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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第3章 風の里
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新たなる旅路

小高い丘を越えると目の前の風景は一気に大きく開けた。

なだらかな草原の先はパッチワークのような畑が続き、その向こうに大きな湖が見える。それもあらかじめ聞いていなければ海だと思ってしまいそうなほどの大きな湖だ。


「わあー、きれいな所ね。見て、ずっと向こうに微かにだけど山が見えるわ」

ようやく慣れてきた馬を上手に操りながら、シオリが後ろをついてくるトキトに向かって話しかける。

跨っているのはエルファール王ベルリアスから贈られた駿馬だ。


「あれが中原と北方との境界にもなっているレーム山地の主峰ビオイオル山だ。とてつもなく高い山だがこの辺りからだとよほど天気が良くなければ見る事はできない」

しかし答えたのがトキトと並ぶようにして馬を進めていたアイカだったので、シオリは少し顔をしかめた。

別に山の説明を受けたかった訳ではなかったからだ。


「へー、じゃあ俺達は運がいいんだ」

当のトキトは呑気に辺りを見回しながらそう言って、遠くに見えてきた街を眺めている。

「あっ、あのこんもりとした小さな森の向こうに見えるのがポートワーズの街なのかな。湖にも面しているようだし」

街の方を指さしながらアイカの横へと進み出るトキトの横に、速度を落としたシオリが馬を並べる。

「トキト、いい景色ね」

言い方は穏やかだが、目は笑っていない。


しかし、トキトはそれに気が付かなかった。

「あれっ、あの城壁の形って面白くない?」

「ああ、ポートワーズは港町であると同時に要塞でもあるから、海に突き出すように堅固な城壁が築かれているんだ。それに比べると陸側は…」


「トキト、聞いてる!」

振り返るトキトにシオリの厳しい視線が突き刺さる。

トキトはその時になって初めてシオリの機嫌が良くない事に気が付いた。


「いや、ごめんごめん。ようやくポートワーズの街が見えたみたいだったからついそっちの方が気になっちゃって…。そうだな、シオリの言うとおり、この辺りの景色は美しいな」

「なに、そのおざなりな対応は。私の言う事、ちゃんと聞いててよね」

アイカの言う事ばかり聞いて、などと付け加えたのは小声過ぎてトキトには聞こえていない。


「いやいや、ちゃんと聞いているよ。つい街の造りが気になって返事するのを忘れてしまっただけで…」

「アイカの色香にほだされてるんじゃないの」

シオリは吐き捨てるようにそう言うと、すぐにトキトの隣から離れた。


実はシオリがそんな風に言うのにも理由がある。

なぜならトキトは時折アイカの事をちらちらと覗き見ているからだ。


けれどトキトがアイカを盗み見ようとしてしまうのにも訳はある。

というのもアイカが身に付けているのは肌の露出の多い革の鎧で、その姿は彼女は胸が大きなこともあって非常に煽情的なのだ。

その所為で旅の初めの頃などは、トキトはアイカと話す度に目のやり場に困ってしまい何の話をしていたのか分からなくなる事が何度もあったくらいだ。

しかし、もうだいぶ慣れてきた…はずだ。


「なんでそうなるんだよ」

トキトは内心の狼狽を隠して努めて冷静を装った。


「さっきからアイカの方ばっかり見てるじゃない」

「そ、そんな事ないだろ。ま、街の方を見てただけじゃないか」

少なくとも今回に限って言えば別にやましい事はないはずなのだが、シオリに強く言われると、トキトはなぜかどもってしまう。

シオリの冷たい視線が突き刺さる。


「シオリは可愛いな。私も少しは見習わないといけないかな」

二人のやり取りをどこか面白そうに聞いていたアイカが誰にともなく口にした呟きを、耳聡く聞きつけたトキトは、すかさずそれに反論した。

「いや、どこが可愛いの? こんなの見習ったらダメでしょ」

「トキト、今、なんて言った?」

シオリの瞳の光がもう一段鋭利になる。

今まで何度もこの目に睨まれてきたが、これには全く慣れてこない。


「違う違う。そうやって怒るのを真似られて二人から怒られたらこっちは身が持たないし、第一怒ってたら可愛くないでしょ。いや、シオリが可愛くないわけじゃあなく、一般的に怒った女の子は可愛くないっていう話だよ。あくまでも…」


「ここで言い争いをしていると通行の邪魔になるぞ」

アイカは強引にトキトの話を遮ると、少しあきれた表情を見せつつ速度を上げ、馬を前へと走らせた。

この道は王都エルファールと港町ポートワーズを結ぶ幹線街道なので、道幅はそう狭いわけではないのだが、さすがに馬が三頭も並べばかなりの幅となる。

急ぎの馬車が痴話喧嘩で止められてしまってはかわいそうだと思っての行動だ。


アイカの役目はトキトとシオリを風の里まで案内する事だ。

ソウゴからの連絡を受けこの街道を王都に向けて駆け上ったのはもう十日以上前のことになる。


手紙には、風の民と似た容姿のトキトという男とシオリという女の二人を王都エルファールまで迎えに行き、里まで連れてくるよう書かれてあった。

いくら信頼するソウゴからの文とはいえ、それ以上のことは詳しく書かれてなかった為、二人がどんな人物なのかはわからず少々心配していたのだが、どうやらその必要はなかったようだ。

シオリとは親しく話せるようになるまで多少時間はかかってしまったが、それでも知り合ってまだ五日ほどしか経っていないのにもかかわらず、今では知らず旧知の仲のように親しくなっている。

とても社交的だとは言えない自分がこれだけ簡単に親しくなれるのはやはり容姿が似ている事が関係しているのだろうか。

アイカはそんな風に考えていた。


後方で一通りトキトを罵倒し、ストレスを発散し終わったらしいシオリがアイカに追いつき話しかけてくる。

「ねえアイカ。風の民の里ってまだ遠いの?」

当初はアイカの事を警戒していたシオリも、アイカの事を知るにつれ彼女の事は信頼してもいいと思うようになっている。


「いや、まだ少しかかる。馬で行けばそんなにかからないかもしれないが、途中から馬が使えなくなるからポートワーズに馬を置いていくしかないだろうし、まだ近くまで来たとは言えないかな」


「せっかく慣れたのに馬を置いてくの? じゃあこの馬はどうするつもりなのよ」

シオリは、最初手こずった分だけ馬への愛着が深くなっている。

その為、馬を置いて行くのが不満なのだ。


「ポートワーズで預かってもらうしかないだろうな。ポートワーズの先も少しは馬でも行けるのだが、そうすると行けなくなったところで馬を放してやるしかなくなる。これだけ立派な馬だとさすがにそれではもったいない。となればどこかで預かってもらうしかないだろう」

アイカが言うには大きな街には馬を預かってくれる場所というものがあるのだそうだ。

そこに預けてそこからは歩いて行こうと言う訳だ。


「まあ、歩くのは別に構わないけど…」

少し残念そうに話すシオリを見て、すぐ後ろで聞いていたトキトが馬を寄せてくる。


「別に今迄みたいに命を狙われるわけでもないし急ぐ必要もないから慌てないでゆっくり行こうよ。少しくらいその辺を見て回っても別に問題ないだろうし。ねっアイカ」

そもそもリーナを守っていた時はこんな風に堂々と街道を行く事など出来なかったし、常に周りに気を配り景色を楽しむ余裕などほとんどなかったのだ。

それがひとまず片付いた今ならば少しくらい寄り道をしても罰は当たらないはずだ。


「あまり大きな寄り道は困るが、少しくらいなら構わない。そんなに速く里に着きすぎてもソウゴ達もまだ来ていないだろうしな」

そのアイカの言葉に少しばかりドキッとしたトキトだったが、密かにシオリを窺ってみても、シオリは特に何の反応も示していない。


エルファールでの再会以来、ソウゴの話題を出す度シオリは露骨に反応していたのだが、最近は少なくとも表面上は反応しなくなった。

ルーの話ではソウゴの元に残っている間に何らかの出来事があったらしいのだが、何があったのかは教えてもらえなかったので、トキトには分かりようもない。

ともあれ、何がきっかけかは分からないが元に戻ったようなのは助かる。

いちいち反応されたのでは話が進まないからだ。

そしてどうやら今回も、シオリの機嫌は悪くはならずにすんだようだった。


「じゃあさ、船に乗れないかな。湖には島もあるみたいだし、行ってみようよ」

「いや、悪いのだが船に乗るのはあまりお勧めできない。トロ湖は聖なる湖と言われていて湖の周辺での戦いは行わないという暗黙のルールができている。けれど、根本的には国同士の争いが無くなったわけではないから、下手な動きをしたら周辺の国を刺激しかねないんだ。どうしてもというなら行く事もできるが、できれば今はやめた方が無難だと思う」


「別にそこまで無理していく事はないわよ。ちょっと船に乗ってみたかっただけ」

シオリは少し拗ねたようにそう言って顔を背けた。


考えてみれば、シオリはトキトとソウゴの家で分かれたためファロンデルムやコルノザラウ等の都市へは行ったことがない。

その為、この世界に来て以降大きな街と言えばエルファール王国の王都エルファールくらいしか知らないはずで、しかも、そのエルファールへは赤の大竜レンドローブに飛ばされてきた為、まともな旅の手段で都市に入るのは初めてのはずなのだ。

多少興奮したとしても仕方のない事だろう。


「まあ、街中や街の周辺くらいは見て回っても問題ないだろうからどこか行ってみようよ。アイカ、どこか良い所を知らない?」

「私は観光などほとんどしたことがないから良くは知らないが、ポートワーズの北東に馬で一日ほど行ったところに巨大な滝があるらしい。陽の角度によっては虹が幾重にもかかりきれいだと聞いた事がある」

「じゃあ、そこに行ってみようよ。どうかな、シオリ」

「滝かあ、うん、いいわね。楽しみ楽しみ」


何やらすっかり楽しそうにしているシオリを見ていると、なんだか自分まで楽しくなってくる。

シオリはもともと美少女なので、にこやかにさえしていてくれれば、シオリの周りにいるも幸せな気分になれるはずなのだ。

何故だかトキトに対する時は怒っている事が多いので忘れてしまいそうになるが、こうして無邪気に喜んでいる所を見るとトキトも気分が軽くなってくる。


「それなら馬を預けるのは滝から帰ってからにしよう」

アイカにも異存はないのだろう。

それだけ言うと少し速度を上げて前に行ってしまった。


隣から急にいなくなったアイカに少し困惑したシオリが目線を左右にさまよわせると、じっとシオリの方を見つめていたトキトと目線が合った。

トキトからすれば横顔をそっと覗いていただけだったのだが、その可愛らしい笑顔が一瞬で消えてなくなる。


「何?なんか言いたい事でもあるの?」

「いや、そっちの森の方を見ていただけさ」

苦しい言い訳に、美しい眉がさらに歪んでいく。


「絶対に嘘ね。それなら目が合う訳がないもの。どうせ、私の考える事は幼いとか、そんな事を思っていたんでしょう」

「いや、そんな事はないよ。って言うか、かえってその方が本来のシオリっぽいし」

咄嗟にそう言ってしまったが実際にはここに来る以前のシオリの事などは全く知らない。

だから想像になってしまうのだが、シオリもたぶん年相応の普通の女の子だったはずだ。


「本来の私ってなに?どういう意味よ」

「いや、ほら、シオリは女子高生なんだろ。そうやって楽しそうにしていると女子高生っぽくていいなって思ったりしただけさ」

するとシオリは下を向き腰に刺した剣を見つめ、その剣に右手をそっと添えた。


「私はもう、女子高生じゃないわ。……。だってそうでしょ。女子高生だったらこんな剣を振り回したりしないもの」


「確かにそれはそうなのかもしれない。けど、話す言葉や表情に、なんていうか…、もともとのシオリの姿が垣間見えたりすると…、なんだかうれしくなって来るんだ」

トキトの言葉にシオリはピクッと一度身体をのけぞらせると、慌ててトキトを睨んだ。


「何言ってんの? 訳わかんない。父親にでもなったつもり?」

「せめて兄と言ってもらいたいのだが…」

「無理無理。トキトが私の父親だとか兄弟だとか、冗談でも全く考えられないわ。……。役不足ね」

シオリは一瞬何か深く考えるような態度を見せたが、すぐに元に戻った。

もしかしたら家族のことを思い出させてしまったのかもしれない。


「そうだな。シオリに頼りにされるようになるためにはまだまだ頑張らなくちゃだめだっていう事かな」

トキトは少しシオリを励ます気持ちも込めてそう言ったのだが、それを聞いたシオリは目の奥を輝かせ少し意地悪な笑みを浮かべた。


「そうそう、イチハだって今頃一人で頑張ってるんだからトキトだってもっと頑張ってもらわないとね。少なくとも私とイチハの事くらいは楽に守れるくらいにはなってもらわないとダメね」


「そうか。もしそうなれば、五年もすればイチハもいい女になるだろうからその時は両手に花になっているな」

以前イチハがそんなような事を言っていた気がしたので、トキトとしてはノリで言ってみただけの言葉だったのだが、シオリにはその冗談は通じなかったようだ。

眼が本気で怒っている。


「そう言う冗談はやめてよ! しかもイチハの事まで巻き込んで! 私達は同じ世界から来た仲間だけど、そういう関係じゃあないでしょ!」

「そんなに怒らなくてもいいだろ。ちょっとふざけただけじゃないか」

トキトはそう言うと馬を早く走らせ、アイカの後を追った。

シオリが何やらガミガミ言いながら追いかけてくる。


二人からつかず離れずの距離を取っていたアイカは、二人が速度を上げた事を確認すると二人に追いつかれないようにさらにスピードを上げて走り出した。

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