第12話 レジーナの狙い
防壁の外に降り立ったレジーナは、人々の視線を背中で受け止めながらその顔に笑みを浮かべる。
「これでだいぶ楽になりそうじゃな。さて、ウィルは適当に周囲を警戒してもらってもいいかのぅ?」
「ああ。殺さなくてもいいのか? 相手はたった1人だぞ」
「ランディに求められれば手伝いはするがのぅ。あ奴はそれを望まんじゃろう」
レジーナはちらりと防壁の上からモンスターの集団を見つめるランディに視線をやり、肩をすくめる。
その分析はウィルの予想とも合致したものであり、ウィルの顔には苦笑が浮かんだ。
人外の力をもつレジーナとウィルに助力を頼めば、この事態を解決することができることをランディは理解している。
2人と共に長い時を生きてきたのだ。その非常識さをわかっていないはずがなかった。
だがそれでもランディが2人を頼らないのは……
「あいつは自分が死んだ後のことを考えているからな」
「そうじゃな」
かなりの速度で走っているにもかかわらず、普通に会話を交わしていた2人がついに堀にたどり着く。
そこではトールの魔法によって急速に出来上がりつつある堀の中で、人々が懸命にそれを補強している姿があった。
とはいえその全てはレジーナが操作しているのではあるが。
「では我は逆方向に堀を造っていくのじゃ」
「わかった。何かあったら伝えよう」
「うむ」
砦の正面に5メートルほどの空間を残し、トールが作った堀とは逆を向いたレジーナが地面に手を置く。
そしてべコリと沈んだ地面の中にレジーナは飛び込むと、トールと同じように穴を拡張していった。
その背後ではトールの堀のほうにいた人々のうち半数がやってきて補強を始める。
恐ろしい速度で堀を造り上げながら、レジーナは楽しそうに鼻歌を歌っていた。
別に今回の魔人の侵攻が楽しいわけではない。むしろそれ自体は煩わしいとさえ感じている。
人々の目があるため、人に似せて活動しているウィルとの穏やかな時間を邪魔されたのだ。それだけでもレジーナにとっては魔人を殺す理由にはなりえた。
それなのにレジーナが楽しげなのは、面倒だった人員の整理が出来るからだ。
この防壁を造ることを決めたとき、レジーナは他人を納得させることを目的として80人もの人々を操作することにした。
80人という数字は、レジーナが精緻に操作することのできる限界に近かったがこれだけの大規模な事業であることを考えれば妥当な人数でもあった。
最初は面倒だが、人々の活動範囲から離れていけば監視の目も緩む。それまでの我慢だとレジーナは考えたのだ。
その予測はある意味正しかったが、ある意味では正しくなかった。
砦周辺から離れたことで人目につくことは少なくなった。だが毎日定期的に巡回する兵士がおり、それだけでなく不定期に身を隠しながら様子を探りに来る者がいることをレジーナは知っていた。
面談をしたことでジェシカの疑念のほとんどは払しょくされた。しかし彼女がレジーナたちを完全に信頼し、油断することはなかったのだ。
第三方面軍はレジーナの予想を超えて勤勉かつ優秀な者が多く、ジェシカの指示を確実に遂行していく。
そんな状態では、手を緩めることなどできなかったのだ。
しかしそんなときに訪れたのがこの好機である。
魔人に率いられたモンスターの大群から砦を守る堀を造ることに人々は命を賭け、そしてはかなく散っていく。
事前に打ち合わせたもっともらしい言い訳を今頃ジフンがしているはずであり、それさえ通ってしまえば第三方面軍が邪魔してくることもないだろう。
「ふっふーん。たまには魔人も役に立つではないか」
鼻歌まじりの上機嫌でレジーナは地面を掘り進め、砦の全面に逆ハの字型の堀が出来上がっていく。
その堀は深さ、幅ともに8メートルほどの大きさがあり、レジーナが遠視の魔法によって確認したモンスターのほとんどは飛び越えることができない。
出来上がった堀を回避するように大回りするか、今ウィルが立っている中央部分を進むなど選択肢はいくつかに絞られるだろう。
その対策をどう練るかはランディの領域であり、レジーナはそんな些末事には思考を割いていなかった。
「わざわざ姿を見せて、しかも砦に向けてやってくるんじゃ。プライドの高い魔人らしい魔人じゃのぅ」
側頭部に羊のような巻き角を生やした魔人の女のことを思い出しながら、レジーナが軽く手を振る。
そのひと動作だけで目の前の土壁がは数十メートル先まで沈没し、平らな地面を造っていった。
レジーナは魔人のことをよく知っている。
前魔王であるレジーナは彼らにかしずかれ、そして王のごとく彼らを駒として扱った。
魔王と魔人は絶対的な主従関係であり、彼らは魔王の命令に逆らうことはできない。
レジーナの場合、世界征服や復讐など人に対しての明確な侵攻目的などがなかったため、半ば自由にさせていたのだがそれでも人類は魔人たちによって大きな被害を受けた。
魔人たちが嬉々として報告してくるその内容をレジーナは承知しており、そこから魔人たちの大まかな傾向も把握している。
基本的に魔人は人と変わらない。その性格は個々により、慎重な者もいれば無鉄砲な者も少なくない。
だがその根底には、自分たちが人よりも上位種であるという共通認識があり、それゆえに人に対して高圧的で見下す傾向があった。
そして魔人が人より上位種であると考える根拠は……
「しかしくだらん天賦魔法じゃ。使い方も戦争ごっこじゃしのぅ」
堀の中に操っていた60人を隠し、操作にかけるリソースを大幅に削除したレジーナは、遠視の魔法を使い続々と集まっていくモンスターの集団を眺める。
集まってきているモンスターの大半はゴブリンやグリーンウルフというレジーナからすれば路傍の石のような些末な者が多い。
その数およそ10万。魔王の出現によって強化されているためそれなりの強さはあるのだが、もし集まったのがゴブリンやグリーンウルフだけだったのであれば防壁という地の利を覆すには足らないだろう。
紫の髪をツインテールにした魔人の女は、周囲を見回しながら少し首を傾げてため息を吐く。
そして気を取り直したかのように視線を上げると乗っていた地竜の背を足で叩き、首をもたげた地竜がその足をゆっくりと踏み出していった。
どすん、どすんと足音を響かせる地竜の背に揺られながら、女はまるで軍のパレードのように整然と進んでいくモンスターを眺めて笑った。
まるで見せつけるかのような行進に、女の性格の悪さを察しながらレジーナは徹夜で作業を進め、翌朝の日の出とともに作業をやめてウィルとトールと共に砦に戻った。
そのころにはモンスターの集団は目視でも大まかな姿を確認できるほどの距離まで迫っており、砦はピリピリとした空気の張り詰める戦場に変わっていた。
すれ違う兵士や騎士たちから感謝の言葉を受けながら階段を昇った3人は、大勢の騎士や兵士が並ぶ防壁の通路にたどり着く。
そこには予備の矢や石や油壷など防衛に使う道具が整然と並んでおり、そこに待機する兵士たちはかわるがわる食事を食べている最中だった。
「お疲れ様」
「作戦は決まったか?」
「敵がどう進むかにもよるけど、防衛戦であることには変わりないからね。しばらくは地の利を生かして戦う感じかな。堀のおかげである程度相手の出方がわかるだろうしね」
3人の帰還を確認し、出迎えに来たランディが薄くほほ笑む。
そこに気負いなどは一切感じられない。
デリク王国のローザとして、護衛騎士数名を連れてモンスターの侵攻を止めるという絶望的な戦いに身を置いた経験がある彼女にしてみれば、特筆すべき状況というわけではないのだろう。
ちらりとランディが視線を向けた先では、その髪を風で揺らしながらまっすぐにモンスターたちを見つめるジェシカの姿があった。
その視線はモンスターの中心で地竜にのりながら笑う魔人の女を捉えている。傷があるにも関わらず美しいその顔を歪め、ギリっと歯を鳴らした彼女はくるりと振り返り周辺の騎士や兵士たちに視線をやる。
「第三方面軍の諸君、目を閉じよ」
その言葉に一切の躊躇すらなく皆が目を閉じる。目を開けているのは、レジーナとウィル、そしてランディだけだった。
「愚かにも復讐すべき敵が、再び我らの元にやって来た。ヘイシアの民草、それを守っていた我らの仲間、そして応援に駆け付けた仲間たちの命を奪い去った憎き敵だ。奴は我らを弱者だと思っている。我らは弱いか?」
「「「否!」」」
「我らの刃は奴に届かないか?」
「「「否!」」」
「そうだ。我らは強い。第三方面軍は帝国最強の盾であり剣。その誇りを今、取り戻す。目を開けよ」
ジェシカの言葉に従い、皆が目を開ける。中には涙を流している者もいたが、皆に共通するのは強烈な意思を感じさせる力強い瞳。
そんな彼らの視線を集めたジェシカが告げる。
「さあ、戦争の時間だ」
「「「応!!」」」
びりびりとした圧を感じさせるその声は、近づきつつある魔人にも聞こえていた。
それを受けた魔人は、その口を三日月のように歪めて笑ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
なんとか無事に退院いたしました。
更新できずに申し訳ありませんでした。ゆっくりと更新ペースを戻していく予定ですのでよろしくお願いいたします。




