検討
宿までは思ったよりも少し距離があったものの、一本道だったので迷わずに着く事が出来た。
ここでは二人用の部屋を二部屋とり、夕食後、その二部屋の内のトキトの泊まる部屋の方へと集まる事にした。
トキトが男から聞いた話を二人に話すため、集まってもらう事にしたのだ。
一通りの話を終えた後、トキトはアイカに聞いてみた。
「奴隷狩りなんて…、この世界では普通に起こる事なの?」
トキトは奴隷のレーシェルを初めて見た時、大きな衝撃を受けたものだが、その時、この世界に奴隷制度というものがあるという事については理解したつもりだった。
けれど、村を襲い、平和に暮らしている人を無理やり奴隷にする事があるとまでは思った事は無かった。
アイカは視線を外し、少し考えてから答えた。
「昔はそう言う事もあったと聞いているが、私の知る限りでは少なくとも最近はそんな事はなかったはずだ。最近は国の力が大きくなり、国同士の力関係も一応はバランスが取れている状態だから、そんな他国を刺激する様な挑発的な動きをすると、かえって自国に害を成す事にもつながりかねないと思うのだけどな」
「さっきの彼の話だと、川向うはどこの国の勢力下でもないらしい。そういう場所だからこそ狙われているんじゃないのか?」
「まあ、確かに向こう岸はエルファールでもファロファロでもないのだろうが、あそこを占領したとなればエルファールにしろファロファロにしろ黙っている訳がないと思うんだが…」
いくらあまり利用価値のない土地だからと言って、誰かがそこを正式に領土に組み込むとなると話は変わって来るだろう。
城や要塞を築かれでもすれば、厄介な事態になりかねない。
「占領したんじゃなくて、そこに住む人だけを攫っていったとしたら? もし、そこの土地自体には全く手を付けなかったとしたら、それでも軍は動くのかな?」
シオリが何となく投げかけた疑問に対し、アイカが考えながら答えていく。
「まあ、そういう事なら国の勢力範囲が変わるわけでもないし、国境を接する国が増えて自国の脅威が増すわけでもない…な。だとすると軍は動かない、いや動かす理由がないだろうな」
「となると、やったもん勝ちになるのか?」
「…まあ、結果的にはそう言う事になるかもしれないな」
トキトからしてみれば、何処か納得できないものを感じない訳にはいかないが、かと言ってトキトに何とかできる問題でもない。
「それなら、トキトに声を掛けてきたあの男性のグループの事は心配いらないんじゃない」
トキトを慰めようとしているのか、めずらしくシオリの声音は優しい。
エルファールの領土内にいる彼らは襲われる可能性は小さいだろうと言っているのだ。
「確かに。まあそれは良かったけど…、なんだか物騒な話だな」
彼らが襲われないで済むのはそれはそれで良かったと思える。
しかし、他のどこかで誰かが襲われているのだとすれば気持ちの良いものではない。
「まだ襲われていない村とかって残っているのかしら」
誰にともなくシオリが言った。
もしそんな村がたくさん残っているのなら、また襲いに来る可能性があるのではないかと危惧したのだ。
「私はあの辺りにも行った事はあるのだが、あの辺りには小さい村がいくつかあるんだ。だが、どこが襲われたのか分からないのだから、無事なのかどうかも分からないな」
アイカはそう言って首を横に振った。
情報が少ないので、確かな事はわからないと言いたい様だ。
しかしそれとは別に、トキトはアイカの話の中に気になる事があった。
その事について聞いてみる。
「えっ、アイカは川向こうの村の方にも行ったことがあるの?」
「ああ、風の民は分担して世界中を旅しているからな。知らないのか?」
どこか不機嫌そうな口調でアイカが聞き返してくるので、トキトは慌てて言い訳をするしかなかった。
「いや、永住の地を探して回っている事は聞いているが、…この辺りにも来ていたっていう事…なんだ…」
ひょっとしたらアイカはこの辺りの未開の地を中心に巡っていたのかもしれない。
だとすればエルファールでリーナの件が解決してからそんなに時間が経っていないのにも関わらずアイカがすぐにかけつけて来た事も頷ける。
「ところで、川の向こう側ってどうやって行くの?」
しどろもどろになりかけているトキトを助けるつもりでもないのだろうが、シオリが話題を変えて来た。
アイカもすぐに切り替えた様だった。
「湖を船で回り込むのが一般的なんだが、川を渡っていくルートもあるらしい。確か滝の少し上流に浅瀬になっている場所があるというのを聞いたことがある」
「それってこの宿の近くなんじゃない?」
「そうだな。どうする?行ってみるか?」
アイカはそれをシオリではなくトキトに聞いた。
シオリもトキトを窺っている。
アイカに言われて、トキトは最初、その判断を自分がしていいものなのか、いや、自分にさせるのか、と思った。
今は風の民の里へ案内されている途中だし、荷物もポートワーズの宿に預けたままなのだ。普通に考えたら行ける訳がない。
もしかしたら危険な目に合う事だって考えられなくはないのだ。
特に自分達に直接被害が発生していない今、わざわざ余計な事をする必要はない。
けれども男の奴隷狩りという言葉に引っ掛かりを感じたのもトキトだ。
少しでも情報を得ておいた方がいいような気がしてならなかったのだ。
そこまで考えて、だからこそアイカは自分に判断を任すと言ってきたのだ、という事にトキトは気が付いた。
「行ってもいいのか?」
トキトが恐る恐る聞くと、アイカは間髪入れずに答えてきた。
「トキトが行きたいと言うのなら構わない。どうせある程度なら時間に余裕はある事だしな。荷物の事は気にかからないではないが、どうせたいしたものは持っていなかったのだから、いざとなったら諦めればいい」
まるでこうなる事を予想していたかのような、いかにも当然の事の様な言い方だ。
「いや、行くとしてもすぐに戻って来る事が前提だろ。別に俺達は奴隷狩りの調査団ではないんだし、できる範囲で情報を集めるだけで十分だと思う。そもそも何の役にも立たないかもしれないしね。だから、明日一日だけ探してみてダメならすぐに引き返す事にしよう」
現状、これが現実的なラインだろう。あまりどっぷりつかってしまっても仕方がない。
せいぜい犯人の手掛かりをつかんでベルリアス王に連絡するくらいの事ができればいい。
「トキトは奴隷の事となると黙っていられないみたいね。ファロンデルムでも女の子を助けたのでしょう?リーナから聞いているわよ。かわいい娘なんでしょ」
少しの間、黙って二人のやり取りを聞いていたシオリがここで茶々を入れてきた。
シオリが言っているのはトキトが奴隷から解放したレーシェルという名の娘の事だ。
今はコルノザラウのファフスデール家で教育を受けている。
確かにあの時もリーナを守らなければいけないという余裕のない状況の中でレーシェルの事に首を突っ込んでしまった。
しかし、今回はそこまで深入りしようという考えは持っていない。
「いや、レーシェルの時とは違うよ。そう言う事じゃなくて、何か引っかかるんだよ。なんというか、嫌な予感がするというか。だからと言って俺のあまりあてにならない予感だけを頼りに深く入り込んで失敗してもバカみたいだし。明日一日だけ何か痕跡がないか調べてみて、何も見つからなくてもそれ以上は行かないようにしようよ」
それを聞いたシオリは一瞬何か言いたそうなそぶりを見せたものの、結局何も言わずに黙っていた。
アイカがすっと立ち上がる。
「OK。一日だけならポートワーズの荷物も大丈夫だし、まあ、予定の範囲内という事になるんだろうから、何の問題もないだろう。じゃあ明日は朝早く出る事になるんだな。それなら今夜は早く寝る事にしよう」
そしてシオリの手を引きさっさと自分達の部屋へと戻っていく。
アイカの決めた事への対応は早い。
すでに明日の予定を色々と組み立てているようだ。
シオリは少しだけまだ何か言いたそうな様子に見えたが、アイカの勢いに負けて、結局一緒に部屋を出て行った。




