第二話 臆病ニンジャと伝説の冒険者 前編
Side A AM 11:30
学生寮から校舎へと向かう道。そこは色とりどりの花が植えられ、見るものを楽しませる。そしてその花壇の整備も立派な用務員の仕事である。
花壇の雑草抜きを終えたクロードは額の汗を拭い、一息ついた。
「ふう……。取り敢えず、これでいいだろ。今日はストーカーがいないから気が楽だ」
先日の夜の見回りの一件から彼はレイにストーキングされるようになった。見られて困るようなことはしていないが、レイは暇さえあればクロードを監視しているのでまるで気が休まらない。
しかし、今日は大丈夫である。レイはモンスター討伐の依頼を受け、昨日から数日は学園を離れている。
「さて、次は中庭の芝生と花壇の整備かな……。ん?」
クロードは後ろに何者かの気配を感じ、後ろを見る。しかし、そこには誰もいない。そのまま視点を下に向ける。
「ワン!」
犬がいた。鼻先からお腹にかけて白いが基本は茶色の毛の色をしたやや大型の犬である。
「犬!? なんでこんなところに? 野良じゃあねぇよなぁ」
その犬の首にはしっかりと首輪がされている。
「シンペー! 何処だー!」
遠くから男子生徒の声がする。
「あ! シンペー! そこに居たのか!」
「ワン!」
その声の主である男子生徒はこちらに向かってくる。どうやらこの犬はシンペーというらしい。
「君! この犬の飼い主は君かい?」
クロードは犬に走り寄ってきた男子生徒に声を掛ける。男子生徒は息を整えながら答える。
「はい……! シンペーを見つけてくださってありがとうございます、用務員さん」
「ああ……いいよ。気がついたら俺の足元に居たんだし。それより君は?」
「あ、はい! 二年のレオン・オオタと言います。クラスはニンジャで……」
「ニンジャ! へぇ、それは珍しい。それに苗字もあまり聞かないな。ってことは親族にヤマト出身者が?」
『ヤマト』とは『大陸』の遥か東の方にある島国のことである。
「はい! 父上がニンジャで、僕はその技を受け継いでいます」
レオンと名乗った生徒は、シンペーという名の犬を撫でながら答える。
「へぇ……オオタくんね。君の名前と顔、覚えたよ。じゃあシンペーって犬は忍犬かい?」
「え!? そうですけど……なぜ忍犬だと……?」
レオンは意外そうな顔をした。忍犬とはニンジャの相棒として飼われる犬のことである。この大陸ではニンジャの知名度はかなり低い。まさか只の用務員である筈のクロードが、忍犬の存在を知っているとは思わなかったようだ。
「う……あー……。昔の知り合いに聞いたことがあるんだよ……」
クロードもしまった、と言いたげな顔をして答える。
「へぇ、だからはあまり知られていないはずのニンジャのことも……」
「そういうこと。それより、今の時間は授業中じゃなかったか? こんなところに居て良いのか?」
「あ、そうだ! 授業に戻らないと! じゃあ、用務員さん僕はここで!」
そういってレオンはシンペーとともに校舎に走って戻って行った。
「我ながらよく信じてもらえたな……。ニンジャか……。そういえばあいつ、元気かねぇ……」
そう言って、クロードは空を見上げる。
Side B AM 11:30
ミーミルから離れ、とある街の冒険者が集まる宿。モンスター討伐の依頼を受けたレイは少し早めの昼食を取っていた。今回の任務は幾つかの冒険者チームの共同任務であり、この日の夕方にオークの巣に奇襲を仕掛ける手筈になっている。その為、彼女はそれまで一人でゆっくりするつもりである。
また、彼女は今回の任務で楽しみにしていることがあった。それは一年ほど前に解散した冒険者チーム『金色の大鷲』のメンバーの一人だったフォスターと共に仕事ができる、という事である。
――金色の大鷲。『勇者ケウルライネ』『暁星のフラン』『斉天のバークリー』『影風のフォスター』『聖女オリガ』の五人からなる冒険者チームである。
世界各地で難攻不落とされた数多くのダンジョンを制覇し、数々の凶悪な魔物を打ち破る等、その高すぎる功績が元でメンバー五人全員が二十代という若さでヘッド級竜鱗勲章を授与されている。しかし、勲章の授与直後にチームは解散。現在も冒険者を続けているのは、『影風のフォスター』と呼ばれたコーディ・フォスターのみである。
解散後はその偉大な功績と活動期間四年という短さから、人々から『最も新しき伝説』と呼ばれ、未だに彼らに憧れて冒険者となる人々も多い。
レイがコーヒーを飲みながら、ゆっくりしていると。一人の男性が近づき声を掛けてきた。少し軽薄そうな男である。
「へぇ……君が学園ギルドの天才かい? まさかこんなカワイコちゃんとはねぇ……。ちょっとお話しない?」
「あなたは? 少なくとも今は仕事前ですのでどんなお誘いも受けるつもりはございません」
レイは不快そうな態度を隠さず、冷たく突っぱねる。
「そりゃあ、共同任務の直前に遊ぼうって誘うバカは早死するのが末路だからね。でも、一人でいるのもいただけないかな? 同じ仕事するメンバーと交流してそいつがどんな能力を持っているのか把握しとかないと、連携がとれないよ?」
男は少しからかうような態度で返す。
「!? ということはあなたも今回の任務に?」
レイは態度を改め、尋ねる。
「そ。オレ、フォスター。コーディ・フォスター。多分、オレを抜くと君が一番今回の共同任務で強そうだから、声を掛けさせて貰ったよ。ま、普通に君みたいなカワイコちゃんにお近づきになりたいってのもあるけどね」
「え? ええ! あ、あなたが!?」
「おんや? オレのこと、ご存知? こりゃこんなカワイコちゃんに知られているって嬉しいねぇ〜」
そう言ってコーディはニヒヒと笑う。逆にレイは些かショックだった。伝説の冒険者の一人がこんな軽薄そうな男だったとは思いもよらなかったからだ。
「まさか、あなたがあのフォスターだなんて……」
「ありゃ? ご想像と違った? そいつはゴメンね。それよりオレ、君の名前を聞いてないんだけど?」
フォスターは、動揺を隠しきれていないレイの様子に対し、軽快に返す。
「し、失礼しました! 私はレイ・デーロス。学園ギルドに所属するハンターで、冒険者学校の講師も兼業しています」
「ご丁寧にアリガトね。噂は兼ね兼ね聞いてるよ。じゃ、今回の任務について事前打ち合わせみたいなことしときたいんだけど。いい?」
「え? ええ」
レイは少し緊張しながら、フォスターと今回の共同任務について話し合うことになった。
Side A PM 4:17
放課後、用務員室には毎度の様に暇つぶしにやってきたパウロと一週間以上経ったのにも関わらず、クロードの手伝いにやって来るニーナが居た。
「パウロそれにニーナさん……。ここを溜まり場にするんじゃねぇ」と言いつつも、しっかり来客としてもてなしているクロードもクロードである。
「えー! だってクロードの入れる紅茶、美味しいんだもん」
「ストーン先生の言うとおりですわ。ウチの執事に入れさせる紅茶と勝るとも劣りませんもの。用務員さんのお手伝いをして、このお茶を頂けるのならば私は毎日だって来ますわ。あと用務員さん私はニーナで宜しいですわ」
「はぁ……。しょうがねェなぁ……。あ、そうだ! 折角だ、お前らレオンって生徒知っているか? 犬を連れている……」
「レオン・オオタくんだね。知っているよ」
「御存知ですわ。同じ学年ですもの」
「ま、そりゃそうか」
「急にどうしたんだい? クロード」
「ああ、昼前にな……」
そういってクロードは日中に起きたことを話し始めた。
「……ってことがあってな。いったいどんな生徒なんだろうって思ってな……」
「へぇ……。私はあの者はあまり好きではありませんわ」
最初にニーナがレオンの印象を語る。
「ん? なんでだ?」
「あの者には勇敢さがありませんわ。いつも戦闘実技で負けてばかりで、動きも臆病過ぎると先生方から怒られていますわ。」
「おやおや、ミスヴィルアルドゥアン。君も戦闘実技は褒められたものではないだろう? まぁ、でも。同じ学年の生徒からその臆病さが原因で打ち解けて切れていないところはあるね。いじめに発展しないように目を光らせるのが大変だよ」
パウロもそこに続ける。
「あら、ストーン先生。もう遅いですわ。男子の間ではかなり酷い虐めを受けているようですわ。」
「……だってさ、パウロ」
「……職員会議の議題として出させてもらうよ」
パウロは頭を抱えながら答えた。
「しかし、あの者もあの者ですわ。あれではやられても仕方ないと思います」
クロードはニーナの言葉に何か言い返そうとしているが、少し言葉を選んでいる様子だ。だが、意を決したようで口を開く。
「はぁ……。ま、いっか。彼が臆病で弱いのはある意味、しょうがねェことだと思うぞ」
「ほう……なんでだい? クロード」
パウロもクロードの言葉に興味を持ったようだ。
「お前ら二人共。ニンジャをあまり知らないだろう?」
クロードが二人に尋ねる。
「ええ、あまり……」
「そうだね。珍しいクラスだから……」
二人とも詳しくないようだ。返答を聞き、クロードは二人に説明を始める。
「ニンジャってのは、ヤマト特有のアサシンの一種だ。俺は個人的にだが、ニンジャはアサシンの上位互換に近いと思っている。ある程度の住み分けはあるけどな。アサシンのような俊敏性と隠密性に優れた暗殺術だけじゃない。どの魔術や剣術、武術とも異なる『忍術』という特殊な戦闘術を持っている。しかもこの忍術、一子相伝で実際に見てみるまでどんなものかわからねぇ。だからあいつ、今はこの学校の生徒で最弱かもしれんが、ちゃんと訓練すれば逆に最強になれるだけの素質があるぜ」
「なるほど。アサシンに近いクラスですか……。確かに、アサシンには臆病さを持つ事も肝要と座学で習いましたわ」
「そういうこと。だが、厳密にはアサシンとニンジャはかなり違う。ニンジャの動きや技なんてこの学校の先生で教えられる人間がいるわけがない。本来なら、ニンジャの技を会得した人間に弟子入りして教わるものだ」
「へぇ……よく知っているね。でも、なんでそこまで知っているんだい?」
「あいつには知り合いって言ったが、実際には昔の仲間にいたんだよ。表向きはアサシンってことにしていたけど……」
「まさか、その方とは……?」
ニーナがクロードに尋ねる。
「そ、『影風』と呼ばれた男、その人だよ」
「かつての仲間に? では、やはり……あなたは……」
「なるほど……。って、クロード。いいのかい? ミスヴィルアルドゥアンにそんなこと言って」
「ヴィルアルドゥアンだからだ。俺のこと知っているようだし、下手に隠してもボロを出すだけだろ。但しニーナ、口外はするなよ?」
「はい。心得ております。しかし、何故今は姓を変えズルワーンと?」
「あ、今更だけどそれは気になるね。どうしてだい? 過去を隠したい、ってだけじゃないだろう?」
「面倒いからヤダ。しっかしなぁ……」
クロードは何か考えこむ。
「なぁニーナ、頼まれごとをしてくれないか?」
「私にできることなら、構いませんわ」
「レオンをここに連れてきてくれないか」
「クロード、まさか君……」
パウロが尋ねる。
「このまま、放っておくのも後味悪ぃだろ。少しでもニンジャのことを知っている人間の指導を受けたほうがいいだろ」
「まったく。君の悪い癖だよ? そう言う他人を放っておけない所」
「自覚しているよ」
Side B PM 4:50
日も傾きかけ、共同任務に参加する人間はもう既に現地近くにに集まっていた。
「レイちゃん。じゃ、打ち合わせ通りに頼むよ。今日の夜は打ち上げで飲み明かしたいからね」
フォスターはそう軽い口調でレイに話しかける。
「はい。大丈夫だとは思いますが、フォスターさんもご武運を」
「ニヒヒ! カワイコちゃんにそう言われちゃあ。頑張っちゃおうかな?」
そして、攻撃開始の号令が発せられる。レイは剣を抜き、フォスターは鼻まで隠す黒いマスクをする。
「では行きましょう」
レイがそうフォスターに話しかけた時には、そこに彼の姿は何処にも無かった。
「(速い……! さすが……影風……)」
レイは感心するが、すぐに自分も突撃を開始する。
オークの巣の洞窟入り口に魔術や矢などの遠距離攻撃の雨が降り注ぎ警備兵が倒されていく。そして次に近距離戦闘を主にしたクラスの人間達が洞窟に切り込む。
先陣を切るのはレイだ、魔法戦士だけあり、己の剣技に魔力を乗せ、一撃でオークを葬り去る。さすが、学園の天才と呼ばれるだけあり、華麗かつ無駄のない剣技で次々と敵を切り捨てていく。そしてその彼女の姿に周りの冒険者達も鼓舞され、オークの集団を押していく。奇襲は完全に成功した。
「次!」
レイは既に両手では数え切れない程のオークを切り捨てている。
「先陣下がれ!」
号令の声が響く。レイはその言葉通りに周りの戦士とともに下がる。その次の瞬間、灼熱の魔術が敵集団を焼きつくす。
レイはその隙に、周りを見渡す。フォスターの姿が何処にもない。彼の現在のチームメイトの姿は所々に見えるのに彼だけが何処にもいない。
「(あれから一切姿を見せていない……。いったい何処へ……?)」
しばらく、戦闘が続き、過半数は倒した頃だろうか、洞窟の奥のほうから一人の人間が出てきた。先程から姿の見えなかったフォスターだ。彼はもう既に武器である一対の小剣を腰に収め、やたら豪勢な装飾が施されたオークの首級を持っている。それを見て、オーク共の動きが止まる。
「おーおーおー。やっぱこれキングか」
そして先ほどまでと打って変わって真面目で大きな声を出し、冒険者たちに号令を出す。
「全員攻撃やめ! キングは討ち取った! 戦意をなくした奴らを倒すんじゃねぇぞ!」
次はオークたちに向けて声を張り上げる。
「オーク共! ここから退去し! 人里から離れるのであればこれ以上、命は奪わん! 武器を捨て、必要な物だけ持ちここから離れろ! 後ろから襲うものあればこのオレが責任を持ってそいつ斬る!」
人もオークもフォスターの言葉通りに動き始める。オークたちは武器を捨て、人間たちは武器をしまう。
レイはフォスターに近づき声を掛ける。
「あの……その首は……?」
「あらレイちゃん。返り血で美人が台無しよ? これ? オークキング。洞窟の奥に居たからさっさと討ち取ってきちゃった」
フォスターは相変わらず軽い口調で話す。先ほどまで人やオークに大きな声を出した男と同一人物とは思えない。
「オークキング! 大抵、ものすごい警備がなされ、かなりキング自身も強いはずですが……?」
オークキング。通常ならばオークの群れのリーダーはオークロードと呼ばれる個体だがそれよりランクの高いオークたちの王である。その実力は普通のオークに比べ、遥かに強い。
「そこはオレのここよ!」
そう言ってフォスターは腕を叩く。
「ま、でも。昔の面子がいないから本気のオレをお見せ出来ないのは残念だけどね。特にアニキがいないのは辛いよ……」
「あの兄貴って……?」
『金色の大鷲』のメンバーだということはわかるが、誰のことなのかがわからない。
「それは……後で。オークの撤退が済んだみたいだから、オレたちも引き上げよう?」
レイはそれに頷く。取り敢えず今は無事に帰還することが先決だ。
Side A PM 5:30
「お連れいたしましたわ」
「おう。ありがとうね」
「あの、何故僕はここに?」
レオンは急に用務員室に連れられてきて、どういう状況なのか判っていない。横には彼の相棒であるシンペーもいる。
「ミスターオオタ。彼はこの学校じゃ、多分、一番君のクラス、ニンジャについて解っている。だから少しでも彼の指導を受けた方がいいだろうと思ってここに来てもらったんだよ」
パウロがクロードの紹介がてら説明する。
「え! 本当ですか!」
レオンが目を輝かせ、クロードのことを見る。
「当然でしょう! この人を誰だと……」
「ニーナ、ストップ。それ以上は言うな」
クロードは釘を刺す。
「あ! 申し訳ございませんわ……」
「まぁいい。とはいえ昼に話したと思うが、俺の知り合いに忍者がいてな、そいつを見て思ったこと、そしてそいつが話してくれたことを君に教えてあげられるだけだ。過度な期待はしないでくれると有り難い。」
クロードはそう前置きを置く。
「いえ! それでも構いません!」
「有り難い。あと二つほど質問に答えてくれるか? 君の師は父親で良いのか、それと君はその全ては受け継いでいるのか、この二つだ」
「はい。あの……僕の師は確かに父ですが、僕の修行中に亡くなって……。僕はニンジャのこと、特に父の得意だった忍術を教わったわけではないんです。幸い父が忍術書を残してくれたので。ある程度までは勉強できたのですが……」
レオンは質問に答える為、自身の身の上を語りだす。
「一子相伝の辛いところだね。全てを教えきる前に師が亡くなってしまう。それで失われた技術や魔術はあまりに多いよ……」
パウロが無念そうに答える。
「だが、まぁそんなところだろうと思ったよ。だが、お前はそれでいいのか?」
クロードがレオンに尋ねる。
「はい……。僕自身は何を言われても仕方が無いんです……。父が生きている内に全てを会得できなかった僕が悪いんですから……」
しかし、その言葉は震え、目には涙も浮かんでいる。
「だが、それはお前の師である父やその相棒のシンペーとやらの名を汚すことに繋がりかねねぇぞ?」
「それは……嫌です! 父は僕の誇りだ! シンペーだってこんな僕を見捨てないで一緒に居てくれる……。でも、わからないんです……どうしたら良いのか……」
レオンはうつむいて震えている。クロードは彼の頭に手を置き、語り掛ける。
「できることなら、その親父さんの残した忍術書、俺に見せてくれないか? 今晩中にできる限り、読解してみせる。そしたら、明日の放課後。ここに来てくれるか? お前の誇り、俺が形にしてやるよ。いいな!」
「はい! ホントは秘伝で他人に見せてはいけないものですが……誇りを汚すくらいなら……!」
レオンの顔に明るさが取り戻された。
「ミスターオオタ。私、あなたの事、見直しましたわ。微々たるものかもしれませんが、私もお手伝いさせて貰っても宜しいですか?」
ニーナが手伝いを名乗り出る。
「あ! それはちょうどいいかもね。今、デーロス先生いないし。クロード、ミスヴィルアルドゥアンにも色々教えてあげてもらっていいかな?」
パウロがそれに乗っかる。
「おいおい……。ま、ついでみたいなもんか……。じゃ、二人共、明日ちゃんとここに来いよ」
クロードも了承する。
「はい! じゃあ、部屋に術書があるんで、取りに行ってきます」
「ああ、頼むよ」
レオンは勢い良く、用務員室を飛び出して行った。
「では、私もそろそろ部屋に帰りますわ。明日から宜しくお願い致しますわ」
そう言って、ニーナも帰っていく。
「僕も煽っちゃったけど、ホントに良いのかい? 君が直々に指導するなんて。まして彼らは戦闘実技の成績は底辺の生徒達だ、他の生徒から余計な反感を生んでしまうかもよ?」
二人を見送った後、パウロがクロードに尋ねる。
「問題ねぇだろ。今の俺はクロード=ズルワーン。『金色の大鷲』の『斉天のバークリー』ことクロード・バークリーじゃねぇんだから……」
その答えを聞き、パウロは笑い出す。
「アッハッハ! なかなかの詭弁だね……」
「だが、煽ってくれたからには、お前も手伝えよ?」
「だよねー……」
パウロの顔から笑顔が消える。
Side B PM 10:12
「じゃ、さっきの質問に答えるね。オレのアニキってのは、クロード・バークリーのこと」
宿屋併設の酒場で冒険者達は、各々の任務の成功と無事を祝っている。レイはあまりこういったバカ騒ぎは好きではないものの、酒が入り、口の軽くなったフォスターから金色の大鷲時代の話を聞けると思い、打ち上げに参加している。思ったより女性の冒険者も多く参加しているのは心強かった。
「クロード・バークリー。『斉天のバークリー』……」
レイはその名を聞き、学園の新人用務員のことを思い出した。しかしクロードとはわりとありふれた名前である。彼の顔はすぐに彼女の頭の中から消え去る。
「そ。アニキはオレ達の力を倍ぐらいに引き出してくれる人なんだよ……」
そう言って、フォスターは麦酒を一気に飲み干す。
「と、言いますと?」
彼女は不思議そうに尋ねる。世間一般での斉天のバークリーの姿は、金色の大鷲の中で最も強く、一人で敵集団に切り込み、数多の敵を倒す屈強な戦士というものだった。
「あの人は常にオレ達との連携を意識していた……。あの人はちょうど君と同じ、魔法戦士だった……」
「え……? そうなんですか!?」
レイは思わず聞き返す。話には戦士としか聞いていなかったからだ。
「そう……。あの人は強かった……。あの人がいたから……オレたちは……オレたちは……うぅ……アニキィ……戻ってきてくれよォ……」
そう言ってフォスターは泣き出す。
「え、え!? あ、あのフォスターさん!?」
「まぁた始まった……」
そう言って近づいてきたのはフォスターの今の冒険者チームのメンバーである、身のこなしの軽い女性だ。ビビアンと名乗っていた。
「この人酔うと、泣き上戸になるんだよ……。ほらリーダー、デーロスさん困ってるよ」
「うぅぅぅ……ゴメンよ……アニキ……。オレたちが……オレたちが……」
レイはフォスターのその泣き言を聞き逃さなかった。
「(もしかしたら金色の大鷲、解散の理由が聞ける……?)」
その期待は無駄だった。フォスターはずっと泣きっぱなしである。
「今日はもう諦めたら?」
ビビアンがレイに話す。
「リーダー、こうなっちゃうと酒が抜けるまで何しても無駄だから……。今日の任務の参加者の殆どはそのことを知っているから、このテーブルに近寄らないんだ」
事実、レイの座っているテーブルにはフォスターとレイの二人っきりである。
「そ、そうですね。そうさせてもらいます……」
レイは残念そうに席を立ち、自身の部屋に戻っていった。
「うぅ……アニキ……」
レイが戻った後、フォスターの介抱をしていたビビアンが独り言をつぶやく。
「確かあの娘、学園ギルド所属よね……。リーダーには黙っといたほうがいいかなぁ……。あのクロード・バークリーが冒険者学園にいるらしい、なんてさ」
Side A PM 11:32
「イッキシ! ヘェックショイ! あ〜クソっ! 一そしり二笑い三惚れ四風邪だったか……? 誰だ、俺の事、笑ってんのは……?」
クロードの部屋に彼のくしゃみと独り言が響く。




