閉店間際のカウンターで
※大人向けの恋愛です。
何も始まらなかったのに、ちゃんと残った関係を書きました。
その店は、基本的に暇だった。
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夜になれば多少は人が来るけど、
平日の遅い時間なんて、ほとんど誰もいない。
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ダーツの音が、やけに響く。
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カウンターに立ちながら、スマホをいじる時間の方が長い日もある。
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その日も、そんな夜だった。
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ドアが開く音がした。
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珍しいな、と思った。
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時間的に、誰か来るような時間じゃなかったから。
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入ってきたのは、一人の女の子だった。
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少しだけ周りを見てから、カウンターに座る。
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「やってますか」
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「一応」
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そう答えると、少しだけ笑った。
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その時点では、ただの客だった。
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ダーツを投げて、少し話して、
一杯飲んで帰る。
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それで終わると思っていた。
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でも、次の週も来た。
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同じくらいの時間に、同じ席に座る。
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「また来ました」
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「どうも」
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それだけのやり取りなのに、
少しだけ店の空気が変わる。
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それから、なんとなく続いた。
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毎週ではないけど、
忘れた頃に来る。
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長くいるわけでもない。
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ダーツを少しやって、
軽く話して、帰る。
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名前も聞かなかった。
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聞くタイミングがなかったのもあるし、
聞く必要もなかった。
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それくらいの距離が、ちょうどよかった。
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「この店、暇ですよね」
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ある日、そう言われた。
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「否定はしない」
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「なんでやってるんですか」
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少しだけ考えてから、
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「他にやることないから」
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そう答えた。
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「もったいない」
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そう言って、グラスを揺らす。
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「何が?」
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「もっと流行りそうなのに」
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「無理だよ」
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「なんで?」
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「頑張ってないから」
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それを聞いて、少しだけ笑った。
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その笑い方が、嫌いじゃなかった。
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それから、少しずつ話す時間が増えた。
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店が暇だから、というのもあるけど、
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多分、それだけじゃなかった。
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ある日、ダーツの勝負をした。
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「負けた方、なんか奢りで」
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軽いノリだった。
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結果は、こっちが負けた。
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「じゃあ、次来たときでいいですよ」
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そう言って帰った。
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その“次”は、すぐ来ると思っていた。
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でも、来なかった。
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一週間経っても、来なかった。
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二週間経っても、来なかった。
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別に珍しいことじゃない。
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一度来ただけの客なんて、いくらでもいる。
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でも、
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なぜか気になった。
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来る時間に、少しだけドアの方を見るようになった。
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来ないと分かっているのに。
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それから、しばらくして。
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本当にたまたま、外で見かけた。
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店から少し離れた場所。
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誰かと一緒だった。
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楽しそうに話していた。
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声はかけなかった。
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かける理由もなかった。
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向こうも、気づいていなかったと思う。
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それでよかった。
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そのまま、店に戻った。
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いつも通り、カウンターに立つ。
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相変わらず、暇な店だった。
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ダーツの音が、また響く。
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ふと、思う。
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あのとき、名前を聞いていたら。
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もう少し踏み込んでいたら。
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何か変わっていたのか。
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でも、多分。
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何も変わらなかった。
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あの距離だったから、よかった。
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あの関係だったから、残った。
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グラスを拭きながら、ドアの方を見る。
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開くことはない。
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分かっている。
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それでも、
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少しだけ、期待してしまう。
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暇な夜は、そういうことを考える時間が長い。
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——あなたなら、あのとき、踏み込んでいましたか。
読んでいただきありがとうございます。
この話は、
「何も始まらない関係」と
「踏み込まなかった後悔」
を書きました。
もしよければ、
・踏み込むべきだったと思うか
・あの距離でよかったと思うか
コメントで教えてもらえると嬉しいです。




