行くしかないか。

そう思って上流を見てみるが、こちら岸は少し先から岩場になっていて、とても馬では進めそうもなくなっている。


「仕方がない。さっきの道まで戻るしかないか」

トキトがやむなく引き返そうとすると、アイカがそれを大きく手を広げて引き止めた。


「おい、待て。川をよく見てみろ」

そう言われ、トキトは振り返って川面を見てみたのだが、そこにはただ水が流れているだけで、流れに異常は見られない。


「アイカ、どうかした?」

「だから、川をよく見てみろって」

トキトは言われた通りにもう一度川面をよく見てみた。


すると、うっすらと川底が見える場所がある事に気が付いた。

どうやらこの川の川底には浅い部分があるらしい。

そこならば、トキトが見た感じでは馬でも充分行けそうに思える。


「確かに川底が見えるくらい浅い場所もあるようだけど、そこを馬で行くのは無謀だろう。何しろこれだけの川幅だ。いくら優秀な馬でも途中でスタミナ切れになっておかしくない。それに、この浅瀬が向こう岸までずっと続いているとは限らないし…」

トキトがそこまで言った時、同じように沖合をながめていたシオリが声をあげた。


「見て、トキト。川の真ん中の辺り」

見ると、川の上に鳥が立っている。

浮いているのではなく立っているのだ。


「あの辺りは相当浅くなっているっていう事か?」

鳥が立てるくらいの浅さであれば馬の負担にはほとんどならない。


「そうね。おそらくここが噂の浅瀬なんだわ。やっぱり、本当にあったのね」

あの男やっぱり嘘はついていなかったんだわ、などとシオリはぶつぶつ言っている。


「でもアイカ、これ向こうまで続いていると思うか?」

トキトはアイカに聞いてみた。

アイカはこの辺りに以前来た事があるといっていたので何か聞いていないかと思ったのだ。


だが、それにシオリが反応した。

アイカだけに問いかけた事が気に喰わなかったようなのだ。

「何? トキトは自分で考えられないの? いちいちアイカに聞いたりしてさ。私が聞いてきた情報なんだから、行けるに決まっているじゃない」

シオリはそう言うと、何の躊躇もなく川の中へと馬を進めた。


馬は川の水の抵抗を受けながら、ゆっくりと対岸に向かって進んでいく。

馬に川の水を怖がる素振りは見られない。

さすがベルリアス王から頂いた馬だけの事はあるようだ。


「シオリ、ちょっと待てよ。勝手に行くな」

トキトは急いでアイカに頷きかけると、すぐにシオリの後を追って川に入った。

アイカもすぐ後に続いている。


「ほら、この先、すごく浅くなっているじゃない」

すぐに水深は浅くなり馬の膝までもないくらいの深さになった。

人も余裕で歩ける深さだ。

その浅瀬の上に立つと同じような状態の浅瀬が向こう岸までずっと続いているのがわかる。岸からは見えなかった光景だ。


「すごい。これなら行けるかもしれないぞ」

トキトが感嘆の声をあげるが、アイカはいまいち浮かない顔だ。


シオリが心配して声を掛ける。

「アイカ、どうかしたの?」


「いや、なんでもない。私の気のまわし過ぎかもしれない」

シオリとトキトは顔を見合わしたが、アイカがそれ以上何も言わなかったので、結局対岸に向かって歩き始めた。


歩いてみると、川の上はなかなかの絶景だった。

まるで水面の上を歩いているような感覚なのだ。

こんな感覚はめったに味わえるものではない。


そんな状態で川幅の半分は超えたであろう所まで進んだ時、トキトはなんとなく呟いた。

「こんなに簡単に川を渡れるなら、向こう岸とこっち岸との間でもっとやり取りとか有ってもいいのにな」

知らなければ渡れないとはいえ、この川は一度知ってしまえば問題なく渡れそうなのだ。

なのに行き来がないというのは、例えばここでこけてしまったらあの滝まで流されて落ちてしまう、などという事を恐れているからなのだろうか。


「みんな知らないだけなんじゃない?」

シオリが軽い口調で答えてくる。

なるほど、そんなものかな、と思いかけたその時だった。


「逃げろ!」

アイカがそう言いながらシオリの馬の尻を叩き、自分の馬にも鞭を入れて、トキトの横を駆け抜けた。

トキトにも、逃げろ、と呼びかけている。


トキトも取り敢えず二人の後を追って走り出した。

そして馬を走らせながら、恐る恐る後ろを振り返ってみる。

すると、そこには馬よりもさらに一回り大きいサンショウウオの化け物のような獣がいた。

大きな体を左右に揺らし、トキト達の少し後ろを追いかけてくる。


近づくと身体の三分の一ほどもある大きな口を広げ噛みつこうとしてくるが、走る速さは馬よりも遅いらしく、馬が本気で走り始めて以降は差が開く一方だ。

が、それでも執念深く追って来る。


対岸が近づくと、川底はまた少しだけ深くなっていた。

当然、馬の速度は落ちる事になるのだが、サンショウウオとの距離は既にだいぶ大きく開いている。

サンショウウオはしつこく追いかけてきているので、油断する事はできないが、何とか対岸までは逃げ切れそうだ。

と、トキトがホッと一息つこうとしたその時、先頭を行くシオリの悲鳴が聞こえてきた。


「きゃあ! ワニよ、ワニがいるわ!」

見ると川岸の上流側から目だけを水面に出したごつごつとした体の獣が泳いでくる。

水上に浮かんで見えるその目の少し前には、鼻なのだろうか何やらこぶのような塊も覗いている。

確かにワニに似た獣のようだ。


ふと後ろを振り向くとオオサンショウウオの化け物がすごいスピードで迫ってくる。

水深が少し深くなった為、泳いで追って来ているようだ。

このままでは追いつかれてしまいそうなので、その場合はトキトが戦うしかない。

だが、そうなるとワニはシオリに何とかしてもらわないとならない事になる。


「後ろは何とかする。だから、シオリ、ワニの方は頼む」

トキトは言いつつ馬の背の上に立った。

この辺りの水深は馬の肩近くまであるため、水面に立っているような感じになる。

すぐ後ろに大きな口を開けた化け物が迫っている。


「アイカ、馬を頼む」

トキトはそう言うと、剣を抜いて馬の背を蹴りオオサンショウウオへと斬りかかった。


そのまま大きく開いた上あごを切り飛ばす。

持っているのは風刃の剣だ。

相変わらずその切れ味はすばらしく、オオサンショウウオの上あごがそのまま消えてなくなった。


オオサンショウウオはそれで絶命する事となったのだが、しかし体はまだ動いていた。

オオサンショウウオの太い尾が、水中に落ちたトキトの身体を叩き、流れていく。

その衝撃をまともに受けたトキトの意識が遠くなる。


サンショウウオの大きな体が下流へと流されていくのを動かぬ体でぼんやりと眺めながら、トキトは身体が川底へと沈んでいく事を止められないでいた。

次第に意識が薄くなり、諦めの気持ちが頭をもたげ始めたその時、トキトは不意に腕を何者かに掴まれ、そのまま水面へと引き上げられた。


久方ぶりの大気にありつき、トキトは思いきり酸素を吸い込んだ。

「ぷはっ、あ、ありがとう。アイカ」

引き上げてくれたのはアイカだ。

片手にトキトの馬の手綱もしっかりと握っている。


「しっかりしろ。大丈夫か」

トキトはアイカから手綱を受け取ると何とか馬の背へとよじ登った。

水深がある分水の浮力で簡単に馬に乗る事が出来たようだ。


「そうだ、ワニはどうした? シオリは無事か?」

馬上からシオリを探すトキトに対し、アイカは悠然と水面を指さした。

見ると、細い顎に鋭い歯がびっしりと連なったまさしくワニのような獣が腹を上にしてプカプカと流れて行く。

しかもそれが二頭もだ。


シオリはその向こう側にいた。

「あーびっくりした。あんなワニみたいなやつが急に二頭も出てくるんだもん。全く、私を襲おうなんて百年早いのよ」

トキトはしばし呆然とシオリの事をみつめた。

シオリに怪我はないようだ。

それどころか大して濡れてもいない。


トキトと同様、剣で戦ったのなら少なからず濡れているはずだし、それどころか馬を犠牲にしないようにするならばトキトのように川に飛びこんでずぶ濡れになっていてもおかしくはない。

トキトがシオリの全身を見回していると、それに気づいたシオリが当然のように憎まれ口を叩いてくる。

「なによ。なんか文句あんの」

よく見ると、シオリの剣には手を掛けられた形跡すらない。


「そうか! 魔法か! 魔法を使ったのか」

シオリは圧縮した空気を飛ばす魔法を使う事が出来る。

骨折してソウゴの家で治療をしている間にマスターしたものだ。

リーナを助ける為、エルファール城へ侵入した時もあの魔法には随分助けてもらった。


「そうよ。水の中だもの。剣でなんて戦えないわ」

正確には水面に出たところに魔法を叩き込んだのだろうが、まあ、そう言う事だ。


であれば、最初からあのオオサンショウウオもやっつけられたのではないだろうか、そう思うとトキトは少し腹が立ってきた。

「なにが、きゃあ!ワニよ! だよ。こっちは半分死にかけたっていうのに…」

おかげでトキトの全身はびしょ濡れだ。


「だって、魔法の事忘れていたんだもん。……。ごめんなさい」

てっきり反論してくると思っていたトキトは、予想外にしおらしい態度を取るシオリに意表を突かれてしまった。

何も言い返せなくなってしまう。


そこへアイカが付け加える。

「なあ、トキト。シオリもおまえが流された時、だいぶ慌てていたんだぞ」

思わずシオリに目をやると、シオリは恥ずかしそうに目を逸らしている。

そんな態度を取るシオリは、珍しくも可愛らしい。


「まあ、みんな無事で良かったという事だ。とにかく早く対岸まで行ってしまおう」

そして、アイカは二人の様子などお構いなしに岸に向かって動き出す。

トキトとシオリも黙ってアイカについて行くしかなかった。

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