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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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散策

トーゴは一泊、トキトとリーナ(リン)は二泊の予定で宿をとった。

トーゴは当然のようにトキトとリーナを同室にした。

夫婦で別室と言うのは不自然なのでそうせざるを得なかったためか、リーナも特に文句を言う事はなかった。


夕食をとると、強行軍の疲れからかトキトに強烈な眠気が襲ってきた。

食後にトーゴと宿屋内にある共同浴場で久しぶりの風呂につかったのだが、早々に部屋に戻りソファーの上に横になっていたら、急に眠気が襲って来たのだ。

どのみちベッドは一つしかないので、ベッドは当然リーナが使うしかない。

だからトキトは、今夜はソファーで寝るつもりだ。

しかし、野宿に比べればソファーの上は天国だ。

トキトはリーナが風呂から帰ってくるのを待つつもりだったのだが、いつのまにか眠りに落ちてしまっていた。


翌朝、トキトが起きるとリーナはすでに起きていた。

身体に掛けてあった毛布はリーナが掛けてくれたものだろう。

「おはよう、リーナ…じゃなかった、リン」

リーナはすでに身なりを整え着替えも済ませている。

昨日あの後洗ったのだろうか、服も昨日よりも随分と綺麗になった様な気がする。


「おはようございます。トキトさん」

窓から外を眺めたままの状態で気のない返事を返してくるリーナ。


「ん? 外で何かあったの?」

トキトは言いながら、窓際まで歩いて行ってリーナの隣に立った。

リーナはじっと外を見つめたままでいる。


リーナの視線の先を伺うが、特に何かがあるようには見えない。

トールよりも密集していて一つ一つの家は大きいものの、なんという事もない普通の街並みが見えるだけだ。


「何を見てるの?」

トキトが問いかけても、返事は何も返って来ない。


トキトが不思議に思っていると、リーナは不意にトキトを振り返り、一瞬だけトキトの顔を見てから、すぐにベッドの方へと戻って行った。

目が合った時、トキトの中にアラームが鳴り響いた。

何度かシオリから浴びせられた冷たい眼と同じ眼だ。

急速に思考を巡らせるが、原因が思い当たらない。


「俺、何かやっちゃった……のかな……」

トキトが弱々しくリーナを伺うと、

「別に。何もしていないんじゃないですか。すぐに寝てしまったようですし」

と、リーナにしては珍しく棘のある言い方をしてくる。

そう、トキトは久しぶりの風呂で気持ち良くなってしまい、ソファーに寝ころんでリーナを待っている間に熟睡してしまったのだ。


考えてみれば熟睡してしまったのでは全然護衛になっていない。

せっかくトーゴが何時敵が現れても守れるようにと同室にしてくれたのに、それでは全く意味がない。

ひょっとしたら、自分が寝た後誰かが襲ってきたのだろうか。

リーナの様子から無事だった事は間違いないように見えるが、昨晩は何かしら怖い思いをしたのかもしれない、そう思ったトキトは、よくわからないながらもリーナに謝った。


「ごめん。いくら疲れていたとはいえ、熟睡してしまっては同室になった意味がなかった。俺が寝てる間に誰かが来たのか?」

「いいえ、誰も」

トキトとしては、かなり勇気を出して聞いてみたつもりだったのだが、リーナの返事は素っ気ないものだった。


そして、リーナはトキトの目を真っ直ぐに見つめてきた。

すると、トキトは身体が金縛りにあったかのように身体が急に動かなくなった。

唯一動かす事の出来そうな目玉を何とか動かし、視線を下へと移動させていく。

そうする事で、必然的にトキトの目はリーナの上半身を見つめる事となった。


と、トキトはリーナの着ている服に小さな異変のある事に気が付いた。

先程何やら綺麗に見えたのは、服を洗ったからではなく、胸元と腰のベルトの当たりに飾られた小さなリボンの所為なのかもしれなかった。

昨日までは付けていなかったものが、今日はそこに飾り付けられているのだ。


「リボン、付けたんだ。うん、似合ってる。きれいだよ」

トキトは何とかリーナのご機嫌を取ろうと、目に入ったその装飾品を褒めてみた。

深い意図があった訳ではない。

ただ、なんとなくそんな言葉が口を突いて出ただけだ。


が、それを聞いたリーナの声色が急に変わった。

「えっ、きれい……ですか?」

頬に手を当てたりなどして、照れているようにも見える。


「ああ、でも、あんまりきれいにすると目立っちゃうからほどほどにした方がいいかも。もともとリ…ンは美人なんだから、ほら、あの衛士の時みたいなことはなるべく起こさないようにした方がいいでしょ。少しぐらい汚くしていたってリンがきれいなのは夫の俺がよく知っているんだから」

ここが機嫌を直してもらうチャンスとばかりに、トキトは夫役にかこつけて最後は少しおどけて言ってみた。

普段ならとても言えないようなかなり恥ずかしいセリフなのだが、こんな事を言う事の出来る機会は二度とないかもしれないし、この苦境を乗り切るためなら言えない事はない。

ということで、思い切って冗談めかして言ってみたと言う訳だ。


これに対するリーナの反応は、まんざらでもなさそうなものだった。

「そう……ですね。気を付けます。妻としても夫に分かってもらえていればいいですからね」

トキトの振った夫婦ごっこに、リーナものってくれた様だ。


トキトはリーナが機嫌を直してくれたとみて、少し安堵したのだが、大波のように大きく上下するリーナの反応には困惑せざるを得なかった。

「さあ、朝食に行きましょう」

そう言って先程までのやりとりの事などすっかり忘れてしまったかのように、とっとと部屋を出て行こうとするリーナの後ろ姿を、トキトは次の波が来ないようにと願いながら、急いで追いかけついて行くしかなかった。


朝食を済ませると、トーゴはすぐに帰って行った。

もう少しゆっくりしていけばいいのに、とトキトが言うと、トーゴは今度はシオリやルーを連れて来なければならないかもしれないからと、碌に買い物すらせずに、帰って行ってしまったのだ。


そんなトーゴを見送った後、トキトとリーナは二人で街に出た。

目的は情報収集だ。

今日中にここからエルファールまでのなるべく安全な行程を見つけ、できればエルファールでのベルリアス王との面会の算段までつけておきたい。


トキトは、初めリーナを宿に残して自分だけ街に出るつもりでいたのだが、いくら誰かに見つかる危険を回避するためだといえ、一人だけで宿に残っているとかえって不審に思われる可能性もあるし、何よりリーナに何か異変があった場合に離れていたら何もできないという事に思い至り、結局リーナも同行する事に決めた。


二人で中央に聳えるように建つ城に向かって歩いていくと、その途中に小さな商店街があるのを見つけた。

トキトは初めて見る石造りの店が並ぶ商店街と、まだ昼前だというのにも関わらず、そこかしこにできている人だかりに驚きながら、その中へと入って行った。

ふと横を見ると、リーナも物珍しそうに周りを見回している。

ひょっとしたら王女様くらいのレベルになると、普段の生活の中ではあまり街中を歩き回ったりはしないのかもしれない。


「あの店に入ってみませんか?」

そう言って、突然リーナが指差したのは宝飾品の店だった。

旅に必要なものが売っているわけでもなく、何か情報を得られそうな場所でもない。


「いや、リン。別の店にしないか?」

無駄かなとは思いながらも、トキトは若干の抵抗を試みてみた。


「少しだけだから、いいでしょ、ね」

しかしリーナにそんな風に可愛らしく言われてしまうと、なかなか無視する事は難しい。

トキトは諦めてその宝飾店に入るより仕方がなかった。


「いらっしゃい。何かお探しで」

店に入ると、すぐに年配の男の店員が声をかけてきた。

背が低く小太りでいかにも商人と言う感じの男だが、宝飾店の店主という感じではない。


「きれいな物がたくさん置いてあるのが見えたので思わず入ってしまいました」

リーナが目をキラキラさせている。


「恋人同士かい? それともご夫婦? 新婚旅行か何かですかい?」

店主の言葉にトキトは一瞬リーナと目を見合わせてしまったが、すぐに落ち着いている事を装った。

ここで慌てたら怪しまれる、との思いから、覚悟を決める。


「夫婦です。新婚旅行ではないのですが、旅の途中で縁あってこの街に立ち寄ったのです。たまたま表の道を通りかかったら妻の目にここの品物が目に入ったようで……。旅はまだ先が長いので、無駄遣いはできない懐具合なのですけどね」

最後の一言はリーナをけん制するつもりで言ったものだが、リーナは聞いているのかいないのか、もう飾り棚の上の品物の物色に入っている。


「まあまあ、ご主人。女性というものは、いつの時代もこういうものが大好きなものですぜ。それに、うちは高価な物ばかりをそろえているわけじゃあないからね。庶民でもおしゃれを楽しめるように、というのがうちのモットーなんだ。例えば、ほら、奥さんの目の前にあるピンクのコサージュ。それなんかは結構お手頃なんじゃあないかな。胸元に付けてもいいし、バンドで手首に付けるのも最近の流行なんですぜ」


そう言って店主が紹介してきたのは、ピンク色の小さなコサージュだった。

本体より少し濃いめのリボンで飾られている。

コサージュの中心にはリボンと同じ色の小さな石が付けれていて、それが光を反射し輝いてみえる。


「そのピンクはこの国の王族が好んで使う色で、庶民にも人気があるんだよ。もっとも王族が着けるのはもっと純度の高い透明なヤツだがね」

王族と言う言葉が出た時リーナの背中がビクッと動いたが、店主はトキトとの話に夢中で気が付かなかったようだった。


「へー、この国の王様はピンクが好きなんですかね」

「この国の色は赤なんだけどね、式典とかで着飾る時はピンクもよく使うんだ。赤ばかりだときつく見えてしまうだろ。それよりはピンクを使った方がかわいらしく見えると言う訳でご婦人方には人気なのさ。新しい王様の戴冠式でも、ピンクの装飾品はたくさん使われるはずだよ。まあ、わしらは直接見る事もないだろうがね。それでも、噂っていうものは伝わってくるもんさ」

すっかり話に熱中している店主はリーナの事など忘れているかのようだった。


「王様の戴冠式なんて華やかなんでしょうね」

トキトは話が出たついでを装い戴冠式の話に振ってみた。

折角なので、話を聞いてみようと考えたのだ。


店主がそれに乗ってくる。

「そりゃーもう豪華なものになるっていう話さ。なんでも、ユルやトラスデロス、遠くはラオドークやウルオスからも特使が来るって言う話も聞いたくらいだからね。そういえば、風の民からも誰だか来るっていう噂もあるみたいですぜ。あんたらも風の民なんだろ、だったら知っているんじゃあないのかい?」


「あー、俺達はしばらく村には戻っていないんだ。へー、そうなんだ。誰が来るんだろう」

逆に話しを振られてしまい、トキトは苦しい言い訳を強いられ少し焦った。

が、店主は元々返事など期待していなかったらしく、トキトの反応などさして気にする様子もなく、普通に話を続けていく。


「なんだ、知らないのかい? でも、式まではもう二十日もないからね、ウルオスやラドオークあたりの使者はそろそろ出発する頃だろうし、もし噂が本当なら風の民の代表も決まっているはずだよ。まあ、俺たち庶民は戴冠式といっても遠くから見るだけだし、その後の祭りで騒げりゃそんな事はどうでもいい話なんだけどね」


店主はそこまで言って、まだ品物を見ているリーナに気付き、商売人の顔に戻った。

トキトに会釈して、すたすたとリーナの方へと近寄って行く。

「奥様、何か気に入ったものはありやしたか?」


店主は、何とかリーナに買ってもらおうと、片っ端から品物の説明をし始めている。

さすがに困った顔をするリーナを見て、トキトはリーナが最初に見ていたピンク色のコサージュを買う事にし、そうする事で話を強引に打ち切らせた。


思ったよりも高い代物ではあったものの、レンドローブのところから持ってきたお金から見れば微々たるものなので、金銭的には全く問題ない。

昨日トーゴに両替を頼んでおいたので、買う時に高価な金貨を出して驚かれる事もなかった。


コサージュはプレゼント用の包装にしてもらい、その包装にリボンを掛けてもらったものを、トキトはその場でリーナに手渡した。

店主が気を利かせたつもりなのか「愛する妻へ」と書かれたカードを付けて寄越したのには少々困惑したが、リーナに嫌がる様子は見られなかったので、トキトもそれは気にしない事にした。

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