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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第二章 冬期休暇編
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第49話 車窓ヨリ

第48話 主人公たちが乗る車両を第十二号車→第八号車に編集

 各々が自分の旅行鞄を持って廊下に出ていき、この部屋にいるのはレゼルと晴牙の二人だけになった。

 それほど広くはない部屋だ。学生寮で生徒に宛がわれる寮部屋の約三分の一くらいだろうか。右奥にそこそこ幅のある二段ベッドがあり、中央にはこれまたそこそこの大きさの丸テーブル。二人部屋だから、テーブルの周りには向かい合うように二つの椅子が並べられていた。あと他には、壁際にソファと木製のチェストが申し訳程度に配置されているだけでそれ以外の家具は無く、入り口から左手の壁にハンガーが数個掛かっているのはクローゼットが置けなかったからどろうか。まぁ、部屋の豪華さにはこれっぽっちも興味はないので文句を垂れる気はないが。

 照明は点けていないが、明るいホームの光が大きな窓を通して室内を照らしている。大きな窓、というよりも奥の壁は一面が硝子張りのようになっていた。勿論、カーテンはある。

 といっても、発車してホームから出たら窓からの光は無くなってしまう。太陽の無いこの世界では自然の中に空間を照らせるほどの光は無いのだ。窓の外には終始夜の景色が広がるだろう。

 レゼルは予想通りといえば予想通りの部屋を眺めてから、隣に立つ晴牙に目を向けた。晴牙もレゼルと同じことを考えているのだろう、彼もこちらを鋭い目で見ていた。

 レゼルは手で髪を梳くようにフードを外すと、それと反対の手を握り締め晴牙に向かって突き出した。晴牙も同じように拳を伸ばしてくる。

 それから二人して同時に大きく息を吸う。

「「最初はグー、じゃんけん――ぽん!」」

 何時かもやった、とても真剣なジャンケンだった。


     ◆


「――っしゃ、俺の勝ち!」

 ジャンケンで二段ベッドの上を勝ち取ったレゼルは、右手をパーの形にしながらがっくりと項垂れる晴牙を尻目に梯子に手を掛けた。

 そして勢い良くシーツの上に転がる。

「お、何気に寝心地はいいぞ」

 室内といっても空調の無い汽車の中でコートは脱げない。今はそれがごわごわして気になるが、今日の夜には掛け布団と毛布が配給されるだろうから、コートを着たまま寝るなんてことにはならない。

 レゼル達が行く王国横断の旅の最終目的地は、この夜行便の終点、つまりエリュシエルである。エリュシエルは隣に海が広がり、近くの高山からの河川が海に流れ込む港町で、『水の都』として有名だ。ほとんどディブレイク王国を横断することになる為、そこに着くまでは約一週間も掛かる。つまりこの部屋とベッドにはそれだけの間お世話になるわけで、シーツもそれなりの素材のもののようだし、寝心地も良いのは普通に安心した。

「くっそ、俺が下かよ……」

 ブツブツと不平を溢しながら、晴牙もコートを着たままで下段のベッドに横になった。

 ミーファ達なら服が皺になるとか言って、上着を着たまま寝転がるなんてことはないのだろうが、生憎レゼル達はそんなことを気にする性分ではない。

「……ま、確かに寝心地は良いな。良かった良かった」

 下から声が聞こえて、レゼルはうつ伏せになると両肘で上半身を持ち上げながら口元を緩めた。昔の姉との旅は危険が付き纏っていたし、何だかんだ言って、彼も気儘な旅行が楽しみなのだった。

 それからレゼルは梯子を使わずにベッドから飛び降りると、晴牙に投げ捨てられ転がっている自分の旅行鞄をソファの脇に移した。そしてコートのポケットから銀色の腕時計を取り出し、それを見る。

「……もうすぐだ」

「え?」

 ポツリ、と呟いたレゼルの声に、晴牙がベッドの上で上半身を起こしてこちらを見た。

 そのとき、ガコンッ、という振動が汽車に奔る。

「うぉっ、と……」

 しかしそれはすぐに収まって、晴牙の上げた声が立ち消える頃には緩やかな震えに変わっていた。

「……出発だな、レゼル」

「ああ。やっとだな」

 汽車だけではなく乗り物というものに慣れたレゼルの身体には心地好い音と振動。それを感じながら、レゼルは窓の外の景色が建物の中から街の中に変わっていく様子を静かに眺めた。


     ◆


 汽車がリレイズの街の外れを(はし)る。横手には雪を被った畑が広大に広がっていた。雪の下では小麦が芽を出しているはずだ。そして、少し遠くに目を向ければ東側戦闘区域の偉容が見える。

 第八号車の一室で思い思いに寛いでいたレゼルと晴牙に部屋の扉をノックする音が聞こえたのはそんなときだった。

「ミーファだけど、二人ともいる?」

 扉の向こうから掛けられた声は金髪ポニーテールの少女のものだ。

「ミーファ? あ、ちょっと待ってろ」

 レゼルはソファから立ち上がって扉に近寄ると、窪みに指を引っ掛けてそれをスライドした。

 マフラーを外したミーファは、室内を少しだけ眺めてレゼルと晴牙を視界に入れた後にふんわりと笑って言った。

「二人とも、朝ご飯はまだでしょ? 皆で食べにいかない?」


     ◆


 第二号車から第四号車は、乗客や運転士、車掌たちの食事を賄う食堂車になっている。その中でも、第二と第四はレストラン、第三はカフェになっていた。

 進んでいくごとに段々と豪華になっていく通路の様相に目を忙しなく動かしながら、レゼル達は第四号車を目指す。

 ちょっと唖然としてしまったのは第五号車で、そこは通路が部屋を避けて『コの字』型になっていた。車両を一つ丸々使った部屋の中は分からないが、一車両に一つずつあるシャワールームとトイレの扉まで金ぴかなのだから、さぞかし凄いのだろうと思う。ミーファのリレイズ家や晴牙の聖箆院家もこんな感じなのだろうか。今も昔も裕福な暮らしとは縁遠いレゼルにはその豪華さは想像出来なかった。

 他愛ない会話を交わしていると第四号車へのドアが見えてくる。しかし、そのドアに嵌め込まれた硝子窓から覗く食堂車は人でいっぱいだった。

「……混んでるわね」

 有紗が第四号車の様子を簡潔に一言で表した。

 それに頷いて、彼女の後ろを歩いていたミーナは苦笑した。

「皆、朝食は汽車で――って考えは変わらないみたいだね。仕方ないよ、第二号車に行こうか。朝食だし、カフェが良かったら第三号車でも良いから」

 第四号車に入ると、とにかく美味しそうな匂いが鼻孔を擽った。涎が出てくるのも仕方ないというものだろう。

 食堂車の内装は普通の汽車のような感じで、向かい合った長椅子の間にテーブルがあるだけだ。それが車両内の両脇を埋め、真ん中は人が行き来出来るようにスペースをとってある。

 左の隅にあるカウンターから料理が出てきて、ウェイター達がそれを受け取っていた。

 ドアの窓から見えた通り、席に空きはないようだった。相席をすることを前提とするならポツポツと空きはあるのだが、如何せんこちらは八人もいるので座ることは無理そうだ。

 黒いエプロンを付けたウェイターが料理を運んだり注文を受けたりと歩き回る中を、レゼル達はやや慎重に通り過ぎ、第三号車に入った。

 こちらにはあまり人はいなかった。カフェなのだから、一番忙しいのは恐らく午後なのだろう。それでも、何人かは朝食としての軽食を求め、第三号車に来ていた。

「どうする? ここで食べるか?」

 第四号車と変わらない内装を見渡しながら、ルイサが誰にともなく聞く。

 それに了解の意を示したのは晴牙を除く七人だった。

「ちょ、俺は朝からガッツリ食いたい派なんだけど」

 言うと、晴牙は若干眉を寄せながらレゼルを見た。彼の目は「お前も男なんだから分かるだろ」と言っている。

 しかし、レゼルの朝食にこれといった制限はない。量が少なくても多くても昼食の量を調節すればいいし、更に言えばあっさりしたものから胃もたれするような重いものまで朝から食べることが出来る、とレゼルの朝食レパートリーは豊富だ。元々胃は強い方なのだろう。

 それを晴牙に伝えれば、意外だ、というように彼の頬が引き攣った。幾ら何でもリアクションが大袈裟過ぎやしないか。

 しかし、よく見れば彼だけでなくセレン以外の皆がちょっと驚いたようにしていた。豚カツとカレーうどんを朝から食べても大丈夫、と言ったのがまずかったのだろうか。

「取り敢えず、メニューを見てからだろう。カフェでもガッツリ系のものがなきにしもあらずだ」

 最後にレゼルが纏め、彼らは四人ずつで向かいに座れる隅の席を選んで腰掛けた。

 メニューを開くと、やたらキラキラと光る料理の写真が目に飛び込んでくる。普通に美味しそうだった。

「あ、ここドリアとかグラタンもあるじゃん。俺もここで良いわ」

 レゼルの持っているメニューを横から覗き込んで晴牙が言う。彼からの承諾が貰えたので、朝食はカフェの第三号車でとることになった。

 それぞれの注文(オーダー)をテーブルに備え付けられていたメモ用紙に記入し、通路側に座っていたレゼルは「すみません」と声を上げてウェイターを呼ぶとその紙片を渡した。

 やがて、女性陣の前にはサンドイッチやサラダが並び、レゼルと晴牙の前にはパスタやドリア、ハヤシライスなどの料理が並んだ。飲み物は皆コーヒーだ。

「「「「いただきまーす」」」」

 声をハモらせ、料理を作ってくれた人と農家や漁師の人に感謝を捧げる。

 レゼルはフォークに目の前に置かれたカルボナーラを絡めた。

 そのときだった。


 ――ガッシャアアアアアアアァァァァァァァァァァン!!!!


 「……はい?」

 無事に残ったカルボナーラは、今レゼルが口に運ぼうとしていたそれだけ。

 突然、誰かがレゼル達のテーブルに突っ込んで来て、ピンポイントにレゼルの頼んだ料理だけを台無しにした。

「……はい?」

 レゼルはもう一度、事態が理解出来ていないといった声を上げた。

 彼の向かいに座る有紗も、その隣のセレンも、ノイエラも、ミーファも、そしてミーナやルイサ、晴牙も茫然として――だが表情は固まっている――こちらに顔を向ける。

 レゼルは、自分の足元を見た。

 そこには眼鏡のイケメンが転がっていた。

 読んでくださりありがとうございました!


 それと、またまた文字数少なくてごめんなさい……。

 そして、言い訳にしかなりませんが最近ちょっと忙しい為、数週間だけ更新を休ませて頂きます。ごめんなさい……。

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