90 出陣
キュイックの能力を実験した翌朝。大神殿前の広場には、早朝にも関わらずアルウブラードへ出発する『銀獅子団』たちを見送る人々が集まっていた。この地に案内してくれたミカイルの顔もある。アーガン統括団長も居る。ここに残る、ファミュルカ、カルメイラ、パムの姿も。
そしてもちろん、教皇の姿もあった。
「アイナ……必ず戻って来るのですよ? 危なくなったら逃げて構わないから」
教皇として人前で言ってはいけない事のような気がするが、祖母として、嘘偽りのない本音であった。
パルマはアイナを優しく抱きしめる。アイナは、一瞬しがみつくようにパルマに抱き着いた。この世界でただ一人の肉親。わずかな時間しか共にしていなくても、かけがえのない人だと分かっている。
「お祖母様。必ず帰って来るから。約束するね」
アイナは小さな声で、しかし力強く伝えた。
ファミュルカとアーニカも抱き合っている。アーニカは相変わらず無表情だが、ファミュルカは今にも泣きそうな顔をしていた。
アイナは、見知った人々の顔を順番に見て、最後にパルマに向かって頷くと、伏せの姿勢で待っているケルベロスの右の顔に近付いた。既に『銀獅子団』のみんなも揃っている。アーニカも、ファミュルカの方を何度も振り返りながらやって来た。
「アーニカ? 無理に来なくてもいいんだよ?」
「大丈夫なの。ファミュルカのために、悪い人達をやっつけるの」
「そっか。そうだね、一緒にやっつけよう」
「アイナのためにも、アーニカ、がんばるの」
「ありがとう」
心残りはある。心配させたくない人が居る。だが、その人達を守るために闘うのだ。一番大切な、大好きな仲間、いや、家族と共に。
「よし! みんな、行こう!」
ケルベロスの右の顔の前に、淡い黄色の光を放つ魔法陣が現れる。八人とキュイック、アイナの首に巻き付いたままのククルがその中に入り、ケルベロスの亜空間に入った。
ルベリオ神聖国の聖都ルベリオンから、アドジオン帝国最北の街アルウブラードまで、普通の馬車なら一週間程度かかる。しかし、ケルベロスが本気で走れば半日とかからない。
亜空間の中はまったく揺れを感じないし、外の音も聞こえない。もちろん景色の変化を見る事も出来ない。時間の流れこそ外と同じだが、とても馬車の十倍以上のスピードで走っているとは思えない。
そんな中で、作戦行動の最後の確認が行われた。
「夕べ話し合った通り、俺とヒューイ、ペネドラ、モニカが組む。ネネはアイナに付いてスキルを撃つタイミングと、残り魔力の管理を頼む」
「おう!」
「了解っす!」
「分かったわ」
「ん」
「キュイックは基本的に地上三メートル付近に待機。あの光の攻撃が来たら吸収してくれ。ただしアーニカの攻撃は吸収するなよ? 出来るか?」
「キュイっ!」
「テンとアーニカは好きに暴れてくれ。ただし、キュイックから離れ過ぎないようにな?」
「うむ!」
「分かったの」
「ルベロも同様じゃな」
「ああ。ククルはデカいから、今回はキュイックやルベロとの連絡係を頼むな」
(お役に立てず申し訳ございません)
「偶に幻影を見せて、敵をビビらせてくれ」
(かしこまりました)
ククルは本来の姿になれば相当な戦力なのだが、全長約百メートルと身体が大き過ぎる。キュイックが光の攻撃を吸収できる範囲がまだはっきりと分からないため、ククル自身の安全を優先する。
ただし、敵の数が減り、光の攻撃が来ないと分かっている時(光の環が灰色の時)は、その力を思う存分揮ってもらう予定である。
アレス、ヒューイ、ペネドラ、モニカは四人掛かりで異界人を一人ずつ倒す方針。「神の右手」による付与が施された武器を持つ彼らの強さは以前の比ではない。
テン、アーニカ、ルベロは攻撃力が高いので自由に暴れてもらう。十二将を優先的に削ってもらう予定だ。
ネネはアイナの傍で魔術による攻撃を行いながら、アイナのマネジメントも行う。そしてアイナは、敵が纏まっている所を狙って強力なスキルで攻撃する。
ネネはパタグリュエルで遂に「杖」を手に入れた。もちろんこれにも付与が施され、魔術の威力増大、消費魔力の低減が期待できる。
そして『銀獅子団』はアイナのために「短剣」と「ローブ」を用意し、付与を施して貰った。ローブは表地が純白、銀糸で縁取りがされ、胸に小さな「獅子」が刺繍されている。裏地は濃紺。魔力回復速度上昇の効果が付与されている。
短剣にも風属性が付与され、信じられない程の切れ味を見せるが、アイナに近接戦闘は期待していない。寧ろ「持ってるとなんかカッコイイ」という、アイナのモチベーションアップに寄与している。
アイナは、ムスベルヘイム・ダンジョンでテンから聞いた話について考えていた。『拒絶』の能力の事である。
かつてテンが出会った『拒絶』持ちは、「敵意を拒絶した」と教えてくれた。ただし、具体的にどうすれば良いかはテンにも分からないらしかった。
これから起こる闘いで、もし異界人の「敵意」だけを拒絶出来れば、自分達だけでなく異界人さえも傷付けずに争いを終える事が出来るのではないだろうか?
ククルの呪いを解いた時、アイナは確かに「呪い」を感じる事が出来た。だから、それに向かって強く「拒絶」する事で、うまく解呪出来たのだった。それなら、「敵意」を感じる事が出来れば、同じ事が出来るんじゃないかな?
「ねえ、アレスお兄ちゃん」
「うん? どうしたアイナ」
「あのさ、アレスお兄ちゃんは誰かの『敵意』って見たり感じたり出来る?」
「そうだな……俺は『心眼』で視るからなぁ。敵意に限らず、人間の悪い感情、例えば妬みや憎しみ、怒りなんかは全部『赤黒い気』に見える」
「そっか……うん、ありがとう」
スキルで視えるアレスは参考にならないような気がする。
「ねえ、ペネドラお姉ちゃん」
「うん? アイナっち、どうしたっす?」
「ペネドラお姉ちゃんはさ、誰かが『敵意』を向けて来たら分かる?」
「そうっすねぇ、なんとなく分かるっすよ」
「どうして分かるの?」
「うーん……なんかぞわぞわするんすよ」
「ぞわぞわ……そっか、ありがとう」
ペネドラは恐らく野生の勘っぽい。
「ねえ、ヒューイお兄ちゃん」
「なんだ?」
「ヒューイお兄ちゃん、誰かが自分達に『敵意』を向けてるとか、分かったりしないよね?」
「そうだな、なんとなく分かるぞ?」
「えっ!? 分かるの? なんで?」
「なんかな、視線が刺さるんだよ。圧を感じるっつーか。目を見りゃほぼ確実に分かるな」
「な、なるほど……」
「あと、アイナに色目使う男も分か――」
「それは大丈夫。ありがとう」
ヒューイの場合は恐らく場数だ。経験がものを言うってヤツだ。
(そう言えば、ククルも敵意の有無が分かるっぽかったなぁ)
カルディアナの屋敷にミカイルが初めて訪ねて来た時、そんな事を言ってた気がする。
「アイナよ」
「ん? テンちゃん、どうしたの?」
「意思ある人間の敵意は、簡単には分からんと思うぞ? 前話した奴も、敵意の拒絶は魔物相手しか出来んかったし」
「そうなの? そっか……」
「異界人は、敵意だけじゃなく使命もあるじゃろ。偏った使命じゃと思うけど」
確かに、自分達の正義、自分達の理想のために闘う場合だってある。もし「敵意」を拒絶出来たとしても、それだけで争いを終わらせるのは難しいかも知れない。
「そうだよね……」
「うむ。出来ん事をやろうとするより、お主はお主が出来る事をやればいいのじゃ」
「そうだね! テンちゃんの言う通りだよ」
アイナは、自分のスキルで何とか穏便に済ませる事が出来ないか考えていた。異界人も含めて誰も傷付かないよう、自分の力だけで何とかしようと思っていたのだ。
だが、ここには信じられる仲間が居る。この世界で最も心強い仲間が。自分より遥かに強い仲間が。だから、自分は与えられた役割を全力でこなそう。みんなを信じて。
「ありがとう、テンちゃん!」
アイナの迷いは吹っ切れた。
(アイナ様、どうやら到着したようです)
「着いたようじゃな」
「キュイっ!」
全員が立ち上がったのを見てアレスが口を開く。
「みんな、準備はいいな? じゃあ行こうか」
アイナの『拒絶』一発で終わるという展開を未然に防ぎました。
ふぅ、危なかったぜ……
次話は明日土曜日の夜に投稿の予定です!




