第36.5話 lose one's face
短編第漆弾!
今話で短編が一段落します。ですが、短編は気ままに増えていくかもしれません。
短編に関しては、ちょっと遊び過ぎてしまった感がありますが……こんなのでも、読んでくれた方がいるなら嬉しいです。
今回の時間軸は創造祭五日目。出し物の売上が一位になったので祝賀会(?)をしています。
「――では、かんぱぁーい!」
創造学院の本校舎、空き教室となっている五階の一室から、そんな掛け声が響き渡った。
□lose one's face□
創造祭五日目の夜、レゼル達は早めの祝賀会をしていた。何の祝賀会かと言うと、一年A組の出し物の『和風喫茶』が売上一位を獲得したことへの、である。正確には、売上競争の結果は創造祭七日目、『無限の星影』が終わってからの発表となるのだが、今年は二人の美少女――その内一人は女装した男だが――と、あるイザコザの所為で一年A組が売上順位の遥か高みに君臨した為に、既に他クラスの巻き返しは不可能な状態となっていた。
そんな訳で、早々に我が一年A組の勝利を確信したミーファが祝賀会をしようと提案したのだった。
クラス全体での祝賀会も創造祭が終わった後にやるそうだが、それではレゼルが気軽に参加出来ない、ということで、レゼル、セレン、ミーファ、晴牙、ノイエラ、ルイサ、水蘭、サラという面子で一足早く祝賀会を、というのがミーファの考えだった。
周りからは特に反論もなかったし、レゼルとしてはそうしてくれた方が気兼ねせずに祝賀会を楽しめる。本人にとっては不本意なものだったが、レゼルは一年A組が売上一位となった立役者の一人でもあるのだ。出来ることなら祝賀会くらいは《雲》のことなど気にしたくはない、という我儘はあった。
そして――
「……で、何で、闇鍋?」
レゼル達が集まっている空き教室は、真っ暗だった。
「何を今更言っているのよレゼル君。そんなことより早く乾杯しましょ」
目の前の暗闇からミーファが急かす。彼女の持っているコップの中のノンアルコールジュースが、ちゃぷんと小さな音を立てた。
「この真っ暗の中、乾杯なんて出来る訳ないじゃありませんか、ミーファ」
レゼルの隣にある気配が呆れたような溜め息を漏らした。セレンだ。
「コップ同士は合わせないで、ただ前に突き出すだけで良いのよ。乾杯したら、中身は全部飲み干しちゃってね。鍋から具材を取り分けて、一人一つずつ食べた後に電気を付けるから、飲み物のお代わりはそのときに。そうしないと飲み物溢しちゃうから。……で、闇鍋が終わったらセレンが作ってくれたケーキを頂きましょう」
教室の床にシートを敷いて、その上に鍋を囲むように座ったレゼル達は、コップを持つ手に力を込めた。
「では、改めて……かんぱぁーい!!」
暗闇からのミーファの掛け声で、闇鍋――もとい祝賀会が始まった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……皆、一つずつ具材は取れた?」
闇の中からの確認に、それぞれ肯定の声がミーファに返った。
鍋の具材は一人一人が持ち寄ったもので、調理は食堂のおばちゃんに任せた。持ち寄ったものは全て入れるようにとのミーファの命を受けている筈なので、もしかしたらハズレ具材も入っているかもしれない。何を食べてしまうか分からないというのが闇鍋の主旨だが、そんなスリリングな鍋は正直要らないというのがレゼルの気持ちだった。因みに、創造術で視力を強化すればこんな暗闇は見通すことが可能なので、能力創造が出来る者は現在、創造術禁止となっている。
レゼルとセレンが持ち寄ったものは、肉とか豆腐とかキャベツとか、至って普通の食材だ。料理が神的に上手なセレンは言わずもがな、レゼルも彼女に聞いて食材を集めたので、鍋に入れたらヤバいものは用意していない。
「……では、誰から食べる?」
ルイサの声だ。カチャ、という眼鏡を押し上げる音が聞こえた。
「……やっぱり、この祝賀会の立案者であるミーちゃんじゃないかな?」
水蘭が言って、
「そうですね」
「そうだな」
「それがいいですね」
「それしかないな」
「そうですよ」
「じゃ、頼むぞミーファ」
サラが、ルイサが、ノイエラが、晴牙が、セレンが、そしてレゼルがそれに同意した。
「ちょ、ちょっと……女の子がトップバッターってどうなのよ?」
ミーファはそんなことを言ってやや渋りながらも、闇鍋を提案したのも自分だと、潔くトップバッターになる決意を固めた。
ミーファは取り皿を口に近付け、汁がたれないようにしながら、よく煮込まれた(筈の)具材を口に放り込んだ。
闇の向こうから、ひしひしとした気配と視線がミーファに集まる。
むにゅ、という感触が歯茎と舌に感じられ、ミーファは一瞬驚いたものの、すぐに口の中のものが何であるか分かった。
「……白滝、だわ。普通に美味しいけど……誰が持って来たの?」
「あ、それは私です」
「セレン? ……そう、良かったー」
闇鍋を言いだした本人も、相当緊張していたようだ。ミーファは安堵の声を上げた。
「じゃあ次は……って、もう時計回りで良いだろ。確かミーファの隣はレゼルだったよな。食べろ」
「何で命令? ま、良いけど」
晴牙に指名され、レゼルは箸を持ち直した。因みに、座っている順番はミーファから時計回りでレゼル、セレン、水蘭、サラ、ルイサ、晴牙、ノイエラ、である。
お玉で具を掬ったとき、その重さ・感触・取り皿に受け止めるときの音から、大体だがブツの予想は出来ている。――恐らく、豆腐だ。ラッキーなことに、自分で持って来た安全食材が当たったらしい。
レゼルは余裕の表情で(誰にも見えていないが)、ブツを口へ運んだ。
「……」
むにゅむにゅむにゅ。
「――甘! 何だこれ、くそ不味ッげほごほっ」
「レゼル君!?」
「な、何を食べたんですかっ?」
心配そうなミーファの声と、不安そうなノイエラの声が響く。
そこでやっとブツの正体の特定が出来たレゼルは、無理矢理それを咀嚼してから叫んだ。
「誰だ! 鍋にプリンなんか入れた奴は! 鍋はデザートじゃなゲホッ」
再び噎せる。口内にこびりついた嫌な甘さが喉を侵食していた。
「あ、俺だ」
「ふざけんなテメェ、ハルキ!」
「カラメル無しのプリンだから良いだろ。だから汁の方にはあんまり影響出てない筈だぜ」
「ふざけるのは顔と性格だけにしろ!」
「お前それ喧嘩売ってんのか?」
「――二人共、落ち着いて下さい。次は私ですね」
レゼルの隣にいるセレンが二人を宥める。だが、彼女のすぐ近くにいるレゼルにはその声がほんの少しだけ震えていることが分かった。
あのセレンが恐怖を露にするなんて珍しい。恐るべし闇鍋。
彼女が噎せたりなどしようものなら、すぐに創造術を使って視力を強化し介抱してやろうという意気込みで、レゼルは彼女が具材を口に運ぶのを待った。正直言えば、鍋を食べるのを止めて欲しいのだが、セレンが『食べる』と言っている以上、ここは彼女の幸運を祈るしかない。
そうしている内に、鍋に放り込まれたプリンの形容し難い嫌な甘さは、何時の間にか何処かへと消えていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――次は俺の番だな」
残すところ、チャレンジャーは後二人。晴牙とノイエラだ。
セレンは卵、水蘭は葱、サラは練り物、ルイサは肉と、これまでレゼル以外の者は全員、彼のような悲劇には見舞われていなかった。
自分の番になった晴牙の自信たっぷりの声が空き教室に響く。
「これまでの状況から察するに、レゼルの食ったプリンは鍋の中でもレゼル側にある。つまり、ほとんどレゼルの向かい側に座っている俺にはプリンの被害は有り得ない!」
「自分で入れた癖に何言ってやがる。プリン食って死ね」
「まぁまぁ、そんなに怒るなよレゼル。プリンなんて闇鍋に際しての軽いジョークじゃないか――」
「ざけんな。お前プリンの他にも変なモノ持ってきてないだろうな?」
レゼルが訝しげな声で聞く――が。
「……」
「……おい、ハルキ?」
晴牙からの返事が、返って来ない。
そんな様子に、何を食べたのだろうかと、誰もが息を詰める。皆、暫く何も言えずに沈黙が流れた。
そして、
「あ゛ッ、あ゛あああ゛あ゛ああああッ!?」
夜の冬空を劈くような悲鳴が、晴牙の喉から迸った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結論。
晴牙の口内を容赦なく抉ったのはロールキャベツでした。
明かりを点けた空き教室。レゼル達は大きめの鍋を囲んで、一様にその中身を見詰めている。
鍋には(プリン以外)これと言って変なモノは無かった。自分がハズレ物に当たってしまう確率を少しでも下げる為だろう、晴牙以外の者は皆、普通の食材を持ってきたようだ。
床で伸びている晴牙を団扇で扇いで介抱しているノイエラの横で、セレンがポツリと呟く。
「……ロールキャベツは普通ホワイトソースと合わせるものですが、鍋に入れても別段不味くなることはないはず。ましてや倒れるまでになるなんて……このロールキャベツを持って来たのは、誰ですか?」
暫くの沈黙の後、おずおずと挙げられたのは顔を下に向けているミーファの手だった。
その瞬間、ノイエラ、ルイサ、水蘭、サラは全てを理解しきったように遠い目をした。
「……このロールキャベツ、ミーファの手作りだろう」
ルイサが鍋の中の黄緑を見詰めながら言う。
ミーファは俯いたまま、小さくコクリと頷いた。
「……最初の家庭科の調理実習で、あれほど料理はするなと言ったじゃないか」
「だ、だって、食堂のおばちゃんに具材のお肉を届けに行ったら、キャベツがあったから……」
ぐったりとしている晴牙の様子を窺いながら、ミーファは泣きそうな声になって言った。
「キャベツって、もしかして俺が持っていったヤツか?」
レゼルが問うと、ミーファは再び意気消沈した様子で頷いた。
「……多分。そのキャベツも鍋用のだっておばちゃんに聞いたから」
つまり、レゼルがキャベツを用意したことも晴牙が倒れる要因の一つとなってしまった訳だ。――レゼルとしてもプリンを食わされたので、謝る気はさらさら無いが。寧ろミーファに感謝したいくらいである。
「……私が料理下手なのは分かってたけど、食堂のおばちゃんに作り方を教えて貰ったから、大丈夫だと……思って……ご、ごめんなさい」
小声で謝る姿は普段の彼女らしくない。自分の料理で人が倒れたのが、どうやらかなりショックなようだ。いや、まぁ、責任感の強いミーファならそれは当たり前だろうが。
ともかく、ミーファは深く反省しているし、これ以上彼女を責めるのは酷だろう。悪気があった訳ではないのだし、晴牙にしても気を失っただけのようだ。
「ノイエラが取り皿に取ったのは人参で普通の具材だし、まぁ、闇鍋はここいらで止めにしよう。セレンがケーキを作ってくれているから、晴牙がいたらそれを食べて――」
暗く沈んでしまった空気をレゼルが無理矢理切り替える。
その隣でセレンが彼女手作りのケーキを箱から出した。フルーツがたっぷりと盛られたタルトが、キラキラと照明の光に反射する。
だが、セレンが大きめのナイフでそれを切り分けようとしたとき、
「――ッみ、水ッ!」
勢い良く上体を起こして復活した晴牙が、ノイエラの身体を押し退けて叫んだ。
晴牙は苦悶に顔を歪めながら立ち上がり、一直線に空き教室を出ていこうとする。そのとき、酷く慌てていたのだろう、晴牙の足が鍋を蹴ってしまう。
「セレン!」
鍋の横手でフルーツタルトを切り分けていたセレンの腕をレゼルが引っ張る。卓越した彼の反射神経が、セレンに鍋の中身が掛かってしまうのを防いだ。
しかし、その代わりと言うかの如く、フルーツタルトに鍋がぶちまけられた。
「……あ……」
自分の料理のことでショックを受けながらも、甘党なミーファはケーキを楽しみにしていたのだろう。小さな唇から悲し気な声が漏れた。
見るも無惨なケーキの姿に、水を求めて喉を手で押さえていた晴牙もハッとして立ち止まる。
「……」
しばし、祝賀会であったはずの場所には沈黙が流れた。
「……副代表、覚悟は出来たか?」
沈黙の次は、冷気。ルイサは眼鏡の奥の瞳を覗かせないまま、凄惨な笑みを浮かべた。
「……っな、何の覚悟、ですか?」
「とぼけるなよ副代表。セレンのケーキを台無しにした恨み……今霽らさでおくべきかッ!」
セレンを溺愛する教師は、今のは不可抗力だと理解していても彼が赦せないようだった。
そして、そんな人物はもう一人。
レゼルはセレンの腕を放すと、ルイサよりも目を逸らしたくなるような笑顔を見せた。一見、とても爽やかな笑顔だが、その笑顔はレゼルには激しく似合わないことが晴牙には分かる。とてつもなく怒っている微笑みだ。
レゼルは腕を横に伸ばすと、掌を上にして創造術――月詠――を行使した。
「……おい、レゼル、お前……」
レゼルの掌の上に創造されたものに晴牙が狼狽する。
「おや、レゼル君、君は良いアイデアを思い付くね」
ルイサはといえば、眼鏡の奥を不敵に輝かせ、レゼルが創造したものと同じものを創った。
「わー、何か面白そう」
無邪気な笑顔で水蘭がルイサの隣に立ち、創造術を使う。
頬を引き攣らせたノイエラとサラ、そしてミーファは教室の端に避難した。
「顔を潰せぇ!」
そして、物騒なレゼルの掛け声と共に、彼らの掌に乗った白いパイが晴牙の顔を襲う。
――創造術師達のパイ投げ合戦の幕が、開いた。
aim your face,lose one's face.
(貴方の顔を狙って、顔を潰して)
間違えて晴牙以外にパイをぶつけてレゼルとルイサと水蘭が乱闘したり、ミーファ達が乱入して阿鼻叫喚の地獄絵図となったりするのは、また別の話。
読んで下さりありがとうございました!
「lose one's face」は、慣用句的表現で「顔を潰す」だそうです。最後の英語は絶対間違ってますが、スルーしてやってくれると助かります。
因みにパイ投げ乱闘の後は、ミーナに見つかって怒られて、全員教室の掃除をさせられます。
では、次の更新から第二章に入ります。でも、更新予定日はまだ未定です。すみません……。




