ファロンデルム到着
サンビを見送った後は当然徒歩での旅となった訳なのだが、魔獣や野獣に出会う事もほとんどなく、行程は順調に進んだ。山道もだいぶ落ち着いてきた事もあり進み具合も悪くない。
それでも休みは少なめにしてできるだけ先を急いで三日ほど歩き続けると、遠くに人の気配を感じる事が出来るようになった。
さらに一日進むと、山の上から集落が見えるようになり、その翌日には山道もだいぶ緩やかになってきて、遠くに立派な城壁に囲まれた大きな都市が見えるようになる。
ファロンデルムの街だ。
街は中央に領主ファロンデルム家の居城が高くそびえ、その周囲に居住区が広がっている。そして、その居住区全体を城壁が四角く取り囲んでいる。
トールの街も同じような造りではあったが、規模が全然違う。
トールは木でできた柵のようなもので囲われていたのに対し、ファロンデルムは石造りの巨大な城壁だ。
街を守る対象が明らかに違う。
野獣程度から街を守るのではなく、敵国の侵攻に備えているのだ。
山道から街道へと降りると、ファロンデルムの城壁が遠くからでもはっきりと見る事が出来た。
その向こうにファロンデルム城の上半分も見えている。
城壁の周りは高い木は切られ見晴らしが良い状態になっていて、城壁からは近づいてくる者は丸見えだ。
街道の往来はさすがに多い。
トールのように隣の街まで行くのに何日もかかる様なことはなく、城壁が見える位置にも小さな町や村は存在する。
街道には遠くに行く者だけではなく、近くの村と行き来する者もたくさんいるようだ。
「もっとリラックスしろよ」
緊張しているトキトとリーナを見かねて、トーゴが二人に声をかけた。
トキトも初めての大きな街という事と、何より大勢の人がいる事に緊張していた。
ところが、リーナの緊張はそんなものではなかった。
もちろん、リーナにとってはファロンデルムなど過去に何度も来た事のある街だ。
いまさら城壁に驚いた訳ではない。
城壁など王都エルファールと比べればかなり小規模なくらいだ。
緊張している理由はもうすぐ城壁の東門に差し掛かるからだ。
「そんなに緊張していたらかえって疑われる。もっと普通にしていてくれ」
トーゴが重ねて念を押す。
トキトから見てもリーナが異様に堅くなっているのがわかる。
「結構早く着いたね」
サンビのおかげもあって行程は予定よりも三日も早く進み、ソウゴの家を発ってから十二日目にして、どうやらファロンデルムの街に着きそうだ。
サンビを降りてからのリーナのがんばりも早く着いた理由の一つといえるだろう。
「えっ、ええ」
リーナの緊張はかなりのもののようで、トキトの掛けた声もほとんど耳に届いていない。
「リーナもだいぶがんばったからね。あっ、これからは特にリンって呼ばなきゃだよな」
こんなところで捕まったら元も子もない、などと続けつつ、なるべく明るく言ってみるのだが、やはりリーナは黙っている。
トーゴはそんなリーナを見て小さくため息をつき、それを振り切るようにトキトに向かって言ってくる。
「早く着く事が出来たのだから、少しくらいは余裕ができたんじゃないか? まあ、俺はすぐに戻らなくちゃだから、あまり関係ないけどな」
「そうか、すぐ戻っちゃうのか。まあ、ここまで送ってくれただけでもありがたい。感謝してるよ」
トーゴもあの家を拠点に何かをしていたはずなのに、急にこんな遠くまで送らせてしまったのだ。
何をしていたのかは分からないが、トキト達のせいでトーゴの仕事はだいぶ遅れてしまった事も間違いない。
「二人には俺達のファロンデルムでの常宿を紹介してやるよ。俺はそこに一泊だけして、明日には戻る。お前たちはもう一泊ぐらいして疲れを取ると同時に情報を聞いて回ってから発った方がいい。あの宿なら、よほどのことがない限りは安全なはずだ」
「ありがとう。そうするよ。ねっ、リン」
別にリーナに振る必要もなかったのだが、少しでも気がまぎれるようにとトキトはリーナを話に引き込もうとした。
「そうですね、ありがとう、トーゴ」
リーナも二人が気を使ってくれているのが分かったのか、無理やり微笑んだ。
そうこうしている間にファロンデルムの東門に差し掛かる。
トーゴが衛士に話しかけた。
「お仕事、お疲れ様です。ファロンデルムはいつ来てもにぎやかですね」
衛士は五人いて五人とも誰かを相手にしていた。
列を作るほどではないが、街の方からも外からも次々と門を通過しようという人達がやってくる。
「身分証明をみせろ」
衛士の要求に三人分をまとめてトーゴが渡す。
「へー、風の民か。何のためにこの街に来たんだ?」
「買い出しですよ。燃料も食料も補充したいんで…」
トーゴの答えを聞きながら、衛士の視線はトキトとリーナを追っていたが、トキトの陰で俯いているリーナを見てその目を留めた。
「そこの娘、顔を上げろ」
そう言われれば、顔を上げざるを得ない。
トキトに背中を押されながらリーナが顔を上げていく。
衛士はリーナの顔をまじまじと見つめた。
リーナの背中に当てたトキトの手にもリーナの緊張が伝わってくる。
リーナは髪も黒く染めていて、ちょっと見には風の民にしか見えない。
見破られるはずはない、とは思うのだが、いざという時に備えてトキトはすぐに動けるように準備した。
「なかなかいい女だな」
衛士は下碑な笑みを浮かべながらリーナに近づいてくる。
すると、トキトが動くよりも早くトーゴが衛士とリーナの間に割り込み、衛士を押さえるようにして言った。
「ああ、その女はその男の妻なんで、手を出すとその男に何をされるか分かりませんよ。風の民は妻を大事にしますからね。ほら、身分証をよく見てください」
衛士は身分証を見直すと、チッと一言漏らし、行っていいぞ、と言いながら次の入国者の方へと向かっていった。
怖さからか驚きからか固まっていたリーナの背中を押すようにして、トーゴが先を歩いて行く。
置いて行かれそうになったトキトがあわてて駆け寄り、並んで歩きながら小声でささやいた。
「おい、トーゴ。どういう事だ。とっさの言い訳にしては手回しがいいじゃないか」
「こういう事もあろうかと、兄が手を回しておいたのだ。その方が怪しまれにくいし、常に一緒にいても誰も不思議に思わんだろう」
リーナはビクンと体を震わした。
顔は真っ赤に染まっている。
トキトが改めて身分証を見てみると、そこには「既婚者」という表記があり、妻の欄には「リン」と書いてある。
「常にって、……。まさか、宿も一緒の部屋じゃないだろうな」
すると、トーゴは歩みを止めトキトに向き直った。
「何をごちゃごちゃ言っている。トキトはリンの護衛でもあるのだろう。一緒に居なくてどうやって守れるんだ。いくら地味を装っていてもリンは美人だ。それに、滲み出てくる高貴さも隠しきれないだろう。独身だと言ったら面倒くさい事が山ほど起こるぞ。そんな事に関わりあっている暇がお前たちにはあるのか」
とっさの事でトキトは驚いてしまったが、確かにトーゴの言う事に間違いはない。
トーゴは門の方をちらと見た後、すぐにリーナの背を押して、トキトに「行くぞ」と一声かけてから、さっさと街の中へと入って行ってしまった。
トキトも、すぐにその後を追いかけた。




