第零話
新連載になります。
第一部まで完結しておりますので、最後までお付き合いください。
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口の中に広がる血の味も切創や火傷の痛みも、もうほとんど感じない。
ただ、頬に感じる無機質な石の冷たさだけは嫌に分かる。
我は掠れる視界でこちらを見下ろす三人の男の顔を見上げる。三人のうち、二人は兄と弟。もう一人は生涯でただ一人の親友だと思っていた男だ。
三人とも顔に張りついているのは欲にまみれた下卑た笑みだ。
「なぜ……お、お前が、裏切るのだっ……」
血の絡んだ声で問う。すると一番右にいた親友──だった男が堪えられないといったように身をよじりながら精神を愉悦に侵された狂人の如く叫ぶように笑った。
「裏切ったのはお前だ、リウム。貴様が約束を反故にし、俺を置いて一人だけ権力の座に就き、なにもかもを独り占めしたのではないか!」
我にはどうしてこの男が裏切るに至ったのかが皆目見当もつかない。だが、一つだけ分かることがあるとすれば、我の知る思慮深く誰よりも人の心の傷の痛みに寄り添える親友はもう死んでしまったのだということだった。
我の目に映るのは不遇な境遇を嘆き、励まし合い、将来の夢を語り合った友ではなく、果てのない権力と欲望に取り憑かれた二人の兄弟と同じ表情をする人間だ。
「お前が悪いんだ」
親友だった男が腰に佩いた剣を抜く。それは男の一族に古くから伝わるという白亜の剣で、彼の二つ上の兄が継いだはずのものだった。
「俺は悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな悪くないよな……」
白亜の剣に額をあてて暗示をかけるように彼は何度も同じ台詞を呟く。
「やれ、それで貴様の忠誠が証明される」
二人の兄弟のうち、兄の方が威厳に満ちた声で言い放つ。
冷徹で自分以外の人間は畜生であると本気で思っている歪んだ人格が滲み出た声。
父王の若い頃と瓜二つの容姿をしているのに考え方や性格が真逆で、我は小さい頃からこの人の皮を被った獣が大嫌いだった。
「お前っ」
「国王に向かってお前とは不敬な弟だ。私は貴様のそういうところを嫌悪していた」
厭味ったらしく『していた』と言うところが、この男にとって我は既に過去の存在で、とるに足らない矮小なものと侮っていることを暗に示している。
本当に性格の悪い男だ。
「さようなら。俺の親友。さようなら、僕の親友」
兄の命に頷いた彼は最後にぎこちない笑みを浮かべると、白亜の剣を我のうなじに突き立てた。そして、呻くような声を漏らしながらぐっと押し込める。
うなじに強烈な痛みが走る。次いで剣が喉を突き破る音が耳に届いた。
「がぁっ……」
喉から空気が漏れた。体が自分の意思に反して痙攣する。喉から漏れ出る空気と滲み出した血の混ざる音が聞こえた。
「さようなら。さようなら。さようなら。僕の……」。
耳元で彼の声が聞こえた。それはまだ知り合って間もない頃に人生で初めて殴り合いの喧嘩をして、最後にお互い泣きながら謝罪したときの声にとてもよく似ていた。
彼が喉に突き立てた白亜の剣の柄を捩じる。
それで我の意識は完全に体から解き放たれた。
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