行方不明
倒れた三本角の隣では、シオリがトキトの方を向いて拳を上げていた。
トキトもそれに応える様に拳を上げる。
しかし、その後すぐに辺りを見回し、やはりイチハの姿が見えない事を確認すると、シオリがいる方向とは反対の方向へと走り出した。
「イチハー、返事をしろー」
トキトが大声で叫びながら走っていく後ろから、シオリもついて来ているのがわかる。
「イチハー、どこにいるのー」
しかし、いくら呼びかけても反応はない。
だが、戦っているような音も聞こえてはこない。
少し走ると、背の低い木の立ち並ぶ林に行き当たった。
そこはやはり果樹園のようだった。
低く手入れされた木々が枝を横に伸ばすように固定され、おそらくはそこに生った実を人が収穫しやすいように作られている。
木と木の間も等間隔で、明らかに人の手で整備されている場所だという事がわかる。
枝の下には、そこに人がいればわかるくらいの隙間が開いているのだが、しかしそこにはイチハの姿は見当たらない。
なので、そのまま果樹園の中を木々の間を確認しながら通り過ぎていくと、少しして、トキトはようやく見通しの良い場所に出た。
この先はまた普通の畑が続いている。
と、少し先の畑の上にディゴラが一頭いるのがわかった。
ディゴラは蹲っているのか低く伏せるような姿勢で停止しいて、動く気配は感じられない。
急いで辺りを見回すが、幸か不幸かイチハの姿は見当たらない。
畑の畝の陰にでも隠れているのかもしれない。
トキトはそう思い、警戒しながらそのディゴラに近づいていった。
「おかしい」
少しして、トキトは何かがおかしい事に気が付いた。
今まで見てきたディゴラとは、反応が違いすぎるのだ。
もうかなり近づいたというのに何の反応もない。
トキトが戦った片牙が最初に電撃を飛ばしてきた距離などは、もうとっくに通り過ぎている。
「あれ、死んでるんじゃない」
いつの間にかシオリも追いついて来ていたようで、トキトのすぐ後ろから言って来る。
シオリもディゴラの様子を訝しんでいるようだ。
トキトは後ろは振り返らずに、警戒した状態のまま、更にディゴラに近づいていった。
よく見ると、ディゴラの額からは血が流れ出ていて、その血の流れを辿っていくと、額にまるで銃痕のような小さな穴が開いている。
このディゴラは、襲ってきた三頭の中では一番大きな体格のディゴラだと思うのだが、額の傷の他には傷が全く見当たらない事から、おそらくは一撃で倒されたのだろうと推察される。
「やっぱり死んでるじゃない。どういうこと? まさか、イチハがやったとか?」
シオリの言葉にトキトはハッとし、我に返った。
「そっ、そうだ、イチハ。イチハー。どこだー。返事しろー」
大声をあげながら周囲を見回してみるのだが、返事はない。
「イチハー、返事してー」
シオリも必死に呼びかけるが、返事どころか何の音もしない。
「どこへ行っちゃたんだろう」
そう聞かれてもトキトにもこの状況は全くわからない。
もしイチハがこのディゴラに殺られたというのなら、考えたくはないがその辺にイチハの身体が倒れているはずで、逆にイチハがこのディゴラを殺ったのだとしたら、イチハは自慢しながら飛び跳ねている事だろう
「ひょっとして、俺達以外に誰かがここにいたんじゃないか?」
トキトはふと思いついた事を言ってみた。
「どういう事?」
「イチハはディゴラと戦ったのなら勝ったにせよ負けたにせよここにいるはずだろ。でも、畑を襲ったディゴラは倒されていて、ディゴラを追っていったイチハは見当たらない。いくらイチハが魔法を覚えるのが早いからって、イチハがまともに戦いに出るのは初めての事なんだから、ディゴラの額を一撃で打ち抜く事など不可能だと思うんだ」
トキトがシオリを伺うと、シオリも、そうでしょうね、と頷いている。
「だとすると、第三者がここにいたと考えるしかないんじゃないのか? その第三者が強力な魔法を使えるか、銃のようなものを持っていて一撃であのディゴラを倒した、と考えればこの状況もあり得ない事ではない様な気がする。イチハはその人に付いていったか、あるいは……攫われたか」
「どうしてイチハが攫われなくちゃいけないのよ」
「それはわからないけど、あっ、それ、イチハの手袋じゃない?」
すぐ近くの畝の向こうに、黒い手袋が片方だけ落ちているのにトキトは気が付いた。
どうやらイチハのものに間違いなさそうだ。
「これがあるっていう事はイチハはここにいたっていう事よね」
シオリが手袋を拾って確認している。
「っていう事は、……、攫われた? 誰に? ここに誰がいたっていうの? 」
「落ち着けよ、まだ攫われたって決まったわけじゃないんだから」
取り乱すシオリに対し、トキトは逆に落ち着いてきていた。
「街は門が閉まったままみたいだし、ディゴラを撃退するために村人総出でやろうとしていたくらいだからディゴラを一撃で倒すような使い手は街にはいないはずだ。だから、誰かに付いていったにしても攫われたにしても街に帰ったとは考えにくい。という事は、街とは反対の方向に行ったんじゃないかな。あの果樹園のようなところの向こう側は俺たちが戦っていた場所だからイチハがいればわかるはず。だとすれば、反対側の森が怪しい。なにか強い気配のようなものも感じるような気がするし…」
最初トキトを睨むように見ていたシオリだったが、トキトの視線の先の森をしばらく見つめ、頷いた。
やはり他の森とは違う何かを、シオリも感じた様だ。
「どうする? 行ってみる?」
「もし攫われたとしたら俺たちが戦っていたわずかな間だ。すぐ追いかければ追いつくかもしれないけど、時間がたつとどうなるかわからない」
トキトは森の方向から目を離さずそういうと、今度はシオリに向き直り、続けた。
「だけど、街に行っている可能性もないわけじゃないし、そうでなくてもあの森に入ったとは限らない。それにパムを連れてきた方がいいかもしれない。パムは不思議な力があるようだからね。だから、シオリは街に…」
「いやよ。私も行く」
トキトが話し終わる前にシオリはそう言い放った。
そして、トキトの目を正面からしっかり見つめてくる。
「三人でこの世界にやってきて、色々な事があったけど、ここまで三人でなんとかやってきたんじゃない。私だけ一人になるのは嫌よ」
シオリの表情はいつになく厳しい。本気で言っているのが伝わってくる。
「いや、シオリを一人にするなんて、俺は一言も言っていないじゃない。パムやリーナもいた方がより確実に探せるんじゃないかと思っただけだよ。でも、それと同時に時間がたつとまずい気もする。だから、この場合は二手に別れた方がいいんじゃないかって思ったんだ」
と、そんな風に言い訳したトキトだったが、実は、シオリを遠ざけようとしたのはシオリの身の安全を確保する為でもあった。
シオリはそれを見抜いていたと言う訳だ。
「パムがいた方がいいとは私も思うわ。でも、あの森からは私も何かを感じる。もし、ディゴラを一撃で倒した奴が相手ならかなりの強敵のはずよ。追いかけるのは一人より二人の方がいいはず。違う?」
シオリはそう言いながら、トキトの前へと詰め寄ってくる。
確かに、一人より二人の方が心強い事は間違いない。
トキトは決断した。
「わかった。一緒に行こう」
言いつつシオリに頷きかけると、シオリはようやく表情を緩めた。
「そうと決まれば、早く行った方がいい。イチハの痕跡が少しでも残っているうちに」
トキトの言葉にシオリは再び表情を引き締め直す。
そして、先に走り出したトキトを追い越す勢いで、森に向かって走り出した。




