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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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同衾の夜

無言の時間は意外に長く続いた。

トキトはこの無言の状況を打開しようという思いもあり、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「あのさ、広場でぶつかった女の子、あの後大丈夫だったかな。やけに怯えていたから気になって仕方がなかったんだよね」


それを聞いたリーナは急に頭を下げ俯いた。

「どうしたの?」

トキトが不審に思って聞くと、リーナは小さい声で言った。

「たぶん、何かしらの罰は受けていると思います」


「えっ、…どうして?」

トキトとしては何となく話題を変えたかったから言ってみただけで、そんな返事が返って来るとは全く考えていなかったので、驚いてリーナの顔を見つめた。


リーナがゆっくりと顔を上げて言う。

「あの娘は奴隷です。持ち主の方にもよりますが、恐らくは何らかの罰を受けたのではないかと思います」

トキトも何となくそんな感じだろうとは薄々思ってはいたのだが、そうはっきり言われてしまうと、さすがに驚かざるを得ない。

奴隷と言うものの存在は、もちろん知ってはいるものの、歴史の授業で知っているだけで、実際に見るのはもちろん初めての事だ。


「罰って、あの男に何かされるっていう事?」

「そうですね。そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」

意味が分からずトキトが黙っていると、少し間を開けてからリーナは続けた。


「あの男の人も奴隷です。彼らの手足に嵌められた輪がその証です。彼らは彼らの主の命に従い働かなければなりません。主が鞭打ちを命じれば彼は彼女を鞭打つでしょうし、そう命じられなければ鞭打つことはありません」

「ただぶつかっただけで鞭打ちなんてひどすぎるだろ」

「奴隷は主の命に従わなければならないので仕方がないのです」

奴隷であれば主人に従わなければならないというのは分かる。

しかし、人にぶつかったくらいで鞭打ちするのは酷いだろう。


「どんな人が奴隷になるの?」

トキトの中では何か悪い事をした人が奴隷となるイメージでいたのだが、どうやらそうでは無いようだった。


「奴隷はほとんどの場合、生まれた時から奴隷です。奴隷の子供はその奴隷の持ち主の所有物とされるからです」

「それじゃあ、奴隷は代々永遠に奴隷っていう事?」


「そうです。ほとんどの場合は奴隷から抜け出すことはできないと思います。奴隷は売買されるものですのでその分のお金を自分で用意することができれば自由になることはできますが、奴隷がお金を貯めるのはほとんど不可能です。せめて、優しいご主人様と巡り合うことができるよう祈るくらいしかできることがないのが実情なのです」


話しているリーナの顔を見ていてトキトはある可能性を思いつく。

「ひょっとして、……あ、リ…ンも奴隷を使っていた、とか…」

トキトはリーナと呼ばないようにしようとして「あなた」と呼びそうになってしまったのだが、何とかそう呼ばずにリンと呼んだ。

が、さすがにリーナは、呼び名の事まで気にする余裕は無かったようで、それは無視して、真面目な顔でトキトの事を見つめてくる。


「はい、たくさんの奴隷を使っていました。力仕事や汚れる仕事は皆彼らにやらせていたのです。もちろん、鞭打ちのようなひどい仕打ちはよほどのことがない限りはさせません。けれど、奴隷を使っていたのは事実です。この国では奴隷制度は当たり前の事なのです。私もそのことについて考えた事もありませんでした。ついこの間までは…」


「この間…?」

「はい。父が亡くなって、逃げている時、私を追いかけてきた将校の一人が私を奴隷にしようと話しているのを聞いてしまったのです。もちろんそんなことをしたら国家に対する反逆です。法律では王位を継いだもの以外の王族は殺さなければならないのですから。しかし、殺したことにして偽名で奴隷として登録し、屋敷から出さなければ恐らくばれることはないでしょう。そうなったら、私はどうなっていたかと思うと恐ろしくて…」

その時の事を思い出したのか、リーナの肩は小さく震えている。


「その時、初めて思ったんです。奴隷の人たちの辛い気持ちを。いくら頑張っても抜け出せない悲しさと悔しさを」


恐らくリーナの危うい身の上をうまく利用しようとした輩がいるのだろう。

つい先日まで王女様と囃し立てられ、遠くから見る事くらいしかできなかった美しいお姫様がもしかしたら自分の所有物にすることができるかもしれないと思えば、魔が差す者がいたとしてもおかしくない。

決して許すことはできないが。


トキトは立ち上がり、俯いているリーナの肩に手を掛けた。

「そんな事は絶対にさせない。お兄さんに会って許しをもらえるまで守って見せる」

リーナがトキトの胸に顔をうずめてくる。


トキトは少しの間そのままの態勢でリーナが落ち着くのを待った。

そしてリーナが落ち着いた頃を見計らって聞いてみた。

「ところでさ、奴隷を買って、その後その奴隷を解放したらどうなるの?」


リーナはトキトに体をあずけたまま少しの間黙っていたが、やがてその態勢のまま答えた。

「奴隷を解放するには購入したのと同じだけのお金を国に納めなければなりません。奴隷は国の財産とされているからです。正確に言うと、解放するだけなら持ち主が権利を放棄すればできるのですが、それだと身分は奴隷のままなのです。奴隷の身分から逃れるためには国にお金を納め認めてもらうしかありません」


「じゃあ、奴隷っていくらくらいするのかな。今の手持ちで何とかならないかな」

いくら納得のいかない制度だといっても、自分一人の力だけで、その制度を変える事などできない事はトキトにも分かっている。

しかし、どうしても心に引っ掛かるものが残って仕方がなかったのだ。


「あの娘を買えないかなと思って…。もし俺たちとぶつかったせいでひどい目に遭っているなら助けてあげたい。今持っているお金で一番高価な金貨を出しても駄目かな」

トキトはリーナの肩を掴むとその体を起こし、目の高さを合わせて正面から見つめた。


「トキトさんが今いくら持っているのか分かりませんが、たぶん難しいと思います。それに、もしお金があったとしてもあの子が今何処にいるかなんて分かりませんし、分かったとしてもあの子のご主人様がそれを承認しなければ売買は成立しません」

奴隷はよほど裕福な者でなければ持つことはできないものなのだ。


「そうか…。難しいか……」

何か出来る事をしてあげたいという思いがトキトには有るのだが、現状ではこれ以上この問題に頭を突っ込んでいる余裕はない。

ここでリーナが助かる可能性を潰してまで関わる訳にはいかないのだ。

リーナの件が上手くいったらその後また考えよう、そう思う事にして、トキトは無理やり自分を納得させた。

そして、心の中であの娘に「ごめんね」と謝った。


それから少し時間が経ち、夜もだいぶ更けた頃、既に風呂から上がったトキトが昨日と同じようにソファーに寝ようと準備をしていると、リーナも風呂から帰ってきた。

どうやら急いでいたようで、髪の一部はほつれていて着衣もだいぶ乱れているが、そのせいか逆に艶っぽく見える。


「そこで寝ないでください」

一瞬トキトはリーナに見惚れてしまっていた為、リーナが何を言っているのか理解できずにいた。

「今日は私がそこに寝ますのでトキトさんはベッドで寝てください。私だけ良い所で寝る訳にはいきません」

と言うリーナの言葉で、トキトはようやくリーナがベッドを使えと言っている事が分かった。


だが、そんな事はトキトにとっては大した問題ではない。

「外に比べりゃソファーの上なんて良い寝床だろ。お姫様にこんなところで寝させるわけに…」

トキトが何とか言い訳しようとしていると、リーナがそれを鋭い声で遮った。

「お姫様じゃありません。私は今、あなたの妻のはずです」


一瞬、リーナの剣幕に呆然としてしまったトキトだったが、すぐに反論を試みる。

「あ、いや、ごめん。別に変な意味はなかったんだけど。でも、お姫様じゃなくても、いや、妻ならなおさらこんな所には寝かせられないだろ」


「妻としては夫にこんなところで寝られては困ります」

「ひょっとして、今朝怒っていたのは…」

「はい、勝手にこんなところで寝てしまったから怒っていました」

だからこそリーナは、今日は風呂を早めに切り上げてきたのだ。


「でも、ベットは一つしかないんだから、どっちかがここで寝るしかないだろ。その場合男の俺が寝る以外選択肢はない」

トキトは反論は許さないという意味を込め、強い口調で言い切った。

が、それでもリーナは言い返してくる。


「普通のご夫婦なら一緒に寝るのではありませんか。もしもに備えて呼び方まで注意しているというのに、これではもし何方(どなた)かが間違ってこの部屋に入って来たりしたら別々に寝ているなんて「おかしい」って思われてしまいませんか?」

リーナの言っている事も分からないではない。

しかし、普通そんな事は女性の側が嫌がるものではないだろうのか。

トキトからすればリーナ程の美人と同じベッドで寝る事など嫌なわけがない。

いや、一緒に寝ながら何もしないでいるのはかえって難しい問題か。


「一緒に寝るなんて、リンの方が嫌だろう」

「嫌じゃありません」

勢いよくそういうと、そこで気が付いたのかリーナは真っ赤になった。


「い、いえ、変な意味ではなく。お互いに疲れを取らないと明日からまた大変だし。それに、私はトキトさんのこと信頼してますから。だから、大丈夫です」

いや、信頼されても困るんだけど、とトキトは思ったが、リーナの真剣な目を見ていると下手に否定する事もできない。

確かにリーナは魅力的な女性で、隣にいたら手を出したくなるのは間違いない。

けれど、そんな美人でも、いや美人だからこそ、なおさら手を出す度胸など自分には無い事もトキトにはよく分かっていた。


「わかった。リンがいいと言うのならベッドで寝させてもらうよ」

多少悶々とした気分になるかもしれないが、まあ、何とかなるだろう。

しかし、シオリがもしここにいたらどんな罵声を浴びせられるかわからない。

そうだ、それを思えば変な気は起こさないで済むような気がする。

トキトの頭の中では様々な妄想が浮かんで来ては消えていった。


リーナは自分の意見が通った事が嬉しいのか、すごく喜んでいるように見える。

トキトにはなぜそんなことで喜ぶのか分からなかったが、喜んでいるリーナを見るとトキトも嬉しくなってくるのでよかったと思う事にした。


寝る準備を整えると、まるで本当の新婚さんのような初々しさで二人はベッドに入った。

お互いに気を使いベッドの端と端に離れて横になる。

比較的大きなベッドなので、それでも十分にスペースは確保できるようだ。

最初は恥ずかしそうにしていたリーナだったが、疲れの所為かすぐに可愛い寝息を立て始める。

信用していると言っていたのは嘘ではなかったようだ。


何となく安心し、自分も寝ようとしたトキトはその時になって予想以上につらい思いをしなければならないことに気が付いた。

何しろ、かわいらしい寝息がすぐ隣から聞こえてくるのだ。

そのせいで一旦は徹夜も覚悟したのだが、トキトにも連日の疲れは相当たまっていたようで、幸せな事に、気が付いたらトキトもいつのまにか眠ってしまっていた。

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