魔獣退治
基礎的な座学を聞いた後、リーナのお手本魔法を見せてもらおうと、ダルネスから聞いた近くの空き地まで歩いて行く途中で、遠くからミティーニが息を切らせて走ってきた。
「はあ、はあ、ちょうどよかった」
ミティーニはトキトの前まで来ると、大きく一つ深呼吸をしてから続けた。
「今、ディゴラが畑に出たの。しかも三頭一緒に。せっかく直した畑がまた荒らされそうになっているの。お願い、助けて」
トキトはシオリと顔を見合わせて一つ大きくうなずくと、ミティーニが、あっち、と指差す東門の方向へと走り出した。
追いかけるようにシオリとイチハも走り出す。
シオリがリーナとルーを振り返り、叫んだ。
「リーナとルーは宿に戻っていて!」
ふと見ると、トキトの横を何かが駆け抜けていく。
パムだ。
かけっこをしていると思っているのか三人を一気に追い越し走って行く。
「パム! 戻って! パムはリーナの所にいて!」
パムは賢い犬だった。
イチハの命令で走るのを止めたパムは、少し名残惜しそうにイチハ達の事を見送ると、やがてゆっくりと宿の方へと帰っていった。
そんなパムの視線を背中に感じながら、トキトは南門と同じくらい立派な造りの東門を抜けた。
門は、ちょうど街の人達の安全の為に閉める寸前だった。
最後に門へと飛び込んできた男にディゴラのいる方向を指さしてもらったが、ちょうど何かの木の陰になっているようで、トキトの目ではディゴラの姿は確認する事が出来なかった。
気を付けて、と言う声を後ろに聞きながら、シオリとイチハと共に男に指さしてもらった方向へと走っていくと、果物畑なのだろうか、整然と並んだ木々を超えたあたりからディゴラが二頭、その先の畑の中を無造作に歩き回っているのが見えてきた。
「いた、二頭いる。近くのやつは俺がやるから、シオリは遠くにいるやつを。イチハはもう一頭いるはずだから探して。それと、やつは正面に電撃を飛ばしてくるから気を付けて」
トキトは二人にそう指示すると、自分は一番近くにいるディゴラ目がけて駆け出した。
ここはなるべく早く片付けて、シオリやイチハの支援に回らなくてはならない。
イチハが三頭目を見つけて接触するまでの間に、目の前の一頭を何とかしてしまうのが理想だ。
大きな体のディゴラを前にしても、一度倒したことがある相手だからか、レンの血を飲んだ所為かはわからないが、不思議と不安は感じない。
早く倒さなければという気持ちがあるだけだ。
近づいていくと、相手もトキトに気が付いて警戒態勢を取った。
何かと戦って折れたのだろうか、二本ある牙のうちの一本が折れている。
つまりは片牙だという事だ。
そのディゴラの角の間の額の上が青白く光り始めた。
トキトは光り始めたのを確認するとすぐに大きく横に飛んだ。
と、ついさっきトキトがいた場所を電撃が真っ直ぐ通り過ぎていく。
微かにかすったかもしれないが、トキトに大きなダメージはない。
前回はこんなタイミングで藪の中へと逃げたので相手の油断を突くことができたのだが、ここは畑なので遮るものは何もない。
すぐに次の電撃が飛んで来る。
それをトキトは身を低くして躱した。
地面に伏した頭の上を電撃が通り抜けていく。
電撃がどこかに当たったのだろうか、後方から大きな音が聞こえてくる。
シオリやイチハの事も気に掛る所だが、今は気にしている余裕はない。
たて続けに飛んで来る電撃の、その全てを身を低くして躱していく。
そうやって電撃を躱しているうちに、トキトは地面に伏せてさえいれば、このディゴラの電撃は当たらない、という事実に気が付いた。
良く見ると、トキトと片牙の間には電撃の当たった痕は見当たらない。
どうやら、こいつは近くの地面に向かっては電撃を飛ばせないらしい。
それなら、電撃を放った直後を見計らって接近すれば一撃喰らわせてやるくらいの事はできそうだ。
トキトは身を屈めて次の電撃を待ってみたのだが、しかし、しばらく待っても次の攻撃は襲って来ない。
伏せていた顔を少し上げて様子を窺ってみる。
すると、片牙はそれを見計らったように電撃を放ってきた。
その後は口角を上げ、見ようによっては笑っているようにも見える顔でトキトの事を見つめている。
その電撃をギリギリの所で避けたトキトは、その後すぐに立ち上がった。
余裕の表情を見せる片牙を見て、トキトは頭に来てしまったのだ。
ところが、一歩踏み出したところで斜め前方から別の電撃が飛んできた。
シオリと戦い始めた二頭目の流れ弾が飛んできたのだ。
思わぬ攻撃をトキトは何とか体を捻ってやり過ごしたものの、体勢を大きく崩してしまった。
そこへ、片牙が突進してくる。
どうやら、好機到来と思ったようだ。
すぐに体勢を整えようとするが、片牙はもうすぐそこまで来ている。
一気に踏み潰すつもりでいる様だ。
トキトは、態勢を崩しながらも身体を一本だけ残った片牙の方向に、ギリギリのところでなんとか一歩、避ける事に成功した。
そして、その勢いのまま手にした剣を一気に薙ぐ。
トキトの剣はディゴラの顔面をとらえるが、逆にトキトも勢いの乗った牙に弾かれ、少し離れた畑の地面にたたきつけられた。
衝撃で一瞬息が詰まるが、鎧のおかげかダメージは小さい。
見ると、片牙は、切られた場所が痛いのか前足を振り上げ後ろ足だけで立ち上がり、上半身を大きく左右に振るようにして暴れている。
これはチャンスだ。
急いでそこに駆け寄ったトキトは、前足を上げてがら空きとなった腹部に剣を思いっきり突き刺すと、そのまま剣を大きく横に薙いだ。
片牙は大きな音をたて背中からどうと崩れ落ちた。
トキトは片牙が息絶えたのを確認すると、すぐに顔を上げ、辺りを見まわした。
シオリとイチハの状況を確認するためだ。
シオリは鼻先に三本目の角の生えている、三本角のディゴラに立ち向かっている。
トキトと同じように伏せて電撃をかわしながら反撃の機会を狙っているようだ。
トキトの相手にしていた片牙よりも、三本角は一回り大きいようで、シオリも苦戦しているように見える。
早く助けに行きたい所だ。
が、イチハの姿が見当たらない。
もう一度周囲をぐるっと見回してみても、何処にもイチハの姿が見当たらない。
シオリがいる方向とが反対側に、果樹園か何かになっているのだろうか、背の低い木々が並んでいる場所がある。
その向こう側は、トキトの位置からだと見えないので、もしかしたらイチハはそっちの方まで行ってしまったのかもしれない。
その方向からは、電撃の音もしないし青白い光も見えないので、イチハはまだ戦っている訳ではないと思うのだが、心配だ。
「イチハ! どこだー」
トキトが大きな声で叫んでみるが、イチハからの返事はない。
逆にその声に気を取られたシオリが泥濘に足を取られて転んでいる。
その隙を三本角は見逃さなかった。
三本角は体を低く身構え、すぐに突進を開始する。
体当たりして、一気に踏みつぶしてしまおうという考えだ。
三本角のスピードがぐんぐん上がって行く。
シオリは泥濘からまだ抜け出せていない。
「こっちだ、三本角!」
トキトは大声で叫びながら、目立つように剣を頭上で大きく振り回し、三本角に向かって走り出した。
それに気付いた三本角は急停止を決行し、トキトに電撃を喰らわせるべく、その頭をトキトの方に向けた。
三本角の額の間に青白い小さな稲妻が走る。
シオリから気を逸らせる事には成功したものの、トキトの位置から三本角までは、まだ距離があるので、伏せても電撃はやり過ごせそうもない。
青白い光は輝きを増し、その直後、トキトに向かって電撃が放たれる。
トキトはとっさに剣の腹で電撃を受けたが、しかしその所為で剣とともに大きく後ろに飛ばされ、その勢いのまま地面にたたきつけられた。
しかし、背中に痛みはあるものの、我慢できないほどではない。
他の部分もまともに電撃をくらった割には平気で、意識も飛んでいない。
トキトが頭を振りながら立ち上がると、三本角はすでに次の電撃の準備をしているところだった。
だいぶ飛ばされてしまったので、今から三本角に駆け寄ってもとても間に合いそうにない。
となれば、またさっきと同じように剣で電撃を捉えるより仕方がない。
そう思ったトキトは剣を身体の前に構え、三本角の三本の角のうちの、電撃の発生源である両側の二本の角を見た。
鹿のように枝分かれした太く立派な二本の角、それが前に向かって伸びていて、枝分かれした一番内側の角が額の中心方向に向かって曲がっている。
その二本の角の間が光りだすと電撃が発せられる前兆だ。
トキトはタイミングを計るべく角の間を注視した。
青白い小さな光が瞬き始める。
トキトは剣を握る手に力を込めた。
が、その光はすぐに消えて無くなった。
何が起こったのかと剣を降ろしてよく見ると、シオリの剣が三本角の右の目から頭頂部へと突き抜けている。
三本角がトキトに気を取られている隙に、シオリは三本角に接近していたのだ。
シオリの剣は三本角の頭部を貫通している。
どう考えてもあれでは即死だろう。
その剣をシオリが抜くと、三本角はゆっくりと横に倒れ始め、地面が揺れるほどの大きな音を伴って倒れ、そのままそこで動かなくなった。