第三話 臆病ニンジャと伝説の冒険者 後編
Side B AM 9:30
任務から一夜明け、レイは宿屋の食堂でまたも、一人でコーヒーを飲んでいた。今日の日が傾く前には、学園に帰る予定だが、昨夜の打ち上げで盛り上がりすぎたのか彼女以外の冒険者達の姿はあまり見えない。
「や! おはよう。昨日はお恥ずかしい所お見せして、ごめんね」
そう言ってレイに話しかけたのはフォスターである。
「あ! おはようございます」
「オレたち『フォスターズ・フォレスト』はもう一日ここにいる予定だけど、そちらは?」
「私は今日中には学園に戻ります。授業がありますので」
「へぇ……大変そうだねぇ。先生なんて辞めて、専業で冒険者になっちゃえば? 君ならすぐにもっと上に行けると思うよ」
フォスターは昨日の同じく、レイのいるテーブルの対面に座る。
「いえ……好きでやっていますので……」
レイはフォスターの提案にやんわりと断る。
「あら、そ。ま、確かに、冒険者ダメでも潰しが利くってのは、デカイよね」
少しフォスターの目には羨望の眼差しが混じっている。
「そ、そんなつもりは無いんですが……」
「いやいや、先生としても生きられるってのは結構大きいよ? オレなんかこの道でしか生きられないから……」
「あの……失礼は承知ですが、生まれは?」
「オレ? オレはスラムの生まれだよ。ジッちゃんと二人暮らしでさ。ジッちゃんも昔、冒険者だったんだけど、腰を痛めて引退して貧乏暮しだったよ。オレの技の殆どはジッちゃんから教えて貰ったもんなんだけど、オレそれ、盗みとかに悪用してたこともあったなぁ」
「そんなことしてたんですか?」
レイは驚く。伝説と呼ばれた人物にそんな過去があるとは思わなかったからである。
「昔ね。で、盗みに入った金持ちの屋敷で、警護していたアニキにボッコボコにされたのが、俺とアニキの出会いなんだよ」
「じゃあ、金色の大鷲の最初のメンバーは……?」
「そ、オレとアニキ。その後にフラン、アレク、オリガって順だね。ああ、アレクってのはケウルライネのことね」
「で、そこから四年で解散。どうして解散してしまったんですか?」
「それは言えないなぁ。あまり人に話せる内容じゃないもん」
流石にそこを聞けるとは思わなかったが、レイは昨晩の譫言について追求してみることにした。
「昨晩、お酒で酔われながら、『アニキ、ゴメン』って言ってましたが、それと御関係が?」
そう言われ、ファスターは頭を抱える。
「あちゃー。オレ、そんなこと言ってた? こうなったら全部話しちゃおうかな、オレも区切りを付けないといけないし。レイちゃん、口は固い?」
「え、ええ。一応、教師ですので……」
「じゃ、この話は秘密ね。『金色の大鷲』が解散してからもう七、八ヶ月、誰にも話していないネタだし。話、長くなると思うから飲み物俺も頼んでからでいいかい?」
「え? ええ」
しばらくして、彼女らの座るテーブルに、ジュースが運ばれてくる。そしてフォスターはジュースで口の中を湿らせてから、周りに漏れないようひっそりと語りだす――。
――アニキはオレたちの中で、ある意味一番弱かった。オレやアレク、フラン、オリガみんなどれも一芸特化な人間なんだよ。例えば、ここだけの話、オレはアサシンじゃなくてニンジャなんだよ。これ内緒ね。だから暗殺術だけじゃなくてちょっと特殊な忍術ってもの使える。で、アレクは剣術が、フランは攻撃魔術、オリガは補助や回復魔術が超一流レベルだった。でも、アニキは別だった。アニキは超一流のモノは無かったけど、魔術や武術その両方が十分、一流でやっていけるレベルの言わばオールラウンダーなんだ。だから、それぞれの得意分野では決して敵わない。だけど実際はアニキが一番強くて誰も勝てなかった。何故なら相手、つまりオレ達の弱点を突ける立ち回りができたから。でも、オールラウンダーってのは悪く言うと器用貧乏とも言えるんだよ。だからこそ、アニキは常に誰かとの連携を意識し、オレ達が最大限に自分の力を発揮できるように立ち回っていた。お陰でアニキは自然とオレ達のチームの輪を一人で支える人物になっていた。オレたちが結成四年であれだけの事ができたのはアニキのおかげだとオレ達みんなが思ってる。でも、その分の負担は全部アニキが負っちまっていた。オレたちが解散する直前、アニキは全治四ヶ月の大怪我をしたんだ。で、そのまま『いい機会だ』ってそのまま引退しちまった。アニキのいないオレ達はそのまま自然に解散が決まったよ。もうこの五人が揃わないなら、『金色の大鷲』を続ける気にはならないって。
「……こんな感じかな? でも、不仲だったって訳じゃないからそこは安心して」
そう言ってフォスターは再びジュースに口をつける。
「それが金色の大鷲解散の真実……。そういえば昨晩、クロード・バークリーは魔法戦士だと……?」
レイはもう一つ昨晩の彼の言葉について聞いてみる。
「あ〜……それね。現状、アニキのクラスはちょっと特殊でね、一番近いのがそれだったんだ」
「へぇ……」
「できることならアニキにもう一度会って、謝りたいよ……」
「え……?」
「さて、これ以上は秘密。レイちゃんも誰にも話しちゃ、ダメだよ?」
「は、はい」
レイは恐怖した。フォスターの軽い口調の中に『言ったら、殺す』的な殺意がこもっていたからだ。
「(さ、さすが最も新しき伝説の一人)」
「もし、これ以上の事を聞きたければ、アニキ本人かフランあたりにでも聞いた方がいいかもね。ま、二人共今何処で何しているかわからないけど」
そしてフォスターはジュースを飲み干す。
「さて、オレはもう一眠りするかな? あ、ここのドリンク代俺が出しておくよ」
そう言って、フォスターは席を立ち上がり、何処かに行ってしまった。一人残されたレイはコーヒーに再び口をつける。
「(暁星のフラン、斉天のバークリー、か)」
Side A AM 10:12
「イッキシ! イェッキシ! ブェックショイ!」
「大丈夫ですか? 用務員さん」
「ああ、大丈夫ですよ」
ミーミル冒険者学園の事務室で書類整理の手伝いをしていたクロードは見事な三連くしゃみをする。
「(いったいなんだってんだ……?)」
「用務員さん、次はこれもお願いします」
「了解です」
そう言って事務員に渡された書類の束を整理し始める。
「(これ、終わったら掃除か……。時間取れるかなぁ……)」
「や、クロード」
そう言って、空き教室の掃除をしていたクロードのもとに現れたのはパウロである。
「ミスターオオタの忍術書、読み解けたのかい?」
「まだだ」
クロードは手を止めることなく、パウロの質問に答える。
「おや、どうしてだい?」
「あの忍術書にはそもそもどのような術なのかが書かれていない。書かれているのは言ってしまえば応用の仕方って言ったところか。しかも全部、文字で書かれている。絵でもあればまた少し変わるんだが……」
「ほう。具体的には?」
「多分だが、あれは分身の一種だとは思う。それも戦闘力を持った。そこまでは解ったんだが……」
「分身? 昨日の夜、少し僕の方でも調べたけど、自身の姿をコピーして映し出す幻影のようなものだっけ」
「そうだ。本来それ単体は質量を持たず、撹乱用に使うんだが、極稀に物質を媒介にすることで質量と戦闘力を持った分身を作れる。普通は土や水なんだがあいつの忍術はそれがわからん」
「因みにフォスター君の忍術はどんな技なんだい?」
「あー……どうしようかな……。お前なら話しても良いか。コーディの術は『影潜り』だ。影を出入り口にして地面の中を泳ぐように移動できるってもんだ。だから、あいつの隠密性は異常だよ」
「それは凄いけど、参考にはならなそうだね」
「あ〜わかんね!」
「引き受けたのは君だから、頑張ってね。あ、あと魔獣使いのタッカー先生が、飼育棟の金網の補修をお願いだって」
「ああ。わかった。つっても午後やる予定だった……けど……それだ!」
クロードの手が止まり、急に大声を張り上げる。
「ど、どうしたんだい?」
「それだよ! 魔獣使いだよ! 俺はコーディの姿ばっかり見ていたから、ニンジャをアサシンの系統だとばかり思っていた! それが思考を邪魔していた! クソっ! なまじ知識があるから思考が固定されていやがった! 悪い! 少し離れる!」
そう言って、クロードは仕事を中断し、用具を片付けた上で、その場から離れる。
「あ! ちょっとクロード? どこ行くんだい!?」
Side B AM 12:37
今回の報酬を受け取り、レイは帰り支度をしていた。報酬自体は相場通りだったが、今回の任務はどんな形であれ、伝説の冒険者のフォスターに顔と名前を覚えられた。彼女にとって、それは何よりも代え難い報酬となった。
「(斉天のバークリー、一度お会いしてみたい)」
フォスターの話す彼の姿はレイにとってある種、理想の姿だった。しかし、フォスターの言うとおり、現在彼が何処にいるか判っていない。
「(彼の言うとおりの人物なら何処かの国の軍にでも在籍しているかもしれない。少なくとも彼ほどの人物を人々が放っておくはずがない)」
レイはとにかく今は学園に帰ることにした。世界中から様々な人間に集まるミーミル。そこならば、何かしらの情報が得られるかもしれない。予定より少し早く彼女は宿を後にした。
「あ! あの人、自分の事、ニンジャって言ってた!?」
乗合馬車の停留所でレイはあることを思い出した。フォスターは自分のことをアサシンではなくニンジャと言っていた。同時に自分が見ている生徒にニンジャがいることも思い出された。
「(もしかしたら彼を指導するのに、参考にするべきところがあるかもしれない)」
臆病で周りとも打ち解け切れない彼をなんとかしてあげたい。その為にまずは彼のクラスであるニンジャについて知らなければならない。レイはニンジャというものをよく知らないのだ。
「(この地を後にするのは、明日と言っていた。まだこの街に居るはず……)」
急いでレイは宿屋に戻る。
「すみません、マスター。フォスターさんはまだいらっしゃいますか!?」
宿に入るなり、レイは店主にまくし立てる。
「お、おう。フォスター・フォレストはもう街を出たよ。新しい依頼を引き受けたって、さっさと行っちまった」
「そんな……」
レイは力なく項垂れる。まさか予定を変えて、街を出ているとは思わなかった。
「今日の夜には戻るって行っていたから、待つかい?」
本当はそうしたいところだが、遅くとも明日の朝には学園にいないとならない。そしてここからミーミルまでおよそ半日はかかる。待っていられない。
「いえ、すみませんでした……」
「あれ? レイ、一足先に帰ったんじゃなかったの?」
宿屋から去ろうとするレイに声を掛けてきたのはエリー・ノックスである。彼女はレイと同じく冒険者チーム『ミーミル・ティーチャーズ』のメンバーの一人であり、冒険者学校の講師でもある。
「あ、先輩」
レイにとっては学生時代からの先輩でもある。
「ええ、ちょっとフォスターさんに会いたくて……」
「あら、惚れた?」
「違います! ちょっと彼の話に指導の参考にできそうなところがあったので……」
「なるほどね。でもアンタ、羨ましい事に顔、覚えられてたじゃない。アンタの実力ならまた会う機会ぐらいあるわよ」
「そうですかね……」
「そんなもん。ほら、急いで戻るつもりだったんでしょ? そろそろ馬車が来る時間じゃない? 目的が達成できなさそうなら、さっさと次の目的に切り替える!」
「あ、はい!」
そう言って、レイは宿屋を飛び出す。
Side A PM 6:10
「ハァハァ……できた……。できた!」
「わん!」
放課後、訓練場でずっとクロードの指導を受けていた、レオンは相棒のシンペーと共に喜びを噛み締めていた。
「やるな。この短時間で会得できたのはお前の血筋と才能だ、誇って良い」
クロードはレオンを素直に褒める。
「ニーナ。こいつならお前の正面を預けられるだろう」
「ええ、これほど技を持つ方なら……」
ニーナもレオンの技を称賛する。
「ミスターオオタもよくできたけど、クロードもよくこんなの教えられたね。ミスヴィルアルドゥアンの弱点も見抜いていたし、ホント君は末恐ろしいよ」
共に指導をしていた、パウロはむしろクロードの方に驚く。
「そんなに褒めるな。だが、お前らこれで漸くスタートラインだ。気を引き締めろよ」
「「はい!」」
「わん!」
二人と一匹は元気な声で返事をする。
「さて、門限まで時間はまだあるようだし、体力も残っていそうだな……。パウロ! お前回復魔術使えるよな!?」
「うん。使えるよ。それが?」
「このまま三対一で、オレと模擬戦するから、後始末頼む」
「「「え?」」」
その場にいる全員は疑問形でクロードに返事をする。
「いや、クロード? 君、自分の強さ自覚している? 実力差ありすぎるでしょ」
パウロがクロードに辞めるよう説得する。
「なぁに、俺は棒術のみで二人と一匹を相手するんだ、問題ねぇだろ」
クロードはやる気マンマンだ。しかも、生徒二人はクロードの強さを知ることができると嬉しそうだ。
「僕、やります!」
「用務員さんほどの方と手合わせ願えるとは、光栄ですわ」
「二人共、どうなっても知らないよ……」
パウロはもう諦めたようだ。
「よし! じゃ、ちょっと俺も武器使わせてもらうか!」
そう言って、クロードは倉庫から訓練用クォータースタッフを取り出してくる。そして二人と一匹の前でそれを構える。
「さて、さっきも言ったが、ハンデで魔術は使わねぇ。もちろん補助魔術による、バフ、デバフもしない。さぁ、どっからでもかかってこい!」
「「はい!」」
ニーナとレオン、シンペーはクロードにかかって行く。
「(どう考えても、元S+級で竜鱗勲章も持っているクロードに勝てるわけ無いでしょ)」
パウロはそう思うが、彼は半ば自棄糞になっているので決して口には出さない。
当然、一分も経たずにクロードの圧勝という結果に終わる。
「この人、なんでこんな所で用務員しているんだろう……?」
「ワフゥ……」
「凄い……これが最も新しき伝説……」
ボロボロになったレオンとシンペーはそうクロードに疑問を抱き、女性であるということでクォータースタッフの一撃を寸止めされたニーナは、その実力に敬意を払う。
「なんだ、お前ら、せめて二分は保てよ」
そして勝利したクロードは涼しそうな顔でそう言い放つ。
「二人共、自身無くさないでね。このバカが異常なだけだから……」
パウロはレオンとシンペーを治療しながら慰める。
「いえ……目標となる人ができてよかったです!」
パウロは「いや、このバカを目標にするってことはヘッド級竜鱗勲章をもらえるぐらいになるってことだよ!?」と声を大にして言いたかったが、レオンはクロードの正体を知らないため、グッと堪えた。
「ええ、私もこれぐらいの人になりなさいとお兄様から言われておりますもの。その壁がどれほどのものか知ることができて良かったですわ」
そのニーナの言葉を聞き、クロードは「あいつ、余計なこと言いやがって……」と言葉を漏らす。
「まったく……。ま、そんなんじゃなきゃ、冒険者には慣れない、か。さ、もういい時間だ。今日はもうこれお開きだ」
そうパウロが言い、訓練は終える。
「あ、用務員さん。明日の戦闘実技の授業にも模擬戦をやるんです。ぜひ、見に来てください」
レオンはクロードに頼む。クロードも「時間が取れたらな」といい、了承する。
Side B AM 9:50
「はい! では、今日の授業は二対二の模擬戦となります。原則、前衛クラスと後衛クラスで組む形となりますが、固定のパートナーがいるならそれでも構いません!」
レイが任務から帰還した翌日、彼女は授業の為闘技場に居た。本来、戦闘実技の授業は訓練場で行うが、今日は二年生の模擬戦を授業なので学園の敷地内の闘技場で行われる。
生徒達は威勢の良い返事とともに、今回の授業のパートナーを決め始める。
「ミスターオオタ。ご一緒させて貰っても?」
「ヴィルアルドゥアンさん、こちらからもよろしくお願いするよ。昨日の訓練の成果、ここで出そう」
「ワン!」
レイはニーナとレオンが組んでいたことに驚いた。何せあの二人は戦闘実技の授業の成績は下から数えたほうが速い二人だからだ。しかも、レオンは普段使っている短剣を装備せず素手であり、彼の飼い犬とともに授業に出ている。
「レオン君。あなたの普段使っている武器は? それにこの犬は?」
レイは思い切って、レオンに尋ねてみる。
「あ、デーロス先生。あれはやめました! 今は、このシンペーが僕の相棒であり、武器です!」
「そ、そうですか……」
正直、言っている意味がわからなかった。
「(最下位はこのコンビになりそうですね……)」
それでも彼女はこの二人が全敗に終わったら、容赦なく落第にすることを心に誓った。
「(あれ? 彼処にいるのは……?)」
レイは何かに気付き、闘技場の観客席を見る。そこにいたのはクロードとパウロだった。
「(何故ここに……?)」
Side A AM 9:55
「お、やってる。やっぱりあの二人組んだようだね。ん? どうしたんだい、クロード?」
パウロは闘技場の観客席に座り、妙にげんなりした顔しているクロードに何があったのか尋ねる。
「また、面倒くさい人の授業なんだよなぁ……」
「あぁ……。デーロス先生、君の正体を探るのに躍起だもんね……正直に言っちゃえば?」
「ヤダ。それはそれで後が面倒臭い」
「あっそ。ま、それはそれで面白そうだから僕はいいけど」
「お前ってやつは……。まぁいいや。お、彼奴等最初か」
闘技場内でレオン、シンペー、ニーナのチームが前に出る。どうやら相手は魔術師と剣士のスタンダードなコンビのようだ。
「おや、あの二人の相手、多分二年じゃ一番強い相手じゃないか」
パウロその相手を見てクロードに伝える。
「ほう、だが問題ねぇだろ」
半笑いでクロードは返す。
「おや、自分の指導に自信アリかい?」
「と、言うより、わからん殺しだな。正直、前情報なしでレオンと戦ったら俺でも辛かったかもしれん」
「へぇ……君がそういう事言うんだ」
パウロは意外そうにクロードを見る。
「俺、魔獣使いと相性悪いから……」
「あー。なるほどね」
パウロは納得したようだ。
Side B AM 10:00
「フッ。まずは一勝いただきだね」
「ジェラール、いくらあの二人でも油断するなよ」
「解っている、パスカル」
どうやらこのコンビはもう勝った気でいるようだ。審判を務めるレイも剣士ジェラールと魔術師パスカルのコンビが勝つと思っている。いくらレオンがシンペーと共に戦ったとしても、だ。
「さぁ、行くよ。シンペー、ヴィルアルドゥアンさん」
「ワン!」
「はい! ミスターオオタ。補助は私にお任せくださいませ」
一方、この二人も自身に満ち溢れている。
「(わたしの居なかったこの三日間の間に何が?)」
レイはその二人の姿に疑問を抱く。しかし、全ては結果が教えてくれる筈だ。
「いざ、始め!」
レイの掛声とともに戦いの火蓋は切って落とされる。
「行くよ! 『獣人分身』!」
その直後、レオンは手で印を型取り、彼とシンペーの周りに煙が漂う。周りの人間からでは、煙に隠れ彼らの姿はまったく見えない。
「(何を? な……!)」
煙が晴れ、そこにいたのは体勢をやたら低く構えた、レオンが二人居た。シンペーの姿は何処にいない。どうやらシンペーがレオンとまったく同じ姿に変身したらしい。
「なんだと!」
「こんな手が……」
相手の二人も動揺を隠せていない。
「『豪腕』『疾風』。さぁ、強化は終えましたわ!」
ニーナ杖を構え、二種類の強化魔術を二人に掛ける。
「ありがとう。さぁ、見せてあげるよ。父さん達に教えて貰った僕の技」
そう言い、レオンは拳を構える。
「『相棒であり、武器』……」
レイはその言葉の意味を理解した。彼女は何かに気付いて、観客席のクロードを見る。彼はやたら満足そうな表情で、二人となったレオンを見ていた。
Side A AM 10:01
「『獣人分身』。自分の相棒である忍犬を媒介とした分身術……。魔獣使いとはよく言ったもんだよ」
観客席からレオンの様子を見ていたパウロが呟く。
「水や土を媒介にして作っても、それは命令に忠実なゴーレムでしか無い。しかしこの術は違う。分身となった犬はその主への忠実さに加え、獣の勘を持って主の戦いに加わる」
クロードそれに補足する。
「クロードが読み解けなかったのは、普通の分身とは明らかに質が違うからだったんだね」
「そういうこと。だが、まぁよくこの場で成功させたもんだ。第一関門は突破って所か……」
Side B AM 10:07
「速い……」
レイはレオンの戦い振りに思わず、言葉を漏らす。
「クソっ……」
ジェラールは二人がかりで攻められ、どうすることもできない。相手は素手なのに、この二人――いや、一人と一匹である――は、恐るべき連携を持ってジェラールを畳み掛ける。
「ジェラール! いま、助ける!」
「させません!」
パスカルが、魔術の詠唱を始めるがニーナが魔術で作った石礫でパスカルを狙う。
「くっ! 小賢しい……!」
躱すのは簡単だが、それでも詠唱の邪魔にはなる。
「バウ!」
その隙に、二人のレオンの片割れ――こちらはシンペーが変身したほうだが――はパスカルに襲いかかる。
「ウワァァァ!」
「しまった! パスカル!」
ジェラールは一瞬、パスカルに気を取られる。
「余所見している場合かい?」
レオンはその隙にジェラールの懐に潜り込み、見事なアッパーカットを決める。
「カハッ!」
ジェラールはその一撃に昏倒し、シンペーに襲われたパスカルもマウントポジションでタコ殴りにされ、どうすることもできない。
「それまで!」
レイが終了の合図を出す。
「シンペー。解除!」
合図を聞いた、レオンはシンペーに命令し、レオンの姿をしていたシンペーは元の犬の姿に戻り、主の横に向かう。
「勝者……ニーナ、レオン組……」
レイも驚きを隠せていない。
闘技場には異様などよめきが漂っていた。
「は、反則だ!」
昏倒していたジェラールを抱たパスカルが、レイに抗議する。
「ルールでは二対二なのに今のは明らかに三対二じゃないか!」
同じ授業を受けていた生徒の半数近くは彼の言葉に同意する。
「いえ、反則ではありません! 彼はこの犬を自分の武器である、と言いました。事実、彼はそれ以外の武器を持っていません! 言わば人形遣いの人形、魔獣使いの魔獣と同じようなものだと判断します!」
レイは生徒全員にそう伝える。パスカルの抗議は認められず、他の生徒もレイの言葉に納得する。
「まして、あなたは実際の戦闘で多勢に無勢となったとき、反則だと抗議するのですか? この模擬戦は万が一のことも考慮し、ルールを設けていますが実践ではルールなんてありません」
そう言われ、パスカルも完全に黙ってしまった。
「では、改めて。今の勝負、ニーナ、レオン組の勝利!」
今度は声高らかにレオンとニーナの勝利を宣言する。その言葉に他の生徒達も大きく盛り上がる。
Side A AM 10:15
「勝ったね」
「ったりめェだ! 俺が教えたんだぞ?」
パウロは、自信満々にそう答えたクロードの様子を見て笑いながら語り始める。
「ミスターオオタが父親から教わったものの全ては獣人分身を使ったときの戦法。だから、術そのものを会得すればあとは、なし崩し的に様々な技を身につけ、一気にレベルアップできる。ミスヴィルアルドゥアンは知識と技術はあるけど、お嬢様育ちが長いせいで戦いの空気そのものに耐えられずパニックになってしまう。だから、前衛の人物を信用し、自らの身の安全を任せきってしまえるようになれば悠々と戦える。よく気付いたもんだよ」
クロードは同級生からの質問攻めに合っている、レオンとニーナを満足そうに眺め、返事をする。
「まぁな。『金色の大鷲』の奴らは、一癖も二癖もある奴らが集まっていたから、ちゃんとお互いのことを判っていないとチームワークがすぐ崩れちまう。その経験が活きたよ」
「約一年観ていてそれに気付けなかった、僕達講師陣の面目が無いよ」
「しょうが無いんじゃねぇの、彼奴等が特殊過ぎる。貴族が冒険者やるって普通は男ばっかりだし、ニンジャなんてクラスが特殊過ぎる」
「君がそう言ってくれると、助かるよ」
「さて、俺は行くかね」
そう言ってクロードは立ち上がる。
「おや、良いのかい? 他の試合を見ていかなくて」
「目的は済んだ。仕事に戻らないとな」
「あっそ。じゃ、頑張ってね」
クロードはその場から立ち去り、パウロの言葉に手だけで答える。
Side B PM 0:32
授業を終えたレイはすぐにレオンに話を聞くことにした。レオンはまだニーナと何かを話しているようだ。
「失礼、レオン君。君はいつあの技を会得したのですか?」
「あ! 先生、昨日です。えっと父の残した忍術書を何とか読み解いて、昨晩漸く会得出来たんです……」
「なるほど……。では、出来ればそれを見せていただけないですか?」
レオンは言葉に詰まっているようだが、「秘伝ですので」と断った。レイはもう一つ気になること、彼と用務員であるクロードとの関係について尋ねてみた。
「ああ……その……用務員さんはよくシンペーの面倒を見てもらっていたんです。それで用務員さんの手伝いをしていたニーナさんとも仲良く慣れたんです」
「そうですか……。それでは手間を取らせましたね。聞きたいことは聞けたのでもういいですよ」
「はい!」
レイはその場から去る、ニーナとレオン、シンペーの後ろ姿を見送る。
「(『よく面倒を見ていた』……? そんな様子はあの人には無かった。わたしの知らないところでの話だろうか。それとも彼は何かを隠している? 少し監視を強くしてみよう……)」
Side A pm 4:46
「あ、あの……ほ、本当にありがとうございました……」
放課後の用務員室、そこにはクロード、パウロ、ニーナ、レオン、そしてシンペーが集まっていた。
「どうした、レオン? そんな妙に固くなって」
実際、彼の姿はやたら緊張している。
「あ、あのまさか用務員さんが、あの『斉天のバークリー』だと……」
その言葉を聞き、クロードは凄まじい剣幕でニーナに詰め寄る。
「おい! ニーナ! 口外するなつったろ!」
「も、申し訳ございませんわ……つい……」
「はぁ……ついじゃねぇよ……」
クロードは頭を抱える。また、ニーナもクロードに威圧され腰を抜かしている。
「アッハッハッハ! こりゃ、デーロス先生にバレるのは時間の問題だなぁ!」
パウロは爆笑している。
「あ、あの大丈夫です! 僕は父から『能ある鷹は爪隠す』と教わっています! 本当に能力のある人はその力をいざという時まで隠すものだと……。だから僕は決して口外しません」
「はぁ……ならいいけど……」
クロードは椅子に力なく座る。
「あの……用務員さん。またここに来ても良いですか? 僕、用務員さんからもっといろんなこと教わりたいです!」
「それは私も同じく、教えを請いたいですわ!」
レオンとニーナがクロードに尋ねる。
「だってさ、クロード」
「俺は仕事の邪魔しないことと、俺の正体をむやみに口外しないことを守れればいいよ。ニーナ、今回だけは許してやる」
「お見逃し、感謝いたしますわ」
「だが、一つだけ。パウロ、講師として俺が指導することはどうなんだ?」
「ん? 僕は別に構わないよ。むしろ、君が来ることでこうなることを少し望んでいたぐらいだ」
「あっそ」
「では、これからもよろしくお願いします!」
「ま、当然レイ先生の監視のないところで、だがな」
そう言ってクロードは窓の方を見る。
「「?」」
「ああ、居るねぇ。大丈夫かい?」
パウロがクロードに尋ねる。
「俺の能力を忘れたのか、パウロ? 防音ぐらいお手のものだ」
「そういえば、そうだったね。こりゃ失礼」
クロードとパウロの会話にレオンとニーナはまるでついていけていない。
「ワン!」
Side B PM 5:02
「何も聞こえない……」
窓の外でログハウス内の会話を聞こうとするレイの耳には何も届かない。
(注)
クォータースタッフ:西洋における武器としての棒。一般的に二メートルから三メートル。
バフ、デバフ:MMORPG発祥の言葉で、それぞれ強化する補助魔法と弱体化させる補助魔法のこと。