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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第3章 風の里
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湖畔の街へ

三人とも途中から本気で馬を走らせたため、ほとんど全速での丘下りとなり、おかげであっという間に街の入り口であるポートワーズの城壁に着く事が出来た。


城壁に近づくにつれ人通りも多くなり道行く人に振り返られたりしたものの、早馬か何かとでも思われたのかそんなに気にされる事もなかった。

本当の早馬なら、まず三頭も連なって走る事など考えられないのだが、通行人はそんな事さえ気にしていなかったようだ。


ポートワーズの陸側の城壁は海側に比べ低くなってはいるものの、それでも近くまで来るとかなりの威圧感があり、小さな街の城壁よりは立派な造りになっている。

けれど、門はどうやら常に全開で、検問もあるにはあるようだが、衛兵はろくに調べもせずに通行人を皆通過させているように見えた。


しかしさすがに城壁の門を馬の全速で駆け抜ける訳にもいかないので、三人はやむなく速度を落とす事にした。

少し前から馬での競争が楽しくなってきていたため三人とも渋々スピードを落とした格好だ。


「はあー。もっと早く競争をしていればよかった。やっと楽しくなってきたところだったのにもう着いちゃった。残念」

シオリは馬を早く走らせることが楽しくなり、前のやり取りのことなどすっかり忘れてしまっている。


「でも、シオリはこういうのは本当に上達が早いな。こっちも必死だよ」

トキトも本気で馬を走らせていたのだが、ほぼ互角の勝負だった。

「何言ってるの、トキトだって馬に乗り始めたのこっちに来てからでしょ。そんなに変わらないじゃない」


そんな二人のやり取りを聞いていたアイカはぼやかずにはいられなかった。

「私は子供の頃から馬に乗っているのだがな。自信を失いそうだ」

アイカの馬との距離は詰められなかったが、差が開く事もなかった。

つまりは三頭ともほぼ同じような速度での走りをしていたことになる。


「まあ、こんな奴らだからこそ、ソウゴが里まで連れて来いと言ってきたと考えられなくもないか」

「アイカ、人を化け物みたいに言わないでよ。トキトはともかく私はただのか弱い女の子なんだから」

「え?なんだって?どこにか弱い女の子がいるのかな?」

トキトがふざけてそう言うと、シオリはすぐに馬をすっと寄せ、すかさずトキトの顔をひっぱたくべく振りかぶる。


トキトは腕を上げてそれをガードした。

「いや、今の絶対つっこむの期待してたでしょ」

そう反論するもののそれが認められる訳がない。

「黙って聞いていればいいだけでしょ」

ごもっともではあるのだが、何故かシオリを相手にすると黙ってはいられない。


「あんた達本当に面白いね。ひょっとしたらソウゴはあんた達の事、道化として招いたのかもしれないね」

アイカが含み笑いをしている。

なんだかとても楽しそうだ。

「何でなんにも反論しないのよ」

トキトは今度は黙っていたのに怒られる事となった。


そんなやり取りをしている間に一行は城壁の門へと差しかかっていた。

ここの衛兵は、いちいち全員の事を調べたりはしていないように見えたのだが、しかし、一人の衛兵が三人の方へと近づいてきて馬を止めさせた。

衛兵はシオリの馬へと近づき、シオリに馬から降りる様に指示すると、他の二人には行っていいよと言わんばかりに手をひらひらと振り、言った。


「娘さんは何処から来たのかな。身分証明書を見せて」

三人で通過しようとしている所を一人だけ止めるなど魂胆は明らかなのだが、止める方が普通なのでそこについては何も言えない。


シオリが身分証を見せると、名前だけ見て中身はろくに確認せずに突き返した。

「で、シオリちゃんは今日どこの宿に泊まるの? ポートワーズは初めてでしょ。俺が案内してあげるよ」

シオリは厳しい目つきでその衛兵の事を睨んでいる。

トキトはその目つきが普段自分を睨んでいる時の目つきよりも厳しいものであることに気付き、自分はある程度手加減されていたのだと知った。


「そんなに警戒しなくてもいいよ。俺っていい奴だからさ。特に美人には優しいんだ」

シオリの服装は前と同じレンドローブの所からもらってきた銀の装飾の付いた白い鎧なのだが、これが恐ろしく似合っている。

見慣れているトキトでもたまにはっと思わされることがあるくらいなので、衛士に目をつけられるのも分からなくはない。


実は、リーナの件が片付いた後、シオリも王都で服を大量に買い込んだのだが、旅に持ち出すには多すぎた為一着を除いてすべてリーナに預かってもらっていた。

その時トキトもシオリのいろいろな服を着た姿を見たのだが、結局今着けている鎧姿には敵わないように思えた。

それほどまでにその白い鎧を身に付けた姿がシオリにはハマっていたという事だ。

もっとも、シオリがいくら綺麗なドレスで着飾っていても、横にどんなドレスでも優美に着こなすリーナがいたのでは目立ちようもなかったのだが…。


衛士はシオリの鎧姿を舐めるように見回している。

「そうだ、俺、この街の夜景がきれいに見える秘密の場所を知っているんだ。どお、シオリちゃん、今晩行ってみない?」

シオリは最初からずっと同じ目で睨んでいるのだが、衛士はそれを全く気にする素振りが無い。


そう言えばリーナもファロンデルムで絡まれたことがあった事をトキトは思い出した。

その時はトキトが夫という事になっていたため相手は諦めて帰って行ったのだが、今回はその手は使えそうもない。

けれど、そろそろ止めないと最悪シオリが衛士に斬りかからないとも限らないような勢いだ。

そうなったら観光などと言っている場合ではなくなってしまう。


「ちょっとちょっと、そこの衛士のお兄さん。うちらのツレに何か問題でもありましたか」

トキトはなるべく穏やかに心がけながら話に割って入ってみた。

衛士は軽く舌打ちし、トキトの方を振り返った。


「別にあんたらには用はないよ。とっとと行っちまいな」

手の甲をひらひらと振りながら衛士がおざなりに答えているその間に、今度はアイカが馬で強引に衛士とシオリの間に入り込む。

「用がないなら行かせてもらう」


大きな馬体に衛士がよろめかされている間にシオリは馬へと跨った。

「ちょっと待て、お前らに用はないがシオリちゃんにはまだ話がある」

「悪いが、彼女はいろいろ忙しくて時間が取れそうもないんだ。何なら、俺が代わりにその秘密の場所とやらまで付き合ってやろうか?」

あまり下に出て付け上がらせてしまうとまずいと考えたトキトは精一杯虚勢を張って偉そうにそう言ってみた。

立派な馬に跨っていて気が大きくなっていた所為もあるかもしれない。


「お、お前なんかに大事な場所を教えるわけないだろう」

衛士は言いながら、自分がトキトとアイカの馬に挟まれている状態であることに気付き、やむなく後ろの詰所へと戻って行く。

帰る途中、未練がましくシオリの方を見ていたのであまり懲りてはいないように思えるが。


「しかし、この街は随分と緊張感がないようだな。こんなんで街の治安は大丈夫なのか?」

城門を後にして少し行った所で、トキトが思わず呟くと、シオリを促すように庇いながらアイカがトキトの馬に並びかけた。

結果、シオリを中心にして三頭が並ぶような状態となるが、人通りが少ない為たいして邪魔にはならないと判断し、しばらくこの状態で並んで馬を歩かせる事にする。


「トロ湖の周りは昔から各国とも暗黙の了解でお互いに攻め込まないようになっているからね。別に正式な条約とかではなくただの口約束みたいなものしかないみたいだけど、もうこの状態になってから何百年にもなるとかで、この辺りに住む人にはめっきり緊張感がなくなってしまったらしいんだ。まあ、酒場で聞いた話だからどこまでが本当かはわからないんだけどね」


シオリはまだ下を見つめたまま黙っているようだったので、トキトはわざと元気な口調で言ってみた。

「それにしても衛士がナンパなんて。今度ベルリアスに会ったら注意してやろうか」

半分以上冗談で言った言葉に、アイカは真面目に応じてくれる。

「まあ、多かれ少なかれどこでもこういう事はあるだろうから、聞き流されてしまうのが落ちだな。それよりはシオリはもっと目立たないようにした方がいいんじゃないか?」


「目立たないって…、その為にはどうすればいいって言うんだ?」

「例えば帽子やフードを被るとか、その目だつ鎧の上から何かを羽織るとか…、な」

「なんだかアイカに言われても説得力がないな」

アイカの格好もある意味シオリ以上に目を惹くものだ。

それをトキトが指摘すると、

「私なら適当にあしらうから問題ない」

と、アイカはそう言い切った。

まあ、常にこんな恰好でそこら辺を歩き回っていれば、男をあしらうのにも慣れると言うものなのだろう。そうでなければ何処へも行けない。


「二人とも、ありがとう。助けてくれて」

ようやく気持ちを落ち着けたらしいシオリが二人に頭を下げてくる。

しかしまだその笑顔には力がない。


「助けなど必要ないかとも思ったのだが、一応な」

「まあ、よく我慢したよ。俺はいつ剣を抜くんじゃないかと冷や冷やしていたんだ」

アイカもトキトもシオリ自身の心配はあまりしていなかった。

それよりもあまり大きな騒ぎにしたくはなかったというのが本音だ。

けれど、対応に困っていたシオリから見れば助かったのも事実だ。

もう少し追い詰められていたら本当に剣を抜いてしまったかもしれなかった。


「あんな奴無視すればいいんだ。あいつらは門からそうは離れられないからな。けど、慣れるまではなるべくは目立たないようにすることをお勧めするよ」

アイカはすっかりおとなしくなってしまったシオリにそんな風に勧めている。

自分の経験からのアドバイスなのかもしれない。


「ありがとう。私、どうもああいう検問みたいなやつって好きじゃないんだよね。なんだか責められているような気がして…」

「おお、シオリにも苦手なものがあったんだ」


バシッ!


素早い動きの平手打ちが飛んできて、油断していたトキトは躱し切れなかった。

しかし、トキトはなんだかこれでいいような気がしていた。

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