表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第二章 冬期休暇編
61/61

第51話 親子ト《雲》

 レグ。

 確かに、何処かで聞いたことがある名前だった。

 しかし、何処で聞いたのか、誰が言っていたのかは全く思い出せない。

「……レグ」

 誰にも聞こえないようにポツリと呟いてみても何も変わらない。

 割と早くレゼルは思い出すことを諦め、フォークに絡めたカルボナーラを口の中へ収めた。


「レグってだぁれ?」


「んぐ」

 レゼルは突然真下から聞こえた声にカルボナーラを喉に詰まらせた。

 誰にも聞こえないように言ったつもりだったが、それは本当に『つもり』だったらしい。どうやら、レグ、という名前をいつ何処で聞いたかと考えていた思考は、自分の周りに人が来ても気付かないくらい深いものだったようだ。

 レゼルはカルボナーラを無理矢理嚥下すると、声の聞こえてきた方を見た。

 まず視界に入ったのは自分の太股の上に乗った小さな手。その腕を辿ってゆっくりと視線を上げていくと、子供特有の大きなぱっちりとした瞳と目が合う。

 そこにいたのは五歳くらいの女の子だった。

 肩より少し長いくらいのセミロングの髪はふわふわと柔らかそうで、美味しそうなキャラメル色をしている。レースをふんだんにあしらったピンクのワンピースを着て、その子はレゼルの顔を見上げていた。

「……え?」

 この女の子は親子でカフェにいた乗客の子供の一人だ。

 思わず困惑の声を上げてしまってから、レゼルはどうして自分に声を掛けてきたのだろうと首を傾げた。

「お兄ちゃん、すごいね!」

 すると女の子は無邪気な笑顔をこちらに向けてそう言った。

 レゼルは彼女の言っている意味が分からなくて困惑するばかりだ。

「えっと……」

「あんた、しゅんかんいどーしたのか?」

「え?」

 声のした方に顔を向ける。女の子の斜め後ろに、幼い少年が立っていた。

 歳も身長も女の子と同じくらいの、恐らくは女の子と双子か兄妹であるだろう男の子だった。二人は顔立ちがどことなく似ているし、彼と女の子、そして両親が一緒にいるところをレゼルは確かに見ている。

 レゼルは少女と少年の肩越しに車両の反対側に並ぶテーブルを見た。優しそうな彼らの両親は、二つ離れたテーブルから苦笑してこちらを見ていた。ごめんなさいね、と母親の方が口パクで伝えてくる。自分に彼らの相手をしてくれ、ということだろうか。

「ねぇ、お兄ちゃん、さっきのなにー?」

 女の子は変わらずこちらを笑顔で見上げ、瞳をキラキラさせている。

「何、って……」

「しゅんかんいどーだよ。さっきお前、あの太ったおばさんのとこにいっしゅんでいってただろ」

 男の子が女の子の隣に並び、同じようにレゼルを見上げる。

 どうやら彼らは、先程レゼルが使った脚力強化の創造術(クリエイト)が気になったらしい。

「教えてあげたら?」

 斜め向かいの席でミーファがくすくすと笑う。何が可笑しいのか分からないが、随分楽しそうな様子だ。

 確かに、自分が創造術師(クリエイター)であることを隠す必要は全く無い。相手は子供だし、何よりレゼルは子供が好きだ。いつかは彼らも《(クラウド)》の存在を知り非難するようになるのだろうが、それでも子供の内は《雲》にも無邪気に笑い掛けてくれる。それはレゼルにとってとても気が楽になることだった。だから、子供と接するのは好きだ。

 レゼルは子供たちの方へと向き直ると、フードの奥からちらりと漆黒の瞳を覗かせて言う。

「創造術、って知ってるか?」

「くりえいと?」

 舌足らずな声で女の子が訊き返してきたのにレゼルは頷く。

「ああ。物を創る力なんだけど、聞いたことないか?」

「……もしかして、あれか? 光がパッてひろがって、いつの間にか剣とか銃とかできてるヤツ」

 そうそう、とレゼルが男の子の言葉に肯定すると、男の子と女の子は揃って目をぱちくりとさせた。

「えっ、それって、怖い怪獣さんをやっつけるのだよね?」

「か、怪獣?」

「アンタしらないのか、そーぞーせんたいクリレンジャー。遅れてるな!」

「……栗……?」

「クリレンジャーはそーぞーパワーっていうのを使って怪獣さんをたおすんだよ」

「ちがうだろソフィ、怪獣さんじゃなくて堕天使だよ!」

 息をつく間もなく話し掛けられ、レゼルは困惑する。子供は好きだが、では子供のペースに付いていけるかといったらそれはまた違うのだった。

 結局創造術の話はクリレンジャーとやらの話に変わり、二人の関心もそちらへシフトしてしまったようだ。

 レゼルはカルボナーラが冷めてしまうまで、戦隊物の特撮アニメらしいクリレンジャーがどれだけ格好良いかを二人に力説されるのだった。


     ◆


 朝食を食べ終えたレゼル達は、それぞれの部屋へと戻ってきていた。

 二人してソファに腰を下ろし、小さな息をつく。

「美味しかったな、ご飯」

 晴牙が笑顔で言うのに頷く。列車に乗っている約一週間、食に飽きることは無さそうだ。

 ソファの背凭れに寄り掛かると、晴牙は会話を続ける。

「それにしてもお前、子供への接し方が上手いんだな。普通に意外だった」

「そうか?」

 晴牙は深く頷いてから、更に言い募る。

「ああ。話し掛けられるの、嫌そうじゃなかったろ」

 確かに嫌ではなかった。寧ろ、無邪気な様子は見ていて気が和む。

 子供たちの話を聞いている間、レゼルは上手く相槌を返していた。晴牙はそれを「子供への接し方が上手い」と言いたいのだろう。

「まぁ、子供は好きだからな」

「おお、流石ロリコンだな」

 晴牙はそう言ってレゼルから頭ごと目を逸らした。

「おいコラ。誰がロリコンだって? つか、何で目を逸らした?」

「いや、目を逸らしたんじゃなくて……セレンちゃんの部屋の方を見た」

 晴牙が顔の向きを戻す。レゼルは溜め息をついた。

「……ロリコンってそういうことか。言っておくがな、セレンはもう14歳だ。ロリータの範疇には入らない」

「……真面目に否定されると何か怖いんですけど」

 部屋に沈黙が満ちる。ガタンゴトンという列車の走る音がやけに耳に響いた。

 レゼルは晴牙から目を逸らすとわざとらしく咳払いをする。

 そして、逸らした視線の先で小さな気配を感じて、立ち上がった。外していたフードをしっかりと被る。

「レゼル?」

 晴牙が訝しげに名前を呼ぶ。

 レゼルは唇に立てた人差し指を当てると、部屋の入り口の方へと足音を立てないようにして歩いていった。

 頭の上にハテナを浮かべる晴牙の前で、レゼルはその扉を一気に開ける。

「わッ!」

「きゃ!」

 通路にいた人物が目を丸くして驚く。

「何で通路でうろうろしてるんだよ」

 下から見上げてくる男の子と女の子の姿に、レゼルは文字通り悪戯に成功した子供のように楽しそうな笑みを浮かべた。

 部屋の中では、突然現れた子供二人に晴牙も驚いていた。


     ◆


「で、ソラ、ソフィ。何で俺たちのところへ来たんだ?」

 レゼルが二段ベッドの上段で跳ね回る二人に訊くと、男の子――ソラは「つまんなかったから」、女の子――ソフィは「(レゼル)お兄ちゃんと遊びたかったから」と答えた。

 ソラとソフィの家族がどこに行くのかは分からないが、寝台列車に乗っているのなら目的地までは最低一日以上は時間が掛かるということだ。恐らく十歳前の彼らが、列車という何もない閉鎖空間で大人しくしているのは我慢ならなかったのだろう。

 しかし、今頃両親の二人は心配しているのではないだろうか。

「お父さんとお母さんにはちゃんと言ったのか? この車両に来てるって」

 レゼルの座るソファにソフィが駆け寄ってくる。

「ううん、言ってなーい」

 白いワンピースをはためかせて無邪気に笑う彼女に、レゼルは困ったことになったと息をついた。

「駄目じゃないか、ちゃんと言わないと」

 少し強い口調で言うと、ソフィはしゅんとしてしまった。眉尻を下げ、小さくごめんなさいと謝る姿は、何というか酷く庇護欲を誘う。

「あー、まぁ、これからは気を付けろよ?」

 苦笑になってしまったが、表情を緩めて彼女の頭をぽんぽんと撫でてやる。

 するとソフィはすぐに笑顔を浮かべ、ベッドで跳ね回っているソラの方へと駆けていった。

 天井に頭をぶつけそうになりながらもきゃっきゃと騒ぐ二人を眺め、レゼルは一つ息をつく。

 そんな彼を見て、向かいのソファに座る晴牙は眉間に皺を集めて何とも言えない表情をしている。

「お前……お父さんかよ」

「せめて兄と言え。……まぁ、子供と接するのはちょっと慣れてるんだ」

「へぇ……」

 晴牙が意外そうに目を丸くする。

「……もしかして、《雲》の子供たちと、とか?」

 ぽつりと彼が溢した言葉に、レゼルははっきりと頷いた。流石は第一学年の副代表になるだけあって、察しが良い。

「ああ。《雲》だって、殺されてばっかりじゃないからな」

「……」

 レゼルの言葉に晴牙が押し黙る。レゼルはなるだけ軽く言ったつもりだったが、それは些か軽薄だったかもしれない。

 今まで共にいた印象では晴牙は正義感が強い方だと思うし、普段へらへらしているように見えるその裏では創教団のことも《雲》のこともきちんと考えていても可笑しくなかった。

 しかし、意図せず重くなった空気は、一瞬で吹き飛ばされた。

「「……あ」」

 今度はレゼルだけでなく晴牙もソファから立ち上がる。

 部屋の扉の(ぼか)し窓に、二人分の影が映っていた。


     ◆


 廊下にいた二人――ソラとソフィの両親を部屋の中に招き入れる。

 紅茶もコーヒーも出せないが、ソラとソフィがまだこの部屋で遊びたいと駄々を捏ねたので、二人には部屋に留まって貰うことにしたのだ。

 晴牙がレゼルの隣に腰を下ろし、今まで晴牙が座っていたソファには父親のフェリスと母親のライカが並んで座る。

 二人とも優しそうな第一印象の人物だった。フェリスもライカも物腰が上品で、けれど貴族のように取っ付きにくいことはない。

 ライカはソフィそっくりに眉尻を下げると、レゼルと晴牙を見詰めた。

「ごめんなさいね、迷惑でしたでしょう」

 相変わらずベッドの上で遊んでいる二人を横目に見て、フェリスも困ったように笑う。

「本当にすまない。二人とも、レザーさんのことを気に入ったみたいでね」

 二人に謝られ、レゼルと晴牙は顔を見合わせた。

 因みに、レザーとはレゼルのことだ。《雲》としてすでに王国中に名前が知れ渡っているレゼルは、誰かに不用意に本名を教えることは出来ない。『レザー』は姉と旅をしていた頃から使っている偽名で、『rezel』を『lezer』にひっくり返しただけの簡単なアナグラムである。一応、ソフィとソラにも偽名を名乗ってある。

 やがて前に向き直り、レゼルが代表して首を横に振る。

「迷惑なんかじゃないですよ。子供は好きですから」

「そう……ふふ、良かったわ、そう言ってくれて」

 口元に手を当て、ライカがふわりと笑う。カフェにいたときから思っていたが、二児の母にしては彼女は少し若い容姿をしている。

「おいハルキ、人妻は駄目だぞ」

 案外根に持つタイプのレゼルがロリコンと言われた仕返しをすると、晴牙は眉を下げて情けない顔をした。

「何言ってんだお前! 最近俺の扱い酷くね!?」

「……軽いジョークだ」

「分かってるよ! ジョークじゃなかったら何だってんだ!」

 レゼルと晴牙がいつものようにコントを繰り広げると、向かいの二人はくすくすと笑った。

 フェリスは目尻の皺を深めて、懐かしいものでも見るような目をする。

「レザーさんと晴牙さんは仲が良いんだね。その年で創造術を使っているということは、君たちはリレイズ創造学院の生徒だろう? 先程、カフェでのレザーさんの創造術を見た限り、どうやらとても優秀のようだ」

 フェリスの言葉に、晴牙がパチパチと目を瞬く。

「確かに、俺たちはリレイズ創造学院の生徒っすけど……何で、優秀かどうかまで?」

 レゼルは、優秀か優秀でないかでだけ言えば、圧倒的に優秀な創造術師だ。しかし、一度の創造術――しかも表に現れる物質創造でなく内面の強化である能力創造だ――を見ただけで術者が優秀かどうかなんて、自分も創造術師でないと分からないはずだ。

 レゼルも晴牙と同じく不思議に思い、内心首を傾げる。

「もしかしてフェリスさん、創造術師ですか?」

 それにしては、創造術師特有のエナジーの波長が感じられないのだが、レゼルは念のため訊ねてみる。

 すぐにフェリスは首を振って、ライカは苦笑いをした。

「いや、私は創造術師ではないよ」

「フェリスさんは、創造術研究家なの」

 ライカがフェリスの言葉を継ぐ。彼女がちらりと視線を横にやると、その先にいたフェリスは一つ頷いた。

「だから、食堂車で《暦星座(トゥエルブ)》の三人を拝見出来たことに驚いているよ。『天才』ミーナ・リレイズに、『神童』ミーファ・リレイズ、更には『死神』ルイサ・エネディスまで。サインが欲しかったくらいだよ」

 フェリスは顎を撫でながら笑って言う。

「レザーさんの使った創造術は脚力を強化する能力創造だ。これはまぁ、レザーさんが瞬間移動したように見えたのを考えればすぐに分かる。だけど僕はその前、創造術を発動するまでの反応の速さに注目したんだ。かなりの速さだったから、きっと優秀な生徒さんなのだろうと思っただけだよ」

「あ……そうか、成程」

 晴牙が感心したように声を上げると、フェリスは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「いや、創造学院の生徒さんにこんなこと、あまりにも無礼だったね」

「いえ、大変為になるお話です。創造術研究家になって長いんですか?」

 一般に、創造術研究家と呼ばれるのは創造術師でないが創造術に精通している学者たちだ。研究内容は様々で、創造術自体に関する研究から、創造術師の在り方やその血統との関係、対堕天使戦闘のことなど、実に幅広い。創造術師でない視点から客観的に創造術を見つめると、新しく見えてくることがかなりあるらしい。実際、創造術界において創造術研究家たちの実績は数多くあった。

 レゼルは一人の創造術師として興味が湧いてきてしまい、気が付けば純粋な質問が唇から零れていた。

「ああ、そうだな……もう二十年ほどにもなるね」

「そんなになるんですか。あの、何の研究をされているんですか?」

 晴牙やライカが口を挟む暇も与えず、レゼルは次々と質問する。

 だが、それに対してフェリスからはレゼルも晴牙も予想外の答えが返ってきた。

「色々なことを研究しているが……メインは《雲》の研究なんだ」

「「……え?」」

 レゼルと晴牙の声が重なる。それはほんの少しだけ、掠れていた。


「つまり、君のような人間の研究だよ。――レゼル・ソレイユ君」


 フェリスは優しげな表情を崩さず、また笑った。

 一ヵ月に一回更新と言っておいて、ほんとすいません。有言不実行……反省しています、本当に申し訳ありません。

 かなり放置してしまったにも関わらず、お気に入り登録が全く減らないという事に、申し訳なさを感じながらも嬉しく思っています。皆様、ありがとうございます。


 やる気を出すために、勝手で申し訳ないですが、ちょっとリメイク版を投稿しようかと思います。ストーリーは変わりありません。

 こちらの更新も、亀更新になると思いますがちゃんと執筆していきます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ