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第一話 夜の学園と落第お嬢様

 ミーミル冒険者学園の校舎や学生寮の裏手にある学生向け訓練用ダンジョンの入り口近くにあるログハウス。そこがクロードの仕事場兼住居である。

 彼がミーミルやってきてから一ヶ月は経った。生徒からの印象は良い感じである。主に十五歳から十八歳までからなる学生たちにとって彼は少し年上の感じの良いお兄さんといった感じだろう。しかし、未だ新米である彼に信頼を置いていない人間も多い。

 現在、学校はもう放課後であり、日も傾きかけている。この日のこの時間の彼には特に仕事はないが、ある書類に目を通す必要があった。

「や、クロード。今暇かい?」

 そう言って用務員室に入ってきたのはこの学園の講師であり、彼にこの仕事を紹介した友人であるパウロ・ストーンである。

「パウロか……。俺が暇に見えるか? 今これに目を通していたところだ」

 クロードは書類から目を話さず何枚かある書類の一枚を来客に見せ、質問に答える。

「ああ、それね。夜間外出許可を取った生徒の名簿だっけ」

 そう言いながら、パウロは用務員室にある来客用のソファーに座る。

「そう。まだ、生徒全員の顔と名前が一致してないから大変だよ」

 学園には学生寮が併設されている。そのため校舎、寮両方の夜間巡視をするのも用務員の仕事である。また寮に住む生徒は原則的に七時半が門限である。しかし、前日の放課後までに許可を求めれば夜十一時までは外出が認められる。もし、許可を出していない生徒が外出していれば幾つかの罰則がある。とはいえ生徒数が三学年で六百人前後である。全員の顔と名前一致させないと間違えて捕まえたり、逆に見逃してしまったりしかねない。

「ま、それをちゃんと出しておかないといろいろ罰則があるからね。クロドも許可を出してない生徒が夜、外をほっつき歩いていたら、容赦なくとっ捕まえて良いからね」

「はいよ。で、お前の用事はなんだ?」

「うん? 多分今日の夜、校舎に一人講師が残っているんだけど見た目が生徒とそんな変わらないから気をつけてってこと伝えに」

「お? 生徒と見た目があまり変わらない先生って……たしかデーロス先生か」

 デーロス先生とは戦闘実技を教える女性講師であり、現役の冒険者であるレイ・デーロスのことである。美人で若く、そしてその高い実力から人気の高い先生である。しかし、過去の経歴をはっきりさせていないクロードことは快く思っていないようだ。

「確か飛び級でここ卒業したんだっけか。この学園始まって以来の天才だとか……」

 冒険者学校は三学年制だが、優秀な生徒は飛び級が認められる。また講師となるには冒険者として一年以上の経験を積む必要がある。

「そ、多分。ここのところ依頼と授業で訓練していないみたいだし、彼女、熱中すると時間を忘れるから、遅くまで訓練場で訓練していると思う。君はこの学校での知名度はそんなに無いから、気をつけてくれよ」

 訓練場は学校敷地内に別棟として建てられている。

「知名度が低いからここで働くことにしたんだ。それぐらい弁えている」

 クロードはパウロの方に顔だけ向いて答える。

「なるほどね。あ、ここに来た理由がもうひとつあった。仕事終えて暇だから、ここで暇潰してもいいかい?」

「帰れ。ここを溜まり場にするな」

 と、言いつつ椅子ごとパウロの方に向き直し、話を続ける。

「しかし、デーロス先生か……。どうも俺をよく思っていないみたいだけどな」

「仕方ないんじゃない。彼女どうしても実力第一主義って感じだから、過去を伏せている君にはどうしてもいい顔はできないでしょ」

「尚更面倒だな。俺は自分語りの趣味はないし……」

「しゃべっていいと思うけどね。君のこと」

「今言ったろ。俺に自分語りの趣味はない。だからと言って卑下するような自虐趣味もないけどな」

「まったく頑なだね……」

 パウロは呆れた様子でクロードを見る。

「ま。いい機会だし、今夜あったら色々話してみたら? 案外すぐ打ち解けるかもしれないよ?」

「そうだといいけどねぇ……」




 その日の夜更け、訓練場に一人の若い女性の姿があった。

「はぁはぁはぁ……」

 レイ・デーロスは訓練場内のベンチで休んでいた。ここのところ授業や任務でほとんど訓練をしていなかった。天才と呼ばれながらも決して努力を欠かさないことから彼女の実力の高さが伺える。

「(まだだ、いつもの量には足りない)」

 彼女は立ち上がり、訓練用の木刀を握り直す。

「誰!?」

 後ろの方から人の気配を感じた。

「デーロス先生?」

 そう言って訓練場入り口から顔を出したのはクロドだった。

「あ、用務員さん! なんでこんなところに?」

「なんでって……時計見てくださいよ……」

 そう言われ、レイは壁にかけてある時計を見る。確かにかなり夜も更け、用務員であるクロードが見回りに来てもおかしくない時間だった。どうやらかなり長い時間訓練していたらしい。

「精が出ますね。まだ続けますか?」

 クロドが尋ねる。

「あ……。もう切り上げます……」

 いつものノルマに達しては居ないが、こんな遅くまで訓練していては明日の授業に支障が出る。

「あぁ。じゃあ施錠しちゃいたいんで、外で待ってますよ」

「あ、片付けがあるんで三十分ぐらいしたらまた来てください」

「わかりました。じゃ、また来ますね」

 クロードはそう言い、去っていった。片付けもあるが何より訓練終えた汗まみれの身体で彼女の家に戻るのは女性として些か気が引けたからだ。そして彼女自身まだ新しい用務員であるクロードまだ信用していない。彼女はクロドの佇まいに妙にわざとらしい『素人っぽさ』を感じていたからだ。

「(なぜかあの人は自分がまるで無知であるかのように振る舞う……。先程もわざと気配を振りまいていたようにも感じる)」

 レイは更衣室で着替えながら、彼に疑問を抱く。

「(少なくともストーン先生はご友人だから除いても、私しかそのことに気がついていないのだろうか……)」

 帰る用意を終えたレイは、訓練場の入り口に出る。そこにはもう既にクロードが待っていた。

「終わったようですね。じゃあ施錠しちゃいますね」

「あ、はい。お願いします」

 クロードは訓練場の中に入っていく。しかし、レイはその場を離れるような事はせず。クロードが戻ってくるまで待っていた。

 しばらくして中の戸締りを終えクロドが戻ってくる。

「ありゃ。デーロス先生まだいらしていたんですか?」

「ええ、このあとまだ見回りがあるんでしょう? ご同行しても良いですか?」

 レイは少しでも彼の事を知ろうと同行を申し出た。少なくとも彼が信頼出来る人間なのか判断しないとならない。

「あ、構わないですけど……大丈夫なんですか?」

「ええ」

「(夕方にパウロと話していた通りになりそうだな)」

 クロドはそう思いながら、レイと共に夜の見回りに戻った。




 校舎内の見回り中。レイが同行を申し出たものの、二人の間に会話はなく重苦しい空気が続く。

「よほど自分の実力に自身がおありなんですね」

 沈黙を破ったのはクロドの方だ。

「え? なんでそう思ったんですか?」

「こんな夜中に年頃の女性が男性と夜二人っきりで行動しようなんて、色々と無防備でしょう?」

 クロードの少しセクハラ染みた発言により、レイは赤面する。

「え!? あ! い、いや! わたし、そんなつもりは……!」

 クロードはそんな赤面し、慌てた様子のレイをみて思わず笑い出す。

「ハハハ! すみませんね、下卑た話をして。でも、気をつけたほうがいいですよ? もっとも、デーロス先生なら俺なんか簡単に組み伏せられてしまうでしょうけどね」

 クロードは笑いながら話を続ける。

「もう! 用務員さん!」

 レイは口調こそ怒っているものの、心の中では少し緊張が解れたことに感謝した。

「あの、用務員さんはここに来る前まではどういったお仕事を……?」

 今度は逆にレイが、クロードに尋ねる。

「ああ、無職……っていうか家業の手伝いですね。一応、実家は農家なんで」

「農家ですか?」

「まぁいわゆる豪農ってやつですけどね。とはいえ家自体は兄が継いでるんで本当に手伝いって感じですが。デーロス先生はずっとここで?」

「ええ。少し前までは生徒として、でしたが卒業後もここで働かせてもらっています。あとレイでいいですよ。生徒からも名前で呼ばれていますので」

「では、レイ先生で。確か剣術だけでなく魔術も使えるとか……」

「ええ、わたしは『魔法戦士』ですので」

「なるほど……」

「しかし、用務員さんは何故ここに? 一応、職はあったのでしょう?」

 クロードは少し遠い目をする。

「ウチはかなり大きい家ですからね。家を継げないってことになると、政略結婚で何処かの婿養子になるだけですから……」

「やっぱり家が大きいと……?」

「まぁ……そうですね。ウチは領主にも口をだせるほどの家ですから……」

「へぇ……」

 レイはクロードの出生について聞けたが、肝心なところには全然たどり着けない。

「それにしても、農業で培った技術も意外と用務員の仕事に流用できるもんなんですよね」

「へぇ……。だから妙にお仕事が手馴れているんですね」

「そういうことです。特に花壇の世話なんかは得意なもんですよ」

 そう言いながらクロードは教室の戸締りを確認する。

「!?」

 クロードが何かに気がついたようだ。レイも何かに気付き臨戦態勢に入っている。

「先生! 危ない!」

 そう言ってクロードはレイを突き飛ばす。そしてそこに凄い勢いで石礫が飛んでくる。その石礫はレイを狙っていたらしいが、クロードがレイを突き飛ばしたことで、その石は彼の頭に直撃し、その場に倒れる。

「用務員さん!」

 返事は無い。気を失っているようだ。

「いけない!」

 遠くの方から声が聞こえる。犯人のものだろう。

「誰! 待ちなさい!」

 どうやら魔術で作った石礫だったらしい。犯人である魔術師が逃げようとする。しかしそれをレイが追いかける。




「用務員さん!」

 レイはクロードに声を掛ける。

「ううっ」

 うめき声を上げながらクロードは目覚める。

「良かった……」

「えっと……先生は大丈夫ですか……?」

「ええ! それより用務員さんは!? あれぐらいなら私一人で何とかできるのに無茶して!」

「俺は大丈夫ですよ。それよりあの石が一体誰が……?」

「あの……申し訳ございませんわ……用務員さん。私が撃った魔術ですわ……」

 そこには先程、レイの捕縛魔術で捕まえられた犯人の女子生徒がいた。どことなくお嬢様オーラを出している生徒である。しかし、その目には涙を浮かべている。

「なんでこんなことを?」

 クロードは上半身を起こしながら尋ねる。

「すみません用務員さん。わたしにも責任はあります……」

 レイが口を開く。

「え? 何故ですか?」

「この娘、ニーナというんですが品行は良いのですが、私の授業の成績が芳しくなくて落第にしてしまったんです。それで再試としていつ何時、不意打ちでもいいから私に一撃を加えられれば合格にするというのを……」

「ハァ……。だから、こんなことを……」

 クロードはため息をつく。とんだ形の再試方法もあったものである。

「ごめんなさい用務員さん。あなたを巻き込んでしまって……」

 ニーナと呼ばれた女子生徒も泣きながらもう一度謝罪する。

「君、名前は?」

 クロードはその女子生徒の名前を聞く。

「ニーナ・モニク=ヴィルアルドゥアンですの……」

 一瞬、クロードの顔が歪む。

「ヴィルアルドゥアンってあの……?」

 クロードは頭の打った部位を抑えながら続けて尋ねる。

 ヴィルアルドゥアン家とはミーミルと隣接する王国、コアトリクエでも有数の公爵家だ。事実、この女子生徒の佇まいはなかなか気品高い。

「はい。今回のことは私の家をあげて謝罪を……」

「あ〜……そこまでしなくてもいいよ。罪を憎んで人を憎まず、だ」

「いいんですか!?」

 レイがクロードに食って掛かる。

「いいんですよ。彼女も必死だったんでしょう? それに確か夜間外出届けも出していたはずだし、俺も怪我をしていないし……。ほら!」

 そう言ってクロードは石の当たった部分を見せる。

「怪我をしていないって……あの速度の石礫を受けたなら……え!?」

 レイはクロードの石が当たった部分を見る。不思議な事にクロドの頭部には目立った外傷はない。まるで何事もなかったかのような状態である。普通ならどんなに軽くても瘤ぐらいはできるはずである。ましてや昏倒するほどの重さと勢いだったのだ。まったく何もないということはありえない。

「あの……私はどうすれば……?」

 ニーナは二人に尋ねる。

「それもそうね。取り敢えず、他人を巻き込んでしまった以上、この再試はナシにします。そのかわり、後日ちゃんとした補修と再試を行います。それでいいですね」

「はい。レイ先生」

「では、用務員さんは何かありますか?」

「別に俺は構わねぇんだが、何もナシっていうのもあれか……。じゃあ明日から一週間の間、放課後俺の仕事を少し手伝ってくれ。それでいいかい」

「え? それだけでよろしいのですか?」

「ああ。それでいいよ」

「分かりました。では、明日の放課後そちらにお伺いします。誠心誠意お手伝いさせていただきますわ」

「すみません用務員さん。わたしも何かお詫びを……」

「あぁ。じゃあ取り敢えずこの再試方法を二度と使わないようにしてくれればそれでいいですよ」

 クロードは立ち上がりながらそう答える。

「では、俺は見回りに戻ります」

「え? 今晩はわたしが変わりますから用務員さんは大事を取ってお休みになられてください!」

「ああ。俺は大丈夫ですから、レイ先生はニーナさんを部屋まで送ってあげてください」

 そう言ってクロードはランプや鍵などを拾い、さっさと仕事に戻っていった。残されたレイは仕方がないので、ニーナを学生寮に部屋まで送ることにした。

「(おかしい。いくら簡単な地属性魔術とはいえ生身で受けていた筈。防御魔術? いや、詠唱している様子はなかったし、それならば昏倒することもないはず。只の石頭? いや、それでも何かしらの痕は残るはず。彼にはそれすらもまったく無かった。彼は一体……)」

 ニーナを送る帰り道、レイの疑問は積もるばかりだった。

 一方、見回りに戻ったクロードも二人がいないことを確認して独り言を零していた。

「しまったなぁ……。すっげぇ変な形で『魔術』使っちまった……。上手く誤魔化せたかなぁ……。無理だろうなぁ……。しかも、ヴィルアルドゥアンかぁ……。明日から面倒なことになりそうだなぁ……」

 どことなくその表情は憂鬱そうであった。




 明けて翌日の放課後。約束通り、ニーナはクロードの仕事を手伝っていた。やはり貴族の出らしく、最初は不器用でぎこちなかったがさすがに冒険者学園に通うだけあり、すぐに慣れてしまったらしい。

 そして現在、用務員室でもあるログハウスで休憩がてらお茶をしていた。

「申し訳ございませんわ。あまりお役に立てなかったうえ、お茶のご用意まで……」

 ニーナは少し萎縮してしまっている。

「いや、いいよ。大分助かったからさ。それより君の口に合えばいいんだけど」

「いえ、大変美味しいですわ……。しかし……その……お怪我の方は……?」

「ん? あれぐらいならなんともないよ」

「やはり……何もない……。あの用務員さん、不躾ですが一つお尋ねしたいことが……」

「ん? なんだい?」

「あの……用務員さんの苗字、ズルワーンというのは偽名ですわよね……?」

「おっと! そこまでだ。」

 そう言ってログハウスに入ってきたのはパウロだった。

「ストーン先生!」

「パウロか……」

「やぁ! 二人共。クロード、昨日は災難だったようだね」

 その割にはやたら楽しそうな笑顔である。

「あの……お二人はご友人同士なのですか?」

「ああ。そうだよ知らなかったっけ」

「ええ。存じ上げていませんでした」

「へぇ。まぁいいや。クロード、君の厄介なのに目を付けられたね」

「え?」

「外を見てみな。上手く気配は殺しているけど……」

 そう言われクロードはパウロが指をさした窓から外を見る。そこには上手く気が付かれないように逃げようとしているレイの姿があった。

「レイ先生! 何しているんですか?」

「あ! あの……ニーナさんがちゃんと手伝っているかどうか……」

 嘘である。実際はクロードの化けの皮を剥がそうと監視していたところである。

「じゃあさ、デーロス先生もお茶していったら?」

「パウロ! お前何勝手に!」

「………では、お言葉に甘えて……」

「あら、レイ先生もご一緒になりますか?」

 そんなこんなで用務員室に来客が増える。クロードは「もう、好きにしてくれ……」と溜息を一つついた。


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