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ネクストワールド・ワンダラー  作者: 竹野 東西
第2章 エルファールの第三王女
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辺境の森

人の背丈ほどもある大きな岩がごろごろしている岩場を、一人増えて五人と一匹になった一行は一列になって歩いていた。

まだ森を抜けた訳ではないのだが、周りの木は四日前より遥かに少なくなっていて、日差しを遮るものが減り、それに加えて歩き詰めな事もあって、体感温度はかなり高く感じられるようになっていた。


「ルーちゃん、ありがとね」

イチハがルーの背中におぶさりながら、その頬をルーの紫の髪にこすり付ける。

歩くのに疲れたイチハは、ルーに背負われる事が多くなった。

イチハによるとトキトよりもルーの背中の方が居心地がいいのだそうだ。


ルーはクレバスに落ちて一時気を失ったものの、大きな怪我はなく無事だった。

助け出した直後は右足を痛がっていた様だったが、次の日には普通に歩くようになり、三日目からは疲れたと愚痴るイチハを背負って歩くようにさえなっていった。

いつも水瓶などを運んでいたので、イチハくらいの重さなら背負っていても苦にならないのだそうだ。


ルーとリーナは一緒にエルファール国軍から逃れてこの森に逃げ込んだ所をディゴラに襲われ、はぐれてしまったらしい。

ルーはリーナを救うためにディゴラの注意を引きつけようとしたようなのだが、後ろを気にしながら逃げていた所為でそこに穴がある事に気付かず、穴に落ちて気を失ってしまったようなのだ。

目を開けたら鎧を付けた剣士が目の前にいたため、追手と勘違いしてトキトを刺そうとしてしまったという。

ルーはルーで必死だったという事だ。


ルーはイチハの事を優しく背負ってくれている。

母子というには年が近すぎるので、ちょっと年の離れた仲の良い姉妹といった様相だ。


「このくらいなんという事もありませんよ。リーナ様を助けていただいた御恩の百万分の一にもなりません。それに、イチハちゃんは可愛いですしね」

「イ・チ・ハ。イチハちゃんって呼ばないでって何回も言ってるじゃない。もー、トキトだったら蹴っ飛ばしているところなんだからね」

「ごめんなさい。イチハ。つい…」

言う割にはそれほど怒っているように見えないイチハだが、もし相手がトキトなら本当に蹴っていたかもしれない。


「だいぶ景色が変わってきたのでトールの街は近いかもしれません」

リーナが周りをさっと見回してから、前を行くトキトに話しかけた。

リーナは、ようやく街が近づいてきたというのにあまり浮かない表情をしている。

追手の事を心配しているのかもしれない。


ここに来るまでリーナとルー以外の人とは出会っていないが、それはリーナの身を案じて人の居る所を避けてきた為でもある。

しかし、このままずっと人を避け続けている訳にもいかないだろう。

これまでの食事は、獣を狩って食べてきた訳なのだが、ほとんど毎日同じような肉を焼いたものだけで、野菜の類はほとんど食べていない。

食べられる草や木の実はあるのかもしれないが、その知識がほとんど皆無だからだ。

唯一、ルーが食べられると知っていた野草はあまり食べたいという気になれない味のものだった。

レンドローブの血のおかげかまだそれほど腹は減らないとはいえ、そろそろおいしいものも食べたい所だ。

そう言う意味でも早く街に行きたい。


「街が近いらしいからもう一度確認しようか」

トキトの号令で、トキトの周りにみんなが集まる。

イチハもルーの背中から降り、パムを抱き上げている。

パムは首輪をしているが、だいぶ前からリードは付けていない。

それだけ皆に信用されているという事だ。


全員の顔を確認してから、トキトは言った。

「街が見えてきたら、まず俺とシオリで風の民だと言って街に入る」

風の民というのは特定の場所に住まず、転々と移動しながら生活している人々の事を言うのだそうだ。

大きな街にはいる時には手形のようなものが必要な場合もあるそうなのだがトールの街ではそんなものは必要ないらしい。


「街でいろいろと買い物をしながら情報を集め、大丈夫そうなら宿を確保しておくから、リーナ達はその後仲間に合流する体で街に入ってくるようにして欲しい。もし、何かまずい事があれば、俺たちは買い物をしただけで宿は取らずに戻ってくる。だから、その時は三人も街には入らない様にしてもらいたい」


「イチハお留守番はいやだなー」

実はもう何度も説得しているのだが、イチハはまだごねている。

「イチハとパムでリーナとルーを守るのは大事な仕事なんだから」

シオリがそう宥めると、イチハは渋々引き下がった。


このまま五人で街に入った場合、もしリーナの事がばれれば五人とも捕まってしまう可能性が高い。

それよりは、トキトとシオリだけで街に入り様子を見たうえでリーナ達を迎えた方がリスクは少ないと言うのがトキトの判断だった。


二人だけなら、万が一街で揉める事があっても抜け出す事ができるかもしれないが、イチハを連れて行くと万が一の時のリスクが格段に大きくなる。

イチハの人懐っこさも魅力的だが、そのためにイチハを危険にさらすのはおかしいだろう。

そう判断して決めた事だった。


「もう一度聞くけど、こんな鎧姿でもそんなに不思議じゃないんだよね」

トキトは鎧姿で街に入るのに違和感が捨てきれず、もう何度目かの確認をした。

「それ、さっきも聞いたじゃない。それに、どっちみち他に着る物もないんだし」

もともと来ていた服はレンの所に置いてきてしまっているのでここにはない。

あっても鎧の方がまだ違和感がないと思うので結局意味がないがないのだが…。


「本当に申し訳ありません。わざわざこんな遠い所まで一緒に来ていただいた上に偵察のような真似までしてもらうなんて。それに、色々していただいたのに私にはあなた方に恩賞も差し上げられません。情けないのですが私はもう何も持ってないのです」


「リーナ様…」

悲しそうに目を伏せるリーナと、その姿をじっと見つめるルー。


シオリがわざと大きな声で言う。

「私たちは別に恩賞がほしくてあなたと一緒に来たわけではないわ。だから、そんな話は見当違いよ」

「そーだよ。私達もう友達じゃない。友達を助けるのなんてふつーの事だよ」

シオリもイチハももちろんトキトも、恩賞が欲しくてリーナを助けようとしている訳ではない。ただ助けたいから助けているだけだ。

二人の言葉にリーナもルーもありがとうと頭を下げた。


しかしトキトは、同時に奇妙に感じている事もあった。

何しろトキトには、ついこの間まで何年もの間、友達など碌にいなかったのだ。

ところが、今ここには四人(と一匹)も友達だと言ってくれる人がいる。

正確に言うと今の場合は、自分の事を友達だと言ってくれた訳ではないのだが、少なくとも自分の方からはそう思いたいと思う人達がここにいるのだ。

それも、皆会って十日も経っていない人達ばかりだ。

これは十日前には考えられなかった事だ。


しかし、同時に十日前には考えられないほど危険な場所にいる事もまた事実といえる。

リーナの存在がそれに輪をかけている。

それでも、イチハの言うとおりリーナも友達と思いたい人の一人だ。

危険を冒してでも守りたい。

決してリーナが美人だから助けたいとかいう単純な話ではない…と思いたい。


「なに、ぼさっとしているの? なんか言いなさいよ」

シオリはトキトがリーナに何か声をかけるものだと思って待っていたらしい。

そんなタイミングでトキトが物思いに耽ってしまった為、煽っているようだ。


「あ、ごめん。……。リーナ、イチハの言う通りだよ。俺達は別に何かを見返りに、こんな事をしている訳じゃあない。みんなが幸せに生きていければいいと思っているだけさ」

この五人の誰かが殺される事などピンとこないし、そんな事考えたくもない。


「そーだよ。イチハがリーナを守るから大じょーぶだよ」

イチハも一生懸命リーナを元気づけている。


「まずは、街が見える所まで近づく事にしよう」

そんなトキトの号令で、一行はトールに向けて歩き出した。

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