第35.5話 友情と愛情と欲情と浴場
短編第陸弾!
今回は、主人公も健全な男なんだよっていう話。ちょっとだけ下品で、ちょっとだけキャラ崩壊してるので、そういうのがダメな人は読まない方が良いです、ごめんなさい。
それと、何か暴走して、収拾つかなくなって、不完全燃焼してます。作者がどれだけ馬鹿かが分かります。ボツにしようかと思ったけど、せっかく書いたのでupします。これに関しては苦情無しでお願いします……。
疲れた。とにかく疲れた。
創造祭三日目の夜。
クラス出し物の仕事を終えて学生寮の自室に戻って来るなり、レゼルはソファに倒れ込んだ。ベッドでないのは、そこは毎晩セレンが使っているからだ。
ソファの柔らかいクッションは、ぼふ、と女装したままのレゼルの身体を優しく受け止めた。和服の長い袖と黒髪が広がって、酷く煩わしいと感じる。
「ちょっとレゼル君。振袖に皺が付いちゃうわ。また明日もそれ使うんだから、着替えてから倒れて」
「そうですよレゼル。そのウィッグも早く外して下さい、ボサボサになります」
ミーファにTシャツとジャージの上下という着替え――ハンガーに干してあったものを毟り取ったらしい――を手渡され、セレンには鬘を剥ぎ取られ、レゼルは渋々とソファから起き上がった。
鬘の下から現れた灰色の髪を掻きながら、レゼルは脱衣所へと向かう。
因みに、着物を着ていたセレンと浴衣を着ていたミーファは、和風喫茶の休憩室で既に制服へと着替え済みだ。
まさか喫茶店の店員という仕事がこれほどまでに疲れるなどとは思っていなかった。いや、体力的には何も問題は無いのだが、客のあしらいが苦手な為に精神的に消耗してしまったのである。加えて、今日は乱闘騒ぎまであったのだ。
脱衣所でレゼルはミーファから手渡されたジャージへと着替える。帯が解けて腹部への圧迫感が消え、はーっ、と息を吐いた。
ジャージという完全な部屋着姿でリビングへと戻ると、バッと振袖をミーファに引っ手繰られる。
窓際のハンガーに引っ掛けて、丁寧に皺を伸ばしていくミーファ。
「まぁ、大体綺麗ね」
「……なぁ、ミーファ」
「何?」
彼女は振り返らない。だが構わずに、レゼルはその背中へと語り掛ける。
「今までずっと(作者がウッカリしてたから)スルーしてきたけど、ここ……男子寮だぞ?」
「え? そんなの知ってるわよ?」
そこでやっとレゼルの方に顔を向け、彼女は聖母様みたいな表情で微笑んだ。あれ何かデジャヴった。
「……ミーファ、少しは女性としての自覚をだな――」
「持ってるわよ?」
「は?」
「いやだから、女性としての自覚。持ってるわよ」
「持ってないじゃないか! 持ってたら普通軽々と男子寮には来ない!」
男子寮と女子寮は建物こそ同一で、一階は繋がっている。だが、各部屋のある階は分厚い完全防音の壁が廊下に聳え、男子寮と女子寮を完璧に隔てているのだ。
その壁のお陰で疚しいことを考える輩はいなかったのだろう。学院に女子が男子寮に入ってはいけないという規則はないし、その逆もない。
しかし、規則がないから良い、というものでは決してないはずだ。
「……でも」
ミーファはせっせと洗濯物を畳むセレンに目を向けた。
「セレンは男子寮に入るどころか男子寮に住んでるじゃない」
「いや、それとこれとは別の問題と言いますか……」
「同じよ」
「いやでも、セレンと俺が出来るだけ近くにいなきゃいけない理由はちゃんとあるし」
「同じよ」
「……スミマセン」
結局、最後に折れたのはレゼルだった。まぁ、彼女自身が「男子寮に来ても大丈夫」だというなら、大丈夫なのだろう。万が一、何かあっても、彼女は一年代表で《暦星座》である。
レゼルがそんなことを考えている内に、ミーファの話は別の内容、別の相手に移っていた。
「セレン。部屋のお風呂はレゼル君が使うだろうから、私達は大浴場へ行きましょう」
「大浴場ですか?」
「あ、そうね、セレンは使うの初めてよね。だったら丁度良いわ、大浴場でのマナーとか色々教えてあげる」
ミーファはセレンの手を引いてレゼルの部屋から出ていった。
二人共、レゼルと同じく出し物の仕事で疲れているだろうから、大浴場でゆったりしてくるのは良いことだろう。だからレゼルは二人に何も言わず見送った。
□友情と愛情と欲情と浴場□
「なぁ、大浴場の女湯覗かねぇ?」
目の前にいる馬鹿がそんな台詞をほざいたのは、レゼルが今日の疲れを癒すように読書をしていたときだった。
「……」
ちゃんとその声は聞こえたのだが、当然というが如く無視する。読んでいるのは創造祭初日に駅前の本屋で買った推理小説なのだが、今、とても良い場面なのである。具体的に言えば、犯人の分かる少し前の謎解きの部分だ。
「おーい、レゼル? レゼルさーん? 聞こえてますかー?」
「……」
「おぉーい?」
「うっせぇな聞こえてるよ!!」
ばん、と本を閉じてテーブルに叩き付ける。
すると、向かいのソファから身体を乗り出していた馬鹿――晴牙は、閉じられた本を一瞥した後、ニッコリと笑みを浮かべた。
「あ、これ、今売れてる推理小説だろ? 俺も読んだけど、犯人は医者の男だったぞ」
「……へぇ、ってテメェ何ナチュラルにネタバレさしてんだよ!? それ一番言っちゃいけないことだろ!」
レゼルはテーブルの上に置いてあった分厚い辞書(何であったのかは分からないがとにかくナイスタイミングだ)を手に取った。
「ちょっ、待っ!? しかもまさかそれの角でか、角なのかっ!?」
「頭から血ィ出したテメェをベランダから放り投げてやるよ」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レゼル」
「何だ」
「俺は、お前がおふざけと本気を区別出来る奴で良かったと切に思うよ」
「そうか。なら出てけ」
「区別出来てなきゃ、俺は確実殺されていた」
「そうか。なら出てけ」
「でな、レゼル、女湯覗こうっていうのは、俺にとっておふざけじゃなくて本気なんだけど」
「それまだ言うか」
ソファに深く身体を沈み込ませて座るレゼルは、懲りない晴牙の言葉に溜め息をついた。
レゼルを困らせる元凶の彼は、絨毯の上に正座させられている。勿論、レゼルの命令で、だ。しかし流石は日本人、正座には慣れているのか全く足を動かさない。痺れも痛みも無い様子なのは激しく癪に障る。
「なぁレゼル、お前には男としての欲望がないのか?」
「そういう話じゃないだろ」
「そういう話だよ。いいか、人間の三大欲求は性欲と情欲と色欲なんだ!!」
「違ぁーう!? それ全部同じだろ! 正解は『食欲』『睡眠欲』『性欲』だ!」
「ほら、だからお前にも性欲はちゃんとあるじゃないか」
心の底から苛つくドヤ顔でニヤリと唇を吊り上げた晴牙にレゼルは戦慄した。
「ッ!? まさか言わされたのかっ? 誘導された……この俺が!?」
「フッ。という訳で女湯覗きに行こうか、ちゃんと性欲のあるレゼル君!」
「何が『という訳で』だ! 俺は《雲》だから男湯にも入れないのに、女湯なんか行けるか!」
女湯に行けないのではなく、正しくは女湯には行ってはいけない、なのだが、苛つき過ぎたレゼルは自分の発言がちょっとズレていることに気付いていない。
「ハッ」
晴牙はレゼルを鼻で笑うと、
「甘いなレゼル。俺は『女湯覗きに行こう』とは言ったが『女湯に行こう』とは言ってないぜ?」
「……は?」
「女子の使用中には電源を切ってんだが、更衣室には監視カメラが付いてんだよ。普段は寮母さんがそれ制御してんだ」
「……ごめん。お前の言いたいことが何となく分かってしまった」
「話が早くて助かるぜ。でもまぁ一応言うとだな、その監視カメラの制御システムを動かして覗きを実行する。制御システムのコンピュータは寮母室にあるんだが、寮母さんは俺の副代表権限があれば部屋から追い出せる」
「いやでも、システムにはロックが掛かってるだろ?」
訝し気に眉を寄せるレゼル。自分が完全に乗り気になってしまったことに気付いていない。
そうなんだけどな、と晴牙は前置きして、
「お前ならハッキングしてロック解除出来るだろ?」
「は? ……いや、完璧なハッキングが出来るのはセレンだぞ」
彼女が機械人間だということと、生体機械を維持出来る訳は既に晴牙にも伝えてある。その際に学院のセキュリティサーバーをハッキングして二人のエナジー性質を誤魔化していたことも話したが、どうやらハッキングしたのはセレンではなくレゼルだと晴牙は勘違いしていたらしい。
「……何?」
途端に表情から色を消した晴牙はまるで死んだ魚のようだった。
それがあまりにも哀れに見えたレゼルは、思わず口を開いてしまう。結局彼は変なところでお人好しなのだ。
「――いや、でもロック解除くらいなら俺でも出来るかもしれない」
セレンの体内に埋め込まれている、というより創造されているスーパーコンピュータには流石に劣るが、レゼルには電流創造というハッキング法があるのだ。システムを掌握することは出来なくても、ロックの解除くらいならば可能性はある。
「マジでか!?」
「ああ。ただ、出来るかどうかは分からないが……」
「でもさ、やる価値はあるんだろ?」
「まぁ、それなりに」
「じゃあ行こう、すぐ行こう!!」
嬉々とした表情で勢い良く正座から立ち上がる晴牙に続いてレゼルもソファから身を離――したところで、彼は我に返った。
「って、行っちゃダメだろ!? 覗きとか、馬鹿か!」
「えっ、おい、今更そこに戻るのか!? レゼルお前さっきまで超ノリノリだったじゃねぇか!」
「超じゃねぇ!」
「ってことはノリノリだったことは認めるんだな!?」
「ああ認める!」
「……」
「……」
ふいに立ち込める沈黙。破ったのはレゼルの咳払いだった。
「……分かった、ハルキ。俺にも男としての欲はなくもないかもしれないけれどないかもしれない」
「それ何の呪文!?」
「――今からお前にテストを作る。日本人のお前には簡単なテストだ」
「は? テスト?」
首を傾げた晴牙に、レゼルはゆっくりと頷いた。
「ああ。出題数は三、いや正確には四だ。全問正解なら覗き実行、一問でも間違えたら止めよう。日本人のお前には本当に簡単なテストだ、間違えたら運が悪かったに決まっている。そんな日に覗きを決行するのは無謀だ。俺は普段、運になんて縋っちゃいないが、今回は事が事だ。運も頼りにしてみよう」
「……成程な。分かった、俺に任せろ。必ず全問正解してやる」
闘争心を燃やす晴牙の瞳に、レゼルは口端を吊り上げて笑った。
「――ああ。任せたぜ」
色々なことへの結論――レゼルも大概馬鹿である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
Q.カタカナの部分を漢字に直せ。
①クサムラに飛び込む
②笑いグサ
③何年もソウジしていない部屋は少しだけクサかった
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
レゼルの出した問題は全て日本語の漢字を答えとするものだった。
「ナメてんのか、こんなの簡単だ!」
ソファに座り、テスト用紙が置かれたテーブルに向かった晴牙は、不敵な笑みを浮かべてシャーペンを握り締めた。
その向かいのソファにはレゼルが座っている。
「ナメてなんかないさ、簡単だと言っただろう?」
それから一分と数秒後、晴牙からテスト用紙が返ってきた。
そしてレゼルは激しく戦慄することになる。
晴牙の回答は――
①草村
「馬鹿かお前は!? いや馬鹿なのはとっくに分かっていたけれども!」
正解は『叢』か『草叢』である。
②笑い草
「……まぁ、よくあるとは思うけどな」
「えっ、嘘だろ間違ってんの?」
正解は笑い『種』。
そしてラストの二つは――
③草地/草かった
「嘘だろ!?」
「あっ、俺の台詞取った!」
「取ってねぇ! つかマジお前……嘘だろ!? 何でも『草』って書けば許されると思うなよ!?」
「え、間違ってんの?」
「全部間違ってる!! ①と②はまだ良いが、③はフォローの仕様が無い! 一度死んで生まれ直してこいよお前、本当に一学年副代表か!?」
正解は『掃除』/『臭かった』である。
――かくして、女湯の安全は守られたのであった。
(怪しからん)友情と
(存在しない)愛情と
(本能に従う)欲情と
(覗けなかった)浴場
「俺は諦めない!」
「その前に漢字勉強しろ日本人」
読んで下さり、ありがとうございました。
……ごめんなさい。
……くそう、お風呂でにゃんにゃんまで書きたかっ(ry