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血染めの月光軌  作者: 如月 蒼
第二章 冬期休暇編
52/61

第42話 冬期休暇ノ始マリ

 遅れてしまってすみません!

 今話から第二章が始まります。それと、あらすじを更新しましたが、見なくても全っ然大丈夫です。


 第二章は予告通り学院から離れます。学園物が好きだという方は、本当にごめんなさい。でも、第三章では学院をメインに書いていきたいと考えています。まだまだ道のりは遠いですが……。


 第一章に続いて第二章も読んでやるぜというお心の優しい方、ほんとにありがとうございます。では。

[第二章 冬期休暇編・第一部「命、儚ク。」 創始]










創造術(クリエイト)に頼り過ぎてはいけない」

 ――レミル・ソレイユは、そう言った。

「創造術なんて、ただの人間光合成じゃないか!」

 ――レゼル・ソレイユは、そう言った。

 掠める指先、遠くなる手。再び彼を襲う、激しい無力感。

 必死に手を伸ばしても届かない。前に進もうとしても足が動かない。

 ――嗚呼、俺は強くなんてなってなかった。もう、あんな気持ちは味わいたくないと思っていた。けれど、あの時から俺は何一つ変わっていなかった。


 ――強くなりたい。


 そう、強く(ねが)う。

 けれど、命は、(ねがい)は、光の粒子と共に儚く消えていく。


     ◆


 ディブレイク王立リレイズ創造術師育成学院は、昨日から冬期休暇に入った。

 リレイズは雪国の北にある街だ。本格的な冬はこれからであり、大波乱の創造祭が終わったあたりから気温は急激に冷え込んできている。それでもまだまだ気温は下がり続ける為、リレイズ創造学院の冬期休暇は長い。実に夏期休暇の約五倍である。もっとも、これはリレイズ創造学院にだけに言えることではなく、ディブレイク王国にある教育機関は例外なくそうであるのだが。つまり、ディブレイク王国の教育機関は、南方や東方、西方の国とは冬期休暇と夏期休暇の長さが逆転するということである。

 創造祭終了から一週間が経った今日。創造祭七日目の夜から降り始めた雪は吹雪になり、今も降り続いている。

 創造学院の本校舎裏に位置する大講堂の窓から、レゼル・ソレイユは白一色の外風景をぼんやりと眺めていた。

 黒いブレザーと一年生を表す色のネクタイという制服姿で講堂の一席に腰を下ろし、彼は右手で握ったシャープペンシルを弄んでいる。指と指の間をペンが素早く行き来する様は、もはや一つの洗練された動作だった。

 だが――


「レ・ゼ・ル・君?」


 何かを咎めるような声色の少女の声が講堂に響いた瞬間、レゼルの手からペンが滑り落ちて机の上を転がった。

「また余所見してたでしょ」

 声を呆れたようなものに変えて言葉を続けると、少女――ミーファ・リレイズは深い溜め息を溢した。

 階段構造となっている為、席に座るレゼルの眼下にある講壇に立ち、彼女は腰に手を当てる。

「全くもう。君の補習の為に大講堂を確保したんだから、少しは集中して欲しいわ」

「うっ……す、すまん……」

 レゼルは呻いてから渋々とペンを握り直した。

 冬期休暇に突入した今、何故レゼルが講堂なんぞにいるかと言うと、先程ミーファも言った通り、レゼルの補習の為である。

 彼は編入生だが、この後期前半、実技教科と創造術関連教科を筆頭にして――成績表は学期終わりに与えられる為、あくまでも授業や小テストで、だが――優秀な成績を残した(創造学院は夏期休暇を境に前期と後期の二つに分かれている)。だが、そんな彼にも例外はあった。それは勿論、自他共に苦手と認めている二つの一般教科、数学と物理である。

 授業態度はまぁまぁではあるものの、何故かその二教科だけは小テストなどで常に赤点常習犯となっていた。

 冬期休暇明けには後期の中間考査、つまりテストがあるので、今までに分からなかったところは冬期休暇中にしっかりと理解し、また復習もしなくてはならない。

 レゼルの場合、冬期休暇の学習は殆どが数学と物理に占められそうだった。実際に今現在、彼のその二教科の成績に眉を顰めた一学年代表ミーファ・リレイズの指導の下、数学の補習授業が行われている。

 中間考査の為に創造学院では補習授業の日程が組まれているのだが、正式なものは明日からだ。では、何故レゼルは今日から補習をしているかというと、彼は《(クラウド)》で、放課後に実技棟に行った日のように講堂を貸切状態にしてしまい、教師に理不尽な叱責を受け兼ねないということも勿論あるが、別の理由もあった。

「明後日から王国横断の旅に出発するんだから、明日を旅の準備に充てると補習が出来るのは今日しかないのよ」

 ミーファは教卓に設置された情報端末(サーバー)の画面を弄りながら言った。講堂のサーバーは各教室の机に設置されている個人サーバーより一回り大きい。

 教卓だけでなくレゼルの前のテーブルにもサーバーはあるが、暗記にはアナログが一番、というミーファ先生の指導により、レゼルはシャーペンを握らされ、また、ノートも開かされていた。

 そして、ミーファが代表権限で確保してくれた講堂を使って、レゼルが今日から補習をしている理由は、明後日から彼は友人や二人の教師と共に学院を離れるからであった。

 その目的は、ディブレイク王国横断の旅だ。

「さぁ、ビシバシ行くわよ!」


     ◆


 数日、時間は遡る。

 創造祭七日目、『無限の星影(インフィニット・スターライト)』という名の悪夢の夜から三日が経過していた。

 その三日間、生徒たちは学院長から学生寮待機令を出されていたのだが、今日――つまり、インスタが終わってから四日目――はその命令が解かれ、全校生徒は学院の敷地の中にある大きな教会に集まっていた。

 教会の礼拝堂は、約千人の生徒たちを皆納められるだけあってかなり広い。目測でしかないが、恐らく大講堂の三倍か四倍はあるのではないだろうか。壁に並ぶ蝋燭型の照明が眩く空間を照らし、窓の代わりとしてあるステンドグラスはその光を多彩に反射している。絨毯が引かれた通路の横に均等に並ぶ木製の長椅子には乱れなどなく、生徒たちは姿勢正しくその背凭れに身を預けていた。

 礼拝堂の一番奥にある真っ白な祭壇の両脇には、背中に一対の羽を持つ女神像が空に両手を伸ばしている。だが、礼拝堂の入口から見て左の女神像は絶望の表情で天を仰ぎ、右の女神像は幸せそうな微笑みを浮かべて天を見詰めている。彼女らの宗教的な名は、左が絶望の女神ルヴィーズ、右が希望の女神レヴィーナである。絶望の女神ルヴィーズは人間が太陽なるものを失ったときの絶望を表し、彼女の存在には『絶望に負けないように』という意味がある。また、希望の女神レヴィーナは、人間が創造術を手に入れたときの希望が表されているという。存在の意味はそのままで、『希望を掴めるように』だ。これは創造術に関わる者だけではなく、全世界の人々が常識として知っていることだ。子供でも五歳以上の子なら皆知っているだろう。

 そして、祭壇の前にあるのは八つの(ひつぎ)だ。

 十字架と六芒星(ヘキサグラム)が彫刻された柩の蓋の下には、あの日、堕天使の餌食となった一年A組の生徒八人が遺体となって眠っている。

 今、この礼拝堂で行われているのは、彼らの追悼式だった。

 だが、礼拝堂に満ちるのは静寂だ。誰も泣いていないから、嗚咽も何も聞こえない。

 四年や三年、二年はしっかりと前を向き、一年も微かに不安そうな悲しそうな顔をしながらも創造術師としての決意に満ちた表情で式に臨んでいる。両の壁際に一列に並ぶ教師たちは言わずもがなで、その様子はインスタの堕天使が現れる以前と何も変わりなかった。

 レゼルはそんな上級生や教師を見て、慣れたものだな、と思った。

 生徒の席はインスタの時と同じである為、一年であるレゼルは前に座る上級生が見渡せる。出席番号順なので、彼の左横は水蘭だ。右横には誰もいなくて、後ろの列から一年B組が座っている。

 堕天使とは、緊急を要する戦闘などの一部の例外を除いて、基本的に正規創造術師(プロ)の資格を手に入れないと戦えない。そしてその資格は、創造学院を卒業して資格取得試験を受け、合格しなければ与えられることはない。

 だが、三年や四年になると、堕天使との実戦を学ぶ実習授業もカリキュラムに組まれてくる。その際は生徒も本物の堕天使と戦うし、プロ達の堕天使戦も間近で見ることになる。勿論、相手どるのは下位個体の中でも低位の堕天使だし、教師やプロが弱らせてから生徒たちが戦うこともある。それは、実際の『戦争』とは程遠く、プロの資格が無くとも許可されている戦闘だ。

 だが、それでも死者は出る。毎年、平均で五人ほどは正規の創造術師になる前に人生を終わらせているそうだ。

 今回起きた八人の一年生の死はかなりイレギュラーなものだったとはいえ、上級生も教師もアマチュアの死というものに慣れてしまっているのだろう。――いや、きっと慣れなければプロになどなれないのだ。

 インスタ中に起こった堕天使戦争は、創造学院の教師や生徒が堕天使との戦闘、一般人の避難に尽力したことから、『学院戦争』と名付けられた。

 その学院戦争において、堕天使が地中から現れたことについては、レゼルの立てた仮説が事実になりつつある。つまり、彼と二度戦った蟷螂(カマキリ)型の上位個体堕天使が母体で、それが産卵をし、学院戦争で戦ったのはその幼体である、という仮説だ。

 学院戦争が起きた翌朝、創造術師協会の調査隊が戦闘区域の迎撃域、つまりインスタの会場から瞬く間に戦場となった場所の地中で巨大な卵を発見したのだ。卵といっても、殻があって丸い、鶏のような卵ではない。古代に生きていたという蟷螂の卵そっくりのものだ。分泌した体液を泡立て形成した卵鞘(らんしょう)の中に数百前後の卵を産み付けた、クリーム色の卵。

 更に、西側戦闘区域の司令室サーバーには母体である蟷螂型堕天使が奇妙な行動をとっていたのも映像と共にバッチリ記録されていた。協会の創造術師に攻撃されながら、母体は地に落ちた後、腹を地面に擦り付けていたのである。最初はミーファが羽を撃ち抜いたから飛行が不可能になったのかと思ったが、その間、母体は一切の攻撃行動をしなかった。口から粘着質の唾液塊を放てるはずなのに、それはおかしい。

 それにより、学院も協会も堕天使の産卵という可能性を認めざるを得なくなった。前列がないことなど関係なく、現実としてそうならそれを事実とするしかないのが堕天使というモノだ。

 そして、堕天使に産み付けられた卵は結界師の誘導結界に歪みを発生させない――つまり結界の堕天使感知システムに反応しない。卵から幼体が生まれるときも同様だ。それは学院戦争の際に実証されている。

 だから現在は、協会が堕天使の産卵の対抗策に頭を悩ませていることだろう。結界の感知無しに堕天使が堕ちてくる、または現れる恐怖は、もう二度も体験しているのだから。

 堕天使の産卵については、一番確実性があるのはレゼルの戦闘でほぼ実証済みの、産卵される前に母体を倒すというものだが、他にも対抗策があるなら越したことはないし、産卵前に母体を倒すというのはレゼルだから出来た所業なのかもしれない。

 後は、堕天使が結界の感知無しに堕ちてくることに対しての対抗策だが、はっきり言って、レゼルでもこれといった案が浮かんでこない。まず、結界の感知が無い理由が分からない――まぁ、その堕天使が堕ちてくる際に結界に歪みを発生させない性質を持っていたというのなら、どうしようもないのだが。

 だが、ルチアとカフェで話したとき、レゼルは南側戦闘区域の結界師にエナジー脈の乱れと、それに伴う体力の低下が見られたことを聞いている。彼女がレゼルの戦闘の為に結界師を気絶させたときに気付いたそうだ。

 また、南側とほぼ同時刻に戦争が起こっていた西側の結界師にも多少の異常が見られたことは、西側の司令室サーバーにセレンがハッキングしたことでそれとなく分かっている。

 二つの戦闘区域で同時刻に結界師に異常が起こるのは『偶然』では有り得ないだろう。よってレゼルは、結界の感知無しには堕天使の性質的理由ではなく、もっと対策可能な理由があると踏んでいるのだが――

「……その理由が、全く分からないんだよなぁ」

 誰にも聞こえないように漏らした呟きは、すぐに礼拝堂の静謐な空気の中に溶けて消えた。



 追悼式が終わった後、レゼルとミーファは彼女の母親――つまり学院長に呼び出されていた。

 そして、レトロな雰囲気の学院長室で二人が見せられたのは一枚の紙切れだった。

「何ですか、それ?」

 レゼルが訊くと、ミーナはよくぞ訊いてくれたという風に頷いて、言った。

「インスタの最優秀者に与えられるはずだった、ディブレイク王国横断列車の旅のチケット。一枚で十人までOKだよ」

「へぇ。今年の賞品はそれなのね……って、それ結局どうするの?」

 ミーファの言う通りだ。今年のインスタはインスタどころではなかった。

「勿論、使うよ?」

 あっけらかんとミーナは断言した。

「……使うって、誰が」

「君たちと、私が」

 更に彼女はレゼルの質問というか疑問に簡潔に答える。

 にっこりと優しげな――否、楽しそうな笑みを浮かべ、学院長は顔の横でチケットをゆらゆらと揺らした。

「私とルーちゃんと、ミーファとレゼル君、それにハルキ君とノイエラちゃんで、王国横断の旅、行かない? あ、勿論他に一緒に行きたい友達がいるなら誘って良いよ。全員合わせて十人までならね」

 言い終えると、ミーナはチケットをマホガニーテーブルの上に置いた。それから顔に浮かぶ表情を消し去る。なまじその容貌が端正であるから、無表情で冷たい瞳をした彼女はぞっとするほどの威圧感を漂わせた。

「学院戦争が起きて、我が校から八人の死者が出た。未来ある創造術師が、堕天使に殺された」

「……」

 ミーナの言葉に、レゼルの横に立つミーファが下唇を噛んだ。一年代表としての責任を感じているのだろうか。

 ミーナの言動による困惑顔を引っ込めたレゼルも、真剣な表情でミーナを見詰めた。既に彼にはあの時の無力感は無かった。確かに、レゼルがほんの少し頭を働かせていたなら、あの八人は助かっていたかもしれない。だが、あの時はレゼルもそれなりに切羽詰まっていたし、起きてしまったことを後からぐちぐち考えても思考がループして疲れるだけだ。まず、レゼルは彼らが死んだことについて自分が悪いと思えるほど大人でもなかった。

 ミーナはそれぞれの表情を浮かべた二人を交互に見て、ふわりと緩やかに微笑んだ。

「確かに、こんな時期に旅行なんて不謹慎かもしれないけどね……二人みたいに、今回のことを学院の皆はちゃんと考えてくれてる。だから、ね、少しくらい気分転換しなきゃ。もうすぐで冬期休暇にも入る訳だし」

 確かに、学院戦争のことで落ち込んだり反省したり神経を張り詰めたりしていては誰だって気力が持たないだろう。少しは気分転換が必要だというミーナの意見は冷静でもっともなことだ。――まぁ、追悼式が終わったすぐ後に言うのは不謹慎であるとは思うが。

「――ちょっとそこ、レゼル君。今何か失礼なこと考えたね?」

「え? い、いや……」

「どうせ、追悼式の後に言うことではないんじゃないか、みたいなこと思ってるんでしょ。でもね、仕方ないの。このチケット、使えるの明日までだから」

「……はい?」

「あ、勘違いしないでね。このチケットと旅行費を旅行団体で引き換えて貰えるのが明日までってことだよ。旅行に行くのは冬期休暇中」

 じゃあ、とミーファが首を僅かに傾けながら言った。

「明日までに旅行に行くか行かないか、決めないとならない……の?」

「そうだよ。でも、チケット使わないと勿体無いでしょ?」

「そうだけど、どうして私たちなの? 生徒たちに贔屓だって思われない?」

「そんなことないわよ。このチケットを買うのにはリレイズ家のお金を出したんだから。インスタで最優秀者が出なかった以上、チケットの所有権は私とミーファにあるはずだよね」

「……」

「……」

 ミーファとレゼルが無言で顔を合わせる。

 どうしようか、と未だ戸惑う二人に掛けられるのは更なるミーナからの追い討ちだ。

「ミーファが行くなら、レゼル君やハルキ君、ノイエラちゃんも一緒に来るよね? 何てったって十人までだから。後は、保護者は私とルーちゃんがいれば大丈夫だし」

 レゼルとミーファは同時に一つ頷き、声をハモらせた。

「「――出発日時は?」」

 読んで下さりありがとうございました!

 今回の話はちょっと退屈ですね、すみません……。次からはもっと面白くなるよう精進していきます。

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