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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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崖の上の道

翌日、トキトとリーナはトーゴと共にファロンデルムに向けて出発した。

シオリもルーも最初は自分達も一緒に行くと言っていたのだが、実際まともに立てない二人が険しい山道を歩ける訳はなく、治ったら直ぐに追いかけるのを条件に渋々了承してもらった格好だ。


出立前にリーナに向かい、「すぐに後を追うから、敵にも味方にも気を付けてね」などと半分おどけて言っていたシオリだが、リーナを心配していたのは本当で同行できない事をトキトにも盛んに謝っていた。


家を出ると、すぐに道は険しくなっていったが、トキトは昨日の行程で慣れた所為なのかトーゴも驚くほど難なく歩くことができていた。

リーナはさすがにその速さにはついていけないので、トキトが補助しながら進み、難所ではトキトとトーゴで交互に背負う等なるべく負担をかけないように気を付けて進んだ。


家を出た翌日の事だった。

先行して少し前を歩いていたトーゴが三本の尾を持った一匹の巨大なヤギを連れて戻ってきた。馬にも匹敵する大きさのヤギだ。

このヤギは崖などの多い山奥に住む珍しい種で、普通の人だとめったに見る事すらできないものらしいのだが、昔からなぜか風の民には協力的で、機嫌が良い時には、重い荷物や人までも彼らの背に載せてもらう事があるのだそうだ。


「お前たちは運がいい。俺達の守り神でもあるサンビが来てくれるなんてな。こいつは俺達の事を助けてくれるつもりらしいぞ」

確かに目の前のサンビは敵対する様子も見せていないし逃げる気もないようにみえる。

しかもどうやら岩場を歩くのは得意らしく、馬などは絶対に通る事ができないであろう崖の上の道も平然と歩いてのける事が出来るという。


「この大ヤギが荷物を載せてくれるっていうことか?」

トキトがそう言うと、大ヤギは目を細めてトキトを睨んだ。

「大ヤギではない、サンビだ」

トーゴがサンビの首の辺りを撫でながら訂正すると、サンビは満足そうにトーゴに頭をこすりつけた。


「姫様くらいなら軽く運んでくれるぞ」

「えっ、私これに乗るの?」

「姫様の進みが遅いから思ったよりも時間がかかるのは覚悟しなければいけないと考えていた所にこいつが来てくれたんだ。助かったと言う他はない。そもそも風の民以外の者がサンビに乗るなんて姫様が初めてだと思うぞ。ありがたく思うのだな」


言いながらトーゴがサンビの頭を叩くとサンビは足を折りたたむようにしてその場にしゃがみこんだ。

足場の悪い場所でしゃがむのは簡単ではないと思うのだが、サンビは何という事もなく普通にやってのけている。


「すごい安定感だな」

「こいつらは普段はもっと厳しい崖に住んでいるんだ。このくらいの場所なら目を瞑ってでも歩けるはずさ」

サンビの住処が崖ならば、この辺りを普通に歩ける事もうなずける。

それよりもトキトはトーゴのサンビに対する呼び方の方が気になった。


「守り神の事をこいつって呼んでるのか?」

「あ? ああ、そうだな。俺達がこいつらの事をそう呼ぶのは昔からの事だ。だからって、俺達はこいつらを軽視しているわけではない。俺達はこいつらを手にかける事は決してしないし、逆に襲われていれば助ける事だって当たり前だ。それに、荷物を運ぶのだってこいつらが納得した時しかやらせない。いや、やらせないと言うよりやってもらえないと言った方が正しいのかもしれない。気が向かなければ、こちらの意図する場所に連れてくる事さえできないのだからな」

だとすると、このサンビは今機嫌がいいという事になる。

背中にリーナが乗るのを大人しく待っているように見えるからだ。


「リーナ、乗せてもらいなよ。サンビ君のせっかくのご厚意、無駄にしたらダメだよ」

トキトがリーナの背中を押すと、リーナは恐る恐るサンビに近寄りその背中を跨いだ。


「きゃっ!」

リーナが軽く叫び声をあげる。

サンビの背中に跨った瞬間に待ちかねたサンビがすっと立ち上がったので、びっくりして声をあげてしまったのだ。


「大丈夫か?」

「う、うん。大丈夫。ちょっと驚いただけ」

トーゴは立ち上がったサンビの全身を確認し、リーナがしっかり乗っている事を確かめた。


「じゃあ、行くぞ」

トーゴを先頭に歩き出す。

するとその後をサンビがついていき、さらにその後にトキトが続くという格好になった。

サンビは紐も何もつけていないのだが、普通にトーゴの後を歩いている。

彼らの間に強い信頼関係がある事は間違いなさそうだ。


歩き出すと、確かにそれまでよりも早く進むのがトキトにも実感できた。

やはりリーナに合わせて進んでいたために、知らず知らず進むのが遅くなっていたようだ。


少し歩いた所で、リーナが感嘆の声をあげた。

「すごい。この子の上、全然揺れないの。それに、跳ねる時にはその前に少し屈んでくれて私に教えてくれるのよ。だから、崖ギリギリを歩いていてもあんまり危険は感じない。こんな動物がいるなんて知らなかった。驚きだわ」


すると、前を歩いていたトーゴが立ち止り、わざわざリーナを振り返って言った。

「これは特別な事だと思ってくれ。我々でも乗る事など、よほど機嫌がいい時でないとさせてもらえないのだからな。いつでも乗れると思ったのなら大間違いだ。そこの所は勘違いしないでくれ」


会う事も珍しいと言われるサンビだというのに、乗る機会が早々あるとも思えないのだが、この事はトーゴとしては言わずにはいられなかったという事なのだろう。


「そうなんだ。ありがとう、サンビ君」

リーナが言いながらサンビの首筋を優しく撫でると、サンビは首を少し揺らして応えたようだった。

トーゴはその様子を見て、それ以上は何も言わずに歩き出し、それを追うようにしてリーナを載せたサンビとトキトも歩き出した。


山道に慣れたトーゴが先行し、大概の野獣は事前に駆除してくれたおかげもあって、旅は順調に進んでいった。

そんな風にして、行程もファロンデルムまでの七割くらいまで進むと、足元の岩も少なくなり足場も意外にしっかりしてくるようになる。

なので、その辺りまででサンビとは別れる事にした。

サンビは、あまり山を下りるとエサもなくなるし、天敵に襲われることも多くなるのだそうだ。


結局、六日程一緒にいた事になる為、別れ際はリーナも悲しそうにしていたのだが、無理やり連れて行ってもサンビを苦しめるだけなので仕方がない、という事でリーナも諦めた様だった。

サンビはリーナを降ろすと元気に山へと戻って行った。

身軽になったサンビの足取りは軽やかであっという間に遠く離れ、消えて行った。


「あのサンビ君は俺達に合わせて歩いてくれていたんだな」

「頭もすごくいいみたいね。ずっとトーゴの後をついて行ってくれた」


「ああ、高い山の上じゃあ、あいつにかなうヤツなんていないさ」

トーゴはしばらくじっとサンビが行った方向を見つめていた。

サンビは岩山を上へ上へと登って行くと、じきに岩陰に消えて見えなくなった。

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