第11話 死に場所
階段を上り、防壁の上にある通路にたどり着いたランディとジェシカを既に臨戦態勢に入った第三方面軍の面々が迎える。
兵士たちがばたばたと準備に走り回る中を歩き、2人は騎士たちの横に並び前方を見据える。
うっすらとヘイシアに続いていたころの残滓を感じさせる街道の先、わずかに何かの集団が存在しているのが見える。
そばにいた騎士から渡された望遠鏡を2人が覗くと、そこには周辺から続々と集まってくるモンスターの姿が確認できた。
周辺の森に多く生息するゴブリンや狼系モンスターであるグリーンウルフ、鹿系モンスターであるライズディアが飛び出してくる中、なかなか見かけることのない熊系モンスターのブラッディベアがのっそりとその姿を現す。
体長5メートルに近いその赤い毛並みをなびかせ、その周辺を走っていたゴブリンを踏みつぶしながらブラッディベアはその集団に向かって進んでいく。
集まった先の集団の歩みはゆっくりしたものだ。
周辺のモンスターが集まるのを待っているようにも思えるが、ジェシカには対抗できる手段があるのであればさっさと準備しろ、と挑発されているように感じられた。
「この速度であれば、衝突は明日の昼といったところですね」
「その油断を突いて、夜に侵攻をかけてくるという可能性は大いにあるがな」
渡してもらった望遠鏡を第三方面軍の騎士に返したランディが予測を告げると、ジェシカはうなずきながらもそう返した。
ジェシカの中に、相手はモンスターだと侮る気持ちは一切ない。今こちらに見せている集団でさえ、伏兵を隠すための策なのではないかと疑っている。
とは言え、砦の周辺は開けた平野であり、伏兵を隠す場所は見当たらない。だが、ジェシカの胸の内ではなにかが腑に落ちていなかった。
「ランディ、敵が来たようだな」
そう声をかけたウィルの肩から、レジーナがぴょんと飛び降りる。
10キロに近い距離を全身鎧のまま、しかもレジーナを肩に乗せて駆けてきたのにもかかわらず、その息に乱れ1つない。
「そうだね。2人は、いや皆は避難するかい? まだ時間はあると思うけど」
どんどんと大きくなっていく集団を指差し、小さく笑ってランディが聞く。
ウィルは黙ったままレジーナに視線をやり、それを受けたレジーナはニヤリとした笑みを浮かべながら「まさか」と短く答えた。
「正面から叩き潰すつもりじゃな」
「そう断定するのは早計じゃない?」
「基本あやつらは、人間のことをゴミくずだと思っておるからのぅ。あれだけ派手に宣戦布告してくる奴が策など弄するわけがないのじゃ」
「何の話をしている? あ奴ら、とは何だ?」
レジーナの言葉遣いに違和感を覚えながらも、ジェシカは聞き逃せない言葉にその視線を鋭くする。
下手なことを言えばその場で切り捨てられそうなプレッシャーを受けながらも、レジーナは不敵な笑みを浮かべたままであり、その指を1本天に向けて立て、くるくると回す。
「童話にも残っておるじゃろ。人類と魔王との戦いにおいて、勇者が打倒したのは魔王だけではない。その道中で勇者たちを執拗に狙ってきたのは……」
「魔人。まさか本当にいるとでもいうのか? しかし今までそんな話は聞いたことがないぞ」
「魔人はいるのじゃ。現に我はその下僕に襲われたことがあるからのぅ。それに、お主も実際に目にしたのじゃろう? 人の姿をした、人ならざる者を」
「……」
図星を突かれたジェシカが押し黙る。
たしかに今世では童話のように扱われる勇者の伝承において、魔人という存在は幾度も登場している。
勇者を苦しめ、そして成長させるためのわかりやすい悪役としかジェシカは捉えておらず、あの時見た女がそうなのではないかと考えもしなかった。
しかし改めてそう言われてみれば、カチリとそれは当てはまってしまう。
「あれが、魔人」
噛みしめるようにそう言ったジェシカから視線を外し、レジーナが視線を下に向ける。
「さて馬鹿がおるのぅ。ウィル、行くのじゃ」
「わかった」
ひらりと当然のようにレジーナが防壁から飛び降り、そしてウィルも迷うことなく飛び降りる。
いきなりの奇行に周辺の騎士たちが騒めくが、その途中で落下速度はゆっくりとなり何事もなく2人は地面に降り立った。
「騒ぐな。今すべきことをしろ」
「しかし危険では……」
「知り合いであるこいつが止めないということは、問題がないということだ。しかしウィルだけでなく、レジーナとか言ったか。あ奴も化け物ではないか」
ちらりとジェシカが視線をランディに向けたが、彼は肩を軽くすくめるだけで肯定も否定もしない。
むろんジェシカもこの高さから飛び降りることはできなくはない。
だがそれには落下するまでに失敗することなく魔法の詠唱を終え、そして発動させるということが最低条件になる。
そのまま落ちれば無事では済まない高さから飛び降りる恐怖の中、そんなことができる者はごく限られる。
よく訓練された第三方面軍においても、その数は両手の指を超えることはないだろう。
それをあんな年端もいかない少女が当然のように行っている。それは化け物と言っても過言でない才能の塊といえた。
ジェシカはモンスターの集団を視界の端に入れながら、地上に降り立った2人が向かう先に目を向ける。
そこには数十人の男と数名の女が集まっていた。彼らはこの防壁を造り続けてきた職人たちであり、その目の前の地面がべコリと沈むと次々とその中に飛び込んでいく。
「何をするつもりだ?」
いぶかしむジェシカの目の前で、その穴はずんずんと横に広がっていく。
高いこの場所からでも入っていった人の姿が全く見えないことから考えて、その深さがかなりのものであることは容易に想像がついた。
「まさか今から堀を造るつもりか? とても……」
「舐めてもらっちゃあ困る。あいつらは死んでもそれをやり遂げる覚悟なんだからな」
ぐぴりと酒を飲みながら近づいてきたジフンに、ジェシカの鋭い視線が突き刺さる。
あそこにいるのはジフンの部下であり、彼らが命がけで働いている中で酒を飲んでいるのだ。そうなるのも仕方がないだろう。
「部下を使い捨てる気か?」
「あぁ!? 本当になめてんのかテメェ」
ジフンが飲んでいた酒瓶を叩きつけ、通路に広がった酒から強烈なアルコール臭が辺りに漂う。
ビリビリと体を震わせるような大声に、周囲にいた騎士たちが思わず腰の剣に手を添わせる中、ジフンはふんっ、とつまらなそうに鼻を鳴らすと視線をどんどんと広がっていく穴に向ける。
「あいつらと俺ぁはな、約束したんだ。国を、街を、家族を失い、死にたいと嘆くあいつらに、せめて一矢報いてから死ねとなぁ。ふさわしい死に場所まで俺ぁが連れて行ってやるとな」
「……」
「それでも長年一緒に過ごした仲間だ。情はある。生きて欲しいとも思う。だがなぁ、あいつらが下したここで死ぬという決断を、俺ぁが止めることはできねぇよ」
まるで懺悔するかのような口調でぽつりと呟いたその言葉がその場に染み込んでいく。
ここにいる者たちの中で、自分が大切にしていた者を亡くした経験がないものなどいない。
それは家族であったり、恋人であったり、仲間であったりと様々だったが、一矢報いて死にたいという彼らの気持ちがわからない者はいなかった。
「あーあ、せっかくの酒がなくなっちまった。あいつらの手向けだったのによぉ」
「すまない」
「まあいい。その代わり俺が奴らの仕事が良く見える場所に行くことは許してくれ。それが俺ぁが奴らにできる、いやしなくちゃならねぇ最後の仕事だからな」
「ああ」
そう言って歩き出したジフンを止める者はどこにもいなかった。
周辺の騎士たちは哀愁を背負ったその小さくも、大きな男の背中をじっと眺め、ジェシカに習って敬礼をして見送ったのだった。
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