レーシェルの思い
それを横目にリーナは今度はレーシェルの方へと向き直った。
「ごめんねレーシェル。そういう事なの。今まで嘘をついていてごめんなさい」
トキトもレーシェルには謝らないといけないと思っていた。
「ごめん、レーシェル。レーシェルには黙っておこうと思っていたんだけど、ばれちゃったね。重い内容だから知られたくなかったんだ」
レーシェルは俯いて何か考えているようだったが、少ししてようやく顔を上げた。
そして、二人が自分の言葉を待っていると思い、話し始めた。
「いいえ、ご主人様、奥様。もともとお二人が伏せていらっしゃったのは何か大きな事情の有る事だとは察しておりました。まさかこれほどの事とは思いませんでしたが…。確かにこんな事、私に教えるわけにはいきませんよね。でも、大丈夫です。私はどんなことがあっても誰にも言いません。私はお二人にしていただいた御恩には必ず報いたいと思っています。悔しいですが頭の悪い私には皆さんのお力になれるようなことは思いつきませんが、もし、何か私にできる事があるのであれば私にもぜひお手伝いさせてください」
「ありがとう、レーシェル。でも、このことを黙っていて欲しいという事以外は特に何もしなくていい。それと前にも言ったと思うけど、もう少し先まで行ったら別行動をとるようにしたいんだ。俺達といると危ないのは分かるだろう。一緒にいるとレーシェルも危なくなる」
「いいえ、ご主人様。私はお二人のためならたとえ命を落とすようなことになっても構いません」
「そんな事を言ってはダメだ。レーシェル、その気持ちは嬉しいけどそれじゃあ俺達がレーシェルを助けた意味がなくなってしまう。それにもし一緒に来てリーナとレーシェルが同時に危険な目に遭うようなことがあったら、俺はレーシェルを見殺しにしなくちゃいけなくなるかもしれない。俺はそんな事はしたくない」
レーシェルはトキトの言う事を理解し、大人しくなった。
けれど、どうしても言っておきたい事があるようだった。
「分かりました。ご主人様。私も足手まといになるくらいなら行かない方がましです。悔しいですが今回はどこかで無事をお祈りしつつ待っている事にします。ですが、次に何かがあった時には私も何かのお役にたちたいです。ですから、私も強くなれるように頑張ろうと思います。その時には私も一緒に連れて行ってもらえるように…」
「いや、レーシェルはどこかで幸せになってくれればいいんだけど…。無理に危険な所に顔を突っ込まなくてもいい」
トキトとしては、レーシェルに恩を感じて欲しいわけではない。
ずっと面倒を見る訳にもいかないと思うので、自力で生きるだけの強さは身に着けて欲しいが、それだけだ。
しかし、レーシェルにはレーシェルの思いが有るようだった。
「いいえ、ご主人様。私は必ずご主人様のお役に立つ何かを身に付けます。ですから今回の件が片付いた暁には、必ずレーシェルの事を迎えに来てくださる事をお約束してください。お願いします」
その言葉から、レーシェルが真剣で固い決意を持っている事が伝わってくる。
トキトは、少し前からレーシェルは頭のいい娘だと思っていた。
けれどもどうやらそれだけではないらしい。
他人が何を望んでいるかを察する能力にも優れ、決めた事は必ず守ろうとする頑固さも持っている。
きちんとした教育を受けさえすればどんな道に進んだとしても成功するに違いない。
「わかった。約束するよ。だから、待っていてくれ」
「はい。ご主人様」
レーシェルの言葉にはどこか明るい響きが感じられた。
自分に関わる事なので下手に言葉を掛けられないでいたリーナもこの成行きには安堵したようだった。
レーシェルの話になり、しばらく黙って聞いていたディンブルだったが、話が落ち着いた所を見計らい、おずおずとリーナに近づくと、小声でリーナに尋ねた。
「リーナ様。これはどういう…事…なのでしょうか?」
「レーシェルは……つい先日まで奴隷だったのです。でも、トキトが買い上げて昨日サルヌイで登録を抹消したのです。彼女には本当のことは話さないでエルファールに着いたら別れようと思っていたのですが、私がリーナだっていう事が中途半端に分かってしまった為、それなら全部聞いてもらった方がいいと思って一緒に聞いてもらいました。ここまで一緒に旅して来てレーシェルがいい娘だという事もはっきりと分かっていましたしね」
「ありがとうございます。奥様」
わずかの期間にリーナとレーシェルはかなり親しくなっていた。
旅の間中歩きながらずっと二人でおしゃべりをしていたせいかもしれない。
ディンブルはレーシェルをじっと見つめ、少し考えてからある提案をしてきた。
「それなら、私が紹介状を書きますからコルノザラウの兄のところに行ってもらったらどうでしょう。確かに、これから大変になりそうだという時に足手まといがいては命取りになるかもしれません」
その言い方に少しカチンときたトキトはディンブルの事を睨みつけた。
が、それには気が付かないふりをしてディンブルは続ける。
「しかし、兄の所で待っていてもらえばそんな心配はいりませし、彼女自身も安全です。私の紹介状があれば無下には扱わないでしょうしね。それに、レーシェル…には、教育を受けてもらった方がいいのでしょう? それならばコルノザラウは打って付けではないでしょうか。大概の事は学べますから。身に着くかどうかはあくまでも彼女次第になりますが…」
確かに、この国の有力な貴族だと言うファフスデール家に面倒を見てもらえるのなら安心できる。
「そうね。それがいいわ。レーシェル、それでいいでしょ」
「はい。お……」
レーシェルが返事をしようとしたちょうどその時、家の外のすぐ近くでガタッという音がして、全員が固まった。
一同の中に緊張が走る。
トキトとディンブルはすぐに剣に手をかけ、ディンブルは入口をトキトは窓から外を伺った。
リーナはレーシェルとともにテーブルの陰に隠れている。
レーシェルも、事情を知ってしまった為だろうか、先程までよりも緊張している事が伝わってくる。
「男が二人玄関に向かって来る。サルヌイで見た男だ」
トキトが庭に入ってくる男を見て小声で言った。
「ナガルだわ」
「ナガル。ファロンデルム家の当主か。まずいな、俺もリーナ様も顔を知られている」
リーナのつぶやきにディンブルが反応する。
すぐにトキトが言った。
「俺が対応するしかない。みんな、隠れて」
そして、自らも見つからないようそっと窓から身体を引き戻した。




