新たな旅の予兆
王の間の前まで来たトキトは、いつもより人の出入りが激しい事に気が付いた。
どうやら、王は来客に対応しているらしい。
時を改めるつもりで、トキトが一旦引き返そうとすると、衛士の一人が近づいて来て引き止めた。
聞けば今呼びに行こうと思っていたのだという。
衛士に導かれ、王の間に入っていくと王の前に一人の女が立っていた。
黒い髪に黒い瞳、自分達と同じ容姿だ。
トキトが近づくと、女はトキトを真っ直ぐに見つめてきた。
「ああ、トキト殿、ちょうど良かった。この風の民の使者の方があなたを訪ねてきたので、今、あなたとシオリ殿を呼ぼうと思っていた所です」
年はトキトと同じくらいか少し上か、大きな胸を誇るように立っている。
身に付けている革の鎧が肌の露出が多めなことも手伝ってかなり煽情的だ。
髪は前髪を横に流した感じのショートカットで、部屋に入った時からずっと鋭い目でトキトの事を睨んでいる。
「あなたがトキトか。私はソウゴの使いで来たアイカだ。約束を果たしてもらうために来た。そう伝えればわかると聞いている」
ソウゴとの約束と言えば、「風の里」へ招待するというものだったはずだ。
はっきりと言わなかったのは里自体が秘密事項だからかもしれない。
「ああ、それは忘れていない。だけど、早かったな。まだ事が落ち着いて五日しかたっていないというのに…」
ソウゴ達がレンドローブに乗ったとは聞いていない。
早馬を使ったにしても早すぎるだろう。
「伝書烏で来た文に最優先事項とあったから、用事を途中で投げ打って来た」
何か不機嫌そうに言われるが、それは自分の都合ではないのでどうしようもない。
「急ぎなら今すぐ出た方がいいか?」
トキトとしても明日出立するつもりでいた訳で、一日くらいずらしても構わないといえる。
「いや、お前たちがここを去る前に接触しろというので急いだだけだ。会えたからにはそう急ぐ必要はない。といっても、そう長く留まられても困るのだが…」
「ならば明日出立することにしたい。ちょうど今それをベルリアス王に言いに来たところだったんだ。ベルリアス王、そういう事なので、我々は明日発とうと思う」
突然の申し出ではあったのだが、ベルリアスも心構えがあったのだろう、そんなに驚いてもいないように見える。
「こちらとしてはもっといて欲しいという気持ちもあるが、仕方がない。必要なものがあれば言ってくれ。準備させる」
「ありがとう。その時はお言葉に甘えさせてもらう」
トキトは軽く頭を下げ、礼を言った。
その時、侍女に案内されて、シオリが部屋に入って来た。
「お呼びですか。ベルリアス王」
「ああ、今トキト殿にも話したところだが、風の民の使者が二人を尋ねてきたのでな、シオリ殿にも来てもらったのだ」
「ソウゴとの約束を守れ、という事みたいだ」
トキトがソウゴの名前を出した時、シオリは少しだけ眉を上げたが黙っていた。
「俺達、かなり彼には世話になったからな、無視するわけにはいかないだろう。ちょうど明日発つつもりだったから、アイカさんについていく事にした」
アイカの名を聞いたシオリは躰をビクンと大きく反応させると、慌てた素振りでアイカの顔を見つめた。
「どうかしたのか?」
「ううん。別に何でもないわ。……。じゃ、じゃあ、明日発つのね。準備しなくちゃ」
シオリは妙に慌ただしい様子でそう言うと、とっとと部屋を出て行ってしまった。
「なんだあいつ。……」
トキトはシオリの出て行くのをただ見送るしかなかった。
「……、それでは、私も帰る事にする。明日の朝また来るのでその時までに準備しておいてもらいたい。それほど険しい道のりではないが、街道から外れる事もあるのでそれなりの装備はしておいて欲しい。では、また明日。王様もありがとうございました」
アイカはそう言うと、侍女に付き添われて出て行った。
トキトも王に礼をして部屋を出た。
準備をしなければと思って部屋に向かったトキトだったが、良く考えるとあまりやる事もなかった。
余計な物を買っても荷物が増えるだけだし、まあ、世話になった人たちに挨拶ぐらいはしておくべきだろう。
長い廊下を早足で歩きながらトキトは考えた。
この世界に突然放り込まれてからまだ二か月も経っていない。
つまり、まだそれほど時が経つ訳でもないのだが、それでもこの間にいろいろな事があった。
毎日同じような事を繰り返すだけの世界から日々新たな発見のある世界に来て、いつの間にかそんな世界に慣れてきている。
生命の危機に直面することもあった。以前は想像すらしなかったことだ。
しかし、今、かつてないほどわくわくしている自分がいる。
過去に自暴自棄になっていたことなど嘘のようだ。
この先自分がどうなるのかは分からないが、まだまだいろいろな事を経験したい。
こんな感覚は長く忘れていた。いや、初めての感覚かもしれない。
風の里とはどんな所なのだろうか。
どんな人たちが暮らしているのだろう。
イチハの所にも行かないと。
レンドローブの事も気にかかる。
まるで遠足を明日に控えた小学生のように明日からの旅に思いを馳せながら、トキトは自分のために用意された部屋へと戻って行った。




