コルノザラウへ
ナガルが民家の前に繋いであった馬に跨り、ギルブレンとともにファロンデルムの方角へと走っていくのを二階の窓から見送ると、トキトはそこでようやく一息ついた。
「やっと行ってくれたようだな。もういいぞ、リーナ、ディンブル」
窓から外を見ながらトキトが二人に声をかけるが、何の動きも見られない。
代わりに隣にいたレーシェルが急に体を大きく傾け、床の上にへたり込んだ。
つないだ手だけは堅く握られた状態のまま固まっている。
「大丈夫か、レーシェル」
レーシェルは床に座ったまま、トキトを見上げ笑おうと試みている様なのだが、頬の筋肉がヒクヒクするだけで全然笑う事が出来ていない。
トキトはレーシェルの隣にしゃがみ込んで言った。
「レーシェル、咄嗟に思い付いた目論見にすぐに応じてくれてありがとう。レーシェルのおかげでみんな命拾いすることができた」
「い…いえ…、私は何も……」
レーシェルが何とかしゃべろうと苦労している時、ようやく後ろのクローゼットから二人が出てきた。
「レーシェル、ありがとう。あなたの機転がなかったらどうなっていたか…」
リーナが話しながら近づいてくるが、足元はフラフラで後ろのディンブルが背中のすぐ後ろで手を広げている。
何とか持ち堪えてレーシェルの背中に手を当てつつ、トキトにも礼を言ってくる。
「トキトさんもありがとうございます。助かりました」
「いや、まだだ。奴らすぐに戻って来るかもしれない。どこか別の場所に隠れないと…」
トキトの言葉にディンブルが言葉を重ねてくる。
「ここから少し離れた民家に馬を隠してある。それでひとまずコルノザラウまで逃げよう。兄貴なら安心だ。エルファールからは少し離れてしまう事になるが、今街道を進むのは危険すぎる」
トキトは握っていたレーシェルの手をリーナの手に握らせてから、立ち上がった。
「ここにリーナがいると分かった以上街道の警備は厳しくなるだろう。けど、それは数日経ったくらいじゃあ変わらないはず、むしろ余計に厳しくなる。ならここは一気にエルファールに向かうべきなんじゃないか?」
真剣な目で言って来るトキトにディンブルも考えている事を誠実に話してくる。
「確かにここから馬を使えば三日もあればエルファールに着くだろう。しかし、うまくエルファールに着けたとしても十日あまりも隠れていなければならない。捜索の目も今までの比ではないだろう。なにしろそこにいる事が確実なのだからな。よほどの場所に隠れない限り見つかってしまう事は間違いない」
ディンブルの言う事も一理ある。
警戒度MAXになった都で協力者すらなく長期間隠れているのは至難の業だ。
それに万が一戴冠式まで逃げ切れたとしても、リーナがエルファールにいる事がはっきりしてしまったら戴冠式の警備は格段に厳しくなっているに違いない。
トキトが考えに浸っているその間にも、ディンブルは続けている。
「それよりはコルノザラウに向かった方がマシだ。あそこなら仮に国軍に見つかったとしても兄貴もいるからエルファールよりは逃げられる可能性が高い。それに、仮に見つかったとしても、軍の一部がコルノザラウに派遣されるとなれば、戴冠式の警備は薄くならざるを得なくなる。危険はないとは言い切れないが行く価値は十分あるんじゃないか?」
ディンブルは真剣な表情だ。何とかリーナを守りたいと思っているのが伝わってくる。
それに言っている事も尤もだ。
「分かった。ここはディンブルの意見に従ってコルノザラウに向かおう。ただ、そこでレーシェルを預かってもらったら早めに出発した方がいい。街道を馬で行くという訳にはいかないだろうから時間はかかるはずだ」
「わかった。とにかくここを出よう」
ディンブルが皆を促してくる。
確かにここでうだうだしていてもいい事は何もない。
トキトがリーナを伺うと、リーナはレーシェルと一緒にようやく立ち上がるところだった。
「私は二人の決めた事に従います。行きましょう」
その言葉を聞いたディンブルが部屋を出る。
トキトはリーナとレーシェルの背中を押すようにして後に続いた。
ディンブルは三人が追いつくのを待って、馬を隠してあるという民家のある林の奥へと入って行った。