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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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寛ぎの時

宿に戻るとちょうど夕食の時間だった。


あの後、もう一度あの宝飾品店に行き、散々あれこれ悩んだあげく、結局最初のものと同じようなコサージュを買い、初めの物と同じようにプレゼント用に包んでもらった。


そして、その店を出た後、二人は武器屋へ向かった。

そこでトキトはそこそこの値段の片刃の剣を購入した。

今持っている剣だと強力過ぎて簡単に人を殺してしまうのではないかと恐れたためだ。


その後は街を歩き回り、買い物をしながら聞き込みをしたのだが、結局どこからも大した情報は得られず、気になっていたあの娘とも再会する事は出来なかった。


夕食を終え部屋に戻ると、二人で情報の整理をすることにした。

街にいる時はどこで誰が聞いているかわからないので、それらしい話はしないようにしていたからだ。


二人きりになった所でトキトは切りだした。

「戴冠式まであと十八日だから…、シオリとルーは間に合わないと思っていた方がいいな」

トーゴが往復して連れて来るのだとしたら、ここに着くまでで二十日以上はかかってしまうだろうから、王都エルファールまで追って来る事は不可能だという計算になる。

つまりは、自分達だけで何とかしなければならないという事だ。


「そうですね。すみません。トキトさんに頼ってばかりで…」

「いや、そういう事を言っているんじゃなくて、これからどういう作戦でいこうかっていう事」

リーナは手に持ったプレゼントの箱をいじくっている。


「戴冠式に他国の偉い人が来るっていうのは普通の事なの?」

トキトはテーブルの上に置かれたお茶を一口啜ってからリーナに聞いた。

トキトと向かい合う位置に座っていたリーナは、手に持った箱をテーブルの上に置くと、伏し目がちの目を少し上げるようにして言ってくる。

「良くは分かりませんが、父の時にもユルやトラスデロスからは使者が来たようです。ラドオークやウルオスから来るのはひょっとしたら初めてかもしれません」


「そのラドオークとかウルオスの使節に紛れ込むっていう事はできないかな」

難しいだろうとは思うが、それができればお兄さんと会える可能性は高くなる。

しかし、リーナはそれをすぐに否定した。

「無理だと思います。王に同行する者は全てきちんと把握されているはずですから」

そして、申し訳なさそうに再び目を伏せる。


「そうなると、たとえエルファールまでたどり着けたとしてもお兄さんに会えるかどうか分からないな。……。まあ、でも行かないと話にならないか。ん? 新王は戴冠式前に出かけることなんてないのかな?一度実家に帰るとか」

しかし、良く考えれば新王の実家はエルファール城になる訳で、それに気づいたトキトは、見当違いな事を言ってしまったと恥ずかしくなったのだが、当のリーナは別に気にしていない様だった。

普通に話しを続けている。


「実家には帰りませんが、前日に市内の神殿を巡り、光の神、水の神、森の神、の祝福を頂きに参ります。けれどもこのときは大勢の護衛を伴って一大行列となって練り動くので途中で会う事はできないと思います」

護衛がたくさんいるというのなら、せっかく会う事が出来たとしても、すぐに取り押さえられてしまうのが落ちで、確かにまともに話しはできないに違いない。

と、思った所でトキトは気が付いた。


「なら、この時が城に潜り込むチャンスなんじゃないか?」

この時こそ城の警護が手薄になるのではないだろうか、と考えたのだ。

リーナは目をつぶって何少し考えていたが、やがて眼を開けるとトキトの目をしっかりと見て言った。

「そうかもしれません。王直属の近衛隊はもちろん、王都にいる主な騎士なども王に同行すると思います。かといって、将軍はファロファロとの戦線から動けないでしょうから、城は普段よりは手薄になることは間違いないと思います。ただ、それでも、守護三家の有力者の何人かは詰めているでしょうし、他の太守たちも城内にいてもおかしくありません。難しい事は変わらないと思います」


「それでも、他の時よりは可能性が高いんだろう。だったら、やってみるしかないんじゃないかな。どのみち危険なことには変わりがないんだし…」

リーナは一度置いたプレゼントの箱を手に持つと、それをぎゅっと握りしめた。

「そうですね。トキトさん、お願いできますか?」

「もちろん。そのためにここまで来たんから」


トキトが手を差し出すとリーナはその手を掴み、しっかりと手を握り合った。

トキトはリーナの手が汗で濡れているのを感じ、なぜだか笑いが込み上げてきた。

「ふっ、ふふ、…ふふふふ、……。あっはっは…」

堪えようとするのだが、そうすると余計に止められない。

リーナの目がつり上がってくる。

「何を笑っているんですか。私はまじめに…」


珍しく声を荒げるリーナに、トキトが慌てて弁解する。

「違う違う。分かってるよ。俺だってまじめに考えてる。なんてったって命がかかってるんだから…」

リーナの手がさらに強くトキトの手を握ってくる。

「なら何で笑うんですか? どうせ私はトキトさんの力を借りなければ何もできない弱い女です。でも、私だって私なりに…」


「だから違うって。ほら、こうやって手を握ってみると、汗をかいている事が伝わって来て、だから…あなたも相当緊張しているんだなって思ってさ」

トキトはリーナと呼ぶかリンと呼ぶか少し迷ってから結局あなたと呼んだ。


「いや、緊張するのは当たり前なんだ。俺だって緊張しているし…。でも、ついさっきまでその箱を嬉しそうにいじっていた事を思い出したら、すごいギャップだなって思ってさ…。それに朝だって、起きてすぐは不機嫌だったのにちょっと話しただけで機嫌よくなったりするし、あなたは感情がころころ変わるな、なんて考えてたら、おかしくなってきちゃって……」

一瞬何を言われたのか理解が追いつかずぽかんとしたリーナだったが、すぐに顔が真っ赤になり、それまで握ったままでいたトキトの手を振り切って、部屋を出て行こうとした。

が、トキトがリーナの手を放さなかったので、結局動く事は出来なかった。


「ごめんごめん、落ち着いて。とにかくもう一回座ってよ。もう笑わないから」

リーナは少し責めるような目でトキトを睨んだが、すぐに視線を外すと元の席にゆっくりと座り直した。

トキトはリーナが座るのを確認してからゆっくりと手を離した。


「エルファールまではもうまっすぐ街道を行ってもいいと思うんだけど、どうかな。油断はできないとは思うけど、みんな俺達の事風の民だと疑っていないみたいだし、ばれないうちに行けるだけ行っておいた方がいいと思うんだけど…」


何事もなかったように普通を装い話を進めるトキトに、リーナはもう一度鋭い視線を向けたものの、現状を思い出したのかすぐに落ち着きを取り戻したようだった。

前王の娘だけあって、さすがに落ち着きを取り戻すのも早いようで、冷静になれば感情を押し殺す事も出来るようだ。


「エルファールには知り合いも多いですから、あまり早く着きすぎても見つかりやすくなるだけかもしれませんけど、戴冠式が近づけば近づくほど検問も厳しくなるでしょうし、もし街に入れるのなら、早めに入った方がいいと思います」


「じゃあ、早速明日はエルファールに向けて発とう。馬車に乗ろうと思うんだけど、いいかな」

この街で少し休んだとはいえ、ここまではほとんど歩き詰めで来ている訳だし、これから何が起こるかわからない事を考えても、できるだけ体力は温存しておきたい所だ。

いざという時に動けないのでは、過去の教訓を生かしていない事になる。


「少し怖いけど、私も馬車でいいと思います。この先は街道も人も多くなるので歩いたらたくさんの人とすれ違う事になりますし、道連れができたりしたら長い付き合いになってしまいますのでバレてしまうかもしれません。それを考えると馬車の方がまだリスクが少ないといえるような気がします」

「じゃあ、そうしよう。まあ、何かあったら逃げられるようにだけは注意しておく必要はあるけどね。それと、その場合は俺が時間を稼ぐから、一人でも逃げるように。あなたが捕まってしまったらお終いなんだから。それを忘れないように」


「いや、でも…」

「でもじゃない。ここであなたが捕まったら今までの事がすべて無駄になる。大丈夫、その結果何が起こっても誰も後悔なんかしないから」

何か言いかけたリーナだったが、その言葉を飲み込むように一つ頷いた。


「ありがとう。でも、できるだけ一緒に逃げましょう。もう、一人になるのは嫌なんです」

真っ直ぐ見つめて来るリーナの瞳に嘘は見えない。

リーナに見つめられて、こんな時でも「かわいいな」と思ってしまう自分にトキトは密かに軽く自己嫌悪に陥った。


「それと、あなた、っていう呼び方はやめてください。何かよそよそしすぎて悲しくなってしまいます。ここでは、リン、じゃないですか。そう呼んでください」

「悪い。いや、あっちの名前で呼びそうになるから、あなたって言っておけばいいかと思ったんだ。でも、別におかしくはないだろう」

ここには二人だけしかいないので「リーナ」と呼んでもいいのかもしれないが、どこで誰が聞いているかわからない状況を考えると、その名前は呼ばない方がいいのも間違いない。

だから、無難に「あなた」と呼んだつもりだったのだが、その呼び方はリーナにはお気に召さなかったらしい。


意外に強い口調で言ってくる。

「私の気分の問題です。呼ぶ時は「リン」でお願いします」

リーナの綺麗な瞳がトキトの目を真っ直ぐに見つめてくる。

トキトは言い訳をしようとして、ここで言い訳をしても仕方がないと思い直し、一言「分かった」と返事した。

その後しばらくの間、お互いに黙ってしまった為、無言の時が流れた。

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